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六月十日 将太、撒いたものを刈り取る
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「このキチガイが……何人殺しゃあ気が済むんだ?」
桜田将太は、低い声で毒づいた。
この家は、本当に異常だ。リビングのソファーには、ふたりの中年の男女が座っている。いや、男女の死体が座らせられている、と言った方が正確だろう。匂い消しのような物が大量に撒かれており、まだ六月だというのに異様なまでに冷えている。恐らく、死体の腐敗を遅らせるためにクーラーで部屋を冷やしているのだろう。
目の前には、痩せこけた若い男が立っていた。片手に果物ナイフを持ち、異様な目でこちらを見ている……。
将太は、手紙に書かれていた住所を訪れてみた。初めはブザーでも鳴らし、住人と接触してみるつもりだった。しかし、家の前に来たとたんに気が変わる。
その家は、明らかに異様な雰囲気に満ちていた。人の気配はしている。電気メーターも動いている。しかし明かりは消えていた。
将太は、どうしたものかと考えた。この家に住む塚本孝雄は、これまで何人もの女を絞殺した本物の快楽殺人者である……と、ポストの手紙には書かれていたのだ。まずは、その真相を確かめる必要がある。
そのために、この家に来たのだ。無論、今日は孝雄と接触するだけのつもりである。何もする気はなかった。
しかし、この家からは異様な何かを感じるのだ。将太は、何の気なしにドアノブに手をかけた。
鍵はかかっていない。そっとドアを開けてみる。その途端、驚くほどの冷気を感じた。六月にしては、異常な冷え方だ……どういうことだろう。
将太は、家の中に侵入していく。息を殺して進んで行った。中は、ごく普通の家だ。きちんと掃除されており、特に散らかっているような様子もない。
ただ、室内はひっそりと静まりかえっていた。クーラーの微かな機械音だけが響き渡っている。
さらに家の中を進んでいく。すると上の階からも、微かな物音がするのに気づく。もし警察を呼ばれたら、自分は確実に逮捕されるだろう。客観的に見れば、不法侵入者以外の何者でもない。
しかし将太には、そんな展開にはならないであろうという漠然とした思いがあった。この家には、まがまがしい気配が漂っている。路上での闘いを繰り返し、時には人の命をも奪ってきた……そんな彼の勘が告げていた。
この家には、魔が潜んでいる。
やがて、将太はリビングへと到着した。その途端、彼の漠然とした思いは、確信へと変わる。
ソファーには、ふたつの死体が置かれていた。どちらも中年の男女に見える。ただ、死体は腐りつつあるようだ……ここの住人は、死体をリビングに放置したまま生活しているのか。
やはり、この家の住人である塚本孝雄こそが、真幌の絞殺魔なのだ。殺人に快楽を見いだす異常者。女を絞め殺す快感が、病みつきになっている。そして警察の目を潜り抜け、今までのうのうと犯行を続けていたのだ。
こいつだけは、殺さなくてはならない。
直後、背後から人の気配を感じた。すかさず振り返る──
そこに居たのは、ガリガリに痩せた若者であった。頬の肉は削げ落ち、目は落ち窪んでいる。得体の知れない染みだらけのシャツと短パン姿であるが、その額には汗が滲んでいた。この冷えきった家の中で、なぜ汗をかいているのだろう。
もっとも、そんなことはどうでもいい。この男が、塚本孝雄で間違いないのだ。しかも、その手には果物ナイフが握られている。
「このキチガイが……何人殺しゃあ気が済むんだ?」
思わず毒づいた将太だったが、それを聞いた孝雄の顔つきに変化が生じた。先ほどまでの、狂気のごとき表情が消え……困惑したような様子で、こちらを見ている。
孝雄はそのまま口を開け、何か言いかけた。
その瞬間、将太は襲いかかる──
将太の左ジャブが、孝雄の顔面を捉えた。続いて、全体重を乗せた右ストレート。孝雄は、たった二発のパンチで吹っ飛んでいく。折れた前歯を吐き出しながら、仰向けに倒れた。
だが、すぐに起き上がる。凶悪な光を帯びた目で、こちらを睨んでいた。戦意は失われていない。それどころか、今のパンチは孝雄を凶暴化させたらしい。
将太は、思わず顔をしかめる。目の前にいる者は、恐らく興奮剤か何かが効いている状態だ。格闘家の中にも、試合前に興奮させる作用を持つ薬物を摂取する者がいる……目の前にいる男は、力は弱いし闘う技術も知らないだろう。
しかし、興奮剤のせいで痛みを感じにくくなっている。こうなったら、顎に正確な打撃を叩き込んで脳震盪を起こさせるか、あるいは蹴りで吹っ飛ばすか。
将太は僅か一秒ほどの間で、状況を察知した。だが次の瞬間、孝雄が襲いかかって来る──
孝雄は果物ナイフを振り上げ、将太に襲いかかる。だが、将太の前蹴り一発で吹っ飛んだ。バランスを崩し、仰向けに倒れる。不健康な生活でガリガリに痩せており、骨も脆い。
床に倒れた孝雄めがけ、将太は追い打ちをかけた。孝雄の首を、踵に全体重をかけて踏みつける──
何かが砕けるような音がした。恐らく、首の骨が折れたのだろう。
だが、将太は容赦しなかった。念を入れるかのように、さらに追い打ちを掛ける。もう一度、首めがけて全体重をかけた踵を落とす──
孝雄の首は、グシャグシャになった。もはや、骨も脛椎も粉々である。言うまでもなく、その命は既に失われていた。
一方、将太は死体と化した孝雄を見下ろす。その表情は満足げであった。殺人を犯した罪悪感など、微塵も感じられない。
だが、それも当然だろう。自分は正義を行なったのだから。極悪な絞殺魔を、この手で殺した……将太の心の中は、久しぶりに充実感で満たされていた。
その時だった。
「警察だ! 動くな!」
不意に、室内に響き渡った声。将太が振り向くと、制服姿の警官たちがドカドカと入って来た。将太の周囲を取り囲む。
「桜田将太! 殺人の現行犯で逮捕する!」
スーツの男が怒鳴りつけると同時に、制服警官たちが襲いかかって行く。
抵抗など、しても無駄であった。将太は一瞬で取り押さえられ、手錠を掛けられた。
桜田将太は、低い声で毒づいた。
この家は、本当に異常だ。リビングのソファーには、ふたりの中年の男女が座っている。いや、男女の死体が座らせられている、と言った方が正確だろう。匂い消しのような物が大量に撒かれており、まだ六月だというのに異様なまでに冷えている。恐らく、死体の腐敗を遅らせるためにクーラーで部屋を冷やしているのだろう。
目の前には、痩せこけた若い男が立っていた。片手に果物ナイフを持ち、異様な目でこちらを見ている……。
将太は、手紙に書かれていた住所を訪れてみた。初めはブザーでも鳴らし、住人と接触してみるつもりだった。しかし、家の前に来たとたんに気が変わる。
その家は、明らかに異様な雰囲気に満ちていた。人の気配はしている。電気メーターも動いている。しかし明かりは消えていた。
将太は、どうしたものかと考えた。この家に住む塚本孝雄は、これまで何人もの女を絞殺した本物の快楽殺人者である……と、ポストの手紙には書かれていたのだ。まずは、その真相を確かめる必要がある。
そのために、この家に来たのだ。無論、今日は孝雄と接触するだけのつもりである。何もする気はなかった。
しかし、この家からは異様な何かを感じるのだ。将太は、何の気なしにドアノブに手をかけた。
鍵はかかっていない。そっとドアを開けてみる。その途端、驚くほどの冷気を感じた。六月にしては、異常な冷え方だ……どういうことだろう。
将太は、家の中に侵入していく。息を殺して進んで行った。中は、ごく普通の家だ。きちんと掃除されており、特に散らかっているような様子もない。
ただ、室内はひっそりと静まりかえっていた。クーラーの微かな機械音だけが響き渡っている。
さらに家の中を進んでいく。すると上の階からも、微かな物音がするのに気づく。もし警察を呼ばれたら、自分は確実に逮捕されるだろう。客観的に見れば、不法侵入者以外の何者でもない。
しかし将太には、そんな展開にはならないであろうという漠然とした思いがあった。この家には、まがまがしい気配が漂っている。路上での闘いを繰り返し、時には人の命をも奪ってきた……そんな彼の勘が告げていた。
この家には、魔が潜んでいる。
やがて、将太はリビングへと到着した。その途端、彼の漠然とした思いは、確信へと変わる。
ソファーには、ふたつの死体が置かれていた。どちらも中年の男女に見える。ただ、死体は腐りつつあるようだ……ここの住人は、死体をリビングに放置したまま生活しているのか。
やはり、この家の住人である塚本孝雄こそが、真幌の絞殺魔なのだ。殺人に快楽を見いだす異常者。女を絞め殺す快感が、病みつきになっている。そして警察の目を潜り抜け、今までのうのうと犯行を続けていたのだ。
こいつだけは、殺さなくてはならない。
直後、背後から人の気配を感じた。すかさず振り返る──
そこに居たのは、ガリガリに痩せた若者であった。頬の肉は削げ落ち、目は落ち窪んでいる。得体の知れない染みだらけのシャツと短パン姿であるが、その額には汗が滲んでいた。この冷えきった家の中で、なぜ汗をかいているのだろう。
もっとも、そんなことはどうでもいい。この男が、塚本孝雄で間違いないのだ。しかも、その手には果物ナイフが握られている。
「このキチガイが……何人殺しゃあ気が済むんだ?」
思わず毒づいた将太だったが、それを聞いた孝雄の顔つきに変化が生じた。先ほどまでの、狂気のごとき表情が消え……困惑したような様子で、こちらを見ている。
孝雄はそのまま口を開け、何か言いかけた。
その瞬間、将太は襲いかかる──
将太の左ジャブが、孝雄の顔面を捉えた。続いて、全体重を乗せた右ストレート。孝雄は、たった二発のパンチで吹っ飛んでいく。折れた前歯を吐き出しながら、仰向けに倒れた。
だが、すぐに起き上がる。凶悪な光を帯びた目で、こちらを睨んでいた。戦意は失われていない。それどころか、今のパンチは孝雄を凶暴化させたらしい。
将太は、思わず顔をしかめる。目の前にいる者は、恐らく興奮剤か何かが効いている状態だ。格闘家の中にも、試合前に興奮させる作用を持つ薬物を摂取する者がいる……目の前にいる男は、力は弱いし闘う技術も知らないだろう。
しかし、興奮剤のせいで痛みを感じにくくなっている。こうなったら、顎に正確な打撃を叩き込んで脳震盪を起こさせるか、あるいは蹴りで吹っ飛ばすか。
将太は僅か一秒ほどの間で、状況を察知した。だが次の瞬間、孝雄が襲いかかって来る──
孝雄は果物ナイフを振り上げ、将太に襲いかかる。だが、将太の前蹴り一発で吹っ飛んだ。バランスを崩し、仰向けに倒れる。不健康な生活でガリガリに痩せており、骨も脆い。
床に倒れた孝雄めがけ、将太は追い打ちをかけた。孝雄の首を、踵に全体重をかけて踏みつける──
何かが砕けるような音がした。恐らく、首の骨が折れたのだろう。
だが、将太は容赦しなかった。念を入れるかのように、さらに追い打ちを掛ける。もう一度、首めがけて全体重をかけた踵を落とす──
孝雄の首は、グシャグシャになった。もはや、骨も脛椎も粉々である。言うまでもなく、その命は既に失われていた。
一方、将太は死体と化した孝雄を見下ろす。その表情は満足げであった。殺人を犯した罪悪感など、微塵も感じられない。
だが、それも当然だろう。自分は正義を行なったのだから。極悪な絞殺魔を、この手で殺した……将太の心の中は、久しぶりに充実感で満たされていた。
その時だった。
「警察だ! 動くな!」
不意に、室内に響き渡った声。将太が振り向くと、制服姿の警官たちがドカドカと入って来た。将太の周囲を取り囲む。
「桜田将太! 殺人の現行犯で逮捕する!」
スーツの男が怒鳴りつけると同時に、制服警官たちが襲いかかって行く。
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