外道猟姫・釣り独楽お京

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
18 / 28

異相の若者

しおりを挟む
 物事ってのは、時としておかしな方向に転がっていくことがあるもんだよ。どっかの大名は、戦に負け領地を追われた。ところが、蜘蛛が度重なる障害にも負けず巣を張り直すのを見て奮起し、やがて領地を取り返したらしい。
 お京、あんたの復讐は個人的なものだろうよ。だがな、あんたらは目立ち過ぎた。光が強けりゃ、影も濃くなる。あんたのやってることが、知らん間におかしな連中の興味をそそることもあるかもしれねえ。
 前にも言ったが、この江戸にほとんでもねえ化け物が潜んでいるんだよ。あんたにゃ、想像もつかねえような奴がな。藪をつついて蛇を出すって言葉があるが、あんたは沼をつついて龍を出しちまったのかもしれねえぜ。

 ・・・

 無人街の通りは、今日も得体の知れぬ者たちが徘徊していた。年齢も服装も風貌もばらばらな者たちが、あっちへうろうろ、こっちへふらふら……という感じで、昼間から好き勝手に動き回っていた。
 そんな中を、足取りも軽く進んでいく若者がいる。捨丸だ。江戸中のろくでなしを掃き集めた魔窟を歩いているというのに、妙に嬉しそうである。
 うきうきした顔で歩く捨丸だったが、途中で足を止めた。奇怪な格好をした老人が、目の前にぬっと現れたのだ。小柄で痩せており、上半身は何も着ていない。長いぼろ布を腰に巻き付けており、手には鍋と棒を持っていた。この奇怪な老人が誰かは知っている。勘々爺と呼ばれており、奇人ぞろいの無人街でも極めつけの変人だ。
 その勘々爺は、じろりと捨丸を睨み口を開いた。

「お前は、誰かと思えば……ええっと、その──」

「捨丸だよ。忘れたのかい」

 捨丸が口を挟む。この勘々爺とは顔馴染みのはずなのだが、未だに名前を覚えられていないらしい。悲しい話である。
 一方、勘々爺は何を思ったか棒で鍋を叩く。かーん、という音が響いた。

「そうだそうだ、捨三すてぞうじゃねえかよう。この野郎、さかりのついた猫みてえな浮かれた面しやがって、何しに来た?」

「捨三じゃないよ、捨丸だってば。何しに来たって、決まってんじゃん。べっぴんさんに会いに来たのさ」

「べっぴんさんだあぁ? どこにそんなもんがいるんだよう。見せてみろ」

 言ったかと思うと、またしても鍋を打ち鳴らす。かーん、という音が響いた。
 捨丸は今までの付き合いで、この老人との会話の仕方を知っている。この鍋をかーんと打ち鳴らす仕草には、何の意味もない。自分で自分に合いの手を入れている、そんな感じなのだ。

「いるんだよ。そのうち連れて来てやるから」

 そう言うと、老人の脇をすり抜け進んでいく。すると、勘々爺が鍋を叩く。またな、という別れの挨拶のつもりだろうか。捨丸は、くすりと笑った。



 やがて、目指す場所に到着した。お京らの住む掘っ立て小屋である。捨丸は、そっと声をかけた。

「ちょっとー、誰かいる?」

「ああ、いるよ」

 声と共に顔を出したのは、お七であった。捨丸の顔を見て、嬉しそうに微笑む。と、捨丸の方もでれっとした表情になった。
 その顔を見て、お七は溜息を吐く。

「あんたは、相変わらず締まりのない顔だね。少しは、しゃきっとしなよ」

「えっ……しゃきっとするって、こんな顔かな」

 そう言うと、険しい表情を作って見せた。しかし、何とも間の抜けた顔である。お七は、ぷっと吹き出した。

「なんだいそりゃあ。やっぱり、あんたは普段通りの方がいいよ」

 言われた捨丸は、照れたように頭を掻いた。

「それもそうだね」

「で、今日は何しに来たんだい?」

「ああ、こないだの仕事料を持ってきたんだよ。それと、桃助の居場所がわかったから」

「えっ、本当かい」

「うん。ここに簡単な地図が書いてあるからさ」

 言いながら、紙包みを渡す。お七は、複雑な表情でそれを受け取った。
 すると、捨丸の口からこんな言葉が出る。

「ねえ、暇? これからさ、うどんでも食いに行かない?」

「えっ?」

 きょとんとなるお七だったが、次の瞬間に苦笑しかぶりを振る。

「悪いけど、これからやらなきゃいけないことがある。まずは、ふたりと打ち合わせさ」

 言いながら、紙包みを指し示す。彼女たちは、今から桃助を仕留める計画を練らなくてはならないのだ。
 すると、捨丸はうんうん頷いた。

「あっ、そうだよね。んじゃ、また今度にするよ」

 そう言って、くるりと向きを変える。と、今度はお七が声をかける。

「ちょっとお待ちよ」

「ん、何?」

「あのさ、火薬と弾丸た まの調達を頼みたいんだよ。いいかい?」

「お安い御用だよ。明後日には、持って来るからさ」

「頼んだよ」

 答えると、捨丸はにこにこしながら手を振り去っていく。その後ろ姿を、お七は微笑みながら見送った。




 しかし、そんな笑顔もすぐに吹っ飛んだ。地図を見るなり、お京はこんなことを言い出したのだ。

「明日、桃助を殺しに行くよ」

 途端に、お七は慌てて止めた。

「ちょっと待ちなよ! まず、鉄砲を直してからにしな!」

 彼女の言う鉄砲とは、もちろん本物ではない。竹を繋ぎ合わせて作り、車の横に付けたものだ。もっとも、竹製であるため一発撃てば銃身は破裂してしまう。そのため、発砲するたびに再び一から作り直さねばならないのだ。
 雉間正厳と戦った時は、鉄砲の作成が間に合わなかった。今回も、まだ間に合っていない。お京とお花の腕なら問題はないと思うが、万一ということもある。
 しかし、お京は聞く耳を持たなかった。

「冗談じゃない! そんなの、待ってられないよ!」

 言い返してきた彼女の顔には、一瞬たりとも待っていられない……という思いがあらわになっている。こうなると、お京はてこでも引かない。
 お七は、ふうと溜息を吐いた。

「わかったよ。好きにしな」
 
 ・・・・

 そこは、異様な場所だった──

 人通りの少ない寂れた一角に、大きな蔵が建っていた。周囲に民家はなく、人通りも少ない。入口は固く閉ざされており、頑丈な錠前付きだ。人の出入りする気配はなかった。
 しかし、夜になると雰囲気はがらりと変わる。けばけばしい格好の若者たちがどこからともなく集まり、次々と中に入っていく。無人街とほ、また違う混沌を感じさせた。
 中に入ってみれば、奇妙な格好の者たちが集まり酒盛りを開いているのだ。みな若く、けばけばしい色の着物を身にまとっている。肌もあらわな若い女たちが色とりどりの扇子を振り回して踊り狂い、見ている男たちが囃し立てる。室内には奇妙な香りがたちこめており、騒いでいる若者たちの表情もまともとは思えないものだ。その異様さは、酒に酔っていることだけが原因ではないように見えた。
 中でも、ひときわ目立つのは輪の中心であぐらをかいている若者だ。年齢は、二十歳前後だろうか。肌は異様なまでに白く、髪は後ろに撫でつけた総髪である。南蛮人のような風貌で、男女どちらでも通じる中性的な顔立ちだ。手足は長く、しなやかな筋肉に覆われている。上半身は裸で、股引きのものを履いていた。
 この奇妙な若者は、最近になって江戸を騒がせている狂気の傾奇者・天河狂獣郎てんかわ きょうじゅうろうである。金色の煙管きせるを片手に、物憂げな様子で煙を宙に吐き出していた。
 そんな狂獣郎の前で、ひとりの若者がひざまずいていた。髷を結っており、横には二本の刀が置かれていた。身なりも、他の者たちと違いきっちりしていふ。一見すると、身分の高い侍のようだが、狂獣郎の前で何やら訴えている姿には、威厳など欠片ほども感じられない。
 この男こそ、お京が狙う最後の仇・桃助である。桃助は狂獣郎に向かい、身振り手振りを交えつつ必死でまくし立てていた。

「先刻から言っていますが、猿蔵、犬飼、それに雉間も殺られました……次は、俺の番ですよ!」

 すると、狂獣郎は目を開けた。ようやく口を開く。

「はあぁ? だから何ぃ?」

「いや、ですから次は俺の番かと……」

「うん、そうなるよねえぇ。でもさぁ、そいつは面白いなあぁ」

「お、面白い?」

「だってさぁ、そいつ足ないのに江戸まで来ちゃったんでしょ? んでさぁ、猿ちゃんぶっ殺してぇ、犬飼三兄弟ぶっ殺してぇ、ついでに雉間ちゃんまで殺っちゃったんでしょ? こりゃあもう、いとをかしだねえぇ」

 そう言うと、いきなり笑い出した。ひゃっひゃっひゃっひゃ……という奇怪な笑い声だ。膝を叩きながら、狂ったように笑っている。合わせるかのように、周囲にいる者たちも笑い出した。
 しかし、桃助はにこりともしていない。それどころか、泣きそうな顔で喚き出した。

「笑ってる場合じゃないんですよ! 次は俺の番なんです! 何とかしてください!」

 その瞬間、狂獣郎の足が伸びる。桃助は蹴飛ばされ、仰向けに倒れた。
 咄嗟のことに、桃助は何が起きたかすらわかっていないようだ。そんな彼を、狂獣郎は見ようともしていない。焦点の合わない目は、宙を向いていた。

「はあぁ? 何言っちゃってんのよぅ? んなもん、俺が知るわけないでしょうがぁ」

 両手のひらをゆらゆら動かしつつ、とぼけた口調で言った。が、直後に鋭い表情で桃助を見下ろす。

「いい? 今度来る時はぁ、その何とかちゃんの首を持って来てよぅ。でないとぉ、君が打ち首だかんねぇ」







しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説 現在、アルファポリスのみで公開中。 *️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗 武藤径さん https://estar.jp/users/157026694 タイトル等は紙葉が挿入しました😊 ●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。 ●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。 お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。 ●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。 ✳おおさか 江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。 □主な登場人物□ おとき︰主人公 お民︰おときの幼馴染 伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士 寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。 モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。 久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心 分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附 淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。 大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。 福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。 西海屋徳右衛門︰ 清兵衛︰墨屋の職人 ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物 お駒︰淀辰の妾

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...