鬼人たちの挽歌

板倉恭司

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八月二十日 到着

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「皆さん、もうじき到着しますよ。着いたら、職員の指示に従ってください」

 不意に、若田が声を発した。譲治と伽耶は、窓の外に広がる景色に視線を移す。
 そこから見えるのは、一昔前の映画でしか見たことのない風景であった。剥き出しの土と雑草で構成された田舎道が、村の中へと通じている。時代劇のセットのようだ。もっとも、周囲には電柱が建っており電線も張られている。一応、電気は通っているらしい。村の周りは大木が並んで生えており、外敵から守っているかのようである。
 村の中には、古い木造の粗末な造りの家が十件以上あり、その内の幾つかの煙突からは煙が出ている。遠くには、小さな田畑らしきものも見えた。しかし、肝心の人の姿が見えない。
 そんな村を見て、伽耶は思わず首を傾げる。この鬼灯村、一度は限界集落にもなりかけていたが、今は違うはずだ。『ガリラヤの家』の関係者が何人か常駐しているはずだし、少ないとはいえ村人もいる。さらに、鬼灯親交会に参加した後、村での生活が気に入って居着いてしまった者もいる…などと、パンフレットには書かれていた。にもかかわらず、ひとりも出歩いていない。これは、明らかにおかしい。
 その時だった。

「ここ、なんかヤバいぞ。嫌な予感がすんだよね。マジで東京デスティニーランドかも」

 譲治の声だ。伽耶に言ったのではなく、異変を感じボソッと呟いた……そんな雰囲気である。伽耶は、ビクリとして彼の顔を見る。
 先ほどまでと違い、譲治は真剣な顔つきになっていた。猛獣のような鋭い目で、じっと村を凝視している。伽耶の不安はさらに高まり、そっと尋ねてみる。

「ちょっと、それどういうこと?」

「わからにゃい。でも、なんかヤな感じなのよね。気をつけた方がいいかもしれないのん」

 譲治が言葉を返した直後、バスのスピードが落ちた。木製の塀で囲まれた、駐車場と思われる場所へと入っていく。もっとも、下は土のままだ。他に軽トラが一台停まっており、荷台には灯油やロープなどが積まれている。さらに、汚れた猫のぬいぐるみも無造作に置かれていた。積まれた荷物を見張っているかのようにも見える。
 伽耶はクスリと笑った。村人は、ここで普通に生活しているのだ。たまたま外を出歩く人の姿が見えなかっただけで不安になるなど、ナーバスになりすぎていたかもしれない。
 やがてバスからエンジン音が消え、ドアが開かれた。続いて、若田が声をかける。

「では皆さん、降りてください。まずは、寮の方にご案内します」

 少年少女たちは立ち上がると、各々の荷物を手にバスを降りていく。浮かぶ表情は様々だった。三村大翔はおどおどしていたが、千葉は面倒くさそうな態度で降りていく。

「何だよ、ここは。電気通ってんのか」

 千葉は周囲を見回しながら、ボソッと呟いた。すると、若田がその言葉に反応した。

「心配しなくても、電気も水道もちゃんと通っていますよ。中ではテレビも観られます。チャンネル数は限られていますがね」

「あたし、テレビは観ないんだよね。うちにもテレビないし」

 横から口を挟んだのは、金髪の少女だ。すると、若田は少女の方を向いた。

「では、テレビやネット以外の有意義な時間の使い方を、ここでの生活で見つけていってください。我々も、及ばずながらお手伝いしますよ」

 優しい口調だが、少女の心には響かなかったらしい。返事もせず、ぷいと横を向いた。
 失礼な態度だが、若田に気分を害したような雰囲気はない。にこやかな表情のまま、他の者たちの方を向いた。

「では皆さん、ここで一列に並んでください」

 若田や他の職員らの指示で、少年少女たちは一列に並ぶ。反抗的な千葉も金髪の少女も、面倒くさそうに指示に従った。譲治はというと、ヘラヘラしながら伽耶の隣に並んだ。すると若田が先頭に立ち、皆を引率する。

「では、私の後に付いて来てください。これから、皆さんの泊まる寮にお連れします」

 彼を先頭に、皆は村の中を進んでいく。
 道中、伽耶は村の様子に目を配る。建てられている家の中に、人のいる気配は感じられた。だが、妙に静かだ。息を潜め、こちらの様子を窺っている……そんな風にも感じられる。

(ここ、なんかヤバいぞ。嫌な予感がすんだよね。マジで東京デスティニーランドかも)

 先ほどの譲治の言葉が頭を掠め、彼女は思わず顔をしかめる。確かに、何か変な気がする。パンフレットに書かれていたような牧歌的な雰囲気は感じられない。
 ふと、幼い頃に観たホラー映画を思い出した。村を支配しているのは人ではなく怪物で、訪れた旅人はいけにえとして捧げられてしまう──
 バカバカしい、そんなことはありえない……などと思いながら歩いていると、若田が声を発した。

「皆さん、ここが寮です」

 一行は、大きな建物の前で立ち止まる。木造の平屋だが、かなり広い。村の中でも、一番大きな施設かと想われる。外から見た感じでは、小学校の体育館ほどはありそうだ。緑色に塗られた外壁は、地味ではあるが落ち着いた印象を見る者に与える。
 ほどなくして、建物の中から黒いTシャツとデニム姿の女性が出てきた。年齢は二十代半ばだろうか。髪は黒いが肌は白く、瞳は青い。目鼻立ちは、綺麗に整っている。身長は女性にしては高く、百七十センチはあるだろう。手足も長く、Tシャツから覗く腕はしなやかで筋肉質た。もっとも、その体つきは女性らしさも失っていない。彫りの深い顔立ちと青い瞳からして、日本人でないのは一目瞭然だ。
 しかし、その口から出たのは日本語だった。

「皆さん、はじめまして。私はナタリー藤岡フジオカです。今回は、ボランティアとして参加しました。皆さんと、ここで生活を共にします。友達だと思ってください。よろしくお願いします」

 欧米人のような顔立ちに似合わぬ流暢な日本語で挨拶し、深々と頭を下げる。すると、千葉の顔にいやらしい笑みが浮かんだ。すっと前に出て彼女に近づき、馴れ馴れしい態度で口を開く。

「お姉さん、いくつ?」

 話しかけた途端、若田が千葉の肩を掴んだ。

「千葉くん、くだらないことはやめなさい。ここは教育と人格形成の場です。君は、何をしに来たのです?」

 言葉遣いは丁寧で、顔にも笑みを浮かべている。だが、目は笑っていない。有無を言わさぬ様子で、彼を列へと戻した。千葉は舌打ちし、ナタリーから目線を外す。
 このナタリーに興味を持ったのは、千葉だけではなかった。大翔は、好奇の目でちらちらと彼女を見ている。逆に、先ほど伽耶に文句を言った化粧の濃い少女は、露骨に不快そうな目でナタリーを睨んでいた。
 そして……少年少女たちの中でも一番の問題児である譲治はというと、唖然とした表情でナタリーを見つめている。穴の空くほど、という言葉があるが、今の譲治は、目から破壊光線でも出しそうな勢いでナタリーを凝視していた。 
 そんな彼に、伽耶はそっと囁きかける。

「何よ、一目惚れしちゃった?」 

 彼女の囁きに反応し、譲治は伽耶の方を向いた。
 伽耶は軽蔑の眼差しを向けつつ、もう一度囁く。 

「あの人、美人だもんねえ。ま、見とれるのも当然だよ」 

 その声には、あからさまな厭味を含ませていた。だが、譲治の方はそれどころではないらしい。いきなり伽耶の肩に腕を回し、自身の顔を彼女の耳元に近づける。 
 目線を再びナタリーへと向けると、そっと囁いてきた。 

「あのナタリーって女、マジでヤバいのよね。あんな奴、初めて見たよ。リプリーもニキータもチビりながら逃げ出すね。あいつには、なるべく近づかない方がいいかもしれないのん」 

 その声からは、微かな緊張が感じられた。怖いもの知らずの譲治が緊張するとは……伽耶は愕然となった。

「それ、どういうこと?」

 思わず聞き返す伽耶。リプリーとニキータが何者なのかは知らないが……ヤバいという単語が出るとなると、さすがに聞き逃せない。
 彼女は、譲治がどんな人間であるか知っている。この少年は、町をうろつく不良たちとは根本から違うのだ。人を殺すことなど、なんとも思っていない。それどころか、人を殺さずにはいられない性癖の持ち主であることも知っている。
 彼のその性癖を目覚めさせてしまったのは、他ならぬ伽耶なのだが──
 そんな譲治が「ヤバい」と評する人間とは……伽耶は、そっとナタリーを見てみた。
 当の彼女は、美しい顔に笑みを浮かべ、他の職員と言葉を交わしていた。態度も物腰も落ち着いたものであり、特に不審な点はない。ヤバい、などと言う言葉とは無縁に思える。
 もしかしたら、違う意味のヤバいなのだろうか。男たちを虜にする魅力を持っている、という意味だったのかもしれない。伽耶は、もう一度聞き直そうとした。
 その途端、誰かの手が彼女の肩に触れる。

「桐山くんと山村さん、君たち二人はとても仲がいいようですね。いや、実に素晴らしい」

 言ったのは若田だ。片方の手を譲治の肩に、もう片方の手を伽耶の肩に置いている。にこやかな表情で二人を見つめつつ語り出した。

「仲がいいのは、とても素敵なことです。人と人とが愛し合う、そのこと自体をとやかく言うつもりはありません。ただし、ここでは不純異性交遊に繋がりかねないことは禁止です──」

「その手、離して欲しいのよね。僕ちん、知らない人に触られんの嫌いなの」

 若田の言葉を遮ったのは、譲治であった。口調はふざけたものだが、顔はふざけていない。バスの中のにやけた表情が消え失せ、能面のごとき顔つきになっている。
 もっとも、若田に引く気配はない。優しい表情は崩していないが、手をどける気配もない。

「おや、どうかしましたか。人と人との触れ合いは、とても大切なものですよ。私は、君と触れ合うことにより──」

「僕ちんは、あんたとは触れ合いたくないのん。離してちょうだい」

 言うと同時に、譲治の手が動いた。バシンと、彼の手を払いのける。すると、若田の表情も変わった。細い目が鋭く光り、口元が歪んだ。少年の行為に怒りを感じているのは、傍から見ても明らかだ。

「ちょ、ちょっと何やってんの。やめなよ」

 止めようとして発した伽耶の声も、譲治の耳には届いていないらしい。その目は、真っすぐ若田に向けられている。
 若田も、無言で睨みつける。体格に関していえば、彼の方が遥かに大きい。体重は、譲治の倍はあるだろう。しかも、その体重差は筋肉によるものだ。普通、これだけの体格差があれば勝負にすらならない。
 だが譲治にとって、その事実は大した意味を持たないらしい。怯む気配は、微塵も感じられなかった。上目遣いで若田を見上げる姿は、野生の獣を連想させる。
 周囲の者たちも、その迫力に圧倒され両者を注視していた。

「君は、とても反抗的ですね。目上の人間に対する礼儀を覚えなければいけません」

 若田の言葉の奥には、強い怒りがある。譲治に向ける視線には、敵意が剥き出しだ。

「だから何? 礼儀を教えるために、僕ちんを殴ろうっての? いいよ、いつでもきんしゃい。僕ちんの必殺技・アルバトロス殺法食らわしちゃうから」

 対する譲治は、飄々ひょうひょうとしている。筋肉の塊のごとき肉体の若田に向かい、挑発するかのように歯を剥きだしニヤリと笑う。
 若田は、ぎりりと奥歯を噛み締める。

「私は、あなたに手を出せない……そう思っているようですね」

 唸るような声を発した時だった。音もなく、スッと両者の間に割って入った者がいる。

「君は、桐山譲治くんだね。そしてこちらは、山村伽耶さんだ。君たちの名前は、ちゃんと知っているよ。さあ、寮に入ろうか。私が案内するよ」

 親しげな口調で言いながら、ナタリーは譲治と伽耶の肩をポンポン叩く。今にも殺し合いを始めそうだった空気が、彼女の乱入により一瞬にして変化していく。
 それだけでは終わらなかった。ナタリーは、古くからの友人のように馴れ馴れしい態度で二人と肩を組み、建物内へと入っていく。
 譲治は、先ほどまでの態度が嘘のように素直に従った。伽耶もまた、表情を強張らせながら従う。
 それにつられるかのように、少年たちは建物内へと入っていった。若田も、不満そうな顔をしつつも少年らの後に続く。



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