外道猟姫・釣り独楽お京

板倉恭司

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黒松一家の惣治郎

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 今回の相手は、黒松一家の惣治郎だ。
 こいつは、江戸でもそこそこ名の知れたやくざ者だよ。弱きを助け強きをくじく任侠道……などと言ってはいるが、本当のところは屑の集まりさ。堅気にゃ迷惑のかけ放題、お上にゃ尻尾を振るような連中だよ。しかも、近頃じゃ阿片を扱ってるって噂だ。てめえの経営する女郎屋で、買ってきた女を阿片漬けにして囲っているのさ。阿片漬けにしちまえば、何でも言うことを聞くからな。阿片中毒にされた挙げ句、命を絶った女は数知れねえ。
 お京、こいつらは人間の屑だ。殺すのに、何の遠慮もいらねえ。さっさと地獄へと送ってやりな。

 ・・・

 江戸の商店街を、ふんぞり返った態度で歩く中年男がいた。日は高く、周りの者たちは忙しそうに動いているが、この男だけは別だ。のんびりと歩いている。
 彼は黒松一家の親分・惣治郎そうじろうだ。歳は四十歳。背はさほど高くないが、でっぷりとした体つきである。態度も大きい。いかにも大物ぶった仕草で、あちこちを見回っていた。
 近頃は景気もよく、左うちわで金が入ってくる。動かなくても金が入ってくるとなれば、当然ながら体は重くなる。まあ、切った張ったの荒事からは遠ざかっているため、身の軽さは必要ない。しかし、こうして出歩かねばならない時は、さすがに不便さを感じる。
 そんなことを思いつつ、歩いていた時だった。

「惣治郎の親分、ちょっと待ってくれよ」

 道端にて、いきなり声をかけてきた者がいる。仮にもこの江戸で一家を構える惣治郎に向かい、失礼な口の利き方だ。
 誰かと思い振り返って見れば、見回り同心の藤村左門だった。案山子同心として有名かつ無能な男であり、惣治郎も名前くらいは知っている。

「おや、藤村さんじゃござんせんか。お役目、御苦労さまです」

 愛想笑いを浮かべつつ挨拶する。無論、惣治郎はこんな木っ端役人など恐れてはいない。しかし、一応は奉行所の役人である。好き好んで敵に回すことはない。
 左門の方は、へらへらと軽薄な笑いを浮かべつつ近づいてきた。

「やあ親分、景気はどうだね?」

 そんなことを言いながら、馴れ馴れしく肩を叩いてくる。惣治郎はうっとおしいと思いつつも、笑顔で応対した。

「景気? いいわけないじゃないですか。今は不景気でしてね、どこも大変ですよ」

「いやいや、何を言ってるんだよ。最近、羽振りがいいそうじゃねえか。あんたのやってる女郎屋、えらく人気だって聞いたぜ」

 途端に、惣治郎の表情が曇る。実のところ、黒松一家は女郎屋など経営していない……ことになっている。とぼけた口調で言葉を返した。

「はい? 何のことでしょうか?」

「ひとつ相談があるんだ。実はな、俺も親分の商売に一口のせてもらおうと思ってな」

「えっ、商売と言いますと……」

「とぼけんなよ。ご禁制の阿片を扱ってるだろうが。知らねえとでも思っているのか?」

 その言葉で、惣治郎の顔つきが一変した。やくざ者の素顔が剥き出しになる。

「旦那、何が言いてえんですか?」

 先ほどまでとはうってかわって、低い声で凄む。だが、左門は怯まない。へらへら笑いながら話を続ける。

「何が言いてえって、んなもん簡単だよ。さっきも言った通り、俺も混ぜてくれや」

「わかりました。その話は、また別の機会に……今日のところは、ひとまずこれを」

 言いながら、そっと小判を差し出す。左門は、笑みを浮かべて受け取った。

「おう、すまねえな」

 言いながら、小判を懐にしまい込む。直後、にやりと笑った。

「で、次の取引はいつなんだよ?」

「へっ? どういうことです?」

「おいおい、とぼける気か。あんたが、阿片を仕入れるのはいつなのかって聞いてるんだよ」

 言いながら、顔を近づけてくる。惣治郎は、仕方なく答えた。

「実は明日の子の刻、無人街近くの煤け野原で取り引きがありますよ。どうします?」

「そうかい。だったら、俺も用心棒として同席するぜ。お代の方、よろしくな」



 当日、惣治郎は四人の子分を引き連れ無人街を歩いていた。これから、藤村左門に会いに行くのだ。
 無論、この男は左門を商売に加える気などない。人気ひとけのない場所に呼び出し、皆で始末するつもりなのである。もとより、たかだか見回り同心ごときに強請ゆすられて黙っているほど甘い男ではない。自分を舐めた真似をしたことを、きっちり後悔させてやる……そんな腹づもりで、待ち合わせ場所に向かっていたのだ。

「親分、本当に殺すんですか?」

 子分のひとりが聞いてきた。

「当たり前だ。ああいう奴はな、ほどほどってものを知らねえ。一度甘い顔を見せたら、どんどんつけあがる。始末するしかねえんだ」

「しかし、相手は役人ですよ。大丈夫ですかね」

「関係ねえよ。殺した後は、身ぐるみ剥いで埋めちまえばいい」

 そんなことを言いながら、惣治郎は自信たっぷりの表情で笑った。この男、前にも同じことをやっている。何も不安はなかった。



 惣治郎らは、待ち合わせ場所へと到着した。しかし、誰も来ていない。

「おい、なんだあいつらは?」

 目を丸くして言ったが、それも無理からぬことだった。
 そこに現れたのは。藤村左門なる見回り同心ではない。黒い乳母車のようなものに乗った女、その車を押す女の二人組である。こんな珍妙な者たちを見るのは始めてだ。
 驚く黒松一家の面々の前で、二人組は立ち止まる。言うまでもなく、お京とお花だ。両者は、四間(約七・二メートル)ほどの距離を空け対峙する。
 初めに口を開いたのほ、お京だった。

「あんたら、黒松一家のおあにぃさんたちだね。女郎を阿片漬けにして儲けてるって噂は聞いてるよ」

「だったら、どうだっていうんだ? お前らも欲しいのかよ?」

 聞き返してきた惣治郎。お京は、鼻で笑った。

「いや、あたしらが欲しいのは阿片じゃない。あんたらの命さ。悪いけどさ、死んでもらうよ」

「死んでもらう、だと? ふざけたことを……」

 惣治郎ほ、ぎりりと奥歯を噛みしめる。直後、部下に向かい怒鳴る。

「てめえら、構わねえから殺せ!」

 言った時、お花がすぐさま耳を塞いだ。お京も、すぐに伏せる。と同時に、銃声が轟く──
 車の両脇に設置しておいた竹鉄砲が、火を吹いたのだ。ふたりの子分が、銃弾を受け倒れる。他の者たちも、完全に腰砕けの状態だ。
 そこに、車が突っ込んでいく。お京は独楽を振るい、立て続けに男たちを倒していった。竹鉄砲により戦意を失っていた子分たちに、反撃など出来るはずもない。独楽により顔面を打ち砕かれ、立て続けに倒れる。残りは、惣治郎ひとりだ。

「な、何なんだお前ら……」

 その惣治郎は、震えながら後ずさっていく。腕の立つ子分たちを集めたはずだった。しかし、今では全て地に伏しているのだ。顔から血を流し、呻き声をあげている。
 
「あとは、あんただけだよ」

 お京の言葉と共に、車が近づいていく。

「ま、待て! 頼む、助けてくれ!」

 叫ぶ惣治郎。直後、彼はひざまずいた。額を地面に擦り付ける。若い頃なら、土下座などせず走って逃げていたはずだ。しかし、今のところ惣治郎は昔に比べ肥え太っていた。逃げたところで、すぐに息が切れてしまうだろう。
 ならば、土下座するしかない。

「頼む! 命だけは! 命だけは助けてくれ! 金なら、幾らでもやるから!」

「悪いけどさ、そうもいかないんだよ。これも仕事でね」

 お京は、冷たい口調で言い放つ。直後、彼女ほ車から飛び降りた。
 短刀を抜き、振り下ろす──
 延髄を短刀で貫かれ、惣治郎は即死した。痛みを感じる暇すらなかったであろう。
 だが、これで終わりではない。倒れている子分たちもまた、全て始末しなくてはならないのだ。顔を見られた以上は殺す……これが、裏稼業の掟である。
 お京は短刀を手に、そっと近寄って行った。




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