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許せぬ奴に、とどめ刺します(五)
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長屋を出た後、お禄は足早に歩き満願神社へと向かった。まずは、情報収集だ。大道芸人のお歌が居てくれればいいのだが……。
しかし、お歌はいなかった。今日は、別の場所にいるらしい。その代わりに、会いたくもない奴と会ってしまった。
「お禄、どうしたんだよ血相変えて」
声をかけてきたのは、同心の渡辺正太郎だった。呑気な表情で、境内に座り込んでいる。お禄は、思わず顔を引きつらせた。
「えっ、いや……そういえば、岩蔵さんはどうしてますか?」
「岩蔵? 今は居ないぜ。あいつがいると、うるさくてな。仕事熱心で敵わねえよ」
言いながら、渡辺は顔をしかめる。その表情を見れば、渡辺が岩蔵にどんな感情を抱いているのか、聞かなくてもわかる。
「そうですか。じゃあ、また出直して来ます」
愛想笑いを浮かべ、頭を下げるお禄。すると、渡辺は立ち上がる。
「なあ、岩蔵に何か相談でもあるのか? 俺で良ければ聞いてやるぜ。ただし、儲け話に限るがな」
「いや、そんな話じゃないんですよ。ただ、こないだ手柄を上げたと聞きましてね」
お禄の言葉に、渡辺はまたしても顔をしかめる。
「何だそりゃあ。岩蔵は、確かに手柄は立てるよ。けどな、あいつはやり過ぎなんだよ」
「そ、それは大変ですね。では、あたしはこの辺で」
言いながら、お禄は会釈し足早に去って行く。
「やれやれ、あの様子は尋常じゃねえな。どうやら、これから一波乱ありそうだぜ」
残された渡辺は、思案げな様子でひとり呟いた。
神社を出たお禄は、今度は女掏摸のお丁の行方を探す。彼女がいそうな場所を、一通り歩いてみた。
だが、お丁の姿は見当たらない。となると、ひとまず店に戻るとしよう。お禄は向きを変え、歩き出した。
ところが、前から歩いて来る者を見た途端、お禄の足が止まる。
それは、岩蔵だった。
「お禄じゃねえか。お前、こんな所で何やってやがるんだよ」
そう言いながら、近づいて来る岩蔵。その顔つきは、残忍そのものだ。弱い者をいたぶる行為に、喜びを感じているようにも見える。お禄は怒りを感じ、思わず拳を握り締めていた。
「何だ……どうしたんだよ、その面は。何かあったのか?」
言いながら、岩蔵はこちらの顔を覗きこむ。お禄は湧き上がってくる感情を押し殺し、愛想笑いを浮かべた。
「あっ、いや、何でもないですよ。それより親分さん、こないだはお手柄だったそうですね」
「お手柄? ああ、こないだの元吉か。あいつは取っ捕まえて吐かせるつもりだったがよ、頭打って死ぬとは運のねえ野郎だ」
吐き捨てるような口調で、岩蔵は言ってのけた。お禄は彼から目を逸らし、下を向く。出来ることなら、この場で殺してやりたい。
だが、再び笑みを浮かべて顔を上げる。
「いやいや、大したもんですねえ。しかも、親分さんはこれまでにも、色んな連中を捕まえてますよね。さぞ、お強いんでしょうねえ」
お禄がそう言うと、岩蔵は嬉しそうに笑う。お禄に褒められ、まんざらでもないらしい。
だが、急に真顔になった。
「まあな。ただ、俺たち目明かしは、悪党を取っ捕まえるのが仕事だ。悪党を取っ捕まえるには、奴ら以上に凶暴にならなきゃな。ちょっとでも甘い所を見せたら、すぐに殺られちまうんだよ。俺は今まで、悪党に情けをかけたことはないぜ」
岩蔵の表情は、いつになく真面目なものだった。お禄は思わず眉をひそめる。だが、それはほんの一瞬だった。
「そうですか。では、とち狂った奴らの意趣返し、なんて目にも遭って来たんでしょうね」
「意趣返しだあ? そんなもん、何回も来たよ。だがな、どいつもこいつも返り討ちにしてやったぜ。この世の中は力のある奴、強い奴が勝つように出来てるんだよ。お前も、そこんところを覚えておきな。男を選ぶ時は、面じゃなくて力をみろ」
「なるほど。覚えておきます」
「おう、そいつぁいい心がけだぜ。身の程さえわきまえてりゃ、ほどほどには暮らしていけるんだからよ。じゃあなお禄、帰って真面目に働け」
そう言い残し、岩蔵は去って行った。
お禄は冷たい目で、去り行く後ろ姿を見つめる。肩で風を切って歩くその姿は、どう見ても悪党にしか見えない。十手が無ければ、確実にやくざになっていたであろう。いや、そもそも目明かしという連中はみな、やくざと紙一重の存在であるが。
そんなことを考えているうちに、お禄の胸に再び怒りが湧き上がってきた。出来ることなら、今すぐに岩蔵を殺してやりたい。
しかし、自分は仕上屋なのである。岩蔵の始末は、仕上屋に依頼された仕事なのだ。怒りに任せて襲いかかるのは素人である。自分は、殺しを生業とする玄人だ。
玄人は闇に紛れ、確実に仕留めるものだ。
お禄は歩き出した。山木幸兵衛と用心棒はともかくとして、鬼の岩蔵は手強い相手だ。今までの標的の中でも最強かもしれない。
しかも……岩蔵は今まで、巳の会の動きを牽制してくれていたのだ。その岩蔵が消えるとなると、今後ますます蛇次は増長していくことだろう。それは自分たち仕上屋にとって、非常に危険な状況になるのは確かだ。
しかし、かつての友人である元吉が岩蔵によって殺され、女房のおみつに依頼されてしまった。
ならば、岩蔵は必ず仕留める。
しかし、お歌はいなかった。今日は、別の場所にいるらしい。その代わりに、会いたくもない奴と会ってしまった。
「お禄、どうしたんだよ血相変えて」
声をかけてきたのは、同心の渡辺正太郎だった。呑気な表情で、境内に座り込んでいる。お禄は、思わず顔を引きつらせた。
「えっ、いや……そういえば、岩蔵さんはどうしてますか?」
「岩蔵? 今は居ないぜ。あいつがいると、うるさくてな。仕事熱心で敵わねえよ」
言いながら、渡辺は顔をしかめる。その表情を見れば、渡辺が岩蔵にどんな感情を抱いているのか、聞かなくてもわかる。
「そうですか。じゃあ、また出直して来ます」
愛想笑いを浮かべ、頭を下げるお禄。すると、渡辺は立ち上がる。
「なあ、岩蔵に何か相談でもあるのか? 俺で良ければ聞いてやるぜ。ただし、儲け話に限るがな」
「いや、そんな話じゃないんですよ。ただ、こないだ手柄を上げたと聞きましてね」
お禄の言葉に、渡辺はまたしても顔をしかめる。
「何だそりゃあ。岩蔵は、確かに手柄は立てるよ。けどな、あいつはやり過ぎなんだよ」
「そ、それは大変ですね。では、あたしはこの辺で」
言いながら、お禄は会釈し足早に去って行く。
「やれやれ、あの様子は尋常じゃねえな。どうやら、これから一波乱ありそうだぜ」
残された渡辺は、思案げな様子でひとり呟いた。
神社を出たお禄は、今度は女掏摸のお丁の行方を探す。彼女がいそうな場所を、一通り歩いてみた。
だが、お丁の姿は見当たらない。となると、ひとまず店に戻るとしよう。お禄は向きを変え、歩き出した。
ところが、前から歩いて来る者を見た途端、お禄の足が止まる。
それは、岩蔵だった。
「お禄じゃねえか。お前、こんな所で何やってやがるんだよ」
そう言いながら、近づいて来る岩蔵。その顔つきは、残忍そのものだ。弱い者をいたぶる行為に、喜びを感じているようにも見える。お禄は怒りを感じ、思わず拳を握り締めていた。
「何だ……どうしたんだよ、その面は。何かあったのか?」
言いながら、岩蔵はこちらの顔を覗きこむ。お禄は湧き上がってくる感情を押し殺し、愛想笑いを浮かべた。
「あっ、いや、何でもないですよ。それより親分さん、こないだはお手柄だったそうですね」
「お手柄? ああ、こないだの元吉か。あいつは取っ捕まえて吐かせるつもりだったがよ、頭打って死ぬとは運のねえ野郎だ」
吐き捨てるような口調で、岩蔵は言ってのけた。お禄は彼から目を逸らし、下を向く。出来ることなら、この場で殺してやりたい。
だが、再び笑みを浮かべて顔を上げる。
「いやいや、大したもんですねえ。しかも、親分さんはこれまでにも、色んな連中を捕まえてますよね。さぞ、お強いんでしょうねえ」
お禄がそう言うと、岩蔵は嬉しそうに笑う。お禄に褒められ、まんざらでもないらしい。
だが、急に真顔になった。
「まあな。ただ、俺たち目明かしは、悪党を取っ捕まえるのが仕事だ。悪党を取っ捕まえるには、奴ら以上に凶暴にならなきゃな。ちょっとでも甘い所を見せたら、すぐに殺られちまうんだよ。俺は今まで、悪党に情けをかけたことはないぜ」
岩蔵の表情は、いつになく真面目なものだった。お禄は思わず眉をひそめる。だが、それはほんの一瞬だった。
「そうですか。では、とち狂った奴らの意趣返し、なんて目にも遭って来たんでしょうね」
「意趣返しだあ? そんなもん、何回も来たよ。だがな、どいつもこいつも返り討ちにしてやったぜ。この世の中は力のある奴、強い奴が勝つように出来てるんだよ。お前も、そこんところを覚えておきな。男を選ぶ時は、面じゃなくて力をみろ」
「なるほど。覚えておきます」
「おう、そいつぁいい心がけだぜ。身の程さえわきまえてりゃ、ほどほどには暮らしていけるんだからよ。じゃあなお禄、帰って真面目に働け」
そう言い残し、岩蔵は去って行った。
お禄は冷たい目で、去り行く後ろ姿を見つめる。肩で風を切って歩くその姿は、どう見ても悪党にしか見えない。十手が無ければ、確実にやくざになっていたであろう。いや、そもそも目明かしという連中はみな、やくざと紙一重の存在であるが。
そんなことを考えているうちに、お禄の胸に再び怒りが湧き上がってきた。出来ることなら、今すぐに岩蔵を殺してやりたい。
しかし、自分は仕上屋なのである。岩蔵の始末は、仕上屋に依頼された仕事なのだ。怒りに任せて襲いかかるのは素人である。自分は、殺しを生業とする玄人だ。
玄人は闇に紛れ、確実に仕留めるものだ。
お禄は歩き出した。山木幸兵衛と用心棒はともかくとして、鬼の岩蔵は手強い相手だ。今までの標的の中でも最強かもしれない。
しかも……岩蔵は今まで、巳の会の動きを牽制してくれていたのだ。その岩蔵が消えるとなると、今後ますます蛇次は増長していくことだろう。それは自分たち仕上屋にとって、非常に危険な状況になるのは確かだ。
しかし、かつての友人である元吉が岩蔵によって殺され、女房のおみつに依頼されてしまった。
ならば、岩蔵は必ず仕留める。
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