七人の勇者たち

板倉恭司

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疑問

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 ヘルムの街を出た後、一行は再び馬車に乗り込んだ。すぐに馬車は動き出し、やがて森の中へと入っていく。
 そんな中、イバンカは先ほどのやり取りが未だ納得いっていないらしい。さっそくジョニーに疑問をぶつけていた。

「さっきの底辺が入ってはいけないというのは、どういうことなのだ? 法律で決まっているのか?」

「お前、んなことも知らねえのかよ。底辺っていうのは、俺たちみたいな人間のことだ。だいたい、お前やブリンケンは上級の部類だろうが。文句いう側じゃねえだろ」

 吐き捨てるように言ったジョニーだが、イバンカはなおも尋ねる。

「なぜだ? 底辺というのは、何が違うのだ?」

「知らねえよ。とにかく、そう決まっているんだ。身分が高くて金持ちの人間とエルフは無条件で偉い、それは神聖にして侵されざるべきルールなんだよ」

 そこで、ジョニーは言葉を止めた。首を捻りながら、イバンカを見つめる。

「お前、本当に変な奴だな。ガキにしても、ものを知らなさ過ぎだぞ。今まで、どうやって生きてたんだ? そもそも、どこから来たんだよ?」

 立て続けの質問に、イバンカは目を白黒させた。

「えっ? あ、あのう……とっても遠いところで生まれたのだ」

 珍しく口ごもっている。ジョニーがさらに問いかけようとした時、ザフィーが口を挟んだ。

「ジョニー、そこまでにしときな。あたしら傭兵は、依頼された仕事をこなすだけだ。依頼人の深い事情にまでは首を突っ込まない、それがルールだよ」

「へいへい」

 言いながら、ジョニーは肩をすくめる。
 馬車の中を、沈黙が支配する……かに思われたが、長くは続かなかった。またしても、イバンカが疑問を口にする。

「ジョニーは、エルフを見たことがあるのか?」

「あるよ。なんか高慢な感じで、ぶん殴ってやりたくなる連中だった」

「俺も見たことある。あいつら嫌い」

 ジョニーが答え、横からマルクも口を挟む。
 ふたりの言葉を聞き、イバンカは首を傾げた。

「そうなのか? エルフは、ミレーナみたいに綺麗な顔をした優しい民族だと聞いているのだ」

「えっ?」

 いきなり自分の名前が出たため、ミレーナは困惑しつつ少女の方を向いた。一方、ジョニーは顔をしかめつつ答える。

「ああ、確かに顔は綺麗だったな。でもな、腹ん中じゃ人間を見下してやがんだよ。エルフ同士で、人の面をじろじろ見ながらひそひそ話してやがった。あいつらは、絶対に人間をバカにしてるぜ」 

「そ、そうか。それは嫌なのだ」

 イバンカが言った時、ミレーナが口を開いた。

「ちょっと、ジョニーの言うことは話半分で聞いておきな。こいつは二年前まで、山の中で武術の練習ばっかりしてた。世間知らずなんだよ」

「ふん、このガキよりマシだよ。だいたい、綺麗だなんて御世辞いわれて喜んでんじゃねえや」

 ジョニーが軽口を叩くと、憤然となったのはイバンカだった。

「御世辞じゃないのだ! ミレーナは、綺麗で頼もしいのだ! イバンカも、大きくなったらミレーナみたいになりたいのだ!」

 真剣そのものの表情で叫ぶイバンカに、ジョニーは目を白黒させている。すると、ザフィーがニヤニヤ笑いながら話に入ってきた。

「へえ、イバンカはミレーナみたいになりたいのかい」

「なりたいのだ! ミレーナは強いし顔も美しいのだ! 凄いのだ!」

 その言葉に、ミレーナは苦笑するしかなかった。自分のようになりたい……などと言われたのは、今日が初めてだ。だが、同時に思い出したくもない記憶が頭を掠める。
 一瞬、ミレーナの顔に複雑な感情が浮かぶ。だが、すぐに消えた。優しい口調でイバンカに応える。

「ありがと。御世辞でも嬉しいよ」

 言った後、ニッコリ微笑んだ。すると、今度はマルクが口を開く。

「てんくうを見たことあるか?」

「てんくう? 天空人てんくうびとのことか?」

 ジョニーが尋ねると、マルクは頷いた。

「あう、それ。俺、見たことない。ジョニー見たことあるか?」

「ねえよ。だいたい、天空人なんか作り話なんじゃねえか。んなもんが、本当にいるとは思えねえ」

 冷めた表情で答える。
 話題に上がっている天空人とは、空の上のそのまた上に住んでいると言われている種族だ。エルフよりも美しい外見をしているという者がいるかと思うと、銀色の皮膚をした妖魔のごとき姿をしているという者もいる。タコのような形をしているという者までいるのだ。
 もっとも、実物を見た者はほとんどいない。いても、いざ話を聞くと眉唾ものの目撃談を延々と聞かされるだけである。天空人を見た者より、実物のドラゴンを見た者の方が多いくらいだ。

「じゃあ、いないのか」

 マルクが残念そうに言うと、ジョニーはかぶりを振った。

「わからん」

 答えた後、ジョニーはちらりとイバンカの顔を見た。少女は、なぜか会話に入ってくる気配がない。さっきまでは、放っておいても自分から話しかけてきたのに、今は神妙な面持ちで下を向いている。
 その時、ブリンケンが御者台からこちらを見ていることに気づいた。一瞬、ジョニーと視線が交わる。
 だが、ブリンケンはすぐに視線を逸らせた。前を向き、手綱を握る。
 おかしな奴らだ、と思った時、マルクがまたしても語り出す。今度は、カーロフに疑問をぶつけている。

「カーロフ、てんくうのひと、いないか?」

「さあ、どうでしょうね。いるかもしれません。いないかも知れません。天空人を捜すのを、人生の目標にしてみるのもいいかもしれませんよ」

 穏やかな口調で、カーロフは答える。その時、御者台のブリンケンが声を発した。

「何か変だぞ」

「どうしたんだい?」

 ザフィーの表情が変わる。ただならぬ気配を感じ取ったのだ。

「木の上に変なのがいる。こっちを見張ってる感じだ」

 答えるブリンケン。その時、マルクが立ち上がった。ヒクヒクと鼻を動かす。彼は犬並に鼻が利くのだ。皆は黙ったまま、マルクの動向を見守った。
 ややあって、マルクは口を開いた。 

「これ、ゴブリンの匂い。ゴブリンの匂いがする。近い」

「何匹いる?」

 ザフィーの問いに、マルクは指を折って数える。

「わからない。いち、に、さん、たくさんの匂いする」

「へっ、ゴブリンだったら怖くねえ。何匹いようが楽勝だ。何なら、俺がぶっ倒してくるぜ」

 言いながら、立ち上がったのはジョニーだ。
 彼の言う通り、ゴブリンは弱い生き物である。人間より力は弱く知能も低い。一対一なら、人間の方が強いだろう。森の中で戦うなら、野犬や猪の方がよっぽど手ごわい存在だ。
 しかし、ザフィーは首を横に振った。

「待ちなよ。ゴブリンがこんな明るいうちから出て来るなんて、ちょっとおかしいね。それに、ここらはまだ人里が近い。ゴブリンの領域に入ったとは思えないね」

「では、どうします?」

 カーロフが尋ねる。

「とりあえずは様子見だ。ゴブリンの家族が、たまたまうろついてるだけかも知れないからね」

 ザフィーが答えた時、ブリンケンがまたしても声を発する。

「木の上で、何か動いた。とんでもない速さで付いて来ている。数も多いぞ。なあ、あれゴブリンか? 猿じゃねえのか?」

「ゴブリンの匂い。間違いない」

 自信たっぷりな口調で答えるマルク。その時、ミレーナが口を開いた。

「ひょっとしたら、ヤキ族かも知れないね」

「ヤキ族? 何だそりゃ?」

 尋ねるジョニーに、ミレーナは顔をしかめて答えた。

「聞いた話だけど、殺しに特化したゴブリンらしいよ。貴族の暗殺なんかに雇われるらしい」

「でもな、しょせんはゴブリンだ。大したことねえだろ」

 言ったジョニーを、ザフィーは睨みつけた。 

「奴らをナメない方がいいよ。あたしも、ヤキ族の噂は聞いてる。ゴブリンはね、確かに体は小さいし腕力も弱い。でもね、小回りは利くし動きも速い。夜目も利く。何より、集団戦が得意だ。そんな連中が、殺しの訓練を受けてるんだよ。名ばかりの何ちゃら騎士団より手ごわいのは確かさ」

 その時、ブリンケンが叫ぶ。

「仕掛けてくるぞ!」

 直後、馬車の屋根に何かが落ちてきた──




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