必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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仕留めて仕上げて、日が暮れます(四)

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「つまり、次はあっしらの番かもしれないってことですか?」

 壱助が尋ねると、お禄は頷いた。 

「ああ、そうさ。どこのどいつか知らないけど、迷惑な話だよ」



 蕎麦屋の地下室には、例によって仕上屋の面々が集合していた。壱助と権太とお禄が椅子に腰かけ、蘭二は壁に背中を付けた状態で立っている。
 そんな中、お禄はお丁から聞いた話を皆に語った。自分は仕上屋だと吹聴していた馬鹿が二人、立て続けに殺された……これはひょっとしたら、仕上屋への宣戦布告かもしれないと。

「そんなわけだからさ、あんたら気をつけるんだね。しばらくの間は、出歩くのを控えた方がいいよ」

 その言葉で締めくくり、お禄は皆の顔を見回した。すると、壱助が顔をしかめる。

「困ったもんですね。どこのどいつなのか、見当はついてるんですか?」

「さあねえ。まあ、あたしらも今まで大勢殺して来たんだ。狙われても不思議じゃないよ」

「ところで、その殺された二人だが、なんだって俺たちの仲間だなんて嘘を吹聴してたんだ?」

 権太の問いに、お禄は苦笑した。

「やくざにもなれないような、中途半端な破落戸ごろつきには、つまらない嘘をつく奴が多いんだよ。そういう嘘でもつかなきゃ、みんなから相手にされないような屑なのさ」 

「そんなものなのか。俺には理解できんな」

 難しい表情で首を傾げる権太を見て、蘭二はくすりと笑った。

「破落戸という連中は、とかく大きなことを言いたがるものなのさ。仕上屋も、裏の世界ではそこそこ知られているからね。その仕上屋の一員ともなれば、周囲からは一目置かれるだろうね。それよりも、だ……この中で一番狙われやすいのは、やっぱり壱助さんだよ」

「まあ、そうでしょうね。めくらのあっしは、狙うには格好の獲物でしょうから」

 壱助は、苦虫を噛み潰すような表情で言葉を返した。すると、権太が口を挟む。

「大丈夫だ。この件が片付くまで、俺がずっと壱助さんに付いて歩くよ。誰にも手出しはさせない」

「えっ? いやあ、そいつは悪いですよ。銭にもならねえのに、ずっと付いててもらうんじゃあ──」

「俺には表の仕事がない。だから構わないよ。金もいらん」

 ・・・

 江戸の町外れの林に、一軒のあばら家があった。持ち主はだいぶ前に亡くなり、朽ち果てるがままになっている。
 最近、そこに奇妙な二人組が住み着いていた。


 お八と小次郎こじろうは、ござの上で二人並んで寝転がっていた。家の中は暗く、あるのは行灯あんどんの僅かな明かりのみだ。

「お八、次はどうするのだ?」

 小次郎の問いに、お八は口元を歪めた。

「昼間、仕分人のお琴って女に会ってきたよ。仕上屋のことを、詳しく教えてもらえた。最初から、こうすれば良かったよ」

「その仕分人のお琴は、信用できるのか?」

「ああ、信用できそうだね。少なくとも、巳の会の蛇次よりはましだろうさ」

「ならば、いよいよ本物の仕上屋とやり合うわけか」

「怖いのかい?」

 言いながら、お八は体をすり寄せていく。その途端、小次郎の頬が赤くなった。

「ば、馬鹿を言うな。仕上屋など、しょせんはただの殺し屋だ。剣の道に生きてきた俺の敵ではない」

「ふふふ、頼りにしてるよ」

 お八の手が、小次郎のはだけた胸元をまさぐる。だが、小次郎はされるがままだ。うぶな少年のように、体を震わせている……。



 小次郎は今まで、女を知らなかった。
 ひたすら武芸に打ち込んできた日々。だが仕官はならず、真面目すぎる堅物ゆえに他の仕事に就くこともままならなかった。
 しかも、いかつい顔と体格のために女からは怖がられ敬遠される。女遊びも、その真面目すぎる性格ゆえに頑なに避けてきた。結果、四十過ぎまで女を知らなかったのである。
 だが運命のいたずらか、小次郎はお八と出会ってしまう。

 ある日、小次郎は道で数人のごろつきと揉めた。些細なことから口論になり、挙げ句に向こうから殴りかかって来たのだ。しかし、しょせんは雑魚であり彼の敵ではない。難なく全員を叩きのめした。
 その様を見ていたお八は、小次郎の腕に目を付ける。さらに、いい年をして女を知らない奥手であることも一目で見抜いたのだ。
 彼女は言葉巧みに小次郎に近づき、その魅力で堅物の中年男をあっさりと落としてしまった。女に対し免疫のない小次郎は、いったん落ちてしまえば、支配するのは造作もないことである。
 不惑の年を過ぎてから、初めて知った女体の味。その魅力に、小次郎は完全に虜になってしまったのだ。お八は若く美しい。その上、男を骨抜きにする技も心得ている。
 さらに、小次郎は己に魅力がないことも分かっていた。自身が醜男ぶおとこであることなど、物心付いた時から知っている。お八が、自分を本気で愛していないことも承知の上である。
 それでも彼は、お八から離れることが出来なかった。この悪女以外には、自分を相手にしてくれる女など、この世には存在しないという思いからだ。
 お八もまた、そのことを熟知していた。

 小次郎は、武芸に関しては凄腕である。だが、男女の秘め事に関しては素人以下だ。
 お八の方は、男を落とす技をひたすらに磨いてきた。ひとえに復讐のため、自身のたったひとつの武器を研ぎすませてきたのである。この歳まで女を知らなかった堅物の中年男に、対抗できるはずもなかった。
 四十男の小次郎が、自分の娘ほどの年齢のお八に支配されている……二人は、そんな異様な関係であった。


「いいかい、次こそは本物の仕上屋を狙うよ」

 仰向けになっている小次郎の耳元で、お八は優しく語りかける。その表情は、子に対する母のようであった。小次郎は、これから来るであろう快感への期待に、顔を歪めながら頷いた。

「わ、わかった。俺に任せておけ」

「ふふふ。小次郎、好きだよ」

 言いながら、お八は小次郎にのしかかる。その唇を、優しく吸った。小次郎は仰向けになったまま、うぶな少年のように悶え、彼女にされるがままになっている。
 だが、お八の目には冷酷な光が宿っていた。






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