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六月六日 隆司、クビになる
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「いったい、どういうことですか? そんなこと、急に言われても困りますよ……」
佐藤隆司は、呆然とした表情で尋ねる。しかし、目の前にいる制服を着た男は、すまなさそうな表情で言葉を返した。
「いや、本当に申し訳ないんだけど……君には、今日で辞めてもらいたいんだ」
隆司は、怒りよりもむしろ困惑の方が先に立っていた。朝、出社と同時に事務所に呼び出されたのだ。そして依田課長なる人物に、クビを言い渡されたのである。
たった二日目にして、いきなりクビを言い渡される……その理由かわからない。昨日、自分は何もミスをしていないはずだ。上司を怒らせるようなこともしていないし、同僚と揉めるようなこともしていない。
「な、なぜですか? なぜ、俺が辞めさせられるんですか?」
隆司は混乱しながらも、どうにか言葉を絞り出す。だが、依田は顔をしかめるばかりだ。
「いや、それは……とにかく、君なら他にも仕事先はあるだろうし……ただね、ウチとしては辞めてもらうしかないんだよ」
「いや、それじゃあわからないですよ。辞めなきゃならない理由を教えてください」
なおも食い下がる隆司に、横にいる若い社員が決定的な一言を言い放った。
「じゃあ言ってやる。あんたが人殺しだからだよ」
「えっ……」
そう言ったきり、隆司は絶句した。
人殺し?
どうして知ってるんだよ?
「あのね、昨日ネットで君の名前を検索したら……君の起こした事件の記録があったんだよ。こっちも、知ってしまった以上は対応しないわけにはいかないんだ。申し訳ないけど、君には今日で辞めてもらうことになる。昨日と今日、合わせて二日分の給料は振り込んでおくから……」
すまなそうな表情で、依田ほ語った。
隆司は何と言えばいいのかわからず、呆然としていた。何故、こんなことが起きる?
すると、依田の横にいる若い社員が舌打ちした。
「理由はわかっただろうが。こっちは忙しいんだ。さっさと帰ってくれ。仕事の邪魔だ」
その無礼な態度に、ようやく隆司の感情が働き始めた。
「何だと……てめえは関係ねえだろうが! 俺は依田課長と話してんだよ! 黙ってろ!」
怒りも露に怒鳴り付けると、若い社員は怯えた表情で下がり受話器を手にした。
「な、何だよ! 警察呼ぶぞ!」
そう言いながら、今にも泣き出しそうな表情で隆司を睨む。先ほどまでの、傲慢な態度が嘘のように怯えきっている。無抵抗の相手には強いが、向かって来る相手には弱いタイプであるらしい。
隆司は顔を歪めた。この場で殴り倒してやろうか、という思いが頭を掠める。
しかし、依田が立ち上がり社員の肩を叩く。
「下らんことはやめるんだ。君は、少し黙っていてくれ」
依田は社員に向かい、厳しい口調で言った。直後、隆司の方を向く。
「佐藤くん、ここで我々と揉めても何の得にもならないよ。とにかく、我々も知ってしまった以上は、見てみぬふりは出来ないんだ。本当に、申し訳ない……」
依田は、深々と頭を下げた。
気がつくと、既に昼間になっていた。
隆司は今、真幌公園のベンチに座っている。放心状態でバイト先を出て、呆然とした心持ちのまま電車に乗り込み、フラフラと公園に歩いていた。それから今まで、ずっとベンチに座り込んでいたのだ。
次に、隆司の胸に湧き上がってきたものは……困惑と絶望だった。
なぜ、こんなことになったのだ?
自分は刑務所で、罪を償ったはずだ。
なのに、何故?
俺は未来永劫、殺人犯の烙印を押されたままなのか?
ふと、あの言葉が甦る。
(なあ、ひとつ言っとく。世間はな、前科者には厳しいんだよ。特に人殺しにはな……お前にどんな理由があろうと、世間は人殺しとしてしか見ない。お前がどんなに頑張って真っ当に生きたとしても、お前の人殺しというレッテルは消えやしないんだよ)
その言葉を言ったのは、確か桑原徳馬とかいう名のヤクザだった。一見すると、ヤクザには見えない風貌の男であったが……その目の奥には、ぞっとするような何かが秘められていた気がする。
その何かの正体が、今になって理解できたように思う。あの男は、自分などよりも世の中の悪意の怖さを知っているのだ。
世の中は決して、道を踏み外してしまった者に優しくはない。むしろ、ぞっとするほどに冷たいのだ。前に電車で会った女子高生も、言っていたではないか。罪を犯した者は、みな死刑にしろと。あの考え方は、決して特別なものではないのだ。ほとんどの人間は、心の奥底では同じように思っている。
桑原徳馬というヤクザは、自分などよりもずっと多くの悪意に晒されてきたのだ。結果、あの凄みを手に入れたのではないか。
だが、その時になって……ようやく、隆司の頭がまともに働き始めた。やがて、ひとつの重大な疑問に思い当たる。
そういえば……。
あいつ、俺の名前を調べた、といっていたな。
おかしいじゃないか。
なぜ、わざわざ採用しておいてから調べるんだ?
そう、どう考えても妙な話だ。仮に、アルバイトであれ身元を調べるのが義務づけられているのであるのなら、採用する前の段階で調べるのではないのか。もし、そこで犯罪歴が判明したのであるのなら、その時点で採用の連絡をしなければいいだけの話だ。それが一番簡単だし、リスクも少ない。
なのに、一度採用しておいて、それから名前をネットで検索して調べる。結果、犯罪歴があることが判明して解雇。
この流れは、明らかに不自然だ。
誰かが、俺のことを会社に密告したんじゃないのか?
それならば、全ての辻褄が合う。もし会社に「お宅にいるアルバイトの佐藤隆司、あいつ人殺しだよ。ネットで検索すれば分かるから」などという電話があれば、会社としても否応なしに調べなくてはならない。結果、隆司はクビになった。それは、有り得ない話ではない。
では、誰がそんなことをしたのだろう。わざわざ隆司のことを調べ、アルバイトを始めたとたんに、隆司の前歴を会社に連絡する……ここまで手の込んだ嫌がらせをやるとは、自分によほどの恨みを持つ者なのだろう。
その時、隆司の頭にひとつの顔が浮かぶ。七年前に殺した、本田智久のそれだ。
体つきは華奢だが、いかにも凶暴そうな顔をしていた。髪を染めピアスを付け、肩をいからせ近づいて姿を、今も覚えている。
奴の家族が、俺に復讐しようとしているのか?
佐藤隆司は、呆然とした表情で尋ねる。しかし、目の前にいる制服を着た男は、すまなさそうな表情で言葉を返した。
「いや、本当に申し訳ないんだけど……君には、今日で辞めてもらいたいんだ」
隆司は、怒りよりもむしろ困惑の方が先に立っていた。朝、出社と同時に事務所に呼び出されたのだ。そして依田課長なる人物に、クビを言い渡されたのである。
たった二日目にして、いきなりクビを言い渡される……その理由かわからない。昨日、自分は何もミスをしていないはずだ。上司を怒らせるようなこともしていないし、同僚と揉めるようなこともしていない。
「な、なぜですか? なぜ、俺が辞めさせられるんですか?」
隆司は混乱しながらも、どうにか言葉を絞り出す。だが、依田は顔をしかめるばかりだ。
「いや、それは……とにかく、君なら他にも仕事先はあるだろうし……ただね、ウチとしては辞めてもらうしかないんだよ」
「いや、それじゃあわからないですよ。辞めなきゃならない理由を教えてください」
なおも食い下がる隆司に、横にいる若い社員が決定的な一言を言い放った。
「じゃあ言ってやる。あんたが人殺しだからだよ」
「えっ……」
そう言ったきり、隆司は絶句した。
人殺し?
どうして知ってるんだよ?
「あのね、昨日ネットで君の名前を検索したら……君の起こした事件の記録があったんだよ。こっちも、知ってしまった以上は対応しないわけにはいかないんだ。申し訳ないけど、君には今日で辞めてもらうことになる。昨日と今日、合わせて二日分の給料は振り込んでおくから……」
すまなそうな表情で、依田ほ語った。
隆司は何と言えばいいのかわからず、呆然としていた。何故、こんなことが起きる?
すると、依田の横にいる若い社員が舌打ちした。
「理由はわかっただろうが。こっちは忙しいんだ。さっさと帰ってくれ。仕事の邪魔だ」
その無礼な態度に、ようやく隆司の感情が働き始めた。
「何だと……てめえは関係ねえだろうが! 俺は依田課長と話してんだよ! 黙ってろ!」
怒りも露に怒鳴り付けると、若い社員は怯えた表情で下がり受話器を手にした。
「な、何だよ! 警察呼ぶぞ!」
そう言いながら、今にも泣き出しそうな表情で隆司を睨む。先ほどまでの、傲慢な態度が嘘のように怯えきっている。無抵抗の相手には強いが、向かって来る相手には弱いタイプであるらしい。
隆司は顔を歪めた。この場で殴り倒してやろうか、という思いが頭を掠める。
しかし、依田が立ち上がり社員の肩を叩く。
「下らんことはやめるんだ。君は、少し黙っていてくれ」
依田は社員に向かい、厳しい口調で言った。直後、隆司の方を向く。
「佐藤くん、ここで我々と揉めても何の得にもならないよ。とにかく、我々も知ってしまった以上は、見てみぬふりは出来ないんだ。本当に、申し訳ない……」
依田は、深々と頭を下げた。
気がつくと、既に昼間になっていた。
隆司は今、真幌公園のベンチに座っている。放心状態でバイト先を出て、呆然とした心持ちのまま電車に乗り込み、フラフラと公園に歩いていた。それから今まで、ずっとベンチに座り込んでいたのだ。
次に、隆司の胸に湧き上がってきたものは……困惑と絶望だった。
なぜ、こんなことになったのだ?
自分は刑務所で、罪を償ったはずだ。
なのに、何故?
俺は未来永劫、殺人犯の烙印を押されたままなのか?
ふと、あの言葉が甦る。
(なあ、ひとつ言っとく。世間はな、前科者には厳しいんだよ。特に人殺しにはな……お前にどんな理由があろうと、世間は人殺しとしてしか見ない。お前がどんなに頑張って真っ当に生きたとしても、お前の人殺しというレッテルは消えやしないんだよ)
その言葉を言ったのは、確か桑原徳馬とかいう名のヤクザだった。一見すると、ヤクザには見えない風貌の男であったが……その目の奥には、ぞっとするような何かが秘められていた気がする。
その何かの正体が、今になって理解できたように思う。あの男は、自分などよりも世の中の悪意の怖さを知っているのだ。
世の中は決して、道を踏み外してしまった者に優しくはない。むしろ、ぞっとするほどに冷たいのだ。前に電車で会った女子高生も、言っていたではないか。罪を犯した者は、みな死刑にしろと。あの考え方は、決して特別なものではないのだ。ほとんどの人間は、心の奥底では同じように思っている。
桑原徳馬というヤクザは、自分などよりもずっと多くの悪意に晒されてきたのだ。結果、あの凄みを手に入れたのではないか。
だが、その時になって……ようやく、隆司の頭がまともに働き始めた。やがて、ひとつの重大な疑問に思い当たる。
そういえば……。
あいつ、俺の名前を調べた、といっていたな。
おかしいじゃないか。
なぜ、わざわざ採用しておいてから調べるんだ?
そう、どう考えても妙な話だ。仮に、アルバイトであれ身元を調べるのが義務づけられているのであるのなら、採用する前の段階で調べるのではないのか。もし、そこで犯罪歴が判明したのであるのなら、その時点で採用の連絡をしなければいいだけの話だ。それが一番簡単だし、リスクも少ない。
なのに、一度採用しておいて、それから名前をネットで検索して調べる。結果、犯罪歴があることが判明して解雇。
この流れは、明らかに不自然だ。
誰かが、俺のことを会社に密告したんじゃないのか?
それならば、全ての辻褄が合う。もし会社に「お宅にいるアルバイトの佐藤隆司、あいつ人殺しだよ。ネットで検索すれば分かるから」などという電話があれば、会社としても否応なしに調べなくてはならない。結果、隆司はクビになった。それは、有り得ない話ではない。
では、誰がそんなことをしたのだろう。わざわざ隆司のことを調べ、アルバイトを始めたとたんに、隆司の前歴を会社に連絡する……ここまで手の込んだ嫌がらせをやるとは、自分によほどの恨みを持つ者なのだろう。
その時、隆司の頭にひとつの顔が浮かぶ。七年前に殺した、本田智久のそれだ。
体つきは華奢だが、いかにも凶暴そうな顔をしていた。髪を染めピアスを付け、肩をいからせ近づいて姿を、今も覚えている。
奴の家族が、俺に復讐しようとしているのか?
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