七人の勇者たち

板倉恭司

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殺し屋の意地(2)

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 あの日、ミレーナの心は死んだ──



 人外部隊に入る前、ミレーナは暗殺者ギルド『虎の会』に所属していた。腕利きの殺し屋であり、どんな厄介な相手であろうとも必ず仕留める。その評判は、暗殺者ギルドでもトップクラスのものだった。
 彼女は単独行動を好み、他の者と手を組もうとはしなかった。誰かと組めば、裏切られるか、あるいは足を引っ張られるかという展開が待っている。
 ある日、依頼を受けたミレーナは町外れにある屋敷へと向かう。そこは、有名な貴族の別宅であった。妻に内緒で、奴隷を買いに来たのである。この貴族の変態趣味は有名で、何人もの女が犠牲になっていた。
 ミレーナは、外から屋敷を観察する。だが、警戒は厳重だ。なにせ、ターゲットの貴族はコトの最中でも女のボディーガードたちに周辺を守らせているくらいだ。そう、この変態は普通の性交では満足しない。見られることも、彼にとって快感なのだ。
 ならば、屋敷を全焼させ焼き殺す。万が一にも脱出したら、火事のどさくさ紛れに仕留める。その状況ならば、警戒も緩んでいるはずだ。

 作戦を決めたミレーナは、さっそく準備を始めた。屋敷の周囲に、闇に紛れ大量の油を撒く。後は、火を付けるだけだ。
 計画は成功し、貴族とボディーガードらは焼け死ぬ。そこまでは、計算通りであった。
 しかし、計算外のことが起きる。焼死体の中には、幼い少女がいた。数人の少女が、焼け焦げた死体となって発見される。
 貴族は、よりによって年端も行かぬ少女の集団を夜の相手に選んでいたのだ。その全員が、ミレーナの手で命を落とした──



 以来、ミレーナは抜け殻となる。
 彼女はプロの暗殺者だ。仕事に、情は挟まないはずだった。しかし、焼け焦げた少女たちの死体が、ミレーナの心から離れてくれない。
 今の彼女は、もはや殺し屋としては使い物にならなくなっていた。
 
 ある日、ミレーナは繁華街を歩いていた。酒をしこたま飲み、ふらついた足取りで夜の町中を進んでいく。
 やがて、彼女はとある場所に辿り着いた。大きな川にかかる橋だ。
 ミレーナは、橋の真ん中で立ち止まった。そっと川を覗き込む。欄干は低く、簡単に乗り越えられる。しかも、下を流れる川は深い。今は流れも早く、落ちたら助からないだろう。
 だがミレーナにとって、それこそが望むところであった。次の瞬間、彼女は欄干を乗り越える。川に飛び込んだのだ。
 これで、人生を終えられる……はずだった。しかし、そうはならなかった。



 目を開けた時、視界に入ってきたのは見知らぬ女の顔だ。ザフィーである。彼女は、安堵の表情を浮かべ口を開く。

「気がついたかい。命拾いしたね。もう少し遅かったら、魚の餌になってたよ」

「命拾い? 何言ってんだか」

 言った直後、ミレーナはくすりと笑った。次の瞬間、表情が一変する。

「誰が助けてくれなんて頼んだよ! あたしはね、生きたくないんだよ! こんなクソみたいな人生から、さっさとおさらばしたかったんだ!」

 喚くミレーナの目から、涙がこぼれていた……。

「そうかい。余計なお世話だったってわけか」

 冷めた口調で、ザフィーは言葉を返す。だが、ミレーナはなおも語り続けた。

「あんたに情けがあるなら、殺してよ」

「はあ? 何を言ってんだい?」

 聞き返すザフィーに、ミレーナは泣きながら訴える。

「あたしなんか、生きててもしかたないんだよ! さあ、殺してよ!」

 喚いた途端、髪の毛を掴まれた。ザフィーの顔が近づいてくる。

「いいかい、よく聞きな。あんたを助けるために、かなりの労力がかかってんだよ。その分を返してもらうまでは、絶対に死なせない。あんたの体で払ってもらうよ」

「ど、どうやって払えって言うのさ。変態親父に、体でも売れって言うのかい」

 ザフィーの剣幕に怯えながらも、どうにか言い返すミレーナ。
 すると、ザフィーはニヤリと笑った。

「体売るのもいいが、もっと別のやり方もある。あんた、腕利きの殺し屋なんだってね。けど、今ほほとんど廃業状態らしいじゃないか。もったいない」

「なんで知ってんだよ?」

 戸惑うミレーナに向かい、ザフィーは語り続ける。

「あんたが寝てる間に、ちょいと調べさせてもらったのさ。こんなところじゃ、絶対に死なせないよ。あんたに相応しい死に場所を、あたしが与えてやるからさ」



 それからのミレーナは、ザフィーの部下となる。
 これまでの彼女は、もっぱら単独で動いていた。当然、仕事といえば人殺しである。
 しかし、今は違っていた。ザフィーの指揮の下、カーロフやマルクらと共に動き、誰かを守り敵と戦う。ミレーナにとって、それは新鮮な体験だった。さらに、仲間たちと過ごす日々が、心の傷を癒やしてくれた。
 そして、イバンカとの出会い──

(す、凄いのだ! 今の、どうやったのだ!?)

(あんな高いところから、カッコよく飛び降りたのだ! 凄いのだ! カッコイイのだ! もう一度、やって欲しいのだ!)

 初対面の少女から、あんなことを言われたのは初めてだった。
 イバンカの目には、曇りがない。きらきら輝く瞳で、まっすぐ自分を見つめてくれる。他の人間とは違う。
 あの澄んだ瞳が、本当に好きだった──

 姐御。
 助けてくれて……そして、死に場所をくれてありがとう。
 イバンカ。
 何があっても生きるんだ。その優しい瞳で、この世界を変えておくれ。
 あんたなら、それが出来る。あたしは信じているよ。

 ・・・

 突然、地面が揺れた。 
 いきなりの轟音、そして地鳴り。地面が大きく揺れたかと思うと、石造りの地面が崩れていく。さらに地面が割れ、そこに建物が飲み込まれていった──

「隊長! どうなってんだよ!?」

 喚くジョニーだったが、ザフィーはとっさに答えられない。ミレーナがやった、ということはわかっている。だが、彼女は今どこにいる? 
 それ以前に、生きているのか死んでいるのか、それすらわからない。
 助けに行くべきか?

「どうするのです? 隊長が決めてください」

 カーロフの落ち着いた声が聞こえた。しかし、ザフィーはまだ答えられない。
 先ほど聞こえてきた言葉は……死に場所をくれてありがとう、だった。ならば、もう死んでいるのか。
 いや、まだ生きているのかもしれない。生死を確かめるべきではないのか。

「何やってんだよ! 生きてるかもしれないなら、助けにいこうぜ!」

 ジョニーが、なおも怒鳴った。その声に、ザフィーははっとなる。
 そう、まだ死んだと決まったわけではない。生きているかもしれないのだ。
 ならば、助けにいく──

 その言葉が出かかった時、ザフィーの目に予想だにしなかったものが映る。
 街の半分近くが、地盤沈下によりとんでもない状態になっていた。いくつかの建物は沈み、中の人々がどうにかはい上がっている。衛兵たちは、巻き込まれた市民の救助に当たっていた。
 無事だった建物の住人たちは外に出て、唖然となりながら変わり果てた街を見つめている。
 そんな野次馬をかき分け、こちらに進んで来る者がいた。カーロフにも負けないくらいの高い身長を、黒衣に包んでいる。がっちりとした体格と、短い金髪に白い肌が特徴的だ。青い瞳は、ザフィーらをじっと捉えている。
 間違えようもない。最強の傭兵、ミッシング・リンクだ。よりによって、こんな時に出てくるとは──

「逃げるよ」

 ザフィーは、ボソッと呟いた。

「お、おい、本気か?」

 聞き返したのはブリンケンだった。すると、彼女は凄まじい形相になった。

「本気だよ! さっさと出さないか!」

 怒鳴った瞬間、ジョニーが彼女の襟首を掴んだ。

「ちょっと待て! あんた、ミレーナを見捨てる気か!」

「あれを見ろ! あの化け物と、街中の衛兵の両方を相手にやり合う気かい!」

 怒鳴り返すザフィー。彼女が指差した先は、とんでもない状況になっていた。リンクは、もはや自分の存在を隠す気はないらしい。邪魔な野次馬や衛兵たちを、次々とブン投げている。ゴミでも放るかのような勢いだ。
 馬車までの距離は、あと少しだ。騒ぎに気づいた衛兵たちが取り囲んでいるが、簡単に蹴散らされている。焼け石に水ほどの効果もないだろう。
 もはや猶予はない。今すぐ逃げなくてはならないのだ。幸いにも、リンクの起こした騒ぎにより、衛兵たちの目は完全に奴へと向けられている。
 逃げるチャンスは、今しかない──

「聞こえないのかい! さっさと出しな!」

 ザフィーの声と同時に、馬車は走り出した。野次馬や衛兵らが慌てて避けていく中、馬車は走る。一気に門を突っ切り、巨大な壁を抜ける。リンクと衛兵らが戦っている隙を突き、バーレンからの脱出に成功したのだ。
 しかし、一行の表情は暗い。
 マルクに続き、ミレーナをも失ってしまったのだから……。



 馬車は、追っ手の目を逃れるため森に入った。獣道を、のろのろと進んでいく。
 そんな中、眠り込んでいたイバンカの目が開いた。

「イバンカ、大丈夫か」

 ジョニーが、そっと声をかける。すると、イバンカは口を開く。

「ミレーナは、帰ってきたのか?」




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