七人の勇者たち

板倉恭司

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相談

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 馬車はザフィーの指示に従い、ゆっくりと森の中を進んで行く。
 全員、黙ったまま周囲に気を配っていた。あのミッシング・リンクが、いつ姿を現すかわからない。一行の雰囲気は、否応なしに暗いものになっていた。
 しばらく進んでいくと、急に目の前が開けてきた。それまで視界を遮っていた木々が少なくなり、生えている草も低いものに変わっていく。明らかに、人の手によるものだろう。
 さらに進んでいくと、大きな山が見えてきた。ごつごつした岩によって構成されており、木は生えていない。高さはかなりのもので、馬車ごと登るのは難しいだろう。
 それでも、馬車は進んでいく。と、不意に声が聞こえてきた。

「そこの馬車、止まれ」

 男の声だ。相手の姿は見えないが、馬車は止まるしかなかった。

「どうするんだ?」

 御者台のブリンケンが、ザフィーに尋ねる。

「警戒厳重だからね。あたしが行くよ」

 言うと同時に、彼女は馬車を降りた。岩山に呼びかける。

「あたしゃ、魔女のザフィーだよ。マルサムに用があって来た。入れてもらえるかい?」

「この中に入れるのは、我らと同じ部族出身の者だけだ。それ以外の者が、ここを通ることは許されん」

 またしても、男の声が返ってくる。先ほどとは、別の声だ。どうやら、複数の男が隠れているらしい。

「そうかい。仕方ないねえ」

 ザフィーは、馬車の方に顔を向ける。

「ちょっと、ここで待っててくれるかい、話をつけてくるよ」

「待ってください。ひとりで大丈夫ですか?」 

 声をかけたのはカーロフだ。しかし、ザフィーはかぶりを振った。

「大丈夫、とは言えない。けどね、マルサムって男は気難しい奴なんだよ。あんたらに付いて来られると、かえって面倒なことになる。ひとりで行くしかないのさ」

 そう言うと、ザフィーは岩山へと進んでいく。直後、岩陰から男たちが姿を現した。その数は、ざっと十人。全員が黒人であり、革の鎧を着ていた。手にはボウガンを持ち、腰には剣をぶら下げている。
 ひとりが、巨大な岩石に触れ何か囁く。すると、岩石がひとりでに動き出した。見えない何かに押されたかのように転がったかと思うと、ぴたりと止まる。
 岩石が動いた場所には、穴が空いていた。ザフィーは、その中に入っていく。続いて、男たちも入って行った。



 洞窟の中には、不思議な光景が広がっていた。
 通路には、等間隔でランプが設置されている。そのため、中は明るく照らされていた。また、木材で補強されており崩れる心配もない。時おりすれ違う者もいたが、ザフィーには不審そうな視線を向ける。彼らから見れば、ザフィーはよそ者なのだ。言うまでもなく、全員が黒人だ。
 そんな中、ザフィーは無言のまま進んでいく。実のところ、彼女もここに来るのは久しぶりだ。あまり来たくなる場所でもない。正直に言うなら、マルサムという男はあまり好きではなかった。
 だが、今はこの男以外に頼れる者がいないのだ。
 ひとりの女が、彼女の横をすり抜けていく。と、足を止め振り返った。

「ザフィーさん、ですよね?」

 声をかけてきた女を、ザフィーはしげしげと見つめた。まだ若く、十代後半から二十代前半か。革の服を着ており、こちらを見る目からは、何やら異様なものを感じる。ただ、敵意でないのは確かだ。
 ザフィーは首を捻る。この女に見覚えはない。昔、どこかで会ったのだろうか。
 もっとも、今はそれどころではない。

「すまないけど、話は後だ。今は、マルサムに用があるんだよ」

 そう言うと、ザフィーは奥へと歩いていった。



「久しぶりだね」

 ザフィーの挨拶に、マルサムは無表情で言葉を返す。

「そうだな」

 素っ気ない態度だ。
 髪は綺麗に剃り込まれ、骨で出来た奇妙な首飾りをぶら下げている。実のところ、その骨は人間の小指のものなのだ。これまで自らの手で殺してきた死体から小指を切り取り、首飾りに追加している。その本数は、三十を超えているだろう。
 背は高く、がっちりした体格である。逞しい体には、毛皮のベストと革の腰巻きを身に付けていた。地面にあぐらをかいた姿勢で座り、ザフィーを見上げている。

「本当なら、昔話でもしたいところだけどね。あいにく、そんな暇はないんだよ。ちょいと、込み入った事情があってね」

 ザフィーの言葉に、マルサムはふふんと鼻で笑った。

「そうだろうな。お前は、既に賞金首となっている。あちこちの国で、お前たちの人相書きを見たそうだ」

「本当かい。やれやれ、だね」

 まさか、そこまで大事おおごとになっているとは……だが、嘆いている場合ではない。

「それで、いったい何用だ」

「子供をひとり、バルラト山に連れていきたい。ところが、その子は追われる身なんだよ。地図に載っている道を行こうものなら、待ち伏せされるのがオチだ。あたしの部下が、既にふたり殺られた。このままだと、その子が殺される」

「子供というのは、白い肌の赤毛の少女か? イバンカという名だと聞いている」

 マルサムの言葉を聞いた瞬間、ザフィーは思わず顔をしかめた。まさか、ここまで知れ渡っているとは。

「よく知ってるね。その通りさ」

「なら、無理だ。我々が動くのは、同じ部族のためだけだ。お前のためなら、我々も命を張る覚悟はある。しかし、お前以外の者のために命は懸けられん」

 冷たい口調で、マルサムは言い放つ。ザフィーは口元を歪めつつも、話を続けた。

「マルサム、あたしはあんたのために色々やってきた。時には、ヤバい橋も渡ったよ。そんなあたしの頼みを、聞いてくれないのかい?」

「確かに、お前には助けられた。そのことに感謝もしている。だが俺は、奴隷たちを解放するためだけに活動している。ここには、追われている者たちも大勢いるんだ。悪いが、イバンカとかいうガキを助けるわけにはいかない」

 マルサムの態度はにべもない。確かに、ここには奴隷たちが身を隠している。マルサムは、奴隷解放のためだけに動いているのだ。ザフィーも、そのことはよくわかっていた。

「何も、あんたらに護衛を頼もうってわけじゃない。人目に付かないような道を教えてくれればいいんだ」

「駄目だ。部外者に秘密のルートを教えたら、確実にバラされる」

「そんなこと、あたしがさせない。ねえ、頼むよ。あたしらに出来ることなら、何でもする」

「絶対に駄目だ。そもそも、お前の仲間たちをここまで近づけたこと自体、有り得ない話なのだぞ。本来なら、問答無用で皆殺しだ。生かしておいているだけでも、ありがたいと思え」

 言い放ったマルサムの目には、確固たる信念がある。ザフィーはふと、かつて任務で訪れた村のことを思い出した。土着の神を、固く信じていた村人たち。彼らは自分たちの食べる分を減らしてまで、偶像への供物を捧げていたのだ。
 今のマルサムには、同じものを感じる。そう、彼は部外者を信用していない。信用しないからこそ、今までやってこれた。そうやって作られた信念は、もはや信仰心と同レベルのものだろう。
 どうやら、話は平行線のようだ。これ以上話しても、時間の無駄だろう。

「そうかい、わかったよ」

 言った後、ザフィーは溜息を吐いた。直後、くすりと笑う。無論、おかしくて笑ったのではない。

「あたしらは、今まで差別されてきた。スカした貴族どもに奴隷として扱われ、仲間が虫けらみたいに殺されるのも見てきた。差別される者のつらさを、嫌というほど経験してきた。あんただって、同じだよね」

 そこで、ザフィーの表情が一変した。目が合ったものを焼き尽くす……そんな錯覚すら感じるほどの激しい目つきで、マルサムを睨みつけた──

「それが、いざ権力を握った途端、今度は差別する側に回るってわけかい。たいした思想だよ。子供ひとりを救うことも出来ないなんてね。あんたも、スカした貴族たちと一緒だよ」

「何とでも言え。とにかく、あのガキを助けるわけにはいかん」

 マルサムの声には、力がなかった。既に、ザフィーから目を逸らしている。彼女は、背中を向け去っていった。






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