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七人目の勇者
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「世界は終わった……」
誰かが呟いたが、反論する者はいなかった。
薄暗い室内は石造りの壁に覆われており、天井には魔法の光を放つ宝石が付けられている。他には何もない。
そんな独房のような部屋に、数人の男たちが集まっていた。年齢はまちまちだが、共通しているのは絶望の表情が顔にへばり付いていることだ。
発端は、幼い少女の好奇心だった。
天空人の少女イバンカは、以前より地上に興味を抱いていた。ある日、天空の島で装置を作動させ地上へと降り立つ。
本人は、ちょっとした探検のつもりだったのだろう。だが数日後、イバンカは無残な死体となって発見される。
遺体を発見し引き渡したのはエルフだ。エルフ族の代表者は、これは人間……つまり、地上人の仕業であると主張した。もっとも、真犯人はエルフの過激な一派である。地上に住む人間たちを天空人の手で絶滅させるため、幼子の命を奪ったのだ。
しかし、この行動は大きな間違いであった──
エルフたちは、何もわかっていなかった。天空人から見れば、エルフも地上人も同じ括りなのだ。野蛮で文化レベルも低く、魔法なる怪しげな迷信を信奉する下等な種族でしかない。
この問題をどうするか、天空人の指導者たちが集まり話し合う。だが、彼らの結論が出る前に行動を起こした者たちがいた。地上人など絶滅させてしまえ……という、これまた過激な思想に支配された天空人たちの一派だ。
翌日、地上は地獄と化す──
その日は、後に破砕日と名付けられた。
突然、空から巨大な火の玉が降ってきたのだ。それも続けざまにである。火の玉が落下した地点は爆発が起き、一瞬にして荒れ地に変わる。住んでいた人間も、建てられていた建築物も、美しい自然も、全てが消し炭となった。種族や国を問わず、無差別に攻撃していく。
火の玉は、数日間に渡り降り注いだ。言うまでもなく、天空人たちの攻撃である。
無論、地上人も黙ってはいなかった。地上に住む全ての種族が手を結び、天空人たちの島を攻撃する。皮肉にも、天空人たちの攻撃が敵対していたはずの者たちを結束させてしまったのだ。
激しい戦いの結果、天空人の住む島は別の世界へと追い払われて行った。もっとも、地上人たちの勝ちとも言えないだろう。
地上は最悪の変化を遂げていた。植物は生えず、空気や水も汚染されている。地上にて生きていた多数の種族や動物は、ほとんどが死に絶えた。この地獄をもたらした原因であるエルフたちも、今では絶滅してしまった。
残っているのは、地下で生活している数百人の人間やドワーフたちだけだ。もはや、この世界に未来はない……ほとんどの者が、そう思っていた。
誰もが絶望していた地下世界で、ただひとり異様な執念を持ち魔法の研究に没頭する青年がいた。
カイルは、現在二十五歳だ。まだ地上に文明があった時は、若き天才と謳われていた大魔術師である。だが、天空人たちの攻撃が彼の人生を一変させてしまった。地下に避難し、ネズミやトカゲや虫などを食いつなぎ研究を続けた。
やがて、彼は伝説の中にのみ存在していた魔法を復活させる。時間を遡行し過去に戻る術である。カイルは、その魔法を使い過去の時代へと飛んだ。
忌まわしき歴史を変えるために。
イバンカを無事に帰還させ、破砕日をなかったことにするために──
確かに、魔法により過去の時代へ飛ぶことには成功した。イバンカと接触し、彼女を守りつつ共に旅をすることとなる。
しかし、イバンカを救うことは出来なかった。カイルの目の前で、少女は呆気なく殺されてしまう。
悲しみにうちひしがれながらも、カイルは諦めなかった。もう一度、魔法を使い過去に飛ぶ。あの破砕日だけは、絶対に避けなくてはならないのだ。しかし、またしてもイバンカを死なせてしまう。
それでもカイルは諦めない。その後、何度も魔法を使い過去へと飛ぶ。様々なルートを試し、時には近隣の国王に保護を頼みもした。だが、どうやってもイバンカの死を避けられない。敵の攻撃だけでなく、事故や病気で死ぬこともあった。
その上、魔法の代償は肉体の負担となって現れた。やがて、カイルを異様な速さの老化が襲う。白髪が増え、顔の皺も増える。体力は衰え、目も霞むようになった。
やがて、カイルは気づく。これこそが、歴史の修正力と呼ばれていたものなのだ。イバンカの死という過去を変えようと様々な手段を用いるカイルは、時の流れから見れば明らかな異分子である。体の免疫には異物を排除しようとする働きがあるが、歴史の修正力も同じだ。本来の時の流れを守るため、歴史は強大な力を奮いカイルの挑戦を退ける。それはもはや、神に挑むようなものなのだ。
しかも、カイルの肉体は使い物にならなくなっていた。時間遡行の魔法を使い続けたことにより、老化はさらに進行していく。まだ三十歳にもならぬのに、杖を突かねば歩くことすら出来なくなっていたのだ。この体で、どうやってイバンカを守ればいいのだろう。
普通の人間なら、とっくに諦めていただろう。だが、カイルは諦めていなかった。いや、諦められなかったのだ。
彼は、イバンカと何度となく旅をしてきた。少女と生活し、共に笑い、時には叱り付けたりもした。そうした触れ合いの時間が、カイルを癒してくれていたのだ。希望の見えない挑戦の日々の中、イバンカとの何気ないやり取りによってカイルは救われてきた。
今のカイルにとって、破砕日を避けることと同じくらい大切なのが、イバンカを助けることであった──
やがて、カイルはひとつの仮説を立てた。歴史の修正力は、容赦なく自分の企てをぶち壊しにかかる。あらかじめ約束されているかのように、避けられない死がイバンカを襲う。
免疫機能は、体に侵入した異物を排除しようとする。しかし、体にとって異物でないと判断されたものならば、大丈夫なはずだ。
では、もともとこの時代に生きていた者たち……異分子でない者たちが、イバンカを助けようと動いたら?
異分子である自分が直接の介入をしていなくとも、修正力は発揮されるのか?
溺れる者が掴む藁より、さらに細く頼りないものかも知れない。だが、今はこれしか縋るものがないのだ。
カイルは、様々な手段を駆使し情報を集める。既にこれまでの挑戦により、歴史に語られることのない情報を多く得ていた。その数多くの情報から、最高の強者たちを絞り込む。
全ては、イバンカを守るのに相応しい者たちを捜すためだ。ひとりでは、イバンカを守りきれない。かといって、多過ぎても問題だ。暗殺者が紛れ込む可能性があるし、何より目立つ。数人の少数精鋭がベストだ。
まず白羽の矢を立てたのが、ブリンケンだった。天空人のエージェントであり、腕は立つし頭もキレる。本来の歴史では、ブリンケンはイバンカが降りて来たことすら知らなかった。破砕日の前に、天空の世界に帰ってくるはずだった。
カイルはまず、その流れを変える。イバンカが地上に降りた頃合いを見計らって、第三者を使いブリンケンに情報を流したのだ。ブリンケンは直ちに動き、イバンカと出会うことが出来た。
続いてカイルがピックアップしたのが、カーマの都を根城にしている傭兵の十三隊……通称・人外部隊である。全員、筋金入りの強者たちだ。さらに、いかなる権力にも屈しない反骨精神の持ち主でもある。同時に、人の誇りは捨てていない。法律や社会的圧力より、己の決めたルールを守り抜ける連中なのだ。
中でも、カイルが期待を寄せたのはカーロフだ。この男は、かつて天空人のフランツと地上人のビクトルが生み出した人造人間である。本来なら、この世界には存在していなかったはずの生物だ。イレギュラーな事象で誕生したからこそ、歴史における特異点になる可能性を秘めている。ひょっとしたら、歴史の修正力に対抗できるかもしれないのだ。
彼らに任せるしかない。カイルは、人外部隊の情報をブリンケンに流す。こうして、イバンカと人外部隊は出会ったのだ。
カイル自身はというと、自身の肉体を捨て去ることにした。己の魂を、器となる別の肉体に移すのだ。既に、自身の魔力は尽きかけている。これ以上、魔法を使えば寿命が尽きてしまう可能性が高い。ならば、最強の肉体に魂を移すのだ。
そのために、お誂え向きの者がいた。伝説の狂戦士ミッシング・リンクである。カーロフのデータを基に、ビクトルの弟子に当たる魔術師たちが作り上げた人造人間だ。戦場にて、ひとりで千人もの敵を殺した最強の戦士である。一応、自我らしきものはあるものの、血と殺戮を好む好戦的な怪物でしかなかった。
その狂った人格ゆえ、暗殺者ギルドの凄腕たちに殺されたことになっていたが……実際には、嵐による偶然の落雷を受け、直後に土砂崩れに埋まり機能を停止していただけだった。カイルは人を使い、その人造人間の体を掘り出させた。傷ひとつない綺麗な身体に魔法で己の魂を移し、ミッシング・リンクとなったのである。
さらに、そのミッシング・リンクがイバンカの命を狙っているという状況を演出する。彼が味方として表に出てきては、歴史の修正力が働いてしまうかもしれない。ならば、表面上は人外部隊の敵として動く。彼らを、圧倒的な力による恐怖で追い込んで行くのだ。
全ては、イバンカを救うためだった。
そして、カイルは勝利した。
人外部隊は、期待通り……いや、それ以上の活躍をしてみせる。血みどろの修羅場をくぐり抜け、時には自らの命をも捨て、イバンカのみならずブリンケンまでも守り抜いた。
しかも、カイルにとって予想外のことが起きる。地獄のごとき旅路の最中、ジョニーは覚醒し武術の奥義を悟る。彼の技は、天空人たちですら驚嘆させるものだった。下等生物という地上人への評価を、完全に覆してしまった。
そんなジョニーに、ほのかな恋心を抱くようになっていたイバンカ。ふたりは成長し、お互いの気持ちに気づく。結果、天空人と地上人との婚礼という奇跡を起こしたのだ。
今、天空人と地上人は同盟を結ぼうとしている。ふたつの世界の交流は、お互いを大きく発展させていくこととなるだろう。破砕日を回避しただけでなく、両世界の流れをも大きく変えてしまったのだ。
そのきっかけとなったのが、ジョニーとイバンカの婚礼であり……ひいては、両者を出会わせたカイルである。
マルクと、覚醒したジョニーは、ミッシング・リンクから本気の殺意を感じ取れなかった。それどころか、親愛の情に近いものを感じ取り大いに戸惑う。しかし、それも当然だろう。
ミッシング・リンクは、彼らのもうひとりの味方だったのだから──
今、リンクは……いや、カイルは奈落の底で永遠の眠りについていた。その肉体は、朽ちることも腐ることもなく残っている。
地上の世界を救っただけでなく、有り得ない奇跡をも起こしてしまった勇者・カイル。誰も、彼の戦いを知らない。誰も、彼の成した偉業を知らない、
戦う時ですら、感情を一切表さなかった仮面のごとき顔。しかし今では、満足げな表情が浮かんでいる。運命との、そして神との戦いに勝利した喜びを、十年経った今も噛み締めているように見えた。
誰かが呟いたが、反論する者はいなかった。
薄暗い室内は石造りの壁に覆われており、天井には魔法の光を放つ宝石が付けられている。他には何もない。
そんな独房のような部屋に、数人の男たちが集まっていた。年齢はまちまちだが、共通しているのは絶望の表情が顔にへばり付いていることだ。
発端は、幼い少女の好奇心だった。
天空人の少女イバンカは、以前より地上に興味を抱いていた。ある日、天空の島で装置を作動させ地上へと降り立つ。
本人は、ちょっとした探検のつもりだったのだろう。だが数日後、イバンカは無残な死体となって発見される。
遺体を発見し引き渡したのはエルフだ。エルフ族の代表者は、これは人間……つまり、地上人の仕業であると主張した。もっとも、真犯人はエルフの過激な一派である。地上に住む人間たちを天空人の手で絶滅させるため、幼子の命を奪ったのだ。
しかし、この行動は大きな間違いであった──
エルフたちは、何もわかっていなかった。天空人から見れば、エルフも地上人も同じ括りなのだ。野蛮で文化レベルも低く、魔法なる怪しげな迷信を信奉する下等な種族でしかない。
この問題をどうするか、天空人の指導者たちが集まり話し合う。だが、彼らの結論が出る前に行動を起こした者たちがいた。地上人など絶滅させてしまえ……という、これまた過激な思想に支配された天空人たちの一派だ。
翌日、地上は地獄と化す──
その日は、後に破砕日と名付けられた。
突然、空から巨大な火の玉が降ってきたのだ。それも続けざまにである。火の玉が落下した地点は爆発が起き、一瞬にして荒れ地に変わる。住んでいた人間も、建てられていた建築物も、美しい自然も、全てが消し炭となった。種族や国を問わず、無差別に攻撃していく。
火の玉は、数日間に渡り降り注いだ。言うまでもなく、天空人たちの攻撃である。
無論、地上人も黙ってはいなかった。地上に住む全ての種族が手を結び、天空人たちの島を攻撃する。皮肉にも、天空人たちの攻撃が敵対していたはずの者たちを結束させてしまったのだ。
激しい戦いの結果、天空人の住む島は別の世界へと追い払われて行った。もっとも、地上人たちの勝ちとも言えないだろう。
地上は最悪の変化を遂げていた。植物は生えず、空気や水も汚染されている。地上にて生きていた多数の種族や動物は、ほとんどが死に絶えた。この地獄をもたらした原因であるエルフたちも、今では絶滅してしまった。
残っているのは、地下で生活している数百人の人間やドワーフたちだけだ。もはや、この世界に未来はない……ほとんどの者が、そう思っていた。
誰もが絶望していた地下世界で、ただひとり異様な執念を持ち魔法の研究に没頭する青年がいた。
カイルは、現在二十五歳だ。まだ地上に文明があった時は、若き天才と謳われていた大魔術師である。だが、天空人たちの攻撃が彼の人生を一変させてしまった。地下に避難し、ネズミやトカゲや虫などを食いつなぎ研究を続けた。
やがて、彼は伝説の中にのみ存在していた魔法を復活させる。時間を遡行し過去に戻る術である。カイルは、その魔法を使い過去の時代へと飛んだ。
忌まわしき歴史を変えるために。
イバンカを無事に帰還させ、破砕日をなかったことにするために──
確かに、魔法により過去の時代へ飛ぶことには成功した。イバンカと接触し、彼女を守りつつ共に旅をすることとなる。
しかし、イバンカを救うことは出来なかった。カイルの目の前で、少女は呆気なく殺されてしまう。
悲しみにうちひしがれながらも、カイルは諦めなかった。もう一度、魔法を使い過去に飛ぶ。あの破砕日だけは、絶対に避けなくてはならないのだ。しかし、またしてもイバンカを死なせてしまう。
それでもカイルは諦めない。その後、何度も魔法を使い過去へと飛ぶ。様々なルートを試し、時には近隣の国王に保護を頼みもした。だが、どうやってもイバンカの死を避けられない。敵の攻撃だけでなく、事故や病気で死ぬこともあった。
その上、魔法の代償は肉体の負担となって現れた。やがて、カイルを異様な速さの老化が襲う。白髪が増え、顔の皺も増える。体力は衰え、目も霞むようになった。
やがて、カイルは気づく。これこそが、歴史の修正力と呼ばれていたものなのだ。イバンカの死という過去を変えようと様々な手段を用いるカイルは、時の流れから見れば明らかな異分子である。体の免疫には異物を排除しようとする働きがあるが、歴史の修正力も同じだ。本来の時の流れを守るため、歴史は強大な力を奮いカイルの挑戦を退ける。それはもはや、神に挑むようなものなのだ。
しかも、カイルの肉体は使い物にならなくなっていた。時間遡行の魔法を使い続けたことにより、老化はさらに進行していく。まだ三十歳にもならぬのに、杖を突かねば歩くことすら出来なくなっていたのだ。この体で、どうやってイバンカを守ればいいのだろう。
普通の人間なら、とっくに諦めていただろう。だが、カイルは諦めていなかった。いや、諦められなかったのだ。
彼は、イバンカと何度となく旅をしてきた。少女と生活し、共に笑い、時には叱り付けたりもした。そうした触れ合いの時間が、カイルを癒してくれていたのだ。希望の見えない挑戦の日々の中、イバンカとの何気ないやり取りによってカイルは救われてきた。
今のカイルにとって、破砕日を避けることと同じくらい大切なのが、イバンカを助けることであった──
やがて、カイルはひとつの仮説を立てた。歴史の修正力は、容赦なく自分の企てをぶち壊しにかかる。あらかじめ約束されているかのように、避けられない死がイバンカを襲う。
免疫機能は、体に侵入した異物を排除しようとする。しかし、体にとって異物でないと判断されたものならば、大丈夫なはずだ。
では、もともとこの時代に生きていた者たち……異分子でない者たちが、イバンカを助けようと動いたら?
異分子である自分が直接の介入をしていなくとも、修正力は発揮されるのか?
溺れる者が掴む藁より、さらに細く頼りないものかも知れない。だが、今はこれしか縋るものがないのだ。
カイルは、様々な手段を駆使し情報を集める。既にこれまでの挑戦により、歴史に語られることのない情報を多く得ていた。その数多くの情報から、最高の強者たちを絞り込む。
全ては、イバンカを守るのに相応しい者たちを捜すためだ。ひとりでは、イバンカを守りきれない。かといって、多過ぎても問題だ。暗殺者が紛れ込む可能性があるし、何より目立つ。数人の少数精鋭がベストだ。
まず白羽の矢を立てたのが、ブリンケンだった。天空人のエージェントであり、腕は立つし頭もキレる。本来の歴史では、ブリンケンはイバンカが降りて来たことすら知らなかった。破砕日の前に、天空の世界に帰ってくるはずだった。
カイルはまず、その流れを変える。イバンカが地上に降りた頃合いを見計らって、第三者を使いブリンケンに情報を流したのだ。ブリンケンは直ちに動き、イバンカと出会うことが出来た。
続いてカイルがピックアップしたのが、カーマの都を根城にしている傭兵の十三隊……通称・人外部隊である。全員、筋金入りの強者たちだ。さらに、いかなる権力にも屈しない反骨精神の持ち主でもある。同時に、人の誇りは捨てていない。法律や社会的圧力より、己の決めたルールを守り抜ける連中なのだ。
中でも、カイルが期待を寄せたのはカーロフだ。この男は、かつて天空人のフランツと地上人のビクトルが生み出した人造人間である。本来なら、この世界には存在していなかったはずの生物だ。イレギュラーな事象で誕生したからこそ、歴史における特異点になる可能性を秘めている。ひょっとしたら、歴史の修正力に対抗できるかもしれないのだ。
彼らに任せるしかない。カイルは、人外部隊の情報をブリンケンに流す。こうして、イバンカと人外部隊は出会ったのだ。
カイル自身はというと、自身の肉体を捨て去ることにした。己の魂を、器となる別の肉体に移すのだ。既に、自身の魔力は尽きかけている。これ以上、魔法を使えば寿命が尽きてしまう可能性が高い。ならば、最強の肉体に魂を移すのだ。
そのために、お誂え向きの者がいた。伝説の狂戦士ミッシング・リンクである。カーロフのデータを基に、ビクトルの弟子に当たる魔術師たちが作り上げた人造人間だ。戦場にて、ひとりで千人もの敵を殺した最強の戦士である。一応、自我らしきものはあるものの、血と殺戮を好む好戦的な怪物でしかなかった。
その狂った人格ゆえ、暗殺者ギルドの凄腕たちに殺されたことになっていたが……実際には、嵐による偶然の落雷を受け、直後に土砂崩れに埋まり機能を停止していただけだった。カイルは人を使い、その人造人間の体を掘り出させた。傷ひとつない綺麗な身体に魔法で己の魂を移し、ミッシング・リンクとなったのである。
さらに、そのミッシング・リンクがイバンカの命を狙っているという状況を演出する。彼が味方として表に出てきては、歴史の修正力が働いてしまうかもしれない。ならば、表面上は人外部隊の敵として動く。彼らを、圧倒的な力による恐怖で追い込んで行くのだ。
全ては、イバンカを救うためだった。
そして、カイルは勝利した。
人外部隊は、期待通り……いや、それ以上の活躍をしてみせる。血みどろの修羅場をくぐり抜け、時には自らの命をも捨て、イバンカのみならずブリンケンまでも守り抜いた。
しかも、カイルにとって予想外のことが起きる。地獄のごとき旅路の最中、ジョニーは覚醒し武術の奥義を悟る。彼の技は、天空人たちですら驚嘆させるものだった。下等生物という地上人への評価を、完全に覆してしまった。
そんなジョニーに、ほのかな恋心を抱くようになっていたイバンカ。ふたりは成長し、お互いの気持ちに気づく。結果、天空人と地上人との婚礼という奇跡を起こしたのだ。
今、天空人と地上人は同盟を結ぼうとしている。ふたつの世界の交流は、お互いを大きく発展させていくこととなるだろう。破砕日を回避しただけでなく、両世界の流れをも大きく変えてしまったのだ。
そのきっかけとなったのが、ジョニーとイバンカの婚礼であり……ひいては、両者を出会わせたカイルである。
マルクと、覚醒したジョニーは、ミッシング・リンクから本気の殺意を感じ取れなかった。それどころか、親愛の情に近いものを感じ取り大いに戸惑う。しかし、それも当然だろう。
ミッシング・リンクは、彼らのもうひとりの味方だったのだから──
今、リンクは……いや、カイルは奈落の底で永遠の眠りについていた。その肉体は、朽ちることも腐ることもなく残っている。
地上の世界を救っただけでなく、有り得ない奇跡をも起こしてしまった勇者・カイル。誰も、彼の戦いを知らない。誰も、彼の成した偉業を知らない、
戦う時ですら、感情を一切表さなかった仮面のごとき顔。しかし今では、満足げな表情が浮かんでいる。運命との、そして神との戦いに勝利した喜びを、十年経った今も噛み締めているように見えた。
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ありがとうございます。チャック村は、チャックというとんでもない大悪党が作った村です(笑)。でも、そこがカーロフの居場所になりました。