獄界都市

板倉恭司

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剛田、調査結果を聞く

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 加納春彦。
 流九市の裏社会では、知らぬ者のない大物だという。事実、流通九市で加納春彦の名前を出せば、大抵のことは丸く収まる……と言われている。



 そんな人物であるにもかかわらず、その背景にあるものが何なのか、今ひとつはっきりしない。確認できている事実は、数年前にふらっと流九市に現れたことだけだ。それから一年もしないうちに、流九市の裏社会を支配してしまったのだという。

 もともと流九市は、ヤクザの影響力が小さな地域であった。犯罪発生率が高く、失業者も多い。そんなところに事務所を構えたとて、何の得にもならない。
 ヤクザや半グレといった人種は、表社会の美味しい部分をいただくのが主な仕事である。いわば寄生虫のような存在だ。流九市のような場所では、ろくな仕事シノギがない。したがって、流九市は広域指定暴力団からは見捨てられていた地域だった。
 もっとも、古くから地元に根を張っているヤクザはいた。大した力はないが、それでも暴力を背景に地元民にほそれなりの影響力を持っている。
 ヤクザだけではない。当時、流九市には小さな半グレのグループがいくつもあった。そんなヤクザや半グレたちが、縄張りをめぐって小競り合いを繰り返している状態であった。
 そんな混沌とした状況の中、忽然と現れたのが加納春彦である。街の真ん中に事務所を構え、木俣と共に通りを徘徊し始めたのだ。
 ふたりの存在は、黙っていても人目を引く。その態度の大きさに因縁をつけにいったチンピラは、木俣が片っ端から返り討ちにしていった。こうなると、もはや宣戦布告である。
 流九市に古くからいた面々が、加納のような新参者を歓迎するはずもない。事務所には嫌がらせの電話が相次いだし、貧弱な刃物を持ったチンピラが脅しに来たこともあった。
 だが、そんな小グループは一年も経たぬうちに全て加納の軍門に下る。今では、加納の顔色を窺いながら商売をしている始末だ。
 かつては、小グループが小競り合いを繰り返していた流九市。ところが、加納が流九市に現れてから様相が一変してしまったのである。
 
 ・・・

「わかったのは、それだけか?」

 尋ねる剛田に、部下の根川は申し訳なさそうな顔で頷く。

「はい、今のところは。あいつの過去に関しては、本当にわからないことだらけなんですよ。ただ、今のあいつが流九市を牛耳っていることは間違いありません。市長ですら、加納には逆らえないそうです」



 剛田と根川は、ラエム教総本部の一室にいた。
 時刻は午後二時であり、主だった信者たちは大会準備のために忙しなく動いている時間帯だ。今も、全国各地から熱心な信者たちが訪れている。彼らは、わざわざ数日前から教団運営のホテルに泊まり、夏の大会に備えているのだ。ご苦労さまな話であった。
 もっとも、剛田はそんなことにはお構いなしである。根川がタブレットを操作しつつ語る話に、じっと耳を傾けていた。

「こんな話があるんですよ。いつだったか、ロシア人マフィアが流九市で何かやらかしたらしいんです。で、加納がロシア人たちを脅しつけて追い払ったらしいんですが……その時に集まった連中は、ほとんどが堅気だったそうです」

「堅気? どういうことだよ?」

「つまり、昼間は普通に仕事をしてるんです。ところが、加納の指令ひとつでパッと切り替えるんですよ」

「それは厄介だな」

「はい。加納の手下は、みんな一般人に紛れてるんですよ。ヤクザだったら、盃もらって正式な組員になりますよね。ところが、加納の組織は違うんです。どういう基準で選ばれているのか、どこの何者が構成員なのか、その辺りがわからないんですよ」

「なんだそりゃ。じゃあ、加納本人も手下が誰なのか、把握できてないんじゃねえか?」

「いや、それがそうでもないらしいんです。完璧に覚えているらしいんですよ」

 根川の話は、にわかには信じがたいものだ。しかし、本当だとしたら……加納という男、かなり頭がキレる。
 ますます会ってみたくなった。出来れば自分の部下に欲しいが、それが無理なら手を組みたい。

「なるほどな。ところで、加納の横には常にデカいのがいると聞いたが、そいつは何者だ?」

「木俣源治といいまして、加納の用心棒です」

「その木俣ってのが、矢沢たちをぶっ飛ばした男か」

「そうでしょうね。こいつが、またとんでもない奴なんですよ。背が百九十くらいあって、素手のケンカなら流九市でも最強だとか」

「百九十ってことは、だいたい俺と同じくらいのガタイしてるわけだな」

「そうですね。実際、とんでもない奴らしいです。流九市で、チンピラやホームレスたちが市の職員と揉めた挙げ句、暴動が起きたんです。その時、木俣がひとりで乗り込んでいって静めたとか。三十人以上が入院したらしいんですが、木俣はピンピンしていたそうです。矢沢たちじゃ、相手にならないでしょうね」

「面白い奴だな。そいつとも会ってみたい」

 誰にともなく言いながら、剛田は窓から下を眺める。
 ラエム教総本部は、七階建てのビルだ。一階は信者たちのための憩いの場となっており、剛田が今いる部屋は最上階に位置している。
 上から見てもわかる通り、来夢市の住人たちは穏やかに生きている。治安も良く、端からは平和な街に見えるだろう。
 それには、大きな理由があった。

 来夢市と流九市は、治安に関しては雲泥の差がある。来夢市は、犯罪発生率に関しては全国でもトップクラスの低さだ。
 そこには理由がある。そもそも、来夢市に住む人間の九割以上がラエム教の信者である。来夢市で何か事件が起きれば、ラエム教が独自に解決してしまうのだ。
 仮に、来夢市のA地区で盗難騒ぎが起きたとしよう。その場合、ラエム教A地区支部の支部長へと連絡が行く。支部長は、地区の信者たちと連携し犯人を探す。もし見つかれば、支部長が処分を決めるのだ。見つからないようなら、支部長が被害者の所に趣き懇々と説法をする。
 殺人などのような大きな事件でもない限り、警察には通報されない。それが、来夢市の暗黙のルールである。いや、殺人ですら支部長らが上手く片付けてしまうこともあるのだ。つまり、犯罪の件数でさえ、ラエム教が管理していたのである。
 矢沢のようなチンピラも、いることはいる。ただし、そういった者たちはいずれ教団に戻るか、家族と縁を切り来夢市から出ていくことになるだけだ。

 一方、流九市は真逆だ。失業率、犯罪発生率ともに日本でトップクラスである。
 そこには大きな理由がある。まず、住人の三分の一を占めているのが、ヤクザの半グレのような連中だ。彼らの何割かは、定期的に何かをやらかしては逮捕されている。
 さらに、残りの住人の半分近くが社会の底辺にて這うように生きている者たちである。そういった者たちは、流九市で生きていれば何かしらの犯罪行為に触れてしまうことになる。
 ヤクザの事務所に掃除しに行ったところ、ガサ入れに巻き込まれ逮捕されてしまった。
 半グレの事務所に配達員として商品を届けに行ったところ、中身は違法なドラッグで配達員も一緒に逮捕されてしまった。
 こんな事例が、後を絶たない。結果、犯罪発生率は全国でもトップである。事実、とある議員が「流九市は日本のスラム」などと発言し、後日に謝罪会見を開いたこともあった。
 そんな街にふらっと現れ、たちまち裏社会のトップに立ってしまった……そんな男が今、来夢市に滞在している。

「なあ根川、加納みたいな男が、いったい何しに来たんだろうな? お前は、どう思う?」

 頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にしてみた。

「わかりません。まさかとは思いますが、普通に夏の大会を見に来たのですかね?」

「んなわけあるか。加納は、神も仏も信じねえよ」

「そうなんですか?」

「あいつはたぶん、俺の同類なんだよ。神も仏も信じない。ただ、己の力と運を頼りにのし上がってきた男だ」

 そう言うと、剛田はニヤリと笑った。

「あと、もうふたつ大事な話があります」

「何だ?」

「剛田さんに会いたがっていた真琴とかいう女を調べてみました。やはり、加納と何らかの関係があるようです」

「やっぱりな。しょうもねえ小細工しやがって……」

「どうします? 会いますか?」

「もちろんだ。会ってやるよ。で、あとのひとつは?」

「剛田さんの話を、あちこち聞きまわっていた男がいたんですよ。こちらも調べてみたところ、小林綾人という裏の仕事師でした。こいつも、加納と関係があるようです」

「となると、加納の目的は俺か……」

「小林の方はどうします? 既に居場所はわかっていますが、身柄を押さえますか?」

「ああ、そうしろ。そいつを痛めつけて、加納のことを洗いざらい聞き出すんだ。真琴とかいう女は、俺が痛めつけてやる」





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