外道猟姫・釣り独楽お京

板倉恭司

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雉間正厳

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 次の獲物は、雉間正厳だ。
 言うまでもなく、この男は善人ではない。人を斬るのが、好きで好きでたまらねえって奴だからな。事実、これまで何人斬ったかわかりゃしねえ。こいつにとって、人を斬るという行為は、庭の草をむしることと同じくらい普通のことなのかもしれない。
 かと言って、悪人とも言い切れないものがある。あえて言うなら、狂人だよ。いや、狂人という表現も生ぬるいな。人斬りの味に憑かれ、人間をやめちまったんだよ。「狂剣きょうけん」と呼ぶのが、一番ふさわしいかもしれねえ。
 お京、これまでのあんたの手並みは、本当に見事なものだった。俺は、お世辞抜きであんたを凄いと思うよ。だがな、雉間は今までの相手とは違う。奴は、剣の腕を磨くことだけを生きるかてにしてきた男だ。しかも、人間をやめて鬼となっちまった。そう、奴は剣鬼でもある。
 今回は、歯ごたえのある戦いになるだろうぜ。お前さんの戦いぶり、じっくり見させてもらう。

 ・・・

 昼の林道を、奇妙な一団が歩いていた。
 箱車に乗ったお京と、その車を押すお花。そして、同心姿の藤村左門である。三人の顔には、緊張感があった。彼らの周囲には、重苦しい空気が漂っている。
 そんな中、お京が口を開いた。

「まさか、あんたと雉間が知り合いだったとはね」

「まあな。知り合いというか、腐れ縁とでも言おうかね。かつては、俺の先輩だった。だがな、剣の師匠を叩き斬っちまったんだよ。挙げ句、今では追われる身さ」

 左門は、すました表情で答えた。だが、すぐに顔つきが一変する。

「雉間はな、はっきり言って強いぞ。道場で、奴には誰も勝てなかった。しかも、その後は人斬り稼業をやってた。単なる腕自慢とは違う。正式な剣術を、基礎からきっちりと学んできた。その学んだ剣術に、実戦で磨きをかけてきた男だ。犬飼兄弟みたいなやくざ剣法とは、わけが違う」

「ふん、関係ないよ。どんな奴だろうが、殺すだけさ」



 やがて三人は、古いあばら家にたどり着く。周囲には木が生い茂り、庭は雑草が伸び放題だ。あばら家というより、化け物屋敷と呼んだ方が相応しいだろう。
 そんな化け物屋敷に、左門はそっと近づいていった。すると、待ち構えていたかのように姿を現した者がいる。年齢は三十代から四十代だろうか。体格はさほど大きくないが、着物の裾から覗く前腕は太く筋張っている。着ている物はあちこちほつれており、みすぼらしい印象だ。もっとも眼光は鋭く、得体の知れない自信に満ちていた。
 男はお京を見つめ、口を開いた。 

「待っていたぞ。お前が、尾仁之村の生き残りか。俺のことを覚えているか?」

「忘れるもんか。雉間正厳……仇は討たせてもらうよ」

 静かな口調で言い返したお京に、雉間は笑みを浮かべる。

「そうか。俺は嬉しいぞ」

「何が嬉しいんだよ」

「お前を見た時、俺は思ったのだ。ひょっとしたら、この女は生き延びるのではないか。そして、復讐のため江戸まで来るのではないか、とな」

 言いながら、刀を構えた。

「俺の目に狂いはなかった、その事実が嬉しいよ」

「そうかい。だったら、あたしにとどめを刺さなかったことを後悔させてやる」

 直後、お京は独楽を放った──
 次の瞬間、信じれないことが起きる。放たれた独楽の一撃を、刀で弾き飛ばしたのだ。
 お京の放つ独楽は、肉眼で捉えられるようなものではない。その速さは、目で見てから対応できるようなものではないのだ。
 そんな独楽の打撃を見切り、刀で弾く……これは、もはや神の領域にまで達した剣技の持ち主でないと不可能だ。
 お京は顔を歪める。再度、独楽を放つが、またしても刀で弾かれた。
 直後、今度は雉間が動く。一瞬で間合いを詰め、刀を振るう──
 太刀は、彼女の首を狙っていた。まともに食らったなら、間違いなく首をはねられていただろう。しかし、間一髪のところでお京は躱していた。咄嗟に、車の中に伏せたのだ。
 同時に、車は後退する。お花が後方に飛び退き、車を下がらせたのだ。さらに、お京が独楽を投げる──
 雉間は、またしても刀で弾く。にやりと笑った。 

「妙な芸当を身につけたようだが、しょせんはこの程度か。だとしたら、ずいぶんと甘く見られたものだ」

 その言葉に、お京は眉間に皺を寄せ応える。

「なるほど、確かに剣の腕は凄い。でもね、それだけだ。お花、分かれていくよ」

 直後、お花が動く。車から手を離し、横に動いた。盲目とは思えぬ足取りで、雉間の横へと移動する。
 そんなふたりを、雉間は鼻で笑った。

「ふたりがかりか。だがな、人数頼りでは俺には勝てんぞ。何人集まろうが、雑魚は雑魚だ」

 言った直後、再び刀を構える。
 雉間の言うことは間違いではない、雑兵は、何人集まろうと烏合の衆に変わりはないのだ。きちんとした訓練を受けていない者たちは、いざ実戦になると、どう動けばいいのかわからない。
 しかも、目の前でひとりが斬り殺されたりすれば、当然ながら怯える。その怯えは、あっという間に全員に伝染し総崩れとなる。この場合、人数の多さが仇となる。いくら数を集めたとしても、雑魚は雑魚でしかない。
 仮に、この雉間正厳を討つために雑魚を数十人を集めたとしよう。だが雉間は、先頭を切って襲いかかる数人をあっという間に切り捨てられる腕を持つ。そんな剣技を間近で見せられれば、雑魚は戦意を喪失する。やがて、ひとりが逃げ出すと全員が逃げ出す……人数を揃えたからと言って、必ずしも有利とは限らないのだ。
 ところが、お京とお花は訳が違う。両脚がない、あるいは両目が見えないという障害を抱えながらも、必死の思いで己を鍛え上げ、地獄からはい上がって来たのだ。
 その上、ふたりは固い絆で結ばれている。いちいち言葉にしなくとも、自身がどう動くべきかはわかっているのだ。お京の動きに合わせ、お花も適格に動く。ふたりの連係は、雉間の超人的な剣技にも対抗しうるものだった。

 お京が、再び独楽を放つ。雉間は、瞬時に反応し刀で打ち返す。
 その時、お花が動いた。杖を振りかざし、雉間に打ちかかる──
 雉間は、杖を難なく躱した。しかし、そこにまたしても独楽が襲いかかる。咄嗟に刀で弾いたものの、体勢を完全に崩していた。
 その隙を逃すほど、お花は甘くない。杖による鋭い突きを放った──
 みぞおちに突きをまともに受け、雉間はのけぞった。口から、うっという呻き声が漏れる。ふたりの流れるがごとき完璧な連係攻撃を前に、さすがの剣鬼といえど手も足も出ない。
 その瞬間、別の方向から攻撃が飛んでくる。お京の独楽だ。速く重い一撃が前腕に炸裂し、雉間は思わず顔をしかめた。その手から、刀が落ちる。 
 それだけでは終わらない。ふたりの連係は、止まることなく続いていく。雉間が落ちた刀を拾い上げようとするが、お花は勢いよく刀を蹴飛ばした。遠くへとすっ飛んでいく刀……雉間は、唯一の武器を失ったのだ。続いて、またしても独楽が放たれた──
 独楽は、雉間の脳天に命中する。杉板をも打ち割る威力の独楽だ。さすがの剣鬼も、これを食らってはたまらない。脳震盪を起こし、足から崩れ落ちた。
 その瞬間、お京は飛んだ。車のへりを掴み、常人離れした腕力と体幹の瞬発力を用いて飛び上がったのだ。倒れた雉間にのしかかると、短刀を抜き喉元に当てる。
 耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。

「あんたのお陰で、あたしは仇の名を知ることが出来た。最期に言い遺す言葉があるなら、聞いてやるよ」

 その言葉に、雉間はふっと笑った。

「覚えておけ……いつか、お前もまた同じ最期を迎える。お前を憎いと思う誰かの手にかかり殺される日が来るのだ……地獄で待っているぞ」

「上等だよ。地獄で会ったら、またぶっ殺してやる」

 言った直後、お京は短刀を動かす。喉を、一気に切り裂いた──



 死体となった雉間を、お京は冷酷な表情で見下ろす。
 雉間の死に顔は、安らかなものだった。先ほどまでの、あの鬼気迫る表情が嘘のようである。ようやく、全てから解放された……そんな風にも感じられる。
 お京の裡に疑問が生じた。この男にとって、死は刑罰たり得たのだろうか。ひょっとしたら、雉間は戦いの中で死ぬことを望んでいたのかもしれない。
 では、復讐とは何なのだ?

 その時、左門が前に進み出てきた。

「お前ら、先に帰ってくれ。俺は、ここでやらなきゃならんことがある」

 いつもとは違い、妙に殊勝な態度だ。

「どうしたんだい?」

 尋ねるお京に、左門は語った。

「この人は、大勢の人を斬ってきたろくでなしだ。けどな、俺の兄弟子でもある。この人には、本当に世話になった。だから、せめて墓くらい作ってやりてえんだ」

 ・・・・

 その頃。
 無人街の中を流れる小川のほとりで、しゃがみ込む女がいた。お七である。彼女は、複雑な思いを胸に抱き、川の流れをじっと見ていた。
 今頃、お京とお花は雉間と戦っているはずだ。いや、既に仕留めているかもしれない。あるいは、仕留められたか……そのことを思うと、何とも言えない複雑な気持ちになる。
 河原で物思いにふける彼女に、いきなり声をかけた者がいた。

「あれ、お七さんじゃない。どしたの?」

 捨丸である。飄々とした態度で近づき、隣に腰掛けた。

「あんたかい。別に、どうもしないよ」

 素っ気ない態度のお七に、捨丸は首をひねる。

「ねえ、なんか悩みでもあるの? あるなら、俺に言ってみなよ。ね、言ってみ」

 言いながら、顔を近づけてきた。お七は、反射的に顔を背ける。

「あんたに言ったって、しょうがないよ」 

 吐き捨てるような口調だった。捨丸は、不満そうな顔になる。

「ちょっとお、何それ。俺は役立たずだってこと?」

「気に障ったなら謝るよ、ごめん」

 お七は、ぺこりと頭を下げる。あまりにもあっさりと謝られ、捨丸は拍子抜けしたらしい。困った表情で、彼女を見つめる。
 ややあって、恐る恐る聞いてみた。

「ねえねえ、大丈夫? いつもの姐さんらしくないよ」

「人間、生きていくためには嫌なこともしなくちゃならない。でもね、どうしても出来ないことってのもある。あたしゃ、どうすればいいのかね」

 語るお七之顔には、悲しげな表情が浮かんでいる。捨丸は、神妙な面持ちになった。
 と、何を思ったか、突然お七の手を握る。

「ねえ、蕎麦でも食いに行こうよ。俺、美味い店知ってるからさ」

「ちょ、ちょっと!」

 いきなりのことに、お七は気色ばむが、捨丸はお構いなしだ。強引に立ち上がらせると、彼女の手を引いていく。

「いいじゃんいいじゃん。御馳走するから、行こ行こ。美味いものを食べれば、少しは気も晴れるからさ。俺は、姐さんには元気でいて欲しいんだよ」


 
 



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