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剛田、仕事する(2)
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一瞬にして仲間ふたりを倒され、外国人グループは戦意を喪失していた。五体満足なふたりは、恐怖に震えている。先ほどまでの態度が嘘のようだ。
剛田の方はというと、冷静そのものだった。冷ややかな目で彼らを見ながら、ボソリと呟く。
「お前ら、いっぺん死んでみるか?」
このセリフは、脅しでもなんでもなかった。剛田は、来夢市では絶大な権力の持ち主である。警察に知り合いも多い。ここで外国人四人が消えた、くらいの事件なら揉み消すことも難しくはない。
その時だった。ブランド物のスーツを着た男が、両者の間に割って入る。この繁華街の顔役、木杉秀俊だ。かつては、来夢市ナンバーワンのホストであった。今は経営者となっており、このあたりの風俗街では知らぬ者がない男である。
既に現役を退いてはいるが、体型はホスト時代と変わっていない。シャープな顔立ちも、現役時代のままだ。一見すると二十代前半に見えるが、実のところ剛田と同じ年齢である。
そんな木杉は、ヘラヘラ笑いながら頭を下げた。
「すみません、このくらいで勘弁してやってください。ウチは今、外国人の落とす金で黒字キープ出来てるんですよ。いわゆるインバウンドです」
「インバウンドだぁ?」
「ええ、そうなんです。お願いしますよ。こいつらも、これで懲りたと思います。私からも、きっちり釘を刺しておきますので……」
ペコペコ頭を下げる木杉に、剛田はチッと舌打ちした。どうやら、この黒人たちは木杉の個人的な知り合いのようだ。金持ちには見えないが、ひょっとすると親が大物なのかもしれない。
剛田は、木杉のことはそれなりに評価している。顔だけでなく、頭もキレる有能な男だ。これ以上、黒人たちを痛めつけては、衆人環視の中で木杉の面子を潰すことにもなりかねない。
ここは引いておき、木杉に借りを作るのも手だ。
「仕方ねえ、今回は見逃してやるよ。だがな、今度見つけたら殺すからな。こいつらにも言っとけ」
「ありがとうございます。いえね、ウチらも正直いうと、こんな奴らは東京湾にでも沈めてやりたいんですよね。ただ、外国人は金持ってますから……これも、時代の流れって奴なんですよね」
「時代の流れ、か。乗りたかねえんだけどな、そんな波」
剛田は、誰にともなく呟いた。一方、木杉は一礼し去っていく……が、途中で足を止めた。剛田の方を向き口を開く。
「そうだ。ちょっと、剛田さんのお耳に入れておいた方がいいと思われる情報を聞いたんですよ」
「どうかしたのか?」
「実はですね、おかしな男が来夢市に入り込んでいるんです」
木杉の話に、剛田は首を傾げる。
「おかしな男? 誰が来たんだよ?」
「加納春彦という男です」
全く聞き覚えのない男だ。剛田は、大袈裟な仕草で首を傾げてみせる。
「はあ? 加納春彦だあ? 聞いたこともねえな。何者だよ?」
「流九市の裏社会を仕切る大物です。まだ二十六歳ですが、流九市で何か商売を始めようとする人間は、必ずこの男に挨拶するとか」
「ほう、そいつは初耳だな。で、その大物さんが何をしに来たんだ? まさか、来夢市に進出しようってのか?」
「さあ、どうなんでしょうねえ。ひょっとしたら、そのための様子見かもしれないですが……」
木杉も、その点についてはわかっていないらしい。
剛田は考えた。流九市の裏社会の首領的な存在が、わざわざここに足を運ぶ……妙な話だ。そんな奴が、ラエム教の信者であるとも思えない。
となると、やはり進出を狙っているのか。あるいは、他の目的があるのか。
「おい、その加納春彦について徹底的に調べろ。それとだ、加納の動きから絶対に目を離すな」
約一時間後、剛田は根城へと帰った。
一階にラエム教の集会所がある古いビルへと入って行き、階段で地下駐車場へと降りる。
そこの事務室へと入ると、奥にはもうひとつの扉がある。その扉を開けると、コンクリートで囲まれた長い通路がある。
長い通路を抜け、暗証番号付きの扉を開けた先……そこに、剛田の城がある。
ここは、客人を迎えるための部屋だ。もっとも中は質素なものである。飾り気の全くない椅子と事務用の机以外は、何も置かれていない。壁は灰色で、窓はひとつもなかった。天井は高く、電灯は壁に直接つけられている。
この部屋に招かれた者の大半は、生きて出られない。ほとんどが、生きたまま飼われることとなるのだ。
そんな部屋に、ひとりの女がいた。顔に火傷痕のある女であり、椅子に座り剛田の顔を見上げている。机の上には、文庫本が置かれていた。今まで、これを読んでいたのだろうか。
そんな女に、剛田は笑みを浮かべ声をかける。
「なあ静香、こいつをどう思う?」
言いながら、スマホの画像を見せた。
そこに映っているのは、少女漫画の世界から飛び出てきたような男だった。すらりとした体型で足は長く、顔は外国人俳優にも引けを取らない。どこから見ても、完璧なイケメンだ。ただし、着ているTシャツに書かれている『一同起立』なる文字が、彼の魅力を確実に減らしていた。
「だ、誰なの?」
静香と呼ばれた女の声は震えていた。明らかに動揺している。何やら思うところがあったのか。それとも、桁外れのレベルのイケメンを見て動揺したのだろうか。
剛田は、ニヤリと笑った。
「さすがのお前も、ポーッとなっちまったのか? まあ、それも仕方ないわな。こいつは、本当にいい男だよ。ここまでの美形は、俺も初めて見たぜ」
「ち、違うよ!」
ムキになって否定する静香だったが、剛田は気にせず語り続ける。
「近頃じゃあ、イケメンって単語はずいぶん安っぽい使われ方をしてるよな。ちょっと面がいいだけで、どいつもこいつもイケメンにしちまう。おかげで、勘違いしたアホも大勢出てきた。だがな、この加納春彦は本物だよ。掛け値なし。本物のイケメンだな」
そう言うと、剛田は画面を愛おしそうに見つめる。静香はというと、悲しげな目を彼に向けていた。
ややあって、剛田は口を開く。
「見れば見るほど、いい男だよ。こいつは、是非とも俺専用の奴隷にしてえなあ」
聞いた途端、静香の目つきが変わった。しかし、剛田は気にせず続ける。
「こんな男が、俺の言いなりになったとしたら……たまんねえよなあ」
「あんたは、そんなものが欲しいの?」
静香の声は悲しそうだった。しかし、剛田のペースは変わらない。
「そういうなよ。実物見れば、お前も考えが変わるはずだぜ」
「どういうこと?」
「こいつを捕まえて、きっちり調教してやるつもりだ。俺の命令には絶対に服従するよう、体に叩き込んでやるんだよ」
楽しそうに語っている。だが、静香の方はうつむいていた。火傷痕のため表情が読みにくいが、悲しそうにも見える。
にもかかわらず、剛田はなおも話を続ける。
「身も心も完璧な奴隷に調教した後は、俺専用のペットにしてやる。毎晩、たっぷりかわいがってやるよ。こんな奴が、ヒイヒイ言いながら悶える様が見られる……まさに天国だな。たまになら、お前に貸してやってもいいぜ。なあ、どうだよ? こいつが欲しくねえか?」
「そんなの要らないよ。私の願いはひとつだけ」
「なんだ?」
「昔のコングに戻って欲しい、ただそれだけだよ。それさえ叶えば、もう何もいらない」
「悪いが、それは無理だな」
剛田の表情が変わった。さっきまでの軽い調子が消え、冷酷な裏社会の住人の顔になっている。
「俺は……いや、俺たちは色んなことを知りすぎた。もう、昔には帰れないんだよ」
「そう……だよね。あんたは、もう戻れない。あんたの手は、血で真っ赤に染まっている」
「わかってんじゃねえか」
剛田の方はというと、冷静そのものだった。冷ややかな目で彼らを見ながら、ボソリと呟く。
「お前ら、いっぺん死んでみるか?」
このセリフは、脅しでもなんでもなかった。剛田は、来夢市では絶大な権力の持ち主である。警察に知り合いも多い。ここで外国人四人が消えた、くらいの事件なら揉み消すことも難しくはない。
その時だった。ブランド物のスーツを着た男が、両者の間に割って入る。この繁華街の顔役、木杉秀俊だ。かつては、来夢市ナンバーワンのホストであった。今は経営者となっており、このあたりの風俗街では知らぬ者がない男である。
既に現役を退いてはいるが、体型はホスト時代と変わっていない。シャープな顔立ちも、現役時代のままだ。一見すると二十代前半に見えるが、実のところ剛田と同じ年齢である。
そんな木杉は、ヘラヘラ笑いながら頭を下げた。
「すみません、このくらいで勘弁してやってください。ウチは今、外国人の落とす金で黒字キープ出来てるんですよ。いわゆるインバウンドです」
「インバウンドだぁ?」
「ええ、そうなんです。お願いしますよ。こいつらも、これで懲りたと思います。私からも、きっちり釘を刺しておきますので……」
ペコペコ頭を下げる木杉に、剛田はチッと舌打ちした。どうやら、この黒人たちは木杉の個人的な知り合いのようだ。金持ちには見えないが、ひょっとすると親が大物なのかもしれない。
剛田は、木杉のことはそれなりに評価している。顔だけでなく、頭もキレる有能な男だ。これ以上、黒人たちを痛めつけては、衆人環視の中で木杉の面子を潰すことにもなりかねない。
ここは引いておき、木杉に借りを作るのも手だ。
「仕方ねえ、今回は見逃してやるよ。だがな、今度見つけたら殺すからな。こいつらにも言っとけ」
「ありがとうございます。いえね、ウチらも正直いうと、こんな奴らは東京湾にでも沈めてやりたいんですよね。ただ、外国人は金持ってますから……これも、時代の流れって奴なんですよね」
「時代の流れ、か。乗りたかねえんだけどな、そんな波」
剛田は、誰にともなく呟いた。一方、木杉は一礼し去っていく……が、途中で足を止めた。剛田の方を向き口を開く。
「そうだ。ちょっと、剛田さんのお耳に入れておいた方がいいと思われる情報を聞いたんですよ」
「どうかしたのか?」
「実はですね、おかしな男が来夢市に入り込んでいるんです」
木杉の話に、剛田は首を傾げる。
「おかしな男? 誰が来たんだよ?」
「加納春彦という男です」
全く聞き覚えのない男だ。剛田は、大袈裟な仕草で首を傾げてみせる。
「はあ? 加納春彦だあ? 聞いたこともねえな。何者だよ?」
「流九市の裏社会を仕切る大物です。まだ二十六歳ですが、流九市で何か商売を始めようとする人間は、必ずこの男に挨拶するとか」
「ほう、そいつは初耳だな。で、その大物さんが何をしに来たんだ? まさか、来夢市に進出しようってのか?」
「さあ、どうなんでしょうねえ。ひょっとしたら、そのための様子見かもしれないですが……」
木杉も、その点についてはわかっていないらしい。
剛田は考えた。流九市の裏社会の首領的な存在が、わざわざここに足を運ぶ……妙な話だ。そんな奴が、ラエム教の信者であるとも思えない。
となると、やはり進出を狙っているのか。あるいは、他の目的があるのか。
「おい、その加納春彦について徹底的に調べろ。それとだ、加納の動きから絶対に目を離すな」
約一時間後、剛田は根城へと帰った。
一階にラエム教の集会所がある古いビルへと入って行き、階段で地下駐車場へと降りる。
そこの事務室へと入ると、奥にはもうひとつの扉がある。その扉を開けると、コンクリートで囲まれた長い通路がある。
長い通路を抜け、暗証番号付きの扉を開けた先……そこに、剛田の城がある。
ここは、客人を迎えるための部屋だ。もっとも中は質素なものである。飾り気の全くない椅子と事務用の机以外は、何も置かれていない。壁は灰色で、窓はひとつもなかった。天井は高く、電灯は壁に直接つけられている。
この部屋に招かれた者の大半は、生きて出られない。ほとんどが、生きたまま飼われることとなるのだ。
そんな部屋に、ひとりの女がいた。顔に火傷痕のある女であり、椅子に座り剛田の顔を見上げている。机の上には、文庫本が置かれていた。今まで、これを読んでいたのだろうか。
そんな女に、剛田は笑みを浮かべ声をかける。
「なあ静香、こいつをどう思う?」
言いながら、スマホの画像を見せた。
そこに映っているのは、少女漫画の世界から飛び出てきたような男だった。すらりとした体型で足は長く、顔は外国人俳優にも引けを取らない。どこから見ても、完璧なイケメンだ。ただし、着ているTシャツに書かれている『一同起立』なる文字が、彼の魅力を確実に減らしていた。
「だ、誰なの?」
静香と呼ばれた女の声は震えていた。明らかに動揺している。何やら思うところがあったのか。それとも、桁外れのレベルのイケメンを見て動揺したのだろうか。
剛田は、ニヤリと笑った。
「さすがのお前も、ポーッとなっちまったのか? まあ、それも仕方ないわな。こいつは、本当にいい男だよ。ここまでの美形は、俺も初めて見たぜ」
「ち、違うよ!」
ムキになって否定する静香だったが、剛田は気にせず語り続ける。
「近頃じゃあ、イケメンって単語はずいぶん安っぽい使われ方をしてるよな。ちょっと面がいいだけで、どいつもこいつもイケメンにしちまう。おかげで、勘違いしたアホも大勢出てきた。だがな、この加納春彦は本物だよ。掛け値なし。本物のイケメンだな」
そう言うと、剛田は画面を愛おしそうに見つめる。静香はというと、悲しげな目を彼に向けていた。
ややあって、剛田は口を開く。
「見れば見るほど、いい男だよ。こいつは、是非とも俺専用の奴隷にしてえなあ」
聞いた途端、静香の目つきが変わった。しかし、剛田は気にせず続ける。
「こんな男が、俺の言いなりになったとしたら……たまんねえよなあ」
「あんたは、そんなものが欲しいの?」
静香の声は悲しそうだった。しかし、剛田のペースは変わらない。
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「どういうこと?」
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楽しそうに語っている。だが、静香の方はうつむいていた。火傷痕のため表情が読みにくいが、悲しそうにも見える。
にもかかわらず、剛田はなおも話を続ける。
「身も心も完璧な奴隷に調教した後は、俺専用のペットにしてやる。毎晩、たっぷりかわいがってやるよ。こんな奴が、ヒイヒイ言いながら悶える様が見られる……まさに天国だな。たまになら、お前に貸してやってもいいぜ。なあ、どうだよ? こいつが欲しくねえか?」
「そんなの要らないよ。私の願いはひとつだけ」
「なんだ?」
「昔のコングに戻って欲しい、ただそれだけだよ。それさえ叶えば、もう何もいらない」
「悪いが、それは無理だな」
剛田の表情が変わった。さっきまでの軽い調子が消え、冷酷な裏社会の住人の顔になっている。
「俺は……いや、俺たちは色んなことを知りすぎた。もう、昔には帰れないんだよ」
「そう……だよね。あんたは、もう戻れない。あんたの手は、血で真っ赤に染まっている」
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