七人の勇者たち

板倉恭司

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最後の戦い

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 ジョニーは、通路を戻っていった。
 今しがた激戦を終えたばかりだというのに、落ち着いた様子で進んでいく。呼吸はほとんど乱れておらず、体には傷ひとつない。
 イバンカとブリンケンは、歩いて来るジョニーの姿を見て安堵の表情を浮かべた。戦いの音は、ここにまで響いていたのだろう。
 そんなふたりに、ジョニーは微笑んだ。

「終わったぜ。さあ、行こうか」




 やがて三人は、石の橋に乗る。先ほどの激戦を物語るかのように、大量の矢が落ちていた。ブリンケンは、それを見て苦笑する。
 だが、イバンカは違うものに興味を引かれていた。

「おおお、凄いのだ……」

 橋から下を見下ろし、少女は呟いた。底にあるものを見ようと目を凝らすが、闇はあまりにも深く濃い。何も見えなかった。

「おいおい、落ちるなよ」

 ブリンケンが、軽い口調で言った時だった。またしても、ジョニーの表情が変わる。

「悪いが、また用事が出来た。先に行ってくれ」

「どういうことだ? また、何か来たのか?」

 訝しげな表情のブリンケンに、ジョニーは顔をしかめ頷いた。

「ああ。最後の大物が来たらしい。イバンカを連れて、早く行ってくれ」

 言った時だった。イバンカが走って来て、ジョニーにしがみつく。

「待つのだ! イバンカは、ジョニーが一緒でなくては行かないのだ! 一緒に行くのだ!」

 今にも泣き出しそうな顔で訴える少女だった。ジョニーは。その訴えを無視しブリンケンの方を向く。

「悪いが、イバンカを連れて行ってくれ」

 感情を押し殺した声だった。しかし、イバンカは首を横に振り拒絶する。ジョニーの秘めた決意に気づいたのか。

「嫌なのだ! イバンカも一緒に戦うのだ!」

 途端に、ジョニーの表情が変わる。

「バカ言うな! あいつらの死を無駄にするつもりか!」

 怒鳴られたイバンカは、ビクリとなり後ずさる。それでも、立ち去ろうとしなかった。体を震わせながらも、じっとジョニーを睨みつけている。意地でも離れる気はないらしい。
 その時、ブリンケンが動いた。有無を言わさずイバンカを抱き上げたかと思うと、脇目も振らず走っていく。少女は必死で叫ぶが、彼は足を止めない。
 イバンカの声が響き渡る中、ブリンケンは橋を渡りきり姿を消した。
 入れ替わるかのように、その場に現れた者がいる──

「やっぱり、あんただったか。本当にしつこい奴だな。ここまで追ってくるとは、おそれいったよ」

 ジョニーの声には、奇妙な感情がこもっている。古き友を迎えるかのような、不思議な声音だった。
 現れた者は、ミッシング・リンクであった。黒いマントを羽織り黒いシャツを着て、こちらにゆっくりと歩いて来る。その顔には、何の表情も浮かんでいない。

「それにしてもよ、今になってわかったよ。あんた、ものすごく強いんだな。こりゃあ、どう足掻いても勝ち目ないわな」

 言った後、ジョニーはくすりと笑った。無論、おかしくて笑ったわけではない。これは、笑うしかない状況だった。
 初めて遭遇した時には、全く感じ取れなかった。しかし、今ならわかる。目の前にいる大男の強さは、計り知れないものだ。これまで見てきた中で、掛け値なしに最強の戦士である。もはや神の域に達しているのではないか……とさえ思えた。覚醒したジョニーの五感は、はっきりと告げている。
 この男と戦ったら、万にひとつの勝ち目もないと──

 だが、ジョニーの任務はリンクに勝つことではない。イバンカとブリンケンを、無事に元の世界に帰すことだ。
 ならば、それまでの僅かな時間を稼げればいい。今の自分になら、それが可能だ。
 ジョニーは、ふたたび精神を集中させる。リンクを見すえ、低い姿勢で構えた。
 その時だった。ジョニーは異様な感覚に襲われる。頭をガンと殴られるような衝撃に、思わず顔を歪めた──

 なんだこれは?

 ジョニーは混乱した。突然、襲ってきた感覚のため、精神の集中が乱れる。その間にも、リンクはゆっくり近づいて来ていた──

 な、何が起きてる!?

 混乱しながら、思わず後ずさる。一体、何がどうなっているのかわからない。確かなことは……リンクの接近に伴い、強烈な違和感を覚えているということだけだ。
 同時に、ある言葉が脳裏に甦った。

(あいつ、変だったから)

 リンクと初めて戦った時、マルクの発したセリフだ。
 あの時、マルクは全く手を出さなかった。きょとんとした表情で、リンクの暴れっぷりを眺めていたのだ。
 当時のジョニーは、その行動を怯えによるものだと判断し、マルクを罵った。しかし、今にして思えば有り得ない話なのだ。マルクは、仲間に危機が及べばドラゴン相手にも戦いを挑む男である。ビビるはずがない。
 では、あの時なぜ戦わなかったか……この違和感を、ジョニー以上に強く感じていたからではないか。
 優れた野生の勘を持つマルクは、目の前にいるリンクから、を全く感じとれなかった。だから、困惑し戸惑っていたのだ。
 ジョニーは、思わず顔を歪める。そんなはずはない。何かの間違いだ。だが、今のリンクからはが感じ取れない……。

 呆然となっているジョニー……その時、さらに場を混乱させる者が現れた。
 突然、リンクが足を止める。ゆっくりとした動作で振り向いた。
 その視線の先にあるものは……カーロフだった。身にまとっていたはずの衣服はボロ切れと化しており、ツギハギだらけの異様な体が剥き出しになっている。しかも、己の血とも返り血ともつかないものを大量に浴びているのだ。
 そんな体でありながら、カーロフは進んできた。リンクを睨みつけ、よろよろとした足取りで近づいて来る。

「カーロフ……」

 ジョニーは呟いていた。まさか、この男まで姿を現すとは──
 頭にうごめく疑問を、仲間に再会できた感動が消し去った。目の前に最強の敵がいるにもかかわらず、ジョニーの目はカーロフの方に向かれていた。
 カーロフは、体をふらつかせながらも歩いていく。その目は、リンクをしっかり捉えている。
 リンクの方は、その場に立ち止まったままカーロフに視線を当てていた。
 そんな状況の中、不意にカーロフの目がジョニーへと向けられる。直後、口を開いた。

「死んでいった者たちのためにも、あなたは生きなくてはなりません。生きて、己の可能性をもっともっと探究していってください。この世界は広く、若いあなたには無限の可能性があるのです。今後、あなたが何を成し遂げるか……私は、己の全てをあなたの可能性に賭けます」

「な、何を言ってるんだ……」

 呟くジョニー……その時、リンクが彼の方を向いた。
 その顔に、笑みが浮かぶ。

「俺の勝ちだ」

 はっきりと、そう言ったのだ。最強の傭兵なりの勝利宣言だろうか。
 しかし、敗者であるはずのジョニーに向ける目は、とても穏やかなものだった。親愛の情に近いものすら感じさせる。例えるなら、幾多の戦場を共に生き抜いてきた戦友に向ける眼差しだろうか。
 訳のわからない展開に、ジョニーはたじろぐ。だが、その瞬間に行動を開始した者がいた。

 突然、リンクの巨体に何かが組み付く。
 カーロフだ。先ほどまでのよろよろした動きは、全て芝居だった。この一瞬の隙を、じっと待っていたのだ。
 リンクに組み付いたカーロフは、そのまま一気に押し込んでいく。行く先は、奈落の闇だ──

「カーロフ!」

 ハッと我に返り、叫ぶジョニー。その時、既にふたりの体は宙へと飛んでいた。
 一瞬にして、奈落の底へと落ちていく──

「そ、そんな……」

 ジョニーは呻きながら、崩れ落ちた。その場で膝を着く。また、目の前で仲間を死なせてしまった。
 ひとりだけ、生き延びてしまった。

 なぜ、俺が生き延びた?

 呆然とした表情で、奈落を見つめるジョニー。その時、声が聞こえてきた。

「ジョニー! 大丈夫なのか!?」

 叫びながら、走ってきたのはブリンケンだ。どうやら、まだ帰っていなかったらしい。

「お前、まだいたのか」

 そう言って、ジョニーは苦笑する。どうやら、自分を助けるために残っていたらしい。
 そんな値打ちなど、自分にはないのに。
 しゃがみ込んだまま動かないジョニーのそばに来ると、ブリンケンは周りを見回しながら口を開く。

「イバンカは先に帰した。あの子と約束したんだよ。必ずお前を助ける、ってな。ところで、用事とやらは片付いたのか?」

「ああ、一応は片付いたよ。でも、俺がやったわけじゃねえ」

 そう言って、ジョニーは自嘲の笑みを浮かべる。
 みんなが、目の前で死んでいった。そして、自分ひとりだけが生き延びてしまった。

「だったら、ちょうどいい。ジョニー、お前も来てくれ」

 ブリンケンの申し出に、ジョニーは首を捻る。

「はあ? どこにだよ」

 聞き返したが、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「俺たちの世界に、来てもらいんだ。何があったか、きっちり証言してくれ」

「なぜだよ……なんで俺が?」

 唖然となっているジョニーだったが、ブリンケンは語り出す。

「まず、証言する人間は多い方がいい。それに、これはチャンスでもあるんだ」

「チャンス?」

「そうだ。地上人がどんな人間なのか、上の連中に知ってもらうには良い機会なんだよ」

 ブリンケンの声は、熱を帯びていた。熱く語りかける彼に、ジョニーは圧倒され聴き入っていた。

「基本的に、地上の人間を天空の世界に連れてくるのは違法なんだ。しかしな、今回は別だよ。なんたって、お前は天空人の少女を救った勇者なんだからな」

 言った後、ブリンケンはしゃがみ込んだ。ジョニーの目を、じっと見つめる。

「だから、来てくれ。お前が必要なんだ」




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