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終わりは、殺陣で仕上げます(四)
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その数日後。
夜になり、蕎麦屋の地下室には、お禄、権太、蘭二の三人が集まっていた。彼ら三人は、険しい表情で椅子に座っている。
重苦しい空気の中、お禄が口を開く。
「やっと情報が入って来た。捕まった壱助は、乞食横町にあるでかい倉庫跡にいるらしいよ」
「だったら、今すぐ助けに行こうじゃねえか」
権太がすかさず言ったが、蘭二がかぶりを振った。
「やめた方がいい。警戒は厳重だろうし、この状況で下手に動いたら、共倒れになりかねない。罠の可能性もある。今はまず、慎重にならなくちゃ──」
「慎重だあ? んなこと言ってて、壱助さんが殺られたらどうすんだよ!?」
語気荒く、蘭二に迫る権太。だが、お禄が一喝した。
「やめなよ二人とも! 仲間割れしてる場合じゃないだろ!」
「じゃあ、あんたはどうする気なんだよ!?」
権太の怒りの矛先は、お禄へと向けられた。
「仕方ないね。こうなったら、まずは弁天の小五郎に泣きついてみるよ。あいつに間に入ってもらって、壱助を助けられないか試してみる。だから、あんたはおとなしくしてるんだよ」
そうは言ったものの、実のところ彼女自身がどうすべきか迷っていたのだ。
小五郎に頼んだところで、動いてくれるかはわからない。かといって、壱助を力ずくで救出するとなると、確実に巳の会を敵に回すことになる。
さらには……巳の会と繋がっているらしい、同心の渡辺正太郎も敵となる。そうなれば、仕上屋はおしまいだ。
その時、上から音がした。何やら、乱暴に戸を叩くような音だ。次いで、声が聞こえてきた。
「お禄さん……お美代です。入れてもらえませんか」
その声を聞いた瞬間、お禄の顔が歪んだ。
「お美代だと? どういうことだい?」
「俺が呼んだんだ。お美代さんも、話に入れてやろうぜ。俺が連れて来るから」
言ったのは権太だった。彼はすっと立ち上がり、上がって行った。
やがて、お美代が地下室に姿を現した。みすぼらしい着物を着て鳥追笠を被り、顔に布を巻いた姿だ。ただし、その手には猟銃を握りしめている。
そして、お美代は口を開いた。
「お初にお目にかかります。お美代です。あなたが、元締のお禄さんですね?」
「ああ、そうだよ」
「単刀直入にお聞きします。壱助を、見殺しにする気ですか?」
お禄を真っ直ぐ見つめ、殺気のこもった声で尋ねる。お禄は何も言えず、下を向いた。
すると、お美代はなおも尋ねる。
「それとも、壱助の口を封じるつもりですか? 何とか言ってくださいよ」
言った直後、猟銃を構える……その瞬間、蘭二がお禄の前に立った。なだめるように、両手を前に突き出す。
「待ってくれ。三日……いや、あと一日でいい。時間をくれ。お禄さんは、これから弁天の小五郎のところに話を持っていく。小五郎は、裏の世界の大物だ。あの男が動けば、どんな連中だろうが無視できない。とにかく一日だけ──」
「一日待てば、壱助は帰ってくるんですか?」
お美代の問いに、蘭二は下を向いた。帰って来る可能性は低い。だが、今の彼女にそれは言えなかった。
その時だった。お美代が、自らの顔を覆う布を剥ぎ取る。
傷たらけの顔が、露になった──
「壱助はね、あたしのこの面《つら》をちゃんと見てくれたんですよ。見た上で、あたしを女房にしてくれたんです。さあ、はっきり答えてください……壱助をどうするのか、を」
声を震えわせながら、お美代は訴える。すると、蘭二が顔を歪めながら口を開いた。
「何を言ってるんだ。壱助さんは、目が見えないはず──」
「見えてたんだよ。壱助さんはな、めくらのふりをしてただけなんだ」
言ったのは、権太だった。彼は複雑な表情で、お美代の方を向く。
「あんた、知ってたのか」
「知ってたに決まってるじゃないか。あんな三文芝居、一緒に暮らしてりゃ分かるんだよ」
悲しげな口調で答えた。蘭二は顔を歪めながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「お、お美代さん……とにかくだ、今は落ちついてくれ。お禄さんも私たちも、まだ打つ手はある──」
「待ちなよ」
蘭二の言葉を遮り、お禄は立ち上がった。お美代の前に立ち、口を開く。
「こうなったら、下手な慰めは言わないよ。壱助は今、裏の連中に捕われている。助かる見込みは、ほとんどない。けどね、これが裏稼業に足を突っ込んだ者の末路だよ。あたしらみんなの運命なのさ。ただ、早いか遅いかの違いでしかないんだよ」
そこで言葉を止めた。お美代の猟銃……その銃口に自らの額を当てる。
「それが気に入らないなら、元締であるあたしの頭をぶち抜きなよ」
その瞬間、蘭二が血相を変えて叫んだ。
「お録さん! 何を考えて──」
「あんたは引っ込んでな! これは、あたしとお美代さんの問題だよ!」
一喝したお禄。その言葉を聞いた瞬間、お美代の顔が歪む。彼女は凄まじい形相で、お禄を睨み付ける──
しかし、彼女は猟銃を降ろした。がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩く。そのまま、階段を昇って行った。
すると、権太がその後を追って行く。
「待ちなよ、お美代さん。送って行くぜ」
言いながら、階段を上がって行った。
地下室には、お禄と蘭二の二人だけが取り残されていた。
「お禄さん……私は明日、あの界隈に行ってみるよ。何とかして、壱助さんを助け出せないか探ってみる」
そう言うと、蘭二も出て行く。
お禄はひとり、ため息をついた。
・・・
下を向き、肩を落としてとぼとぼと夜道を歩いて行くお美代。
だが、権太が後ろから近づいて行く。耳元に顔を寄せた。
「お美代さん、あの二人に任せてたんじゃ、埒《らち》があかねえ。壱助さんを逃がそうってんなら、俺も手伝うぜ」
「えっ……」
顔を上げるお美代。すると、権太は頷いた。
「あんたらには、いろいろ借りがあるからな。今度は、俺が借りを返す番だ」
夜になり、蕎麦屋の地下室には、お禄、権太、蘭二の三人が集まっていた。彼ら三人は、険しい表情で椅子に座っている。
重苦しい空気の中、お禄が口を開く。
「やっと情報が入って来た。捕まった壱助は、乞食横町にあるでかい倉庫跡にいるらしいよ」
「だったら、今すぐ助けに行こうじゃねえか」
権太がすかさず言ったが、蘭二がかぶりを振った。
「やめた方がいい。警戒は厳重だろうし、この状況で下手に動いたら、共倒れになりかねない。罠の可能性もある。今はまず、慎重にならなくちゃ──」
「慎重だあ? んなこと言ってて、壱助さんが殺られたらどうすんだよ!?」
語気荒く、蘭二に迫る権太。だが、お禄が一喝した。
「やめなよ二人とも! 仲間割れしてる場合じゃないだろ!」
「じゃあ、あんたはどうする気なんだよ!?」
権太の怒りの矛先は、お禄へと向けられた。
「仕方ないね。こうなったら、まずは弁天の小五郎に泣きついてみるよ。あいつに間に入ってもらって、壱助を助けられないか試してみる。だから、あんたはおとなしくしてるんだよ」
そうは言ったものの、実のところ彼女自身がどうすべきか迷っていたのだ。
小五郎に頼んだところで、動いてくれるかはわからない。かといって、壱助を力ずくで救出するとなると、確実に巳の会を敵に回すことになる。
さらには……巳の会と繋がっているらしい、同心の渡辺正太郎も敵となる。そうなれば、仕上屋はおしまいだ。
その時、上から音がした。何やら、乱暴に戸を叩くような音だ。次いで、声が聞こえてきた。
「お禄さん……お美代です。入れてもらえませんか」
その声を聞いた瞬間、お禄の顔が歪んだ。
「お美代だと? どういうことだい?」
「俺が呼んだんだ。お美代さんも、話に入れてやろうぜ。俺が連れて来るから」
言ったのは権太だった。彼はすっと立ち上がり、上がって行った。
やがて、お美代が地下室に姿を現した。みすぼらしい着物を着て鳥追笠を被り、顔に布を巻いた姿だ。ただし、その手には猟銃を握りしめている。
そして、お美代は口を開いた。
「お初にお目にかかります。お美代です。あなたが、元締のお禄さんですね?」
「ああ、そうだよ」
「単刀直入にお聞きします。壱助を、見殺しにする気ですか?」
お禄を真っ直ぐ見つめ、殺気のこもった声で尋ねる。お禄は何も言えず、下を向いた。
すると、お美代はなおも尋ねる。
「それとも、壱助の口を封じるつもりですか? 何とか言ってくださいよ」
言った直後、猟銃を構える……その瞬間、蘭二がお禄の前に立った。なだめるように、両手を前に突き出す。
「待ってくれ。三日……いや、あと一日でいい。時間をくれ。お禄さんは、これから弁天の小五郎のところに話を持っていく。小五郎は、裏の世界の大物だ。あの男が動けば、どんな連中だろうが無視できない。とにかく一日だけ──」
「一日待てば、壱助は帰ってくるんですか?」
お美代の問いに、蘭二は下を向いた。帰って来る可能性は低い。だが、今の彼女にそれは言えなかった。
その時だった。お美代が、自らの顔を覆う布を剥ぎ取る。
傷たらけの顔が、露になった──
「壱助はね、あたしのこの面《つら》をちゃんと見てくれたんですよ。見た上で、あたしを女房にしてくれたんです。さあ、はっきり答えてください……壱助をどうするのか、を」
声を震えわせながら、お美代は訴える。すると、蘭二が顔を歪めながら口を開いた。
「何を言ってるんだ。壱助さんは、目が見えないはず──」
「見えてたんだよ。壱助さんはな、めくらのふりをしてただけなんだ」
言ったのは、権太だった。彼は複雑な表情で、お美代の方を向く。
「あんた、知ってたのか」
「知ってたに決まってるじゃないか。あんな三文芝居、一緒に暮らしてりゃ分かるんだよ」
悲しげな口調で答えた。蘭二は顔を歪めながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「お、お美代さん……とにかくだ、今は落ちついてくれ。お禄さんも私たちも、まだ打つ手はある──」
「待ちなよ」
蘭二の言葉を遮り、お禄は立ち上がった。お美代の前に立ち、口を開く。
「こうなったら、下手な慰めは言わないよ。壱助は今、裏の連中に捕われている。助かる見込みは、ほとんどない。けどね、これが裏稼業に足を突っ込んだ者の末路だよ。あたしらみんなの運命なのさ。ただ、早いか遅いかの違いでしかないんだよ」
そこで言葉を止めた。お美代の猟銃……その銃口に自らの額を当てる。
「それが気に入らないなら、元締であるあたしの頭をぶち抜きなよ」
その瞬間、蘭二が血相を変えて叫んだ。
「お録さん! 何を考えて──」
「あんたは引っ込んでな! これは、あたしとお美代さんの問題だよ!」
一喝したお禄。その言葉を聞いた瞬間、お美代の顔が歪む。彼女は凄まじい形相で、お禄を睨み付ける──
しかし、彼女は猟銃を降ろした。がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩く。そのまま、階段を昇って行った。
すると、権太がその後を追って行く。
「待ちなよ、お美代さん。送って行くぜ」
言いながら、階段を上がって行った。
地下室には、お禄と蘭二の二人だけが取り残されていた。
「お禄さん……私は明日、あの界隈に行ってみるよ。何とかして、壱助さんを助け出せないか探ってみる」
そう言うと、蘭二も出て行く。
お禄はひとり、ため息をついた。
・・・
下を向き、肩を落としてとぼとぼと夜道を歩いて行くお美代。
だが、権太が後ろから近づいて行く。耳元に顔を寄せた。
「お美代さん、あの二人に任せてたんじゃ、埒《らち》があかねえ。壱助さんを逃がそうってんなら、俺も手伝うぜ」
「えっ……」
顔を上げるお美代。すると、権太は頷いた。
「あんたらには、いろいろ借りがあるからな。今度は、俺が借りを返す番だ」
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