舞い降りた悪魔

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
13 / 35

九月六日 敦志の思考

しおりを挟む
(ほう、それは興味深い申し出だね。面白いじゃないか。どうやら君は、ペドロ氏に気に入られたようだね。さすがはアッちゃんだ)

 受話器の向こうから聞こえる住田健児の声には、欠片ほどの真剣味も感じられない。立島敦志からの報告に対し、実にふざけた口調で言葉を返してきた。
 思わず口元を歪める。他人事だと思って、いい気なものだ。この仕事が無事に片付いたら、住田の頭に鉛の弾丸を撃ち込んでやりたい。

「で、俺はどうすればいいんです? このまま続行ですか?」

 苛立ちを押さえ、努めて冷静な口調で尋ねる。

(そんなこと、俺に聞くまでもないでしょうが。ペドロ氏に協力してあげてよ。ねえ、頼むからさ。いざとなったら、殺しちゃって構わないし)

 受話器の向こうから聞こえてくる声は、相変わらずのほほんとしている。敦志は思わず、ぎりりと奥歯を噛み締めていた。

「わかりました。では、ペドロに接触します」



 電話の後、敦志は車の中で昨日の出来事を思い出してみた。ペドロは、敦志の予想を遥かに上回る怪物である。昨日の殴り合いの時、ペドロは確実に本気を出していなかった。少なくとも、殺気はまるで感じられなかったのだ。
 いざとなったら、殺すのもやむなしという気持ちで立ち向かって行った敦志。それに対し、ペドロはスポーツを楽しむかのような雰囲気だった。あの闘いを、遊び半分で楽しんでしまえる神経は理解できない。もはや、自分などとは完全に違う次元だ。
 かつて、伝説の中でのみ存在していた武術の達人たち。ペドロは、その達人たちと同レベルの人間なのではないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、敦志の頭に新たなる疑問が生じた。

 待てよ。
 そもそも、奴はここに何をしに来たんだ?

 昨日、ペドロは言っていた……ここに用事がある、と。その用事は、確実に犯罪の絡む話だろう。少なくとも、あの脱獄犯にまともな用事などあろうはずがない。

(さっきも言った通り、俺にはやる事がある。それが終わったら、ここを離れるつもりだ。もし良かったら、俺に協力してくれないか?)

 敦志は、ペドロの言葉を思い出してみた。あの自信に満ちた超人的な男が他人に協力を頼むとは、どんな事態なのだろうか?
 そして、自分はどうしたらいいのだろう?
 ふと、車の窓から外を見てみた。豊かな自然に覆われている白土市。評判はいいとは言えない地域であるが、ペドロのような人間を引き寄せるような何かがあるとは思えない。
 あの場所を除けば──

 三日月村、か?

 この白土市における最大の謎が、かの三日月村事件である。実際の話、事件の直後には得体の知れない外国人たちが多数訪れていたという噂もある。もっとも、そのほとんどは海外のマスコミ関係者なのだろう。
 ネット界隈や怪しげなオカルト系の雑誌では、十年が経過した今でも怪しげな噂が後を絶たない。

 新興宗教が三日月村にて軍隊を組織した。さらに化学兵器を製造し革命を企てていたが、公安の手で皆殺しにされた。

 密かに宇宙人の秘密基地が建設され、三日月村の人間はみな洗脳されていた。しかし、CIAの特殊工作員の手によって壊滅させられた。

 吸血鬼の一族が三日月村に移住し、村の人間をみな吸血鬼に変えてしまった。だが、ヴァチカンから派遣された凄腕の吸血鬼ハンターに皆殺しにされた。

 などといった奇怪な噂が、今も次々と生まれていっている。もちろん、その噂のほとんど……いや、全てがデマだ。論ずるのもバカバカしい話ではある。
 しかし、そんなバカバカしい話にすら信憑性を感じてしまうくらいに奇妙な事件であった、ということなのだ。
 もちろん、敦志は三日月村事件の真相など知らないし、また興味もない。今の彼にとって重要なのは、この白土市に現れたペドロという男をどうするか……それだけだ。
 窓から外を見ながら、敦志はさらに考えてみた。世界でも類を見ない、奇怪な事件の起きた場所に現れたペドロ。ある意味、ふさわしい組み合わせではある。
 そう、ペドロは本物の怪物なのだ。メキシコの貧困地区にて生を受け、日本など比較にならない戦場のような町で生き抜いてきた。結果、地元のマフィアたちからも恐れられる男へと成長する……住田から聞かされた話だけでも、充分に化け物じみていた。

 ペドロはメキシコにいた時、犯罪を生業として暮らしていたという。麻薬の売買、強盗、窃盗、殺人請負などなど……様々な悪事に手を染めていたのだ。
 だが、神をも恐れぬペドロの所業は、メキシカン・マフィアの大物の逆鱗に触れることとなってしまう。まず初めに、凄腕の暗殺者たちを差し向けられた。
 普通の人間だったら、確実に殺されていた。いや、特殊な訓練を受けたような者でも、生き延びるのは不可能であっただろう。
 しかし、ペドロだけは勝手が違っていた。怪物じみた戦闘能力と、予言者のような勘の良さ……さらには神がかった運の良さを兼ね備えていたのだ。彼は数度に渡る暗殺者の襲撃を躱し、そのほとんどを返り討ちにしてしまう。
 すると、マフィアは軍隊並みの装備をした百人を超す男たちを差し向けたのだ。ペドロの存在は、メキシコの裏社会においてあまりにも巨大なものとなっていた。潜伏している街ごと消し去ってしまおう、と考えたらしい。ひとつの街をまるごと消してでも、この怪物を抹殺しようとしたのだ。

 この事件は当時、ちょっとしたニュースとなり世界を駆け巡った。表向きには、メキシカンマフィア同士の抗争という形で報道されている。さらには、このマフィアの暴挙を止めるために政府が軍隊を出動させ、街は焼け野原のような状態になってしまったのだ。
 死者は少なくとも五十人を超え、重軽傷を負ったものは数百人と発表された。
 しかし、そんな大事件を引き起こすきっかけとなったペドロは……戦場にも等しい修羅場をくぐり抜け、国境を越えてアメリカに逃げ延びていたのである。
 不思議なのは、その渡った先のアメリカで、ペドロはあっさりと逮捕されてしまったことだ。



 全て、住田から聞いた話である。正直にいえば、信じられないとしか言いようがない。そんなアクション映画の主人公のような人間が存在するはずがない……漠然と、そんな風に考えていた。尾ひれの付いたいい加減な噂話を、そのまま自分に伝えているのだろう、と。そうとしか思えなかった。
 だが、現実のペドロと拳を交えた今なら理解できる。あの怪物は、アクション映画の主人公など比較にならない存在なのだ。

 そんな奴を相手に、俺はどうすればいいのだろう?




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あたし、今日からご主人さまの人質メイドです!

むらさ樹
恋愛
お父さんの借金のせいで、あたしは人質として連れて行かれちゃった!? だけど住み込みでメイドとして働く事になった先は、クラスメイトの気になる男の子の大豪邸 「お前はオレのペットなんだ。 オレの事はご主人様と呼べよな」 ペット!? そんなの聞いてないよぉ!! 「いいか? 学校じゃご主人様なんて呼ぶなよ。 お前がオレのペットなのは、ふたりだけの秘密なんだからな」 誰も知らない、あたしと理央クンだけのヒミツの関係……! 「こっち、来いよ。 ご主人様の命令は、絶対だろ?」 学校では、クールで一匹狼な理央クン でもここでは、全然雰囲気が違うの 「抱かせろよ。 お前はオレのペットなんだから、拒む権利ないんだからな」 初めて見る理央クンに、どんどん惹かれていく ペットでも、構わない 理央クン、すき_____

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

生徒会に脅されて占ってみたら、ここで逆ハーレムしている私が見えましたが、ブラコンなので口が裂けても言えません。

絶対守護天使ちゃん
恋愛
代々、占い素質を持つ家系に生まれた実子環(みこまどか)は不意なことから、生徒会の運命を占うことに。 占った結果、すごいものが見えてしまい、何とか切り抜けようとするがさらに事は面倒な方向に進んでいく。 このままでは、愛しの弟との時間がそがれてしまう! 

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...