舞い降りた悪魔

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
28 / 35

九月十四日 徳郁の再会

しおりを挟む
 彼は、ひとり途方に暮れていた。
 昨日、目の前で起きたのは、全く予期せぬ事態。しかも、サンはいなくなってしまった。どうすればいいのかわからぬまま、吉良徳郁は床の上に座りこんでいた。



 気がつくと、いつの間にか朝になっている。昨日は眠ったのだろうか。何をしていたのか、ほとんど記憶がない。そもそも、サンが姿を消してからどうやって帰ったのか、それすら覚えていない。まるで、妖怪に化かされたような気分だ。
 リビングに行き、テレビをつける。内容も理解できぬまま、じっと画面を見つめていた。
 ふと周りを見回すと、いつの間にか、クロベエとシロスケが横にいた。二匹とも尻を床に着け、前足を揃えた体勢でこちらを見つめている。その表情は、どこか寂しげだ。二匹とも、何かを訴えているかのようにも見えた。
 まるで、サンを呼んできてくれとでも言っているかのように。

「なあ、お前ら。サンはどこに行ったんだ? 居場所は分からないのか?」

 尋ねる徳郁。もとより、答えなど期待していなかった。それでも、誰かに問わずにはいられなかったのだ。
 いったい何事が起きたのか、と……。
 徳郁はこれまで、ずっとひとりで生きてきた。成宮亮という例外はあったが、基本的に友人や知人などという者は存在しない。誰かを家に上げた事もない。彼は今まで、ずっとひとりきりだったのだ。
 サンがいなくなったとしても、何も変わらない。元のひとりきりの生活に戻るだけのはずだった。
 それなのに──

 やがて、徳郁は立ち上がった。キッチンに行き、ドッグフードとキャットフードの袋を取り出す。
 リビングに行き、クロベエとシロスケの皿に餌をあげる。すると、二匹とも皿に顔を突っ込んで食べ始めた。
 美味しそうに餌を食べる二匹。そんな微笑ましい姿を見ているうちに、徳郁の気持ちも少しだけ落ち着いてきた。やがて、ひとつの考えが浮かぶ。

 これで、良かったのではないだろうか?

 サンは追われているのだ。それも警察でなく、ヤクザを初めとする裏の世界の住人たちに。もし捕まったら、どんな目に遭わされるかは容易に想像がつく。
 それに一昨日、亮は言っていた。

(俺は明後日、とある人間に連絡を入れる。この娘を捜している人間だよ)

(この娘はな、あちこちの組織の連中が追っているんだ。遅かれ早かれ、奴らはここを見つける)

 亮は一見すると軽薄だが、やると言ったことは必ず実行するタイプの男だ。今日になって、どこかのヤバい連中に連絡を入れたはず。となると今日か明日あたり、この家に追っ手が来ることになるだろう。
 だが、サンがいなければどうしようもないのだ。最悪の場合、自分も逃げなくてはならないが……少なくとも、サンだけは無事でいられる。
 彼女のためにも、これで良かったのだ。徳郁は、自分にそう言い聞かせた。

 その時、不意にクロベエが顔を上げる。何かを感じ取ったかのような様子だ。次の瞬間、パッと玄関へ走って行った。扉の前で尻を床に着け、じっと見上げている。
 と同時に、シロスケも動いた。すぐさま玄関まで走り、クロベエと同じ姿勢をとる。
 何者かが、表に来ている。クロベエとシロスケにとって、出迎えなくてはならない何者か。忠誠を誓っている何者かが、扉の向こう側に来ている。
 そんな者は、徳郁の知る限りひとりしかいない。

「サン!? サンなのか!? サンが来てるのか!?」

 叫ぶと同時に、徳郁は立ち上がる。玄関に走り、勢いよく扉を開けた。

「キラ……」

 想像通り、そこに立っていたのはサンだった。何とも言えない不思議な表情で、じっと徳郁を見つめている。
 一方、徳郁は呆然とした表情でその場に立ち尽くす。彼女の姿は変わり果てていた。しかし、サンであることはわかる。理屈ではなく、本能で。
 何と声をかけていいのかわからなかった。ややあって、どうにか口を開く。

「サン、一体どうしたんだよ? お前の身に、何が起きたんだ?」

「ごめんね」

 そう言うと、サンはすまなそうに頭を下げる。

「本当にごめん。もう、来ないつもりだったの。サンのこと、嫌いになったでしょ?」

 うなだれた様子だ。徳郁は、そんな彼女をじっと見つめる。
 そして言った。

「嫌いになんか、なってないよ。早く入れ。クロベエとシロスケも心配してたんだぞ」

 徳郁はキッチンで、料理を作っている。ふと、リビングの方を見た。
 サン、クロベエ、シロスケ……みんなで寄り添っていた。サンはテレビを観ながら、クロベエの背中を撫でている。それに対し、クロベエは嬉しそうにごろごろ喉を鳴らしている。その姿は見ていて微笑ましい。徳郁は、改めて幸せを感じた。

 サン。
 帰って来てくれて、本当に良かった。
 お前がどんなに変わろうとも、俺の気持ちは変わらないからな。
 俺は、お前を愛してる。

「キラ……こっちに来て。みんなでテレビ観ようよ」

 言いながら、サンは振り向く。徳郁は微笑んだ。

「待ってくれよ。今ごはんを作ってるから」

 徳郁はベーコンエッグを作り、ごはんや味噌汁とともにリビングへと運ぶ。

「ありがとう」

「これで足りるか?」

「うん、大丈夫」

 そう言うと、サンは楽しそうに食べ始めた。すると、傍らで寝ていたクロベエとシロスケも起き上がり、サンの食べる様をじっと見つめる。
 徳郁はその三者の姿があまりにも可愛らしく、思わず笑みがこぼれた。

 ベーコンエッグをとても美味しそうに食べるサン。時おり、クロベエやシロスケにも分け与えている。クロベエとシロスケもまた、いかにも美味しそうな表情で食べている。本来ならば、猫や犬に味の濃い食べ物を与えてはいけないのだ。しかし、今は注意する気にはなれなかった。一家団らんのごとき風景は、見ているだけで幸せを感じる。

 とうとう見つけたんだ。
 俺の、俺だけの幸せを……。
 この幸せだけは、何があろうとも守りぬく。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...