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九月六日 敦志の思考
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(ほう、それは興味深い申し出だね。面白いじゃないか。どうやら君は、ペドロ氏に気に入られたようだね。さすがはアッちゃんだ)
受話器の向こうから聞こえる住田健児の声には、欠片ほどの真剣味も感じられない。立島敦志からの報告に対し、実にふざけた口調で言葉を返してきた。
思わず口元を歪める。他人事だと思って、いい気なものだ。この仕事が無事に片付いたら、住田の頭に鉛の弾丸を撃ち込んでやりたい。
「で、俺はどうすればいいんです? このまま続行ですか?」
苛立ちを押さえ、努めて冷静な口調で尋ねる。
(そんなこと、俺に聞くまでもないでしょうが。ペドロ氏に協力してあげてよ。ねえ、頼むからさ。いざとなったら、殺しちゃって構わないし)
受話器の向こうから聞こえてくる声は、相変わらずのほほんとしている。敦志は思わず、ぎりりと奥歯を噛み締めていた。
「わかりました。では、ペドロに接触します」
電話の後、敦志は車の中で昨日の出来事を思い出してみた。ペドロは、敦志の予想を遥かに上回る怪物である。昨日の殴り合いの時、ペドロは確実に本気を出していなかった。少なくとも、殺気はまるで感じられなかったのだ。
いざとなったら、殺すのもやむなしという気持ちで立ち向かって行った敦志。それに対し、ペドロはスポーツを楽しむかのような雰囲気だった。あの闘いを、遊び半分で楽しんでしまえる神経は理解できない。もはや、自分などとは完全に違う次元だ。
かつて、伝説の中でのみ存在していた武術の達人たち。ペドロは、その達人たちと同レベルの人間なのではないだろうか。
そんなことを考えているうちに、敦志の頭に新たなる疑問が生じた。
待てよ。
そもそも、奴はここに何をしに来たんだ?
昨日、ペドロは言っていた……ここに用事がある、と。その用事は、確実に犯罪の絡む話だろう。少なくとも、あの脱獄犯にまともな用事などあろうはずがない。
(さっきも言った通り、俺にはやる事がある。それが終わったら、ここを離れるつもりだ。もし良かったら、俺に協力してくれないか?)
敦志は、ペドロの言葉を思い出してみた。あの自信に満ちた超人的な男が他人に協力を頼むとは、どんな事態なのだろうか?
そして、自分はどうしたらいいのだろう?
ふと、車の窓から外を見てみた。豊かな自然に覆われている白土市。評判はいいとは言えない地域であるが、ペドロのような人間を引き寄せるような何かがあるとは思えない。
あの場所を除けば──
三日月村、か?
この白土市における最大の謎が、かの三日月村事件である。実際の話、事件の直後には得体の知れない外国人たちが多数訪れていたという噂もある。もっとも、そのほとんどは海外のマスコミ関係者なのだろう。
ネット界隈や怪しげなオカルト系の雑誌では、十年が経過した今でも怪しげな噂が後を絶たない。
新興宗教が三日月村にて軍隊を組織した。さらに化学兵器を製造し革命を企てていたが、公安の手で皆殺しにされた。
密かに宇宙人の秘密基地が建設され、三日月村の人間はみな洗脳されていた。しかし、CIAの特殊工作員の手によって壊滅させられた。
吸血鬼の一族が三日月村に移住し、村の人間をみな吸血鬼に変えてしまった。だが、ヴァチカンから派遣された凄腕の吸血鬼ハンターに皆殺しにされた。
などといった奇怪な噂が、今も次々と生まれていっている。もちろん、その噂のほとんど……いや、全てがデマだ。論ずるのもバカバカしい話ではある。
しかし、そんなバカバカしい話にすら信憑性を感じてしまうくらいに奇妙な事件であった、ということなのだ。
もちろん、敦志は三日月村事件の真相など知らないし、また興味もない。今の彼にとって重要なのは、この白土市に現れたペドロという男をどうするか……それだけだ。
窓から外を見ながら、敦志はさらに考えてみた。世界でも類を見ない、奇怪な事件の起きた場所に現れたペドロ。ある意味、ふさわしい組み合わせではある。
そう、ペドロは本物の怪物なのだ。メキシコの貧困地区にて生を受け、日本など比較にならない戦場のような町で生き抜いてきた。結果、地元のマフィアたちからも恐れられる男へと成長する……住田から聞かされた話だけでも、充分に化け物じみていた。
ペドロはメキシコにいた時、犯罪を生業として暮らしていたという。麻薬の売買、強盗、窃盗、殺人請負などなど……様々な悪事に手を染めていたのだ。
だが、神をも恐れぬペドロの所業は、メキシカン・マフィアの大物の逆鱗に触れることとなってしまう。まず初めに、凄腕の暗殺者たちを差し向けられた。
普通の人間だったら、確実に殺されていた。いや、特殊な訓練を受けたような者でも、生き延びるのは不可能であっただろう。
しかし、ペドロだけは勝手が違っていた。怪物じみた戦闘能力と、予言者のような勘の良さ……さらには神がかった運の良さを兼ね備えていたのだ。彼は数度に渡る暗殺者の襲撃を躱し、そのほとんどを返り討ちにしてしまう。
すると、マフィアは軍隊並みの装備をした百人を超す男たちを差し向けたのだ。ペドロの存在は、メキシコの裏社会においてあまりにも巨大なものとなっていた。潜伏している街ごと消し去ってしまおう、と考えたらしい。ひとつの街をまるごと消してでも、この怪物を抹殺しようとしたのだ。
この事件は当時、ちょっとしたニュースとなり世界を駆け巡った。表向きには、メキシカンマフィア同士の抗争という形で報道されている。さらには、このマフィアの暴挙を止めるために政府が軍隊を出動させ、街は焼け野原のような状態になってしまったのだ。
死者は少なくとも五十人を超え、重軽傷を負ったものは数百人と発表された。
しかし、そんな大事件を引き起こすきっかけとなったペドロは……戦場にも等しい修羅場をくぐり抜け、国境を越えてアメリカに逃げ延びていたのである。
不思議なのは、その渡った先のアメリカで、ペドロはあっさりと逮捕されてしまったことだ。
全て、住田から聞いた話である。正直にいえば、信じられないとしか言いようがない。そんなアクション映画の主人公のような人間が存在するはずがない……漠然と、そんな風に考えていた。尾ひれの付いたいい加減な噂話を、そのまま自分に伝えているのだろう、と。そうとしか思えなかった。
だが、現実のペドロと拳を交えた今なら理解できる。あの怪物は、アクション映画の主人公など比較にならない存在なのだ。
そんな奴を相手に、俺はどうすればいいのだろう?
受話器の向こうから聞こえる住田健児の声には、欠片ほどの真剣味も感じられない。立島敦志からの報告に対し、実にふざけた口調で言葉を返してきた。
思わず口元を歪める。他人事だと思って、いい気なものだ。この仕事が無事に片付いたら、住田の頭に鉛の弾丸を撃ち込んでやりたい。
「で、俺はどうすればいいんです? このまま続行ですか?」
苛立ちを押さえ、努めて冷静な口調で尋ねる。
(そんなこと、俺に聞くまでもないでしょうが。ペドロ氏に協力してあげてよ。ねえ、頼むからさ。いざとなったら、殺しちゃって構わないし)
受話器の向こうから聞こえてくる声は、相変わらずのほほんとしている。敦志は思わず、ぎりりと奥歯を噛み締めていた。
「わかりました。では、ペドロに接触します」
電話の後、敦志は車の中で昨日の出来事を思い出してみた。ペドロは、敦志の予想を遥かに上回る怪物である。昨日の殴り合いの時、ペドロは確実に本気を出していなかった。少なくとも、殺気はまるで感じられなかったのだ。
いざとなったら、殺すのもやむなしという気持ちで立ち向かって行った敦志。それに対し、ペドロはスポーツを楽しむかのような雰囲気だった。あの闘いを、遊び半分で楽しんでしまえる神経は理解できない。もはや、自分などとは完全に違う次元だ。
かつて、伝説の中でのみ存在していた武術の達人たち。ペドロは、その達人たちと同レベルの人間なのではないだろうか。
そんなことを考えているうちに、敦志の頭に新たなる疑問が生じた。
待てよ。
そもそも、奴はここに何をしに来たんだ?
昨日、ペドロは言っていた……ここに用事がある、と。その用事は、確実に犯罪の絡む話だろう。少なくとも、あの脱獄犯にまともな用事などあろうはずがない。
(さっきも言った通り、俺にはやる事がある。それが終わったら、ここを離れるつもりだ。もし良かったら、俺に協力してくれないか?)
敦志は、ペドロの言葉を思い出してみた。あの自信に満ちた超人的な男が他人に協力を頼むとは、どんな事態なのだろうか?
そして、自分はどうしたらいいのだろう?
ふと、車の窓から外を見てみた。豊かな自然に覆われている白土市。評判はいいとは言えない地域であるが、ペドロのような人間を引き寄せるような何かがあるとは思えない。
あの場所を除けば──
三日月村、か?
この白土市における最大の謎が、かの三日月村事件である。実際の話、事件の直後には得体の知れない外国人たちが多数訪れていたという噂もある。もっとも、そのほとんどは海外のマスコミ関係者なのだろう。
ネット界隈や怪しげなオカルト系の雑誌では、十年が経過した今でも怪しげな噂が後を絶たない。
新興宗教が三日月村にて軍隊を組織した。さらに化学兵器を製造し革命を企てていたが、公安の手で皆殺しにされた。
密かに宇宙人の秘密基地が建設され、三日月村の人間はみな洗脳されていた。しかし、CIAの特殊工作員の手によって壊滅させられた。
吸血鬼の一族が三日月村に移住し、村の人間をみな吸血鬼に変えてしまった。だが、ヴァチカンから派遣された凄腕の吸血鬼ハンターに皆殺しにされた。
などといった奇怪な噂が、今も次々と生まれていっている。もちろん、その噂のほとんど……いや、全てがデマだ。論ずるのもバカバカしい話ではある。
しかし、そんなバカバカしい話にすら信憑性を感じてしまうくらいに奇妙な事件であった、ということなのだ。
もちろん、敦志は三日月村事件の真相など知らないし、また興味もない。今の彼にとって重要なのは、この白土市に現れたペドロという男をどうするか……それだけだ。
窓から外を見ながら、敦志はさらに考えてみた。世界でも類を見ない、奇怪な事件の起きた場所に現れたペドロ。ある意味、ふさわしい組み合わせではある。
そう、ペドロは本物の怪物なのだ。メキシコの貧困地区にて生を受け、日本など比較にならない戦場のような町で生き抜いてきた。結果、地元のマフィアたちからも恐れられる男へと成長する……住田から聞かされた話だけでも、充分に化け物じみていた。
ペドロはメキシコにいた時、犯罪を生業として暮らしていたという。麻薬の売買、強盗、窃盗、殺人請負などなど……様々な悪事に手を染めていたのだ。
だが、神をも恐れぬペドロの所業は、メキシカン・マフィアの大物の逆鱗に触れることとなってしまう。まず初めに、凄腕の暗殺者たちを差し向けられた。
普通の人間だったら、確実に殺されていた。いや、特殊な訓練を受けたような者でも、生き延びるのは不可能であっただろう。
しかし、ペドロだけは勝手が違っていた。怪物じみた戦闘能力と、予言者のような勘の良さ……さらには神がかった運の良さを兼ね備えていたのだ。彼は数度に渡る暗殺者の襲撃を躱し、そのほとんどを返り討ちにしてしまう。
すると、マフィアは軍隊並みの装備をした百人を超す男たちを差し向けたのだ。ペドロの存在は、メキシコの裏社会においてあまりにも巨大なものとなっていた。潜伏している街ごと消し去ってしまおう、と考えたらしい。ひとつの街をまるごと消してでも、この怪物を抹殺しようとしたのだ。
この事件は当時、ちょっとしたニュースとなり世界を駆け巡った。表向きには、メキシカンマフィア同士の抗争という形で報道されている。さらには、このマフィアの暴挙を止めるために政府が軍隊を出動させ、街は焼け野原のような状態になってしまったのだ。
死者は少なくとも五十人を超え、重軽傷を負ったものは数百人と発表された。
しかし、そんな大事件を引き起こすきっかけとなったペドロは……戦場にも等しい修羅場をくぐり抜け、国境を越えてアメリカに逃げ延びていたのである。
不思議なのは、その渡った先のアメリカで、ペドロはあっさりと逮捕されてしまったことだ。
全て、住田から聞いた話である。正直にいえば、信じられないとしか言いようがない。そんなアクション映画の主人公のような人間が存在するはずがない……漠然と、そんな風に考えていた。尾ひれの付いたいい加減な噂話を、そのまま自分に伝えているのだろう、と。そうとしか思えなかった。
だが、現実のペドロと拳を交えた今なら理解できる。あの怪物は、アクション映画の主人公など比較にならない存在なのだ。
そんな奴を相手に、俺はどうすればいいのだろう?
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