必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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仕留めて仕上げて、日が暮れます(七)

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「達吉の奴、遅いな」

 町外れのあばら家で、清治はひとり呟いた。
 予定では、達吉が壱助に按摩を頼み、ここに連れて来るはずだった。その後は、壱助を縛り上げて監禁し、小次郎やお八らと共に鉄砲使いの名前と居場所を吐かせる手筈になっていたのだ。
 ところが、その達吉がいつまで経っても現れない。それ以前に、昨日から姿を見かけないのだ。

「ったく、餓鬼がきの使いも出来ねえのか。本当に使えねえ奴だ」

 ぼやいた時、あばら家の扉が乱暴に叩かれる。

「ちっ、やっと来たか」

 舌打ちし、立ち上がった。
 その時だった。突然、木製の扉が叩き割られる。と同時に、凄まじい勢いで何者かが侵入してきた──
 清治は、完全に不意を突かれた。いかつい拳による正拳突きが、彼の顔面を襲う。だが、躱すことも防ぐことも出来ない。
 次の瞬間、岩のような拳による一撃を顎に叩きこまれる。脳が揺れ、一瞬で意識が飛んだ。立っていることが出来なくなり、膝から崩れ落ちる。
 侵入者の方には、一切の容赦がない。倒れている清治に近づき、足を高く振り上げる。その首めがけ、一気に踵を振り下ろした──
 清治の首は、一撃でへし折れた。



 権太は、倒れている清治の体に藁を巻き付ける。
 ひょいと担ぎ上げると、ナナイの待っている小屋へと向かった。

 ・・・

 その頃、お八と小次郎は寝ぐらのあばら家にいた。

「達吉の奴、遅いねえ。めくらの壱助なら、俺ひとりで大丈夫だ……なんて言ってたくせに、使えない奴だよ」

 吐き捨てるように、お八は言った。
 計画では、達吉が壱助を連れ出し、清治と共に縛り上げて監禁する。その後、彼女らに知らせる……ということになっている。
 今日中には終わらせる、と達吉は言っていた。にもかかわらず、日が沈んだ今になっても来る気配がない。お八は苛立ち、徳利の酒をあおった。
 その時、小次郎が顔を上げる。

「誰か来たぞ」

「やっと来たのかい」

 言いながら、お八は起き上がる。だが、小次郎が彼女を制した。

「待て。何か妙だ」

 言った直後、外から声が聞こえてきた。

「もしもし、お八さんのお宅はここですか? 按摩の壱助ですよ」

 その途端、お八の表情が歪む。

「達吉の奴、しくじったんだね。とことん使えない男だよ」

「お八、これは罠だ。気をつけろ。いざとなったら、お前は逃げるんだ」

 言いながら、小次郎はそっと戸を開ける。
 外には、壱助がひとりで立っていた。既に日は沈み、空には月が出ている。月明かりの下、草原の中で壱助がひとり佇んでいる姿が見える。他には、誰もいない。

「お前、ひとりで何しに来た?」

 小次郎は、刀を片手にゆっくりと外に出る。すると、壱助はくすりと笑った。

「あなた方が、あっしに何か用があると聞きましたんで、わざわざ出向いて来たんですよ。ついでに言っとくと、達吉さんは死にました。清治さんも、今ごろは権太さんが始末したはずです。残るは、あんたらだけですよ」

 壱助の態度は、飄々としている。遊びに来たぜ、とでも言わんばかりの様子だ。お八と小次郎は、思わず顔を見合わせた。

「あたしたちの目的を知っていて、わざわざ来てくれたのかい。手間が省けたよ」

 お八の言葉に、壱助はにやりと笑った。

「ええ。あんたらみたいな馬鹿は、死ななきゃ治らないようなんでね。あんたが仕上屋の敵になるなら、死んでもらいます」

 言葉の直後、小次郎が突進する──

 小次郎の鋭い打ち込みを、壱助は後方に飛びのいて躱す。今の一太刀、そこいらの痩せ浪人に出来るものではない。油断していると、一瞬で仕留められる……壱助は仕込み杖をぶんぶん振りながら、少しずつ間合いを離していく。
 すると、小次郎の表情も変わった。

「お前、ただのめくらではないな」

 言いながら、ゆっくりと横に回る。壱助は、思わず舌打ちした。この男、相当に腕が立つ。しかも、戦いの経験も豊富だ。むやみやたらと刀を振り回したりしない。慎重かつ確実に、こちらを仕留めようと狙っている。
 まともに殺り合ったら、万にひとつも勝ち目はない。壱助は、じりじりと後退して行った。
 だが、そこに手裏剣が飛んできた。手裏剣は壱助の頬をかすめ、地面に突き立つ。

「何もたもたしてんだい! そんな奴、さっさと殺しちまいな!」

 怒鳴ると同時に、お八はまたしても手裏剣を投げる。壱助は、反射的に仕込み杖を振り回す。手裏剣は払い落とされ、地面に突き刺さる。
 お八は手裏剣を構えながら、壱助の背後に回ろうとした。同時に、小次郎も動き出した。挟み打ちにするつもりなのだ。
 その時、草の陰から現れた者がいた。
 彼はお八の背後から、彼女の細首に腕を回す。お八は必死でもがくが、時すでに遅かった。
 動きを完全に封じられたお八の耳に、囁くような声がした。

「仕上屋はね、女を殺すのは嫌だって奴が多いんだよ。だから、あんたを殺す役は私が引き受けたのさ」

 言いながら、腕に力を入れた者は蘭二である。草むらに伏せながら、壱助の後から付いて来ていたのだ。彼は、躊躇なく煙管を振り上げた。
 そのまま、一気に急所へと突き刺す──
 お八は、痛みすら感じる暇もなく一瞬で絶命した。



 そんな彼女の死に様を見た瞬間、小次郎の表情が一変した。

「お、お八いぃ!」

 鬼のような形相で喚きながら、刀を振るい蘭二めがけ突進してきた。その勢いは凄まじく、さしもの蘭二も防戦一方だ。地面を転がりながら、必死で刀を避ける。
 その時だった。草むらから、もうひとり立ち上がった者がいた。この絶好の機会を、息をひそめてじっと待っていたのだ。
 お美代は立ち上がると同時に、竹筒を構えた。小次郎は怒りで我を忘れていたため、反応が出来ない。
 直後、銃声が轟く──
 小次郎の体に銃弾が炸裂し、彼はばたりと倒れた。弾丸は、胸を貫き骨を砕いている。その砕けた骨が、心臓を傷つけていた。もはや、彼の命は尽きたも同然である。
 それでも小次郎は、必死の形相でお八のそばに這って行く。大量の出血により意識は薄れ、体もほとんど動かないはずだった。だが、僅かに残された力を振り絞る。

「お、お八……」

 死体となったお八に、小次郎は手を伸ばす。
 彼の手が、お八の手に触れる。そこで、小次郎は息絶えた。

 倒れているお八と小次郎を、蘭二は複雑な表情で見下ろしていた。彼は、この女に見覚えはない。だが、お八の方は自分たちを知っていたらしい。
 いや、知っていたどころではない。お八は、仕上屋に激しい恨みを抱いていた。そのため、関係ない人間が何人も死んだ。
 彼女は仕上屋に、どんな恨みがあったのだろうか……それは蘭二には分からないし、分かりたくもない。確かなことは、今回は相手が死に、自分たちが生き延びたという事実である。
 いつかは自分たちが死に、相手に見下ろされる時が来るのだろうか。

 仮にそうなったとしても、あのひとだけは絶対に死なせない──

 ・・・

「お八の奴、しくじったぞ」

「そうかい。ま、最初からあいつには期待してなかったけどね」

「だったら、何で情報を流したんだ?」

「仕上屋の反応を見るためさ。ただ、あいつらの目の付け所は悪くなかったよ。仕上屋の中で一番狙いやすいのは、壱助だ」

「なるほどな」

「八丁堀、いよいよあんたの出番だよ。まずは、壱助をしょっぴくんだ」

「わかった」

「これで、仕上屋もおしまいさね」

 そう言って、お琴は不敵な笑みを浮かべる。
 一方、渡辺正太郎は十手を軽く振って見せた。

「奴らも、いよいよ年貢の納め時だな」






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