外道猟姫・釣り独楽お京

板倉恭司

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かつての仲間

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 お京、お前の復讐旅も、いよいよ先が見えてきたな。あと残るは、桃助ひとりだけか。まあ運に助けられた部分があったのは間違いないが、それでもよくやったよ。俺は、お前を凄いと思う。
 だがな、その前にやってもらわなきゃならんことがある。こいつは、ちょいとばかし厄介な相手だ。お前らでなきゃ、出来ない仕事なんだよ。

 ・・・

 朝の無人街は、静けさに包まれていた。時おり小屋の中こら声や物音は聞こえるが、それでも他の場所に比べれば静かなものだ。
 そもそも、この街の住人たちは昼から夕方に目を覚まし、夜に活動する。夜鷹、博徒、人目につきたくない商売人などなど……中には、江戸の中心地で盗みや押し込み強盗をした後、無人街へと帰ってくるというやからまでいる始末だ。したがって、朝方にはそういった者たちが熟睡している。
 そんな静かな無人街を歩いていくのは捨丸だ。周囲に気を配りながら進んでいく。
 やがて、目指す場所に辿り着いた。お京たちの住む掘っ立て小屋だ。そっと近づいていったところ、不意に出てきた者がいる。誰かと思えば、お七だ。
 捨丸は、思わずにっこりしていた。

「やあ、姐さん」

 挨拶すると、お七はこちらを向いた。直後、顔が和む。

「あら、捨丸じゃないか。こないだは御馳走さん」

「いやいや、あんなんで良ければいつでも言ってよ」

「で、こんな朝っぱらから何の用だい?」

 にこやかな表情で聞いてきたお七だったが、次の瞬間に顔つきが一変する。

「あのさ、次の仕事なんだけど……」

「そうかい。で、相手は何者なんだい?」

 険しい表情で尋ねるお七に向かい、捨丸は申し訳なさそうに答える。

「あっ、うん……まあ、とんでもない大悪党だよ。なんて言うか、悪い奴さ。詳しいことは、中で話すけど……」

 捨丸は、そこで言葉を切った。お七の顔を覗き込む。

「ねえ、嫌なの?」

「嫌かって? 嫌に決まってるじゃないか。誰が好き好んで、人殺しに手を貸すって言うんだい」

 強い口調だった。だが、これはお七の偽らざる気持ちだ。本音を言うなら、こんな仕事などやめて欲しい。相手がどんな悪人だろうと、人殺しは人殺しだ。
 すると、捨丸の表情が暗くなる。

「う、うん、そうだよね。本音は嫌だよね。わかるよ。姐さん、人殺しは嫌いだもんね」

「でも、引き受けなきゃ桃助の居場所を教えてくれないんだろ?」

「まあ、そうなんだよね」

「だったら、やるしかないじゃないか」

 そう、お京には他の選択肢がないのだ。お七とて、それはよくわかっている。仕方ないとも思っている。
 だが、割り切れないものもある。

「う、うん。そうなんだよね。申し訳ないけど……」

 言葉を濁す捨丸……この青年も、間に立たされ辛い立場なのだろう。双方の気持ちが理解できるため、強く出られない。
 捨丸は、本当に優しい性格の持ち主だ。それは、これまでのやり取りでわかっていた。しかし、優しさは裏稼業ではあだとなる。

「はっきりしない男だね。しっかりしなよ」

 言いながら、拳で胸をどんと突く。捨丸は、ぺこりと頭を下げた。

「あっ、ごめん。これからは、しっかりするよ」

 その態度に、お七は思わず苦笑した。

「なんだいそりゃ。あんたは、本当にお人好しだね。裏稼業にゃ向いてないよ」

 そう言うと、捨丸もようやく笑顔を見せる。

「うん、よく言われるよ」



 話を終えた捨丸は、真っ直ぐ江戸の街に帰る。人気ひとけのない路地裏の物置小屋に入り込み、じっと座り込んでいた。
 しばらくすると、壁をとんとんと叩く音がする。誰であるかはわかっていた。藤村左門だ。捨丸は、そっと声を出す。

「いるよ」

 その声を聞き、左門がそっと入ってきた。

「行ってきたよ」

 捨丸が言うと、左門は頷く。

「そうか。さて、あいつらには上手くやってもらわねえとな」

「あいつらって、お京たち?」

「そうだよ。他に誰がいるんだ?」

「だよね。お京たちに頼むしかないんだよね」

 その言葉は、自分に言い聞かせるようにも見える。左門は、眉をひそめた。

「なんか不満でもあるのか?」

 聞いてみると、捨丸は慌ててかぶりを振る。

「いやあ、そういうわけじゃないんだけど……」

 言った後、少しの間を置き尋ねる。

「ねえ、左門ちゃんはやんないの?」

「やんないのって、殺しをか?」

「そう」

「馬鹿野郎、俺はそんな柄じゃねえよ。南町の案山子なんて呼ばれるような俺に、殺しなんか出来ると思うか」

 ふざけた口調で言ったが、捨丸はにこりともしなかった。ややあって、真面目な顔で口を開く。

「あの……俺、前に聞いちゃったんだけどさ、あんた本当は無茶苦茶強いんだって言った人がいたよ」

「はあ? どこの馬鹿が、そんなことを言ったんだ?」

「あの、政之助だよ」

「政之助か……あの野郎……」

 左門は、思わず毒づいた。
 青木政之助あおき まさのすけ……かつて、左門や捨丸らと組んで裏稼業をやっていた男である。侍くずれであり、剣の腕は立つ。何せ、『奥山新陰流おくやましんかげりゅう』の免許皆伝という経歴の持ち主だ。
 
「政之助は言ってたよ。藤村左門は、本気を出せば腕は俺より上だろう……ってね。俺さ、政之助が人を褒めるの初めて聞いたからね」

 昔を懐かしむかのような口調で語る捨丸だったが、左門は真逆の感情を抱いているらしい。吐き捨てるかのような口調で言った。

「あいつは馬鹿だよ」

 そう、政之助は大馬鹿者だった。
 かつて上州の方で藩士として働いていたが、つまらぬいざこざから上役を斬り、追われる身となる。逃れ逃れて、辿り着いた先が江戸だった。そこで左門と出会い、裏稼業の一員となる。堅苦しい男で、酒も女もやらない変わり者だった。
 左門は同心、政之助は藩士……職そのものは違えど、宮仕えという点は同じだ。侍という立場も同じである。左門は、この男に特別なものを感じていた。安泰だった宮仕えをあっさり捨て、お尋ね者となり裏稼業に身を転じた……愚かといえば愚かだ。しかし、羨ましい気持ちもある、
 政之助は藩士の立場は捨てたが、侍という生き方は捨てられなかったらしい。殺された仲間の仇を討つため、単独で敵地に乗り込み全員を斬った。だが、己も命を落とした。
 左門は、この男の死に様に対しても、複雑な思いを抱いている。政之助は、間違いなく馬鹿な男だ。仇を討ったところで、死んだ者は帰って来ない。しかも、己の命まで落としてしまった。これを愚かと言わず、何を愚かというのか。
 反面、羨ましいという想いもある。政之助は、侍として死ねた……無様に生き続けている自分とは違う。武士の一分いちぶんを貫き通した、と言えるのかもしれない。
 その時、捨丸の表情が変わっていることに気づいた。

「ちょっとお、そんな言い方なくない? あいつは、仁巌の仇を討ったんだよ」

 本気で怒っているのか。だとしたら、捨丸らしくない態度だ。左門は、彼の肩に触れた。

「気に障ったなら謝る。だがな、政之助は死んじまった。そんなことは、仁巌も望んでいなかったはずだ」

「それは、そうかもしれないけどさ……」

「捨丸、どんなにみっともなくても、最後まで生きてた方が勝ちなんだよ。死んじまったら、何もならねえ。だから、俺は刀を抜かねえんだ」

「あのさ、もしもお京たちが殺られたら、どうすんの?」

 ためらいながらも聞いてきた捨丸に、左門は即答する。

「あいつらが死んでも、俺は動かねえよ。お前が殺られても同じことだ。仇を討とうなんて気はねえよ」

 言った後、左門は背中を向ける。

「これが裏の世界なんだよ。それが嫌なら、最初からこんな稼業に足を踏み入れちゃいけねえんだ」

 その言葉を残し、左門は去っていった。

 

 
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