必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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人の一生は、旅に似ています(六)

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 神谷の家からの帰り道、権太と壱助は並んで歩いていた。

「壱助さん……さっきは何だって、あんなにむきになってたんだ? あんたらしくないな」

 いつになく饒舌な権太に、壱助は苦笑した。

「いや、申し訳ありませんね。あっしもつい、かっとなっちまいました。まだまだ、修行が足りませんなあ」

 言いながら、壱助は頭を掻いた。確かに、先ほどの自分はどうかしていたと思う。普段ならば、くれるという金を拒絶などしない。へらへら笑って金を受け取り、さっさと引き上げていたはずだった。
 それなのに、さっきは何故か意地になって言い返していたのだ。あの銀次郎という男が、とっさに機転を利かせなかったら、どうなっていただろう。

「何か、あの夫婦の姿を見てたら……苛ついてきましてね」

「どういうことだ?」

「あいつらには、隠し事なんかひとつもないんでしょうね。あの神谷は、ありのままの姿を奥方に晒してるんでしょうな」

 呟くような壱助の言葉に、権太は眉をひそめた。

「俺にも、女がいる。隠していることの、ひとつやふたつはある。それが悪いことだとは思わない」

「えっ? あんた、女がいたんですか?」

 壱助は驚いた。この無骨で不器用、かつ恋愛沙汰とは無縁そうな権太に、女がいたとは。

「ああ、そうだ。おかしいか?」

「いや、別におかしくはないですが……意外でしたよ。いったい、どんな女《ひと》なんですか?」

 壱助の何気ない問いに、権太の顔が歪む。いきなり立ち止まり、下を向いた。何か、深い事情があるのだろうか。壱助は、慌てて話題を変える。

「いやあ、意外でしたね。まあ、それはともかくとして……ああいう夫婦を見てると、あっしは自分が嘘つきである事を思い出しちまうんですよ。あっしは、お美代に嘘をつき続けてる訳ですからね。罪悪感、って奴を感じるんですよ。人殺しの分際で、罪悪感も糞もないですがね」

 そう言うと、壱助は自嘲の笑みを浮かべる。
 権太は顔を上げ、彼を見つめた。

「だったら、早く言ってやれよ。その方が、あんたも楽になれるんじゃないのか?」

「それが、簡単にはいかねえんでさぁ。あっしも、肝っ玉が小さいですね」

 言いながら、壱助は頭を掻いてみせた。すると、権太はくすりと笑う。

「わかるよ。俺も、肝っ玉が小さいからな」

 ・・・

 熊次と寅三の兄弟は、鋳掛屋《いかけや》を営んでいる。鍋や釜の穴を修繕するのが、主な仕事だ。腕も悪くない。常連の客を、何人も抱えている。
 しかし、それはあくまでも表稼業である。裏の世界では、殺し屋として知られていたのだ。兄弟ならではの、息の合った仕事ぶりには定評がある。こちらの方でも、常連の客を抱えているのだ。
 今、彼ら兄弟は裏の仕事に取りかかるべく、店で準備をしていた。
 だが、異変を感じとる。何かがおかしい。

「兄貴、なんか変な音がしねえか?」

 寅三が呟く。と同時に、外から声がした。

「もし……こちらに、熊次さんと寅三さんはいますでしょうか?」

 女の声だ。既に夜はふけており、店は閉めている。いったい何用であろうか。熊次は短刀を懐に、ゆっくりと戸口に近づいた。僅かな隙間から、外の様子を窺う。
 奇妙な二人組が、そこに立っていた。黒い着物を着た浪人風の男が、木で出来た手押し車のような物に乗っている。さらに、車の後ろには女が控えていた。

「何だ、あいつらは?」

 熊次は呟いた。何者かは知らないが、これから裏の仕事なのだ。さっさと帰ってもらいたい。

「店は閉めましたんで、御用があるなら明日にして下さいよ」

 普段とは違う丁寧な口調で、熊次は答えた。裏の仕事を控えている今、下手に騒ぎを起こしたくない。こちらも、叩けば埃の出る体なのだから。
 だが次の瞬間、予想外のことが起きる。 いつの間に侵入してきたのか……奥の部屋にいた寅三の前に、抜き身の長脇差を構えた渡世人風の男が現れたのだ。
 渡世人は無言のまま、寅三に斬りつけていく──

「この野郎! 何しやがる!」

 怒鳴りつけると同時に、寅三は何とか避けようと動く。だが、渡世人は容赦しない。その動きに合わせて、何度も切りつけていった。
 寅三の体は、みるみるうちに赤く染まっていく。

「てめえ、ぶっ殺してやる!」

 怒鳴り、侵入者に向き直る熊次。だが、その瞬間に戸が開かれた。
 次いで、熊次の首筋を襲う強烈な一撃── 熊次は思わず呻いた。だが、攻撃は止まらない。皮膚を削ぎ落とすような打撃が、立て続けに彼を襲う。熊次は思わず、両腕で顔を覆った。
 その時、渡世人が突進した。長脇差が、熊次の腹を抉る。
 熊次は、呻き声を上げながら倒れた。





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