必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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石が流れて、木の葉が沈みます(四)

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 その夜、お禄は皆を地下室に集めた。

「今回の獲物は、町医者の佐島章軒とその手下共だ。仕事料はたったの五両だが、どうするんだい?」

「あっしは殺りますよ。ここんとこ、表の稼ぎが乏しくてね。安い仕事でも、受けなきゃやっていけねえ──」

「ちょっと待ってくれ。みんな、私の話を聞いてくれないか」

 壱助の言葉を遮ったのは蘭二だった。真剣な表情で、一同を見回す。
 お禄は訝しげな表情になった。 

「何だって? あんた、何を言ってるんだい──」

「お禄さん、頼む。今度の仕事は、断ってくれ」

「はあ?」

 唖然となるお禄に向かい、蘭二は語り続ける。

「お禄さん、壱助さん、権太さん……私が四両を出す。みんなで、その金を分けてくれ。その代わり、佐島さんの命は助けてやってくれ」

 真顔で、そんな台詞を吐いた。すると、お禄の表情が変わった。

「ちょっと、どういう訳なんだい? まずは、事情を説明してみなよ」

「私は、その佐島章軒という男を知っている。佐島さんは、今の日本になくてはならない存在なんだ」

「どこかですか? 聞いた話じゃ、奴は人を切り刻むは、阿片を売りさばくは……とんでもねえ悪党ですよ。生かしといても、何の得にもなりゃしませんぜ」

 壱助が口を挟んだ。すると、蘭二は顔をゆがめる。

「みんな勘違いしているんだ。佐島さんは、金儲けのために阿片を売ってる訳じゃない。佐島さんは研究の資金を稼ぐために、阿片を売っているんだ。あの人は普段、質素な生活をしている。稼いだ金のほとんどを、研究のために費やしているんだ。日本の医術に、夜明けをもたらすためにな。壱助さん、あんたの目だって、治せるようになるかもしれないんだよ」

 蘭二の熱のこもった言葉に、壱助は何も言えずうつむいた。すると、今度は権太が口を開く。

「そんなもの、俺の知ったことか。医術のためなら、人を殺していいのか? 人の体を切り刻んで売ってもいいのか? どうなんだ? 学の無い俺にも、わかるように言ってくれ」

 権太の言葉を聞き、蘭二はさらに顔を歪める。だが、それは一瞬だった。

「確かに、佐島さんの行動には……清廉潔白とは、言い切れんものがあるかもしれん。それは私も認める。だがな、佐島さんの人体に関する深い知識、それに医者としての卓越した技術は、これからの日本の夜明けに必要なものなんだ」

 彼は、そこで言葉を止めた。懇願するような目で、権太を見つめる。

「人間には誰しも、善の部分と悪の部分がある。悪の部分だけを捉えて、ひとりの人間を一方的に糾弾するのは、間違っているとは思わんか?」

「さあな。俺には、医術はわからん。だが、別のことはわかる。俺には、医術の夜明けより明日の飯を食うことの方が大事だ。だが、佐島のせいで飯が食えなくなった奴もいる」

 その言葉に、蘭二は唇を噛み締めた。

「どうやら、私とあんたとはわかりあえないらしいな。いくら話しても、平行線を辿るだけだ」

 蘭二の言葉に、権太の表情が変わった。

「お前、俺に喧嘩売ってるのか?」

 立ち上がった権太。声そのものは静かだが、その顔には殺気がある。だが、すかさず壱助が腕を掴んだ。

「権太さん、およしなせえ。蘭二さんとあんたがここで殺し合ったところで、一文にもなりゃしませんぜ」

「ああ……」

 壱助の言葉に、権太は不満そうな表情をしながらも椅子に腰かけた。それを見ていたお禄は、ふうとため息をつく。

「いいかい蘭二、よく聞きな。あたしたちはね、何も銭金のためだけにこの稼業をやってるんじゃないんだよ。天の裁きは待ってはおれぬ、役人の裁きは当てにならぬ。そんな人たちの無念を晴らす……それが、あたしたちの稼業だよ。佐島章軒て奴は、この日本に必要な人間なのかも知れないよ。あんたの言うように、人間を一面だけで判断するのも間違っているだろうさ。けどね、あたしたちは仕上屋なんだよ。仕事を依頼され、引き受けちまった以上、殺すしかないのさ。たとえ標的が親兄弟であっても、引き受けた以上は殺すのが掟だよ。そのことを踏まえた上で」

 そこで、お禄はいったん言葉を止めた。部屋にいる、ひとりひとりの顔を見回す。

「皆に改めて聞くよ。この仕事、引き受けるのか受けないのか? 誰もやらないって言うなら、この話は無しだ」

「あっしは殺りますよ。もちろん、お美代もでさぁ」

「俺も殺るよ。食うためには、俺はそいつを殺さなきゃならないからな」

 壱助と権太は即答した。
 一方、蘭二は虚空を睨んだ。やりきれない気分だった。自分の言葉は、彼らにはとどかなかったのだ。日本に、医術の夜明けをもたらしてくれるかもしれなかった佐島。だが、それは叶わぬ夢だったらしい。
 その時、お禄が口を開いた。

「蘭二……あたしが裏の世界に入った時、ある人にこう言われたんだ。この世の川は、木の葉が流れて石が沈むのが本来の姿だ。しかし、稀に石が流れて木の葉が沈むことがある。俺たちの役目は、流れる石を沈めることだ、ってね。やっぱり石ころは、どぼーんと沈んで欲しいじゃないか」

 その言葉は、先日亡くなったましらの小平次が言っていたものだ。今も、はっきりと覚えている。

「その石が、仮に光り輝く貴重な宝石であったとしても、やはり沈めなくてはならないのか?」

 押し殺したような声で、蘭二は聞いた。
 お禄は、険しい表情で頷く。

「そうさ。どんなに光り輝いてようが、石ころは石ころだよ。川の底に沈めなきゃならない。それが、あたしたちの稼業なんだよ」

「だったら、佐島は私に殺らせてくれ」



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