必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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人の一生は、旅に似ています(一)

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 ある日、江戸の町に奇妙な三人組が現れた。
 ひとりは、背の高い股旅姿の男である。三度笠に手荷物、さらに長脇差しという典型的な渡世人の格好だ。その上、口に長い竹串をくわえていた。苦虫を噛み潰したような表情で、周囲を油断なく見回しながら歩いている。堅気の者はもちろん、そうでない者でもあまり関わりたくないであろう風体だ。
 その後ろから付いて来る二人は、先頭を歩く股旅者よりも更に奇妙な風体であった。
 まず、黒い着物を着た浪人風の男が、木で出来た手押し車のような車に乗っている。狼のような鋭い目付きと、口を真一文字に結んだ険しい表情が特徴的である。年齢は、三十代後半から四十代だろうか。腕を組み車に乗っている姿は、見る者に不気味な印象を与える。
 しかも、その車を押しているのは女である。年は三十前後だろうか。憂いを帯びた瞳で車を押している。美しい顔立ちではあるが、陰のある表情だ。
 そんな三人組が道行く様を、渡辺正太郎は足を止めて見つめていた。

「なんか変わった連中ですねえ、旦那。ひょっとしたら、新手の大道芸人でしょうかねえ?」

 目明かしの亀吉かめきちが、案ずるような顔で話しかけてくる。だが、渡辺は首を振った。

「いいや、違うな。少なくとも、あそこの二人は大道芸人じゃねえよ」

 そう言うと、渡辺は三人組の方に真っ直ぐ近づいて行く。すると、股旅姿の男が渡辺の前に立つ。

「お役人さま、あっしらに何か用ですかい?」

 低く、凄みのある声だ。渡辺を見つめる目は、刃物のように鋭く冷たいものである。役人である渡辺を恐れていないらしい。
 渡辺の目が、すっと細くなった。しかし、そこに声をかけた者がいた。

「銀次郎さん、その人は大丈夫だ。俺のふるい知り合いだよ」

 手押し車からの言葉を聞き、股旅姿の男は体をずらした。
 渡辺は、神妙な態度で手押し車に近づいて行った。男女に向かい、軽く会釈する。

「お久しぶりですね、神谷さん。それに、奥方さまも」

 そう言って、渡辺は顔を上げる。彼の顔には、複雑な感情が浮かんでいた。だが、それも仕方ないことなのだ。
 今、目の前にいる神谷右近かみや うこんと渡辺とは、因縁浅からぬ関係なのだから。

「渡辺正太郎、か。ずいぶん久しぶりだな。元気そうで、何よりだ」

 神谷もまた、低い声で言葉を返した。言葉そのものは柔らかいが、表情は冷えきっている。
 女の方はというと、伏し目がちな様子で会釈した。その顔には、複雑なものがある。

「神谷さん、江戸に何の御用です? ご旅行でしょうかね?」

 渡辺の問いに対し、神谷は露骨に不快そうな表情をして見せた。

「なぜ、そんなことを聞く? 俺が江戸で何をしようが、お前には関係あるまい。それとも、いつの間に江戸には新しい掟でも出来たのか? 江戸に入って来た者は、お前に行動を逐一報告せねばならんのか?」

「そんな掟はありません。それに、関係ないこともないですね。私は、一応は役人なんですよ。あなたが騒ぎを起こすようでしたら、私はあなたを捕らえなくてはなりません。あなたのお噂は、風の便りに聞いていますしね」

 その言葉を聞いた瞬間、神谷の表情がさらに険しくなる。

「足の動かなくなった俺なら、簡単に捕えられると……そう思っているのか?」

 神谷はじろりと睨む。渡辺は、首を横に振って見せた。

「いえいえ、そういうわけではありません。あなたの数々の武勇伝は、私も耳にしていますよ。あなた、凄腕の賞金稼ぎだそうですね。しかしね、ここは江戸です。あまり無茶をされると、私たちの方も黙ってる訳にはいかないんです。役人を敵に回しても、得はしませんよ。あなたも、よくご存知のはずですがね」

 渡辺の言葉に、右近はふんと鼻を鳴らした。

「ああ、お前の言う通りだな。役人というのは、強い者に媚びへつらい、弱い者をいたぶるのが仕事だ──」

「神谷さん、つもる話もあるようですが、そろそろ行きやしょう。奥方さんもお疲れでしょうし」

 銀次郎と呼ばれた股旅姿の男が、横から口を挟む。すると女は頷き、手押し車を押し始めた。必然的に、神谷も離れて行く。
 銀次郎も、彼らの後に続く。だが、渡辺はその腕を掴んだ。

「ちょっと待ってくれよ。銀次郎さんとかいったね、あんたは何なんだ? 神谷さんとは、どういう関係なんだよ?」

「お役人さまには、関わりのねえ事でござんす。御免なすって」

 そう言うと、銀次郎は掴まれた腕を簡単に振りほどく。神谷夫婦の後を追って、小走りに去って行った。

「旦那、お知り合いですかい?」

 亀吉が聞いてきた。この男、行方不明になった岩蔵の後釜として自分の下に付くことになった目明かしである。はっきり言って、恐ろしく使えない。岩蔵に比べれば雲と泥、月と亀くらいに違う。
 もっとも、岩蔵は有能ではあったが、同時に扱いづらい男でもあった。また、罪人に対し容赦がなかった。恐らくは、誰かの恨みを買い殺されたのであろう。
 神谷右近もまた、大勢の罪人たちから恨まれていたのだ。

「ああ。あの人の名は神谷右近。あれでも、昔は役人だったんだよ」







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