4 / 39
コスモナーフトの小娘(1)
しおりを挟む
わたしのゆめは、コスモナーフトになることです。
一ねん二くみ のうみ ゆいこ
・・・
「わたし、大きくなったらコスモナーフトになるんだよ」
「こすもなーふと? それは何だニャ?」
「宇宙船に乗って、宇宙に行ってお仕事をするんだよ。よその星に行ったりもするんだ」
「ふーん。なんだか、ワケわからん仕事だニャ。それは凄いのかニャ?」
「とっても凄いんだよ。わたし、大きくなったら絶対コスモナーフトになる!」
「そうかニャ。まあ、せいぜい頑張れニャ」
それは、とても不思議な光景であった。
ここは暗く、深い穴の中だ。ひとりの幼い少女が、一匹の黒猫と話している。黒猫はとても綺麗な毛並みをしており、太り過ぎず痩せ過ぎず均整のとれた体つきをしている。長くふさふさした尻尾は、奇妙なことに二本生えていた。
だが、その猫と少女が普通に日本語で会話していることに比べれば、尻尾が二本あることなど大した異変ではないだろう。
少女の名は能見唯子、小学一年生である。最近、両親と共にこの田舎の村に引っ越してきたのだ。
好奇心旺盛な彼女にとって、田舎の村は探検のしがいがある場所だ。今日も村の周辺を探検していたのだが、途中で古井戸に落ちてしまったのだ。
井戸はさほど深いものでなく、底には落ち葉が積もっており、幸いにもケガはなかった。しかし中は暗く、あまりにも不気味である。不安と恐怖から、唯子はついに泣き出した。
だが、その時──
「お前、何してるニャ?」
とぼけた声と共に、のっそりと現れたものがいる。それは一匹の黒猫であった。
「えっ……ね、猫なの!? 猫なのに喋れるの!?」
叫ぶ唯子に対し、黒猫は呆れたように後ろ足で耳を掻いた。
「あたしは、どうしたのかと聞いたんだニャ。お前は、言葉も通じないアホなのかニャ?」
「あ、アホじゃないもん! もう一年生になったんだから!」
さっき泣いていたことも忘れ、唯子は顔を真っ赤にして言った。すると、黒猫は唯子に近づいていく。頭のてっぺんから爪先まで、彼女の体をじっくりと見つめた。
「ああ、わかったニャ。お前、ここに落っこちて泣いてたんだニャ。こんな穴に落ちるとは、やっぱりアホ娘だニャ」
小馬鹿にしたような口調の黒猫に、唯子は地団駄を踏んだ。
「またアホって言った! アホじゃないよ! わたしは大きくなったら、コスモナーフトになるんだから!」
「ニャニャ? 何を言ってるニャ?」
「えっ? コスモナーフト知らないの? 」
「そんなの知らないニャ。説明しろニャ」
そして今、唯子は先ほどまでの不安も恐怖も忘れ、黒猫に向かいコスモナーフトについて語り続けている。
「とにかく、コスモナーフトは凄い仕事なんだよ。いつか、宇宙で人が住めるようにもなるし──」
「はいはい、わかったニャ。そのコスモ何とかが凄いのは、よくわかったニャよ」
少しうんざりした口調で、黒猫は言った。そして上を見る。
「お前、ひとりで上がれるかニャ?」
「えっ……」
その時になって、唯子は自身の置かれた状況を思い出したらしい。恐る恐る、上を見てみる。
地上までは、かなりの距離がある。あそこから落ちて、擦り傷だけで済んだのは奇跡に近い。自分ひとりの力では、とても上がれないだろう。
「無理だよ、こんなの……わたしひとりじゃ、上がれないよ」
唯子の目から、涙がこぼれる。彼女はふたたび、今おかれた状況を思い出したのだ。こんな深い穴に落ちてしまって、どうやって家に帰ればいいのだろう。
その時、ため息のような声が聞こえた。
次の瞬間、黒猫が宙に飛び上がる。さらに、宙でくるりと一回転した。
すると、黒猫の姿が消えた。代わりに、人間の女が出現したのだ。
唯子は呆然としながら、その女を見上げる。女は背が高く、長い黒髪と野性味あふれる美しい風貌をしている。さらに、その頭には三角の耳が生えているのだ……まるで猫のような。
「ほら、ボケッとしてないで、こっちに来いニャ」
言いながら、手を差し出す女。だが、唯子は唖然とした表情のまま硬直している。
「ね、猫が変身した……」
「あのニャ、あたしは二百年も生きてる化け猫ミーコさまニャ。変身くらい、わけないニャ。それより、早くここから出るニャよ」
言うと同時に、ミーコは唯子を抱き上げる。
直後、一気に跳躍した──
唯子は、目の前で起きたことが未だに信じられなかった。喋る黒猫が、目の前で人間の女に変身した。しかも、その女は自分を抱き抱え、深い古井戸の底から一気に飛び上がったのだから……。
「コスモ何とかの小娘、気をつけて帰るニャよ」
ミーコは向きを変え、立ち去ろうとする。
その時、唯子はたまらない気持ちになった。せっかく出会えて、助けてもらった……なのに、こんなにあっさりお別れなんて。
気がつくと、唯子は彼女の手を掴んでいた。
「行っちゃやだ」
「なんだニャ? ここからなら、ひとりで家に帰れるニャ。あたしは忙しいんだニャ」
そう言って、ミーコは歩き出そうとする。しかし、唯子は彼女の手を離さなかった。
「待ってよ。ねえ、わたしの友だちになって」
「ニャニャ? 何を言ってるニャ。あたしは、三百年も生きてる化け猫ミーコさまだニャ。お前みたいな小娘とは、友だちにならないニャよ」
「そんなあ……せっかく出会えたのに。わたし、ミーコとまた遊びたい。もっと、ミーコと仲良くなりたいよ……」
唯子の目には、またしても涙が浮かんでいる。今にも泣き出しそうな顔で、ミーコを見上げていた。
ミーコは目を逸らし、ため息をつく。
「本当に、わがままな小娘だニャ。じゃあ、お前が大人になった時、もう一度だけ会いに来てやるニャ」
「本当に!?」
「ああ、本当だニャ。お前が、コスモ何とかになった姿を見に来てやるニャ」
「約束だよ! 絶対に、会いに来てよ!」
一ねん二くみ のうみ ゆいこ
・・・
「わたし、大きくなったらコスモナーフトになるんだよ」
「こすもなーふと? それは何だニャ?」
「宇宙船に乗って、宇宙に行ってお仕事をするんだよ。よその星に行ったりもするんだ」
「ふーん。なんだか、ワケわからん仕事だニャ。それは凄いのかニャ?」
「とっても凄いんだよ。わたし、大きくなったら絶対コスモナーフトになる!」
「そうかニャ。まあ、せいぜい頑張れニャ」
それは、とても不思議な光景であった。
ここは暗く、深い穴の中だ。ひとりの幼い少女が、一匹の黒猫と話している。黒猫はとても綺麗な毛並みをしており、太り過ぎず痩せ過ぎず均整のとれた体つきをしている。長くふさふさした尻尾は、奇妙なことに二本生えていた。
だが、その猫と少女が普通に日本語で会話していることに比べれば、尻尾が二本あることなど大した異変ではないだろう。
少女の名は能見唯子、小学一年生である。最近、両親と共にこの田舎の村に引っ越してきたのだ。
好奇心旺盛な彼女にとって、田舎の村は探検のしがいがある場所だ。今日も村の周辺を探検していたのだが、途中で古井戸に落ちてしまったのだ。
井戸はさほど深いものでなく、底には落ち葉が積もっており、幸いにもケガはなかった。しかし中は暗く、あまりにも不気味である。不安と恐怖から、唯子はついに泣き出した。
だが、その時──
「お前、何してるニャ?」
とぼけた声と共に、のっそりと現れたものがいる。それは一匹の黒猫であった。
「えっ……ね、猫なの!? 猫なのに喋れるの!?」
叫ぶ唯子に対し、黒猫は呆れたように後ろ足で耳を掻いた。
「あたしは、どうしたのかと聞いたんだニャ。お前は、言葉も通じないアホなのかニャ?」
「あ、アホじゃないもん! もう一年生になったんだから!」
さっき泣いていたことも忘れ、唯子は顔を真っ赤にして言った。すると、黒猫は唯子に近づいていく。頭のてっぺんから爪先まで、彼女の体をじっくりと見つめた。
「ああ、わかったニャ。お前、ここに落っこちて泣いてたんだニャ。こんな穴に落ちるとは、やっぱりアホ娘だニャ」
小馬鹿にしたような口調の黒猫に、唯子は地団駄を踏んだ。
「またアホって言った! アホじゃないよ! わたしは大きくなったら、コスモナーフトになるんだから!」
「ニャニャ? 何を言ってるニャ?」
「えっ? コスモナーフト知らないの? 」
「そんなの知らないニャ。説明しろニャ」
そして今、唯子は先ほどまでの不安も恐怖も忘れ、黒猫に向かいコスモナーフトについて語り続けている。
「とにかく、コスモナーフトは凄い仕事なんだよ。いつか、宇宙で人が住めるようにもなるし──」
「はいはい、わかったニャ。そのコスモ何とかが凄いのは、よくわかったニャよ」
少しうんざりした口調で、黒猫は言った。そして上を見る。
「お前、ひとりで上がれるかニャ?」
「えっ……」
その時になって、唯子は自身の置かれた状況を思い出したらしい。恐る恐る、上を見てみる。
地上までは、かなりの距離がある。あそこから落ちて、擦り傷だけで済んだのは奇跡に近い。自分ひとりの力では、とても上がれないだろう。
「無理だよ、こんなの……わたしひとりじゃ、上がれないよ」
唯子の目から、涙がこぼれる。彼女はふたたび、今おかれた状況を思い出したのだ。こんな深い穴に落ちてしまって、どうやって家に帰ればいいのだろう。
その時、ため息のような声が聞こえた。
次の瞬間、黒猫が宙に飛び上がる。さらに、宙でくるりと一回転した。
すると、黒猫の姿が消えた。代わりに、人間の女が出現したのだ。
唯子は呆然としながら、その女を見上げる。女は背が高く、長い黒髪と野性味あふれる美しい風貌をしている。さらに、その頭には三角の耳が生えているのだ……まるで猫のような。
「ほら、ボケッとしてないで、こっちに来いニャ」
言いながら、手を差し出す女。だが、唯子は唖然とした表情のまま硬直している。
「ね、猫が変身した……」
「あのニャ、あたしは二百年も生きてる化け猫ミーコさまニャ。変身くらい、わけないニャ。それより、早くここから出るニャよ」
言うと同時に、ミーコは唯子を抱き上げる。
直後、一気に跳躍した──
唯子は、目の前で起きたことが未だに信じられなかった。喋る黒猫が、目の前で人間の女に変身した。しかも、その女は自分を抱き抱え、深い古井戸の底から一気に飛び上がったのだから……。
「コスモ何とかの小娘、気をつけて帰るニャよ」
ミーコは向きを変え、立ち去ろうとする。
その時、唯子はたまらない気持ちになった。せっかく出会えて、助けてもらった……なのに、こんなにあっさりお別れなんて。
気がつくと、唯子は彼女の手を掴んでいた。
「行っちゃやだ」
「なんだニャ? ここからなら、ひとりで家に帰れるニャ。あたしは忙しいんだニャ」
そう言って、ミーコは歩き出そうとする。しかし、唯子は彼女の手を離さなかった。
「待ってよ。ねえ、わたしの友だちになって」
「ニャニャ? 何を言ってるニャ。あたしは、三百年も生きてる化け猫ミーコさまだニャ。お前みたいな小娘とは、友だちにならないニャよ」
「そんなあ……せっかく出会えたのに。わたし、ミーコとまた遊びたい。もっと、ミーコと仲良くなりたいよ……」
唯子の目には、またしても涙が浮かんでいる。今にも泣き出しそうな顔で、ミーコを見上げていた。
ミーコは目を逸らし、ため息をつく。
「本当に、わがままな小娘だニャ。じゃあ、お前が大人になった時、もう一度だけ会いに来てやるニャ」
「本当に!?」
「ああ、本当だニャ。お前が、コスモ何とかになった姿を見に来てやるニャ」
「約束だよ! 絶対に、会いに来てよ!」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる