ザイニンタチノマツロ

板倉恭司

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六月三日 隆司、旧友と会う

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 真幌市は、もともと下町である。今でこそ開発が進み、駅前にはおしゃれな店などが軒を連ねているが……かつては日雇い労務者たちが、上半身裸でワンカップ酒を片手に徘徊していたような町なのだ。
 現在でも駅を離れると、そこには昔ながらの下町の風景が広がっている。経営者が夜逃げしたため、潰れて廃墟と化した町工場。ホームレスや怪しげな人間の溜まり場と化した倉庫跡。ほったらかしになった木造の空き家、などなど。いずれ、大規模な都市開発計画が打ち出されるとの噂もあるが……都知事は未だに、着手する気がないらしい。  

──

 佐藤隆司は今、その真幌駅で知り合いと待ち合わせをしていた。
 正直、あまり気は進まない。しかし、どうしてもと言われて断りきれなかったのだ。それに、久しぶりの友人との再会でもある。隆司は出所してから、同居人である芦田美礼以外の人間とまともに会話していなかったのだ。

 高校や大学時代の友人のほとんどは、隆司が逮捕されると同時に連絡が取れなくなっていた。かつての友人のうち、今もかろうじて連絡を取り合っているのはふたりくらいしかいない。
 かつての同級生や幼馴染みが警察に逮捕されたりすると、その噂はあっという間に友人の間で広まる。さらに、友人知人たちの間を、尾ひれの付いた噂が駆け巡るのだ。その結果として、逮捕された人間は友人の数が激減してしまう。まだ十代の頃ならともかく、成人してからの逮捕は……その人間を、確実に異端者へと変える。
 罪を犯した者に対する罰は、刑務所を出た後も終わらない。前科者は、目に見えない烙印を押されたようなものなのだ。
 一生、消えることのない烙印を……。



「ようサトちゃん。久しぶりだな」

 そう言いながら、向こうから歩いて来た者がいる。木戸清治キド セイジだ。会うのは三ヶ月ぶりである。以前は、毎日のように顔を合わせていたのだが。
 そう、木戸もまた前科者なのである。覚醒剤の所持と使用で、三年ほど刑務所に入っていた。その時に、隆司と知り合ったのだ。舎房(受刑者たちが寝泊まりする部屋)こそ違っていたが、作業する工場で毎日顔を合わせるうちに、いつからか自然と言葉を交わすようになっていった。やがて、お互いの身の上話をしたりするくらいの仲にはなっていたのだ。
 やがて、木戸は出所することとなったが……その時に、携帯の電話番号を教えられた。

「サトちゃん、出たら連絡ちょうだいよ。サトちゃんなら、信用できそうだからさ」

 そして今……娑婆にて再会した木戸は、刑務所にいた時より太っていた。年齢は確か三十六歳だったはずだ。刑務所内では、出所したら覚醒剤を止めると宣言していたが……禁煙ならぬ禁薬に成功したのかもしれない。

「お久しぶりです、木戸さん」

 言いながら、隆司は頭を下げた。正直、この再会には一抹の不安がある。しかし、今はそうも言っていられない。何せ、一日も早く社会復帰しなくてはならないのだから。
 まずは積極的に人と会い、色んな場所に出かける。その過程で、ムショぼけを治していくしかないのだ。

「ちょっと来てよ」

 そう言うと、木戸は歩き出した。隆司も、後に続く。




「ここだよサトちゃん。ここに、会わせたい人が来ているんだ」

 木戸に連れられ、やって来たのは寿司屋だった。店自体は小さく、地味で目立たない雰囲気である。
 そんな店の中に、木戸は緊張した面持ちで入って行く。隆司も後に続いた。
 店のカウンター席には、三人の男が座っていた。ひとりは小山のような体格の大男であり、もうひとりは痩せているが筋肉質の男だ。隆司と木戸が店に入ると同時に、ギョロリと睨みつける。
 しかし、奥に座っている男が声を発した。

「よく来たな、木戸。その友だちってのを、こっちに連れて来てくれ」

 隆司の顔はひきつった。ここに居る者たちは、ヤクザ以外の何者でもないだろう。木戸はふたりで世間話をするだけだ、と言っていたのに……。

「き、木戸さん、どういうことです?」

「早く行けよ。ただ話をするだけだ」

 木戸の声も、少し上ずっている。直後に腕を掴まれ、半ば強引に連れて行かれた。奥の席に座っている者の隣に座らせられる。

「桑原さん、こいつは佐藤隆司です。角材で三人ボコって、ひとり殺したんですよ──」

「木戸、お前は少し黙ってろ」

 男の声は、氷のように冷たいものだった。木戸は血相を変えて口を閉じる。一方、男はゆっくりとこちらを向いた。
 七三に分けた髪と眼鏡、そして安物のスーツ姿……一見すると、うだつの上がらない中年サラリーマンとしか思えない。にもかかわらず、その辺の中年サラリーマンとは、根本的に異なる異様な凄みを醸し出している。隆司は、背筋に冷たいものが走った。
 刑務所の中で、隆司は様々な人間を見てきた。しかし、そのほとんどが自分を大きく見せるために嘘を吐く人間である。「俺は本当はヤクザなんだ」「政治家にも顔が利く」「金と女には不自由したことがない」などなど……そのほとんどが眉唾物ではあった。
 しかし、目の前にいる男は根本的に違う。自分を大きく見せようという気持ちが、欠片も感じられないのだ。

「俺は桑原徳馬クワバラ トクマだ。お前のことは、木戸から聞いてる。てめえの女を守るため、相手を角材で殴り殺したそうだな。いい根性してるじゃねえか。堅気にしとくのは勿体ねえぜ。何かあったら、連絡しろ」

 そう言うと、男は名刺を取り出し隆司に手渡す。隆司は仕方なく、頭を下げて名刺を受け取った。

「なあ、ひとつ忠告しとくぞ。世間はな、前科者には厳しいんだよ。特に、人殺しにはな。お前にどんな理由があろうと、世間は人殺しとしてしか見ない。お前がどんなに頑張って真っ当に生きたとしても、お前に貼り付いた人殺しというレッテルは、永遠に消えやしないんだよ」

 桑原の口調は静かなものだった。にもかかわらず、その言葉は隆司の心をかき乱していく……隆司はいつの間にか、桑原の話に聞き入っていた。

「渡る世間にはな、鬼しかいやしねえんだ。だったら、同じ鬼でも俺たちみたいなヤクザもんの方が、お前の気持ちをわかってやれる分だけマシかもしれねえぞ。その気になったら、電話くれや。ウチは今、人手不足だからよ。昨日も、うちのシャブ捌いてたパシりが、どっかのアホに病院送りにされちまってな」

「え、いや、それは……」

 隆司は、慌てて首を横に振る。途端に、傍らに控えている大男の表情が変わった。じろりと、隆司を睨む。
 しかし、桑原の表情は変わらない。

「まあ、急いで決めることはねえよ。家に帰って、じっくり考えろ。ただな、世間は前科者には、本当に冷たいぜ。覚悟しておくんだな」





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