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その後の敦志
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あの事件から、一ヶ月が過ぎようとしていた。
立島敦志は今、公園のベンチに座っている。あれから、心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったような気分だ。あまりにも、強烈な出来事の数々。ペドロが去ってからは、漠然とした寂しさだけが残っているような気がする。
怪物を仕留めた後、ペドロがどこかに電話したのを覚えている。
その後、彼は敦志に言った。
「ここでお別れだ。今すぐ、この場所を離れたまえ。ここから先は、君はかかわる必要がない。約束通り、俺は日本を離れメキシコに行く。だがね、君の前には、また姿を現す事はあるかもしれないよ」
敦志には、最後まで理解できない事があった。
吉良徳郁という男と、あの怪物は本気で愛し合っていたのだろうか?
少なくとも、怪物が徳郁を愛していたのは確かだ。あの時、怪物が本気で戦っていたなら、自分とペドロは勝てなかっただろう。ペドロが徳郁の首を切り落とし、ボールのように投げつける。その行為に、怪物は本気で怒り悲しんだ。
結果、大きな隙が生まれ、自分たちは怪物を仕留められたのだ。
さらに、徳郁についても考えた。あの怪物の姿形は、本当に不気味なものだった。それこそ、名状しがたい形状の生き物である。あんなものを、徳郁は本気で愛していたのだろうか?
ましてや、自らの命を懸けてまで守ろうとしていたのだろうか?
その疑問だけは、敦志の頭からどうしても離れなかった。
そして今日、彼はその疑問に答えを出すため、ある人物を呼び出した。
「あ、敦志さん。どうも、お久しぶりです」
そう言って、敦志の前に姿を現した者がいる。中肉中背、年齢は二十代だろうか。一見すると爽やかな好青年であり、顔立ちも悪くない。表情はいかにも軽薄そうで、物腰も軽い。
だが、彼の名は成宮亮……裏の世界では、少しばかり知られた男だ。
「お前にひとつ聞きたいんだが、吉良徳郁って男を知ってるな?」
敦志の問いに、亮の表情が僅かながら変化した。
「ええ、一応は」
「なあ、吉良ってのは何者なんだよ? 分からねえ事が多すぎる。あいつは何なんだ?」
「それは、とても難しい質問ですね」
そう言うと、亮は視線を逸らした。彼は普段、ラッパーの如くベラベラ喋り続ける陽気な男だ。情報屋でもある亮は、聞かれた事には即答がモットーである。
にもかかわらず、今回はどうにも口が重い。吉良徳郁は、亮の仕事仲間であると同時に友人でもあった、と聞いている。さすがの亮も、友人に関してはいい加減な事は言えない……という思いがあるのかもしれない。あるいは、それ以上の何かが。
ややあって、亮は口を開いた。
「俺がノリから聞いたのは、奴が生まれつき特異体質だった……ってことです」
「特異体質?」
「ええ。あいつは人間が嫌いでした。人間が近づくだけで虫酸が走る、そんな体質だったらしいんですよ。でもね、少年院にいた他の連中に比べれば、マシな男であったのも確かです」
昔を懐かしむかのような表情で、淡々と語る。
敦志は、思わず苦笑していた。彼は少年院に行った事はない。だが、そこにどんな人間がいるかは理解している。
基本的に、不良少年という人種は怠惰で嘘つきで見栄っ張りだ。自分を大きく見せるために、つまらない嘘をつく。そのくせ、いざとなると使い物にならない。
敦志はこれまで、裏の世界で何人もの不良少年を見てきたが……本当の修羅場では、全くの役立たずであった。怯えた挙げ句に腰を抜かすか、あるいは必要以上の凶暴さを発揮して全てをぶち壊しにするか。いずれにしても、無様な姿を晒していた者がほとんどだ。暴走族だろうがギャングだろうが、その点に関しては変わりはない。
「ノリの奴は、自分の両親を殺したんですよ。医療少年院でも、職員たちからの当たりは見ていてキツかったですね。やっぱり、親殺しってのは今も特別なんですよ。でもね、あいつには優しいところもありました。動物好きな男でしたよ」
「そうか。なあ亮、お前も動物好きだったよな?」
敦志の問いに、亮は訝しげな表情で頷いた。
「えっ、ええ」
「だったらお前、怪物みたいな外見の女を本気で好きになれるか? ホラー映画に出てくる怪物みたいな外見の女を、ペットのような感覚じゃなく、生涯の伴侶として愛しあえるか?」
「へっ? あ、あのう……いったい何を言ってるんですか、敦志さん?」
恐る恐る、という感じで聞き返してくる。口には出さないものの、頭は大丈夫ですか? とでも言いたげな様子だ。敦志は苦笑した。
「いや、何でもないんだ。忘れてくれ」
忘れてくれ……亮に対し、そう言った。だが、敦志は未だに忘れられずにいる。
徳郁の、決意に満ちた表情を。
その徳郁の生首を抱えたまま、天を仰いで慟哭していた怪物の姿を。
さらに……泣いていた怪物を、容赦なく殺してのけた悪鬼のごときペドロの凶行を。
ふと、思った。
こんな仕事、もうやめちおうか……と。
立島敦志は今、公園のベンチに座っている。あれから、心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったような気分だ。あまりにも、強烈な出来事の数々。ペドロが去ってからは、漠然とした寂しさだけが残っているような気がする。
怪物を仕留めた後、ペドロがどこかに電話したのを覚えている。
その後、彼は敦志に言った。
「ここでお別れだ。今すぐ、この場所を離れたまえ。ここから先は、君はかかわる必要がない。約束通り、俺は日本を離れメキシコに行く。だがね、君の前には、また姿を現す事はあるかもしれないよ」
敦志には、最後まで理解できない事があった。
吉良徳郁という男と、あの怪物は本気で愛し合っていたのだろうか?
少なくとも、怪物が徳郁を愛していたのは確かだ。あの時、怪物が本気で戦っていたなら、自分とペドロは勝てなかっただろう。ペドロが徳郁の首を切り落とし、ボールのように投げつける。その行為に、怪物は本気で怒り悲しんだ。
結果、大きな隙が生まれ、自分たちは怪物を仕留められたのだ。
さらに、徳郁についても考えた。あの怪物の姿形は、本当に不気味なものだった。それこそ、名状しがたい形状の生き物である。あんなものを、徳郁は本気で愛していたのだろうか?
ましてや、自らの命を懸けてまで守ろうとしていたのだろうか?
その疑問だけは、敦志の頭からどうしても離れなかった。
そして今日、彼はその疑問に答えを出すため、ある人物を呼び出した。
「あ、敦志さん。どうも、お久しぶりです」
そう言って、敦志の前に姿を現した者がいる。中肉中背、年齢は二十代だろうか。一見すると爽やかな好青年であり、顔立ちも悪くない。表情はいかにも軽薄そうで、物腰も軽い。
だが、彼の名は成宮亮……裏の世界では、少しばかり知られた男だ。
「お前にひとつ聞きたいんだが、吉良徳郁って男を知ってるな?」
敦志の問いに、亮の表情が僅かながら変化した。
「ええ、一応は」
「なあ、吉良ってのは何者なんだよ? 分からねえ事が多すぎる。あいつは何なんだ?」
「それは、とても難しい質問ですね」
そう言うと、亮は視線を逸らした。彼は普段、ラッパーの如くベラベラ喋り続ける陽気な男だ。情報屋でもある亮は、聞かれた事には即答がモットーである。
にもかかわらず、今回はどうにも口が重い。吉良徳郁は、亮の仕事仲間であると同時に友人でもあった、と聞いている。さすがの亮も、友人に関してはいい加減な事は言えない……という思いがあるのかもしれない。あるいは、それ以上の何かが。
ややあって、亮は口を開いた。
「俺がノリから聞いたのは、奴が生まれつき特異体質だった……ってことです」
「特異体質?」
「ええ。あいつは人間が嫌いでした。人間が近づくだけで虫酸が走る、そんな体質だったらしいんですよ。でもね、少年院にいた他の連中に比べれば、マシな男であったのも確かです」
昔を懐かしむかのような表情で、淡々と語る。
敦志は、思わず苦笑していた。彼は少年院に行った事はない。だが、そこにどんな人間がいるかは理解している。
基本的に、不良少年という人種は怠惰で嘘つきで見栄っ張りだ。自分を大きく見せるために、つまらない嘘をつく。そのくせ、いざとなると使い物にならない。
敦志はこれまで、裏の世界で何人もの不良少年を見てきたが……本当の修羅場では、全くの役立たずであった。怯えた挙げ句に腰を抜かすか、あるいは必要以上の凶暴さを発揮して全てをぶち壊しにするか。いずれにしても、無様な姿を晒していた者がほとんどだ。暴走族だろうがギャングだろうが、その点に関しては変わりはない。
「ノリの奴は、自分の両親を殺したんですよ。医療少年院でも、職員たちからの当たりは見ていてキツかったですね。やっぱり、親殺しってのは今も特別なんですよ。でもね、あいつには優しいところもありました。動物好きな男でしたよ」
「そうか。なあ亮、お前も動物好きだったよな?」
敦志の問いに、亮は訝しげな表情で頷いた。
「えっ、ええ」
「だったらお前、怪物みたいな外見の女を本気で好きになれるか? ホラー映画に出てくる怪物みたいな外見の女を、ペットのような感覚じゃなく、生涯の伴侶として愛しあえるか?」
「へっ? あ、あのう……いったい何を言ってるんですか、敦志さん?」
恐る恐る、という感じで聞き返してくる。口には出さないものの、頭は大丈夫ですか? とでも言いたげな様子だ。敦志は苦笑した。
「いや、何でもないんだ。忘れてくれ」
忘れてくれ……亮に対し、そう言った。だが、敦志は未だに忘れられずにいる。
徳郁の、決意に満ちた表情を。
その徳郁の生首を抱えたまま、天を仰いで慟哭していた怪物の姿を。
さらに……泣いていた怪物を、容赦なく殺してのけた悪鬼のごときペドロの凶行を。
ふと、思った。
こんな仕事、もうやめちおうか……と。
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