化け猫のミーコ

板倉恭司

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コスモナーフトの小娘(1)

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 わたしのゆめは、コスモナーフトになることです。

 一ねん二くみ のうみ ゆいこ

 ・・・

「わたし、大きくなったらコスモナーフトになるんだよ」

「こすもなーふと? それは何だニャ?」

「宇宙船に乗って、宇宙に行ってお仕事をするんだよ。よその星に行ったりもするんだ」

「ふーん。なんだか、ワケわからん仕事だニャ。それは凄いのかニャ?」

「とっても凄いんだよ。わたし、大きくなったら絶対コスモナーフトになる!」

「そうかニャ。まあ、せいぜい頑張れニャ」

 それは、とても不思議な光景であった。
 ここは暗く、深い穴の中だ。ひとりの幼い少女が、一匹の黒猫と話している。黒猫はとても綺麗な毛並みをしており、太り過ぎず痩せ過ぎず均整のとれた体つきをしている。長くふさふさした尻尾は、奇妙なことに二本生えていた。
 だが、その猫と少女が普通に日本語で会話していることに比べれば、尻尾が二本あることなど大した異変ではないだろう。



 少女の名は能見唯子ノウミ ユイコ、小学一年生である。最近、両親と共にこの田舎の村に引っ越してきたのだ。
 好奇心旺盛な彼女にとって、田舎の村は探検のしがいがある場所だ。今日も村の周辺を探検していたのだが、途中で古井戸に落ちてしまったのだ。
 井戸はさほど深いものでなく、底には落ち葉が積もっており、幸いにもケガはなかった。しかし中は暗く、あまりにも不気味である。不安と恐怖から、唯子はついに泣き出した。
 だが、その時──

「お前、何してるニャ?」

 とぼけた声と共に、のっそりと現れたものがいる。それは一匹の黒猫であった。

「えっ……ね、猫なの!? 猫なのに喋れるの!?」

 叫ぶ唯子に対し、黒猫は呆れたように後ろ足で耳を掻いた。

「あたしは、どうしたのかと聞いたんだニャ。お前は、言葉も通じないアホなのかニャ?」

「あ、アホじゃないもん! もう一年生になったんだから!」

 さっき泣いていたことも忘れ、唯子は顔を真っ赤にして言った。すると、黒猫は唯子に近づいていく。頭のてっぺんから爪先まで、彼女の体をじっくりと見つめた。

「ああ、わかったニャ。お前、ここに落っこちて泣いてたんだニャ。こんな穴に落ちるとは、やっぱりアホ娘だニャ」

 小馬鹿にしたような口調の黒猫に、唯子は地団駄を踏んだ。

「またアホって言った! アホじゃないよ! わたしは大きくなったら、コスモナーフトになるんだから!」

「ニャニャ? 何を言ってるニャ?」

「えっ? コスモナーフト知らないの? 」

「そんなの知らないニャ。説明しろニャ」



 そして今、唯子は先ほどまでの不安も恐怖も忘れ、黒猫に向かいコスモナーフトについて語り続けている。

「とにかく、コスモナーフトは凄い仕事なんだよ。いつか、宇宙で人が住めるようにもなるし──」

「はいはい、わかったニャ。そのコスモ何とかが凄いのは、よくわかったニャよ」

 少しうんざりした口調で、黒猫は言った。そして上を見る。

「お前、ひとりで上がれるかニャ?」

「えっ……」

 その時になって、唯子は自身の置かれた状況を思い出したらしい。恐る恐る、上を見てみる。
 地上までは、かなりの距離がある。あそこから落ちて、擦り傷だけで済んだのは奇跡に近い。自分ひとりの力では、とても上がれないだろう。

「無理だよ、こんなの……わたしひとりじゃ、上がれないよ」

 唯子の目から、涙がこぼれる。彼女はふたたび、今おかれた状況を思い出したのだ。こんな深い穴に落ちてしまって、どうやって家に帰ればいいのだろう。
 その時、ため息のような声が聞こえた。
 次の瞬間、黒猫が宙に飛び上がる。さらに、宙でくるりと一回転した。
 すると、黒猫の姿が消えた。代わりに、人間の女が出現したのだ。
 唯子は呆然としながら、その女を見上げる。女は背が高く、長い黒髪と野性味あふれる美しい風貌をしている。さらに、その頭には三角の耳が生えているのだ……まるで猫のような。

「ほら、ボケッとしてないで、こっちに来いニャ」

 言いながら、手を差し出す女。だが、唯子は唖然とした表情のまま硬直している。

「ね、猫が変身した……」

「あのニャ、あたしは二百年も生きてる化け猫ミーコさまニャ。変身くらい、わけないニャ。それより、早くここから出るニャよ」

 言うと同時に、ミーコは唯子を抱き上げる。
 直後、一気に跳躍した──

 唯子は、目の前で起きたことが未だに信じられなかった。喋る黒猫が、目の前で人間の女に変身した。しかも、その女は自分を抱き抱え、深い古井戸の底から一気に飛び上がったのだから……。

「コスモ何とかの小娘、気をつけて帰るニャよ」

 ミーコは向きを変え、立ち去ろうとする。
 その時、唯子はたまらない気持ちになった。せっかく出会えて、助けてもらった……なのに、こんなにあっさりお別れなんて。
 気がつくと、唯子は彼女の手を掴んでいた。

「行っちゃやだ」

「なんだニャ? ここからなら、ひとりで家に帰れるニャ。あたしは忙しいんだニャ」

 そう言って、ミーコは歩き出そうとする。しかし、唯子は彼女の手を離さなかった。

「待ってよ。ねえ、わたしの友だちになって」

「ニャニャ? 何を言ってるニャ。あたしは、三百年も生きてる化け猫ミーコさまだニャ。お前みたいな小娘とは、友だちにならないニャよ」

「そんなあ……せっかく出会えたのに。わたし、ミーコとまた遊びたい。もっと、ミーコと仲良くなりたいよ……」

 唯子の目には、またしても涙が浮かんでいる。今にも泣き出しそうな顔で、ミーコを見上げていた。
 ミーコは目を逸らし、ため息をつく。

「本当に、わがままな小娘だニャ。じゃあ、お前が大人になった時、もう一度だけ会いに来てやるニャ」

「本当に!?」

「ああ、本当だニャ。お前が、コスモ何とかになった姿を見に来てやるニャ」

「約束だよ! 絶対に、会いに来てよ!」




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