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すれ違い
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とうとうやったな、お京。
運に助けられた部分もあったとはいえ、この広い江戸で仇の四人をきっちり仕留めた。これは、凄いことだよ。お世辞でも何でもなく、俺はお前を尊敬する。
絵物語ならば、復讐が終わると同時に物語も終わる。だが、人生って奴はそこからも先があるんだよな。お前らの人生にも、ここからの続きがある。
お京、お前はこの先どうやって生きていくつもりなんだ? 何なら、俺が仕事を紹介してやってもいいぜ。お前らには、殺しの才能があるからな。
・・・
桃助を仕留めた翌日。
お京は、ぼんやりと天井を眺めていた。既に日は高く昇っている。もう昼過ぎだろう。
隣にいるお花は、まだ眠っているらしい。微かに、寝息が聞こえている。
お京は、そっと上体を起こした。何をするでもなく、外を眺める。その時、隣で動く気配を感じた。どうやら、お花が目を覚ましたらしい。
「おばさんはどこです?」
聞いてきたお花に、お京は答える。
「出かけたみたい」
「そうですか……」
言ったかと思うと、お花は言葉を止めた。ややあって、声を潜めて語り出す。
「昨日のおばさん、何かおかしかった気がするのですよ。何かあったのですかね」
「えっ?」
お京は、昨日のことを思い出してみた。だが、特におかしなところは見当たらなかった気がする。
「あたしは、よくわからなかったけど……変だったの?」
「何て言うか、心ここにあらずという感じでした」
お花は答えたが、すぐに口を閉じた。どうやら、帰ってきたらしい。
ほどなくして、お七が入ってきた。背中には籠を背負っており、中には野菜や魚などが入っている。
「なんだ、起きてたのかい。じゃ、御飯にしようか」
そう言うと、調理の支度を始めた。そんな彼女を、お京はさり気なく観察して見る。が、特に変わった点は見られない。
もっとも、お花の勘は鋭い。昔、失った視力のかわりに、第六感のようなものを得た……と言っていた。おそらく、何か異変に気付いているのだ。ただ、具体的な内容はわからない。
その時、お花が口を開いた。
「誰か来ます」
「えっ!?」
はっとなったのは、お七だ。傍から見ても、異様なほどに動揺している。きょろきょろしたかと思ったら、いきなり入口に背を向けしゃがみ込む始末だ。
いったい何をしているのだろう……と思う間もなく、その場に登場したのは藤村左門である。
「よう、元気か」
へらへらした態度で、図々しく小屋の中に入って来る。と、お七が立ち上がった。左門の姿を見るなり、顔をしかめる。
「なんだ、あんたかい」
「おいおい、あんたかい、はないだろ。せっかく、いい話を持ってきたのによ」
「いい話?」
「そうだ。いいか、三人とも聞いてくれ」
そう言うと、左門はその場に座り込んだ。全員の顔を見回し、おもむろに口を開く。
「お前ら三人、これからどうする気だ?」
「どうするって……今んとこ、特に決まってないよ」
お京が答えると、左門はにやりと笑う。
「やることがないなら、裏稼業を手伝う気はないか?」
「裏稼業って、殺しかい?」
「そうだ。やることは、今までと同じだよ。金をもらい、この世じゃ裁けない悪党を仕留める。お前らの腕なら、安心して任せられる。どうだ?」
「やるよ」
お京は即答した。それを見て、慌てたのはお七だ。
「ちょ……ちょっとお待ちよ! お花、あんたはどうなんだい?」
「私は、死ぬも生きるもお京さんと一緒です」
静かな口調で答える。お七は、しばし唖然となりながらも言葉を返した。
「あ、あんたら正気かい!?」
「おばさん、何か文句でもあるの? 決めるのは、あたしらだよ」
鋭い口調で言い返すお京に、お七は悲しげな表情で目を逸らす。と、左門がすっと立ち上がった。
「何だかよくわからねえが、まずはよく話し合ってくれや。詳しい内容は、明日伝える。引き受けるか引き受けないかほ、そん時に聞かせてくれ」
それだけ言うと、その場を去って行った。
「あんたら、殺し屋稼業を続けていくつもりなのかい」
左門が去った後、お七はふたりに向かい尋ねる。
「そうだよ」
即答したお京に、お七はなおも訴えかける。
「なんで、そんな仕事をやんなくちゃならないんだよ……今のあんたなら、何だって出来る──」
「何だって出来る、って何? 言ってみてよ?」
問いかけるお京の顔には、普段と違う表情が浮かんでいる。
「そ、それは……」
口ごもるお七の前で、お京は自身の足をばんと叩いた。
「あたしの足を見なよ! このちぎれた両足を! こんな人間が、どうやって生きていけばいいんだい!? どんな仕事があるって言うんだい!? さあ、言ってみなよ!」
凄むような口調で問われ、お七は何も言えず俯いた。確かに、お京の言う通りなのだ。両足のない人間に、どんな働き口があるだろう。
お京の能力は、並の人間と比べても素晴らしいものだ。これは、贔屓目なしに見ても間違いないだろう。だが、一般の人々はそこの部分を見てくれない。しょせん彼女は、世間から見れば両足のない女でしかないのだ。お京自身も、その事実をちゃんとわかっている。
お七は改めて、自分とお京とを隔てる壁の存在を思い知らされた……。
「こんなあたしに、あいつは仕事をくれるんだよ。しかも、殺すのは全員が悪党だ。何も悪くないだろうが。それとも何かい? おばさんは、あたしに乞食でもやれってのかい?」
語り続けるお京。
そう、殺し屋稼業では足があろうとなかろうと関係ない。ただ、標的を仕留めるだけだ。お京の殺し屋としての腕は、並の男を遥かに上回る。いや、並の殺し屋よりも上、と言っていいだろう。
それに、もうひとつある。彼女の腕を、左門はきちんと買ってくれているのだ。世間の人間は、絶対に評価しないはずのお京の凄さを、左門は高く評価してくれている。お京も、それが嬉しいのかもしれない。
それでも、彼女が人殺しに身を堕とすことだけは承服できなかった。
「人殺しに比べりゃ、まだしも乞食の方がよっぽどましな生き方じゃないのかねえ。あたしゃ、そう思うよ」
思わず、そんな言葉が口から出ていた。途端に、お京の表情が一変する。
「ふざけんじゃないよ! これは、あたしらが決めることだ!」
「わかったよ。あんたらが決めているなら、あたしはもう何も言わない」
そう言うと、お七はすっと立ち上がった。すると、お花が声をかける。
「どこに行くんです?」
「ちょいと、外で頭を冷やして来るだけさ。すぐに戻るよ」
そう言うと、小屋を出ていった。
お七は、悲しげな表情でとぼとぼ歩いていく。
こんなはずではなかった。復讐さえ完了すれば、真っ当な人生を歩いてくれる……そう信じていた。だからこそ、江戸まで付いてきたのだ。
全てが終わり、ふたりが真っ当な道を歩み始めた時こそ、自分の出番だ。お京やお花と一緒に、まともな商売を始めよう……そう思っていた。
(こんな人間が、どうやって生きていけばいいんだい!? どんな仕事があるって言うんだい!?)
お京の言葉が脳裏に蘇る。あの子は、ずっと己の体に対し複雑な思いを抱いていたのだ。その思いに、気づいてやれなかった。
それが、たまらなく悲しい。体を治してあげることは出来ても、心を治してあげることは出来ないのか──
「おおい、何しょぼくれた面してんだよう」
不意に声が聞こえ、お七はそちらを向いた。
痩せた老人が立っている。手には鍋と棒を持ち、とぼけた表情でこちらを見ていた。誰かは知っている。勘々爺と呼ばれている男だ。
「あんた、ずっとひとりで暮らしてんのかい?」
なぜか、そんなことを聞いていた。すると、勘々爺は棒を振り上げる。
「ああん? 何言ってっだよう。俺はな、ひとりじゃねえよ。見ろ、俺の肩にはびっしりと水子が憑いてんだ。なめんじゃねえぞ小娘が」
そんなことを言ったかと思うと、棒で鍋を叩いた。かーん、という音が響き渡る。
お七は、思わず笑ってしまった。
「おっかないこと言うんじゃないよ。だいたい、あたしゃ小娘なんて言われる歳じゃないから」
「はあ? 生意気いうな。俺から見りゃ、お前なんかまだまだ小娘だ」
・・・・
そんな両者を、じっと見ている男がいた。掘っ立て小屋に潜み、お七の動きをじっと見つめている。
やがて、お七が動き出した。ねぐらにしている小屋に帰って行くらしい。すると、男も動いた。小屋を出て、彼女の後をそっとつけていく。
だが、お七は全く気づいていなかった。
運に助けられた部分もあったとはいえ、この広い江戸で仇の四人をきっちり仕留めた。これは、凄いことだよ。お世辞でも何でもなく、俺はお前を尊敬する。
絵物語ならば、復讐が終わると同時に物語も終わる。だが、人生って奴はそこからも先があるんだよな。お前らの人生にも、ここからの続きがある。
お京、お前はこの先どうやって生きていくつもりなんだ? 何なら、俺が仕事を紹介してやってもいいぜ。お前らには、殺しの才能があるからな。
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お京は、ぼんやりと天井を眺めていた。既に日は高く昇っている。もう昼過ぎだろう。
隣にいるお花は、まだ眠っているらしい。微かに、寝息が聞こえている。
お京は、そっと上体を起こした。何をするでもなく、外を眺める。その時、隣で動く気配を感じた。どうやら、お花が目を覚ましたらしい。
「おばさんはどこです?」
聞いてきたお花に、お京は答える。
「出かけたみたい」
「そうですか……」
言ったかと思うと、お花は言葉を止めた。ややあって、声を潜めて語り出す。
「昨日のおばさん、何かおかしかった気がするのですよ。何かあったのですかね」
「えっ?」
お京は、昨日のことを思い出してみた。だが、特におかしなところは見当たらなかった気がする。
「あたしは、よくわからなかったけど……変だったの?」
「何て言うか、心ここにあらずという感じでした」
お花は答えたが、すぐに口を閉じた。どうやら、帰ってきたらしい。
ほどなくして、お七が入ってきた。背中には籠を背負っており、中には野菜や魚などが入っている。
「なんだ、起きてたのかい。じゃ、御飯にしようか」
そう言うと、調理の支度を始めた。そんな彼女を、お京はさり気なく観察して見る。が、特に変わった点は見られない。
もっとも、お花の勘は鋭い。昔、失った視力のかわりに、第六感のようなものを得た……と言っていた。おそらく、何か異変に気付いているのだ。ただ、具体的な内容はわからない。
その時、お花が口を開いた。
「誰か来ます」
「えっ!?」
はっとなったのは、お七だ。傍から見ても、異様なほどに動揺している。きょろきょろしたかと思ったら、いきなり入口に背を向けしゃがみ込む始末だ。
いったい何をしているのだろう……と思う間もなく、その場に登場したのは藤村左門である。
「よう、元気か」
へらへらした態度で、図々しく小屋の中に入って来る。と、お七が立ち上がった。左門の姿を見るなり、顔をしかめる。
「なんだ、あんたかい」
「おいおい、あんたかい、はないだろ。せっかく、いい話を持ってきたのによ」
「いい話?」
「そうだ。いいか、三人とも聞いてくれ」
そう言うと、左門はその場に座り込んだ。全員の顔を見回し、おもむろに口を開く。
「お前ら三人、これからどうする気だ?」
「どうするって……今んとこ、特に決まってないよ」
お京が答えると、左門はにやりと笑う。
「やることがないなら、裏稼業を手伝う気はないか?」
「裏稼業って、殺しかい?」
「そうだ。やることは、今までと同じだよ。金をもらい、この世じゃ裁けない悪党を仕留める。お前らの腕なら、安心して任せられる。どうだ?」
「やるよ」
お京は即答した。それを見て、慌てたのはお七だ。
「ちょ……ちょっとお待ちよ! お花、あんたはどうなんだい?」
「私は、死ぬも生きるもお京さんと一緒です」
静かな口調で答える。お七は、しばし唖然となりながらも言葉を返した。
「あ、あんたら正気かい!?」
「おばさん、何か文句でもあるの? 決めるのは、あたしらだよ」
鋭い口調で言い返すお京に、お七は悲しげな表情で目を逸らす。と、左門がすっと立ち上がった。
「何だかよくわからねえが、まずはよく話し合ってくれや。詳しい内容は、明日伝える。引き受けるか引き受けないかほ、そん時に聞かせてくれ」
それだけ言うと、その場を去って行った。
「あんたら、殺し屋稼業を続けていくつもりなのかい」
左門が去った後、お七はふたりに向かい尋ねる。
「そうだよ」
即答したお京に、お七はなおも訴えかける。
「なんで、そんな仕事をやんなくちゃならないんだよ……今のあんたなら、何だって出来る──」
「何だって出来る、って何? 言ってみてよ?」
問いかけるお京の顔には、普段と違う表情が浮かんでいる。
「そ、それは……」
口ごもるお七の前で、お京は自身の足をばんと叩いた。
「あたしの足を見なよ! このちぎれた両足を! こんな人間が、どうやって生きていけばいいんだい!? どんな仕事があるって言うんだい!? さあ、言ってみなよ!」
凄むような口調で問われ、お七は何も言えず俯いた。確かに、お京の言う通りなのだ。両足のない人間に、どんな働き口があるだろう。
お京の能力は、並の人間と比べても素晴らしいものだ。これは、贔屓目なしに見ても間違いないだろう。だが、一般の人々はそこの部分を見てくれない。しょせん彼女は、世間から見れば両足のない女でしかないのだ。お京自身も、その事実をちゃんとわかっている。
お七は改めて、自分とお京とを隔てる壁の存在を思い知らされた……。
「こんなあたしに、あいつは仕事をくれるんだよ。しかも、殺すのは全員が悪党だ。何も悪くないだろうが。それとも何かい? おばさんは、あたしに乞食でもやれってのかい?」
語り続けるお京。
そう、殺し屋稼業では足があろうとなかろうと関係ない。ただ、標的を仕留めるだけだ。お京の殺し屋としての腕は、並の男を遥かに上回る。いや、並の殺し屋よりも上、と言っていいだろう。
それに、もうひとつある。彼女の腕を、左門はきちんと買ってくれているのだ。世間の人間は、絶対に評価しないはずのお京の凄さを、左門は高く評価してくれている。お京も、それが嬉しいのかもしれない。
それでも、彼女が人殺しに身を堕とすことだけは承服できなかった。
「人殺しに比べりゃ、まだしも乞食の方がよっぽどましな生き方じゃないのかねえ。あたしゃ、そう思うよ」
思わず、そんな言葉が口から出ていた。途端に、お京の表情が一変する。
「ふざけんじゃないよ! これは、あたしらが決めることだ!」
「わかったよ。あんたらが決めているなら、あたしはもう何も言わない」
そう言うと、お七はすっと立ち上がった。すると、お花が声をかける。
「どこに行くんです?」
「ちょいと、外で頭を冷やして来るだけさ。すぐに戻るよ」
そう言うと、小屋を出ていった。
お七は、悲しげな表情でとぼとぼ歩いていく。
こんなはずではなかった。復讐さえ完了すれば、真っ当な人生を歩いてくれる……そう信じていた。だからこそ、江戸まで付いてきたのだ。
全てが終わり、ふたりが真っ当な道を歩み始めた時こそ、自分の出番だ。お京やお花と一緒に、まともな商売を始めよう……そう思っていた。
(こんな人間が、どうやって生きていけばいいんだい!? どんな仕事があるって言うんだい!?)
お京の言葉が脳裏に蘇る。あの子は、ずっと己の体に対し複雑な思いを抱いていたのだ。その思いに、気づいてやれなかった。
それが、たまらなく悲しい。体を治してあげることは出来ても、心を治してあげることは出来ないのか──
「おおい、何しょぼくれた面してんだよう」
不意に声が聞こえ、お七はそちらを向いた。
痩せた老人が立っている。手には鍋と棒を持ち、とぼけた表情でこちらを見ていた。誰かは知っている。勘々爺と呼ばれている男だ。
「あんた、ずっとひとりで暮らしてんのかい?」
なぜか、そんなことを聞いていた。すると、勘々爺は棒を振り上げる。
「ああん? 何言ってっだよう。俺はな、ひとりじゃねえよ。見ろ、俺の肩にはびっしりと水子が憑いてんだ。なめんじゃねえぞ小娘が」
そんなことを言ったかと思うと、棒で鍋を叩いた。かーん、という音が響き渡る。
お七は、思わず笑ってしまった。
「おっかないこと言うんじゃないよ。だいたい、あたしゃ小娘なんて言われる歳じゃないから」
「はあ? 生意気いうな。俺から見りゃ、お前なんかまだまだ小娘だ」
・・・・
そんな両者を、じっと見ている男がいた。掘っ立て小屋に潜み、お七の動きをじっと見つめている。
やがて、お七が動き出した。ねぐらにしている小屋に帰って行くらしい。すると、男も動いた。小屋を出て、彼女の後をそっとつけていく。
だが、お七は全く気づいていなかった。
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