七人の勇者たち

板倉恭司

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覚醒

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「止まるんだ」

 三人が歩いていた時、ジョニーが声を発した。同時に、その場で歩みを止める。

「どうしたんだ?」

 立ち止まり、訝しげな表情で尋ねたのはブリンケンだ。イバンカも、不思議そうな顔をしている。

「ちょっと、ここで待っていてくれ。邪魔な障害物があるみたいだから、行ってどかしてくる」

 言ったかと思うと、ジョニーは早足で歩き出す。ふたりを追い越し、すたすたと前に進んで行った。

「どういう意味だよ?」

 言いながら、ブリンケンが一歩進み出る。すると、ジョニーは振り返った。
 直後、周囲の空気が一変する──
 静かな表情を浮かべているが、ジョニーの体からは異様な闘気が漂い始めていた……これまでにない圧力を感じ、さすかのブリンケンも後ずさる。今までのジョニーとは、完全に違うものだった。
 その動きを見て、ジョニーは小さく頷く。それでいいんだ、というような表情で口を開いた。

「いいから、ここで待っていてくれ」

 低い声で言った直後、イバンカの方に顔を向ける。

「イバンカ、お前もだ。ここでおとなしく待ってろよ」

 そう言うと、ジョニーは歩き出した。しかし、今度はイバンカが口を開く。

「待つのだ。ジョニーは、ちゃんと帰ってくるのだろうな?」

 声は震えているが、同時に強い意思が感じられる。答えを聞かねば行かせない、という思いを秘めていた。ジョニーは立ち止まり、振り返る。

「ああ、もちろんだ。俺を信じろ」

 その顔には、今までのような若者特有の向こう見ずさはない。代わりに、揺るぎない確かな自信がある。見ているこちらまで、安心させてしまうようなものだ……その自信に気圧されるまま、イバンカはこくんと頷いた。

「わ、わかったのだ。では、早く戻って来て欲しいのだ」




 洞窟の中、ジョニーはひとり進んでいく。だが、いくらも歩かぬうちに風景は一変した。
 前方に見えるのは、巨大な穴としかいいようのないものだ。中央を、石で出来た長い橋が真っ直ぐ伸びていた。幅は、今までの通路と同じくらいだろう。
 橋の左右は、何もない状態だった。完全な闇に包まれている。橋とその周りには天井の明かりがかろうじて届いているが、あとは暗闇に覆われているのだ。あまりにも異様な光景であった。
 もっとも、ジョニーは周囲の風景など見ていない。彼の目は、違うものを捉えていた。
 橋の上には、大勢の兵士たちが立っている。いずれも革の鎧を着ただけの軽装だが、手には弓を持ち腰には細身の剣をぶら下げていた。
 そんな彼らの顔は、人間とは似て非なるものだった。染みひとつない真っ白い肌に、闇を照らすかのように輝く金色の髪。女神ですら羨みそうなほど、美しく整った顔立ち。背は高く、体は細いが筋肉質であることは鎧の上からでも見てとれる。
 そして、一番の特徴である長く尖った耳……そう、彼らはエルフである。この地で一番の長命にして、もっとも美しい種族と言われている。
 エルフたちは皆、こちらに敵意ある視線を向けていた。ジョニーは、構わずどんどん進んでいく。
 両者の距離は狭まる、と、エルフたちは一斉に弓を構えた。射れば、確実に当たる間合いだろう。だが、今のところ攻撃してくる気配はない。
 そんな状況で、ひとりのエルフが進み出て口を開いた。

「そこで止まってくれ。少し、話をしようじゃないか」

 人間の使う言語だが、綺麗な滑舌だ。発音も完璧である。ジョニーは、言われた通り立ち止まった。
 すると、エルフは満足げに頷く。

「よくぞ、ここまでたどり着いたな」

 エルフはジョニーを見つめ、余裕綽々という態度で語り続ける。

「私はディートリヒ、皆のリーダーをさせてもらっている」

「全く、あんたらエルフってのはどこにでも顔を出すんだな。ゴキブリみてえだ」

 ジョニーの口調は冷ややかなものだった。ひとりのエルフが何やら言いかけたが、ディートリヒがそれを制し語り出す。

「当然だろう。もともと、ここは我らが作ったものだ。他にも、ここに入る道はあるのだよ。ところで、君は知っているかな。この大地が、丸いということを。この奈落の下は、丸い大地の反対側に続いているそうだ」

 言いながら、ディートリヒは橋の周囲の闇を指差した。だが、ジョニーの反応は薄い。

「いいや、初耳だな」

 即答する彼に、ディートリヒは軽蔑するような視線を向ける。

「君たち人間は、その程度なのだ。何も知らないし、何もわかっていない。そのくせ、この大地は自分たちのものだと思い込んでいる。人間たちよりも遥か昔から、我々エルフはこの地を支配していたのだよ」

 芝居がかった動きを交え、ディートリヒは語る。ジョニーは、無言のまま立っていた。

「ところが、今はどうだ。君たち人間が、この地上を好きなように荒らしている。しまいには、勝手に国など作り土地に境界線を作る始末だ」

 そこで、ディートリヒは腰の剣を抜いた。ぶんと振って見せる。

「我々エルフは決めたのだ。この地を支配できる資格があるのは誰なのか……人間にわからせることにしたよ。邪魔な人間の九割を滅ぼした後、天空人たちと我々エルフとが、この地上を管理するのさ」

 熱く語るディートリヒだったが、ここでニッコリと微笑んだ。

「しかし、ここまで生き延びてきた君の有能さは、称賛に値する。我々も、君にはいささかの敬意を抱いているのだよ。そこでだ、速やかに天空人の少女を渡してもらいたい。そうすれば、君を特別に我々の一員として迎えてあげよう」

 そんなエルフの提案も、ジョニーの耳には全く届いていないらしい。彼は突然、着ていたシャツを脱ぎ捨てた。
 逞しい上半身をあらわにした姿で、深く息を吸い込む。
 次の瞬間、思い切り吐き出した。ハァッ! という声が盛れる。武術に特有の呼吸法だ。
 直後、低い姿勢で構える──

「ごちゃごちゃうるせえよ。やるなら、さっさと始めようや」

 その言葉に、ディートリヒは眉をひそめ口を開いた。

「君は、この状況がわかっていないようだな。ここにいるのは、我々の中でも選りすぐりの手練れだ」

「そうかい、そりゃよかったなあ」

 ジョニーに、引く気配はない。ディートリヒは溜息を吐いた。

「君が、ここまでの愚か者とは思わなかった。どうしても死にたいようだね」

 次の瞬間、ディートリヒが片手を上げる。
 一瞬遅れて、矢が放たれた──
 大量の矢が、ジョニーめがけて真っ直ぐ飛んでいく。エルフたちの弓は特殊なものであり、射たれた矢は人間のそれより強い威力を持つ。鉄の鎧ですら、簡単に貫通できるのだ。
 しかも、放たれる矢は肉眼でとらえることの出来ない速さで飛んでいく。狙いも正確である。ジョニーの体は、ハリネズミのごとき有り様になっている……はずだった。
 ところが、エルフたちにとって予想外のことが起こる。矢が当たる瞬間、ジョニーの体がフワッと浮いた……ように見えた。
 直後、矢が全て落とされていたのだ──

(そんなバカな……)

 ひとりのエルフが、彼らの言語で呟く。目の前で起きたことが信じられないのだろう。
 一方、ジョニーの表情は冷めたものだった。平静な顔つきで、じっとエルフたちを見つめている。
 すると、ディートリヒがエルフ語で叫んだ。

(どうせ今のは、つまらん魔法だ。弓が効かないなら、剣で殺せ!)

 直後、エルフたちは一斉に襲いかかる。だが、彼らを待っていたのは、予想もつかない展開だった──

 見える……奴らの次の動きが、完璧に追える!

 今のジョニーは、異様な感覚に支配されていた。
 剣を振りかざし、襲い来るエルフたち……その全ての動きが、手に取るようにわかるのだ。前から切りかかろうとする者、左右から突きかかろうとする者、背後に回り見えない位置から攻撃をかけようとする者……彼ら全員の動きが、周囲の空気を揺らす。その微かな振動が、剥き出しになった上半身の肌に情報として伝わってきた。
 肌に伝わってきた情報は、脳内で瞬時に映像へと変わる。まるで、上空から見下ろしているかのようである。
 その映像に対し、体が即座に反応し適切な動きを選び取る。と同時に、手足が動き技を放っていた。
 今も背後からの攻撃を、最小限の動きで躱す。紙一重の間合いで剣の攻撃を避け、同時にカウンターの突きを急所へと当てていく。直後、ほぼ同時に左右から振るわれる刃を、素手でいなすようにさばきながら、連続での蹴りを叩き込む──
 その攻防には、無駄な動きも力も必要なかった。ジョニーの技が、完璧なタイミングで襲いくる敵に炸裂していく。エルフたちはジョニーの技を受け、次々と奈落の底に落ちていった──

 これが、武術の奥義なのだ。

 戦いの最中、ジョニーははっきりと悟った。
 人外部隊での戦いの日々……繰り返される実戦により、ジョニーの戦闘技術は磨き抜かれていた。状況に応じ、何をすればいいかは体で習得している。
 そして今、ジョニーの肉体と精神は、この瞬間に完璧なまでに集中しきっていた。極限の集中により研ぎ澄まされた五感が、彼に神の視点を与えてくれている。神の視点により得られた情報を、実戦により磨き抜かれた技で処理していく。
 岩を砕く拳も、手のひらから発射する火の玉も必要ない。この境地に至ることこそが、真の奥義だったのだ。
 今のジョニーは、完璧な戦闘機械と化していた──


(う、嘘だ……あり得ない)

 ディートリヒは、エルフ語で呟いていた。
 ここにいるのは、エルフ族の中でも選りすぐりの強者たちである。剣も弓もトップクラスの精鋭たちだ。
 しかも、エルフたちの歴史は一万年を超えている。その長い歴史の中で、独自の文化を築いてきた。剣術や弓術もまた、長い時を経て独自の発展を遂げている。歴史の浅い人間の武術など、足元にもおよばないレベル……のはずだった。
 ところが、目の前では想像もしていなかったことが起きている。自分たちの足元にもおよばないはずの人間が、たったひとりで百名近いエルフの精鋭たちを圧倒している。
 いや、圧倒などという生易しいものではない。精鋭たちが、完全に子供扱いである。戦いと呼べるものではない。これは一方的な殺戮だ──

(なぜだ……たかだか数十年の寿命しかない下等生物が、我々を超えたと言うのか)

 思わず下を向き、エルフ語で呟く。その時だった。

「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。残るは、あんたひとりだぜ」

 不意に聞こえてきた声に、ディートリヒは慌てて顔を上げる。
 いつの間に接近したのだろう、目の前にジョニーが立っていた。一方、彼の部下はひとりもいない。
 全員、ジョニーに橋から叩き落とされたのだ。

「手下は全員、下に落ちたぜ。あんたも行ってきな。この奈落の底に、何があるか見てきてくれよ」

「ま、待ってくれ! わ、私はエルフ族の重要人物……ハイ・エルフなのだ。君も聞いたことがあるだろう?」

 ディートリヒは、体を震わせながら言った。その目には、涙が浮かんでいる。

「私を生かしておけば、君を我々の国に招待するよ! 君らが、今まで見たこともないような宝を──」

 最後まで言い終えることはできなかった。命乞いのセリフの途中、ジョニーの右足が放たれる。
 右のハイキックが、音もなくディートリヒの顔面を打ち抜いた。自称ハイ・エルフは声をあげる間もなく意識を失い、奈落の底へ落ちていく──

「お前、顔は本当に綺麗だったな。けどな、お前らの腐った腹ん中は、どんな化け物より醜いぜ」





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