七人の勇者たち

板倉恭司

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城塞都市

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「馬車を止めるぞ。そこの川で、水を飲ませてやりたいんだ」

 ブリンケンが言った直後、馬車が止まる。皆、何とも言えない表情で外に出て行った。



 馬が水を飲んでいる間、一行は無言のままその場に座っていた。重苦しい空気が、その場を覆っている。
 特にひどいのがイバンカだ。旅が始まった当初は、放っておいてもひとりでベラベラと喋っていた。ところが今は、暗く沈み込んだ表情で、両膝を抱え座っている。たまに、ミレーナやザフィーが話しかけたりするのだが、二言か三言返すと、すぐに口を閉じてしまう。
 暗い雰囲気の休憩だったが、ここで予想外のことが起きた。突然、ジョニーか立ち上がったのだ。つかつか歩いていき、イバンカの前に立つ。

「おいイバンカ、武術に興味あるか? あるなら、俺が教えてやるぞ」

 少女に向かい、真顔でこんなことを言ったのだ。皆、唖然とした様子で彼を見つめあ。

「ちょっと、何を考えてんだよ! そんなの、イバンカが興味あるわけないじゃないか!」

 ミレーナが怒鳴りつけるが、ジョニーは真剣そのものの顔でイバンカの前に立っている。
 すると、少女の口から出たのは──

「イバンカも、強くなれるのか?」

「えっ?」

 思わず聞き返したのはザフィーである。だが、ジョニーは力強く頷いた。

「ああ、強くなれるよ。絶対に強くなれる」

「じゃあ、教えて欲しいのだ」

 その言葉を聞き、ジョニーはしゃがみ込んだ。少女の右手に、そっと触れる。

「よし、まずは拳を握れ」

「こ、こうか?」

 言われた通り、イバンカは拳を作ってみせた。ジョニーは、静かな口調で尋ねる。
 
「人を殴る時、お前はどうする?」

「こうするのだ!」

 言うと同時に、イバンカは立ち上がりブンと拳を振った。横殴りのパンチである。ジョニーは、かぶりを振った。

「それはダメだ。ただ腕を振り回しているだけだよ。拳を握り、脇を閉めた状態から真っすぐ前に突き出すんだ。こんな風に」

 直後、ジョニーは両拳を挙げ構える。そこから、左のパンチを放った。ビュンという音と共に、キレのある速いパンチが虚空を打つ──
 それだけでは終わらない。放たれた拳は、瞬時に引き戻される。戻すスピードも速い。一瞬で、構えた位置に戻っていたのだ。
 
「おおお! 凄いのだ!」

 イバンカが歓声をあげると、ジョニーはそちらを向いた。

「さあ、やってみろ」

 言ったかと思うと、ジョニーはいきなり着ていたシャツを脱ぎ捨てた。
 しなやかな筋肉に覆われた上半身があらわになる。

「な、何をしているのだ?」

 困惑した顔のイバンカだったが、ジョニーは構わず己の腹を指差す。

「まずは、俺の腹を思い切り殴れ。今、教えたやり方で突いてみるんだ」

「えっ、お腹を殴るのか? 大丈夫なのか?」

「お前に殴られて痛がるようじゃあ、傭兵は務まらねえよ。さあ、遠慮せず思い切り殴れ!」

「わかったのだ! えい!」

 掛け声とともに、イバンカがパンチを放つ。、拳は、ジョニーの腹に当たった。
 直後、イバンカの目が丸くなる。

「か、硬いのだ。ジョニーのお腹、すっごく硬いのだ……」

「ああ、そうだ。鍛えてるから硬い。だから、いくら殴っても平気だよ。それより練習だ。今の要領で、腹を殴れ。右手で十回、左手で十回だ」

「わかったのだ! えい! えい!」

 可愛らしいかけ声と共に、イバンカは思い切りパンチを打っていった。だが、ジョニーは微動だにしない。表情ひとつ買えず、少女からのパンチを受け続けている。
 そんなふたりを見ている者たちは、それぞれ異なる表情を浮かべていた。

「まったく、何をやってんだかね……」

 ミレーナが呆れた顔で言うと、ザフィーは微笑みながら口を開いた。

「イバンカが心配なんだよ。だから、元気を出させようとしてんだろ。素直じゃないんだから」

「悲しみの特効薬は、時間の経過ですからね。体を動かせば、体感時間は早まります。また、気分転換にもなります。それにしても、ジョニーさんにあんな一面があるとは意外でした」

 感心した様子で言ったのはカーロフだ。

「人体を殴れば、拳も痛めないってわけか。面白い鍛練法だな」

 言いながら、座り込んだのはブリンケンである。いつのまにか現れ、話の輪に加わっていた。
 皆が見守る中、イバンカはジョニーの腹めがけ懸命にパンチを打ち続けている。本人は真剣にやっているのだろうが、その姿は可愛らしい。ユーモラスでもある。見ている者たちの顔も、自然とほころんでいく。
 同時に、仲間を失った悲しみが少しずつ癒えていくのも感じていた。



 やがて、一行は出発した。
 馬車の中でも、ジョニーの指導は続く。懇切丁寧に、様々や技を教えていた。イバンカは、真剣な面持ちで話を聞いている。時おり、質問もしていた。
 ザフィーらは、そんなふたりを微笑みながら見ている。
 そんな時、ブリンケンが声をかけてきた。

「もうじき、城塞都市バーレンに着くぞ。どうするんだ? 寄ってくか?」

「んなとこ寄らないで、さっさとバルラト山に向かった方がよくないか?」

 ジョニーが言うと、ザフィーがかぶりを振った。

「いや、そうなると途中の食料の調達がキツくなる。それに、バーレンは治安のいい町だ。奴らも、あそこでは仕掛けて来ないだろうからね。あと、この先の情報収集もしておきたいし」

「じゃ、行くとしますか。久々に、まともな宿に泊まれそうだな」

 言った後、ブリンケンは再び前方に視線を戻した。



 やがて、馬車は止まった。前方には、高い壁がそびえ立っている。どのようにして造ったのか、巨大な石造りのものだ。さらに、大きな木製の門が設置されている。両開きのもので、商人らしき者らが中へと入っていく。
 門の横には、重装備の衛兵がふたり立っており、入ろうとする者をチェックしていた。さらに、塀の上にも衛兵がいる。

「ちょっと待っててくれ。衛兵に話をつけてくる。なあに、ちょいと小銭を渡せば問題なく通してくれるよ」

 言うのと同時に、ブリンケンは御者台を降りた。ヘラヘラ笑いながら、門番に近づき言葉を交わす。陽気な口調で語り合いながらも、さりげなく門番の手に金貨の入った袋を握らせることも忘れない。実に手慣れたものだ。あの男の正体が伝説の天空人などと、誰も想像しないだろう。
 やがて、ブリンケンはペコペコ頭を下げた。直後、こちらに向かい走ってくる。

「話はついたぜ。久しぶりに、ふかふかのベッドで寝るとしよう」



 一行の乗る馬車は門を抜け、都市の中へと入っていった。
 バーレン内部の地面は、人工的に作られたものだ。道に土はなく、代わりに石が敷き詰められている。道路沿いには、レンガ造りの大きな建物が並ぶ。さらには街灯らしき物さえ設置されているのだ。馬車も行き交い、交通整理の役目を果たす兵士たちや清掃員のような者たちもいる。
 行き交う人の数も多く、そのほとんどがきちんとした見なりの者たちだ。カーマの都にも劣らぬ賑わいぶりである。
 そんな街中で馬車を進ませていると、不意に御者台のブリンケンが振り向いた。

「ここなら、さすがに仕掛けては来ないよ。今夜は、ちょいと高めの宿に泊まろうぜ」

「いいのかい?」

 嬉しそうなザフィーに、ブリンケンは頷く。

「当然だ。バーレンを抜けたら、まともな宿には泊まれない。せめて、ここくらい贅沢しようぜ」



 その夜。
 住民たちが寝静まる時間帯でも、働いている者はいる。街の治安を守る衛兵たちも、夜だからといって寝てはいられない。彼らは交代で休みを取りながら、夜の街を見回っているのだ。
 今もふたりの衛兵が、片手にランタン片手に槍というスタイルで夜の街を歩いていた。もっとも、バーレンは平和そのものである。悪党もいるにはいるが、夜中に押し込み強盗をやるようなタイプは少ない。
 したがって、彼らもおざなりや態度で任務に就いていた。
 だが、想像もしていなかった事態が襲う──

「おい、そこの奴。何者だ?」

 片方の衛兵が声をかける。
 衛兵の視線の先には、奇妙な男が立っていた。黒いマントで全身をすっぽりと覆い、顔はフードで隠している。身長は二メートルを超えており、肩幅の広いガッチリした体格だ。
 さすがの衛兵も、この巨大な不審者は警戒せざるを得ない。ひとりは槍を構え近づいていき、もうひとりは腰に下げている角笛に手を伸ばす。この笛を吹けば、援軍が駆けつける仕組みになっているのだ。
 すると、大男は動く。一瞬で間合いを詰めたかと思うと、両腕を振り上げる。続いて、グシャッという音が響いた──
 ふたりの衛兵は、大男の強烈な一撃により叩き潰される。まるで、踏まれた虫のような有様だ。何が起きたか、把握する暇はなかった。
 一方、大男は何事もなかったかのように去っていく。その青い瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。




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