七人の勇者たち

板倉恭司

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再度の襲撃

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 馬車の中は、重苦しい空気が漂っていた。
 ジョニーは、憮然とした表情て座り込んでいる。マルクは、申し訳なさそうに俯いていた。先ほどまで、楽しそうにはしゃいでいたイバンカも、今は暗い顔で下を向いている。
 暗い雰囲気のまま、馬車は進んでいく……が、不意に止まった。御者を務めていたブリンケンが、こちらを向く。

「そろそろ馬を休ませてやりたいんだがな、構わないか?」

「ああ、いいよ」

 ザフィーが答えると、馬車が止まった。ブリンケンは御者台を降り、馬を撫でながら何やら語りかけている。
 ザフィーたちも外に出た。周りを警戒しつつ。みな思い思いの位置に座る。どうやら、今のところ敵はいないらしい。
 すると、ザフィーが口を開く。

[マルク、気晴らしがてら、お嬢ちゃんと一緒に森の散歩に行ってきな。何かあったら、すぐに戻って来るんだよ]

「あ、あう?」

 きょとんとなるマルクだったが、ザフィーはなおも続ける。

「お嬢ちゃんだって、ずっと馬車に乗ってたら退屈だろうさ。そうだろ?」

 言いながら、イバンカの方を見た。
 話を振られたイバンカも、マルクと同じくきょとんとなる。
 だが、それは一瞬だった。嬉しそうに、うんと頷く。マルクに近づき、何のためらいもなく彼の手を握った。

「わかったのだ。マルク、一緒に散歩するのだ」

 言いながら、握った手を引っ張り歩いていく。マルクは困惑しながらも、されるがままに付いて行った。
 ふたりが見えなくなったのを見計らい、ザフィーか皆の方を向く。

「こっからは、ちょいとした作戦会議だ。お嬢ちゃんには、あんまり聞かせたくない話でもあるからね」

 そこから、彼女は声をひそめ語り出した。

「あのミッシング・リンクってのは、だいぶ前に死んだって噂が流れてたんだよ」

「おい、本当かよ?」

 顔をしかめ聞いてくるブリンケンに、ザフィーは頷いた。

「そうさ。一年くらい前だったかな、暗殺者ギルド『虎の会』の凄腕たちが集まり、数人がかりでリンクを殺したって話だったよ。実際、それまでは派手に動いてたみたいだけど、ピタリと噂を聞かなくなった。だから、奴は死んだんだろうって思っていた」

 そこで、ザフィーは言葉を切った。皆の顔を見回す。
 少しの間を置き、再び語り出した。

「ところが、今になって奴は現れた。その上、噂以上にとんでもない強さだった。しかもだ、あたしの必殺魔法を二発も食らったってえのに、まだ生きてるみたいだよ。間違いなく、あいつは人間じゃないね」

「マジで生きてんのかな? マルクが、適当なこと言ってるだけかもしれないぜ」 

 ジョニーが口を挟むが、ザフィーは首を横に振る。

「いいや、そうは思えない。マルクはバカだけど、勘の鋭さは確かだ。それに、リンクだって殺されたと言われてたんだよ。なのに、あたしらの前に敵として姿を現した。ここは、奴が生きているものと仮定して動いた方がいい」

「じゃあ、どうするんだい?」

 不安そうな顔で尋ねるミレーナ。先ほど、何も出来ずにぶん投げられた記憶が蘇ったのだろうか。
 
「安心しな。リンクの相手は、あたしがやる。今度また来やがったら、ありったけの魔法をぶつけてやるよ。山でもぶっ壊せるくらいのを、ね。それでも、まだくたばらなかったら……」

 そこでザフィーは、カーロフに視線を移した。

「カーロフ、あんたの出番だ。リンクに、とどめを刺すんだよ。全身をバラバラに引きちぎれば、いくらリンクでも、くたばるだろうさ。いいね?」

「了解しました」

 重々しい口調で、カーロフは頷く。

「そういうわけだから、あたしの魔法は温存しなきゃならない。雑魚の相手は、あんたたちとマルクに任せるよ。あんたらの負担が増えることになるけど、承知しといて欲しい。いいね?」

「わかったよ、姐御。雑魚の始末は任せて」

 ミレーナが答え、ジョニーも顔をしかめつつ頷いた。
 その時、ブリンケンが口を開く。

「ところで、あのマルクは何ていう種族なんだ? 俺は、あんな亜人は見たことがないそ」

「さあね。種族がどうとか、あたしは気にしないから。そもそも、会った当時は名前もなかったし」

 すました表情のザフィーに、ブリンケンはなおも尋ねた。

「えっ? どういうことだよ?」

「森で暴れているところを、あたしとカーロフが取っ捕まえたのさ。最初は、すっごい反抗的だったよ。でも時間をかけて、どうにか仲良くなり、言葉を教えた。マルクって名も、あたしが付けたのさ」

 ザフィーが答えた。さらに、カーロフも口を挟む。

「今までの歴史の中で、様々な理由により絶滅してしまった種族が、数多くいるそうです。マルクも、そうした種族の生き残りではないかと思います」



 そのマルクとイバンカは、森の中を歩いていた。まだ日は高く、気温は暑くも寒くもない。ちょうどいい陽気だ。
 しかし、マルクは下を向いている。いつもの元気がない。沈みこんだ表情の彼に、イバンカはためらいながらも話しかける。

「マルク、元気だすのだ」

「あう……俺、ビビってない」

 今にも消え入りそうな声で、マルクは答えた。先ほどジョニーに言われたことが、よほどショックだったらしい。

「わかってるのだ! ジョニーは意地悪なのだ! だから、気にすることないのだ!」

「あ、あう」

「元気だして歩くのだ! 本当に、ジョニーは意地悪なのだ!」

 イバンカはぷりぷり怒りながら、マルクと共に森の中を進んでいく。歩くことで、怒りを紛らわせようとしているかのようだった。
 そんな少女に引っ張られ、マルクも歩いていく。彼は、まだ気分が落ち込んでいた。
 そのせいで、マルクは周囲の異変に気付くのが遅れてしまった。自慢の嗅覚が、なぜか働かなくなっていたのだ。
 
 ふと、マルクは足を止める。
 ようやく異変を察知した。これは妙だ。何の匂いもしない。森の中なら、否応なしに様々な匂いが飛び込んでくるはずだ。なのに、今は何も匂わない。

「どうしたのだ?」

 イバンカが尋ねたが、マルクは無言で周囲を見回す。
 匂いはしないが、妙な音は聞こえる。何かが接近してくる。そのくせ、虫の声は消えているのだ。
 マルクは、野性の勘で状況を悟った。
 襲撃者が接近してきている──



 こちら側で最初に異変に気づいたのは、カーロフだった。

「何か変ですよ。静か過ぎると思いませんか。それに、匂いもない。ゴブリンたちが、何かしたのかもしれません」

 言いながら、すっと立ち上がった。すると、ジョニーも立ち上がる。

「どういうことだ?」

「ヤキ族は狩りの時、匂いを消す呪法を使うと聞きます。鼻の効く獲物に、自分たちの匂いを感知させないためです」

 カーロフが答えた瞬間、がさりと音がした。
 次いで、ゆっくりと素顔を現したのは……先ほど倒したゴブリンたちであった。皮の服を着て手斧を持ち、こちらを睨んでいる。
 しかも、出てきたのは一匹ではない。続けて、木の上や茂みから、ゴブリンが次々と姿を現す。その数は、今のところ十。手斧を構え、こちらをじっと睨んでいる。
 ジョニーは、ニヤリと笑い立ち上がった。

「たった十匹で来るとは、いい度胸だな。俺ひとりで充分だ。全員、片付けてやる。みんなは休んでろ」

 言うと同時に、つかつかと近づいていく。だが、ゴブリンたちは後ずさるばかりだ。かかって来る気配がない
 その動きに、ジョニーは舌打ちした。

「何なんだよ! 来いよオラァ!」

 喚きながら、そばに生えていた木に蹴りを入れる。だが、ゴブリンたちは無言のまま、どんどん後ずさっていく。
 その時、ザフィーか叫んだ。

「クソか! そういうことかい!」

 直後、カーロフらの方を見る


「いきなりの作戦変更だよ。あたしがこいつらを片付ける。みんなは、お嬢ちゃんを探しな!」

 そう、彼女はゴブリンたちの企みに気づいたのだ。こちらに来ているのは、陽動のための部隊である。本隊は、イバンカの方に向かっているはず──

 ザフィーは呪文を唱え、両手を広げ前に突き出す。
 その指先が光った。かと思うと、十指から光の矢が放たれる──
 光の矢は、猛スピードで飛んでいった。ジョニーを避けて飛び、ゴブリンたちの胸に命中する。彼らは、バタバタと倒れていった。
 その上を飛び越え走っていくのは、ジョニーだ。一刻も早く、イバンカとマルクの元にたどり着かねばならない。
 続いて、カーロフやブリンケンたちも走り出した──



 
 
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