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九月十五日 敦志の疑問
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立島敦志は、喫茶店『怪奇屋』のソファーに座っていた。外の景色を見ながら、大して美味くもないコーヒーを飲んでいる。
店の中には、マスターと敦志の二人しかいない。マスターは相変わらず、背筋をピンと伸ばした気をつけの姿勢で立っている。いつもながら、本当に不気味な佇まいだ。怪奇屋、という店名がしっくり来ている。
「マスター、ペドロさんは今日も来るんだよね?」
暇潰しに、声をかけてみる。すると、マスターの視線がこちらに向けられた。感情の全く感じられない不気味な瞳が、敦志を見つめる。
やがて、マスターは軽く首肯する。それで終わりだった。言葉による返事は返って来ない。この男は、本当に無口だ。一日のうちで、語る言葉は二言か三言ぐらいだろう。
苦笑し、再び外の景色に視線を移す。ふと、昨日の出来事に思いを馳せていた。
昨日……敦志の目の前で、住田健児はうめきながら右手を押さえていた。ペドロと握手をした際、その凄まじい握力で思いきり握られたのだ。ひょっとしたら、右手の骨を潰されたかもしれない。
だが、住田もただ者ではなかった。
「わかりました。しかし、あの少女を始末するのは、二日だけ待ってくれませんかね? その二日の間に、皆を納得させますから」
右手を押さえながらも、笑みを浮かべて語り続ける。すると、ペドロは頷いた。
「いいだろう。我々は明後日、行動を開始する。だから、君の上司および神居宗一郎氏を説得しておいてくれ」
「そうですか。ありがとうございます」
あの住田の口ぶりから察するに、彼とその周囲の者たちは……ペドロと自分の行動を止める気はないらしい。となると明日、この件は終わるのだろうか。この白土市に来てからの日々は、本当にあっという間だった。
その時、ふと思った。そもそも、自分はいったい何をしに来たのだろうか?
初めは、ペドロを探すふりをするだけだった。見つかろうが見つかるまいが、そんなことは関係ない、はずだった。
しかし、ここに来て数日でペドロを発見してしまった。それだけでなく、今では行動を共にしている。
その上、こんな奇怪な事件に介入する羽目になってしまった。全ては、ペドロという怪物が原因だ。
次に、ペドロのことを考えた。あんな怪物が現実に存在するなど、未だに信じられない気分だ。ここ数日間に起きた事は、夢の中の出来事のように曖昧で現実感がない。
だが、まぎれもない現実なのだ。敦志は、あの怪物と行動を共にしてきた。ペドロは、何もかもが桁外れだった。その腕力からして、人間とは思えない。車のフロントガラスを叩き割り、片手で成人男性を引きずり出した。
そして、何のためらいもなく素手で殺してしまったのだ。あの腕力は、同じ人間だとは思えなかった。さらに、知識が豊富で知能も高い。ペドロと話していると、彼の多岐に渡る知識には圧倒されるばかりだ。
ある意味、完璧な人間とも言える。
それゆえ、だろうか……敦志はペドロに対し、相反する二つの感情を抱いている。彼を嫌悪しつつも、同時に惹き付けられるものを感じてしまうのだ。
そう、太古の時代だったなら……あの男は巨大な剣を振るい多くの敵を打ち倒し、帝国を築き上げるような存在なのかもしれない。
ペドロは、生まれる時代を間違えてしまったのではないだろうか?
「やあ、待たせたね」
不意に、背後から聞こえてきた声。敦志が振り返ると、そこにペドロが立っていた。緑色の作業服を着て、にこやかな表情を浮かべている。
「あんたは、音もなく忍び寄るのが癖みたいだな。あまりいい癖じゃないぜ」
「そんな癖はないはずだが……それよりも、今のうちに準備しておきたまえ。いよいよ明日、狩りに出かける」
「狩り?」
敦志が訝しげな表情で聞き返すと、ペドロは楽しそうに頷いた。
「そうさ。明日、この白土市を騒がせている存在を、人知れず始末しに行く。そうすれば、この仕事は終わりだ。俺はいったん、メキシコに帰るとするよ。しばらくは、日本には姿を現さないつもりだ。君も晴れて、真幌市に戻れる訳だよ」
「そうか……それは良かった。だが、あんたの雇い主は納得するのかい?」
口元を歪めながら尋ねる。ペドロの雇い主が、余計なことを知ってしまった人間を見逃すとは思えない。
全てが終わったら、自分は消されるのではないだろうか?
しかし、ペドロは笑みを浮かべながら首を振る。
「その点は大丈夫さ。俺の雇い主は、無駄なことはしない。こう言ってはなんだが、君は犯罪者で、しかも小者だ。君がマスコミに何を言おうが、誰も信じないし、何の影響もない」
「小者かよ……言ってくれるねえ。まあ、間違いではないわな。あんたから比べれば、俺なんか小者だよ。にしても、あんたの雇い主って何者なんだよ」
そう言って、苦笑する。すると、ペドロの表情が僅かに変化した。
「それは、とある大企業としか言えないな」
「大企業? 俺はまた、アメリカ合衆国なんじゃないかと思ってたんだがな」
冗談めいた口調で言うと、ペドロはまたしても笑みを浮かべる。
「合衆国? フフッ、企業を舐めちゃいけないよ。むしろ、国よりも柔軟な発想が出来る上、権力に関しても優るとも劣らない。現に、この俺を重警備刑務所から出すくらいだからね」
言いながら、ペドロは敦志の向かい側に座った。
「前に君は言ったね……俺たちは、人類の敵みたいなものだと。だがね、長い目で見れば我々など所詮、神々が遊んでいるゲームの駒でしかないのかもしれない。実につまらない話だよ。人生は本来、短い上に下らない。だが、その短い人生をいかにして楽しむか? これもまた、人生における究極の命題だね」
店の中には、マスターと敦志の二人しかいない。マスターは相変わらず、背筋をピンと伸ばした気をつけの姿勢で立っている。いつもながら、本当に不気味な佇まいだ。怪奇屋、という店名がしっくり来ている。
「マスター、ペドロさんは今日も来るんだよね?」
暇潰しに、声をかけてみる。すると、マスターの視線がこちらに向けられた。感情の全く感じられない不気味な瞳が、敦志を見つめる。
やがて、マスターは軽く首肯する。それで終わりだった。言葉による返事は返って来ない。この男は、本当に無口だ。一日のうちで、語る言葉は二言か三言ぐらいだろう。
苦笑し、再び外の景色に視線を移す。ふと、昨日の出来事に思いを馳せていた。
昨日……敦志の目の前で、住田健児はうめきながら右手を押さえていた。ペドロと握手をした際、その凄まじい握力で思いきり握られたのだ。ひょっとしたら、右手の骨を潰されたかもしれない。
だが、住田もただ者ではなかった。
「わかりました。しかし、あの少女を始末するのは、二日だけ待ってくれませんかね? その二日の間に、皆を納得させますから」
右手を押さえながらも、笑みを浮かべて語り続ける。すると、ペドロは頷いた。
「いいだろう。我々は明後日、行動を開始する。だから、君の上司および神居宗一郎氏を説得しておいてくれ」
「そうですか。ありがとうございます」
あの住田の口ぶりから察するに、彼とその周囲の者たちは……ペドロと自分の行動を止める気はないらしい。となると明日、この件は終わるのだろうか。この白土市に来てからの日々は、本当にあっという間だった。
その時、ふと思った。そもそも、自分はいったい何をしに来たのだろうか?
初めは、ペドロを探すふりをするだけだった。見つかろうが見つかるまいが、そんなことは関係ない、はずだった。
しかし、ここに来て数日でペドロを発見してしまった。それだけでなく、今では行動を共にしている。
その上、こんな奇怪な事件に介入する羽目になってしまった。全ては、ペドロという怪物が原因だ。
次に、ペドロのことを考えた。あんな怪物が現実に存在するなど、未だに信じられない気分だ。ここ数日間に起きた事は、夢の中の出来事のように曖昧で現実感がない。
だが、まぎれもない現実なのだ。敦志は、あの怪物と行動を共にしてきた。ペドロは、何もかもが桁外れだった。その腕力からして、人間とは思えない。車のフロントガラスを叩き割り、片手で成人男性を引きずり出した。
そして、何のためらいもなく素手で殺してしまったのだ。あの腕力は、同じ人間だとは思えなかった。さらに、知識が豊富で知能も高い。ペドロと話していると、彼の多岐に渡る知識には圧倒されるばかりだ。
ある意味、完璧な人間とも言える。
それゆえ、だろうか……敦志はペドロに対し、相反する二つの感情を抱いている。彼を嫌悪しつつも、同時に惹き付けられるものを感じてしまうのだ。
そう、太古の時代だったなら……あの男は巨大な剣を振るい多くの敵を打ち倒し、帝国を築き上げるような存在なのかもしれない。
ペドロは、生まれる時代を間違えてしまったのではないだろうか?
「やあ、待たせたね」
不意に、背後から聞こえてきた声。敦志が振り返ると、そこにペドロが立っていた。緑色の作業服を着て、にこやかな表情を浮かべている。
「あんたは、音もなく忍び寄るのが癖みたいだな。あまりいい癖じゃないぜ」
「そんな癖はないはずだが……それよりも、今のうちに準備しておきたまえ。いよいよ明日、狩りに出かける」
「狩り?」
敦志が訝しげな表情で聞き返すと、ペドロは楽しそうに頷いた。
「そうさ。明日、この白土市を騒がせている存在を、人知れず始末しに行く。そうすれば、この仕事は終わりだ。俺はいったん、メキシコに帰るとするよ。しばらくは、日本には姿を現さないつもりだ。君も晴れて、真幌市に戻れる訳だよ」
「そうか……それは良かった。だが、あんたの雇い主は納得するのかい?」
口元を歪めながら尋ねる。ペドロの雇い主が、余計なことを知ってしまった人間を見逃すとは思えない。
全てが終わったら、自分は消されるのではないだろうか?
しかし、ペドロは笑みを浮かべながら首を振る。
「その点は大丈夫さ。俺の雇い主は、無駄なことはしない。こう言ってはなんだが、君は犯罪者で、しかも小者だ。君がマスコミに何を言おうが、誰も信じないし、何の影響もない」
「小者かよ……言ってくれるねえ。まあ、間違いではないわな。あんたから比べれば、俺なんか小者だよ。にしても、あんたの雇い主って何者なんだよ」
そう言って、苦笑する。すると、ペドロの表情が僅かに変化した。
「それは、とある大企業としか言えないな」
「大企業? 俺はまた、アメリカ合衆国なんじゃないかと思ってたんだがな」
冗談めいた口調で言うと、ペドロはまたしても笑みを浮かべる。
「合衆国? フフッ、企業を舐めちゃいけないよ。むしろ、国よりも柔軟な発想が出来る上、権力に関しても優るとも劣らない。現に、この俺を重警備刑務所から出すくらいだからね」
言いながら、ペドロは敦志の向かい側に座った。
「前に君は言ったね……俺たちは、人類の敵みたいなものだと。だがね、長い目で見れば我々など所詮、神々が遊んでいるゲームの駒でしかないのかもしれない。実につまらない話だよ。人生は本来、短い上に下らない。だが、その短い人生をいかにして楽しむか? これもまた、人生における究極の命題だね」
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