23 / 25
日本に来てから
しおりを挟む
日本に来てから、明は純に様々なことを教わった。日本語の微妙なニュアンスの違いや敬語、日本での一般常識、それに礼儀作法などなど。
明は乾いたスポンジが水を吸収するように、教わったこと全てを次々と吸収していく。純は明の飲み込みの早さに驚き、喜んでくれた。
「明! あんた凄いね! 頭いいよあんた!」
そう言って、子供のように無邪気にはしゃぐ。そんな彼女の顔を見ると、明も幸せな気分になれた。
明は、さらに学習を続け様々なことを覚えていった。自身のためではない。純の喜ぶ顔が見たい、そのために。
ある日、明は迷いながらも純に打ち明けた。父が殺人鬼であることと、自らの過去を……その告白により、縁を切られるかもしれないことは覚悟の上だった。これ以上、彼女に嘘をつきたくなかったのだ。
話を聞き終えた純は、真剣な表情で彼を見つめる。
「あんたは悪くない。悪いのは、あんたの父親だよ。明は、明だよ。あたしの大事な……これから、正しく真っ当に生きればいいの。もう二度と、悪い事しちゃ駄目だよ」
そう言いながら、明を優しく抱きしめてくれた。
明は嬉しかった。だが同時に、それまで感じたことのない想いが湧き上がってくる。
その日以来、叔母の純を女性として意識するようになってしまった。
純は美しかった。同時に、可愛らしくもある女性だった。明より年上だが、楽しいことがあると豊かな表情ではしゃぎ、子供のようにちょっかいを出してきたり……かと思うと、ドキッとするような悩ましい仕草を見せることもある。そんな彼女が、今ではひどく眩しく見えた。
初めは、その気持ちを必死で押し殺していた。しかし我慢できなくなった明は、自らの思いを純にぶつける。
「俺、あんたのことが好きだ」
「な、何を言ってるの……駄目だよ明……」
頬を紅潮させ、うつむく純。だが、明は止まらなかった。手を伸ばし、強引に純を抱き寄せる。
「俺は、叔母さんが好きだ。本気なんだよ。好きで好きで仕方ないんだ。もし迷惑なら、俺はこの家を出る。二度と叔母さんの前には姿を現さないから……」
明のその言葉に、純は表情を歪める。顔を逸らし、呟くように言った。
「待って……明、聞いて欲しいことがあるの」
そして純は、明の母である美樹の過去を語り始めた。
美樹が覚醒剤を始めた理由、それは義理の父親・耕作からの暴力だった。明にとっては、祖父にあたる人物である。
耕作は厳しい性格であり、もともと美樹とペドロの付き合いには反対していたのだ。しかも美樹が日本に逃げ帰って来てからは、性的虐待まで受けるようになっていたのだ。いくら血の繋がりがないとはいえ、これはあってはならないことだ。鬼畜の所業である。
しかし母は、それを見てみぬ振りをしていたのだ。もし警察に言えば、身内の恥を晒すことにもなる。母は、義理の娘の受けた傷よりも家族の名誉を優先したのだ。
家族の中で、唯一まともな心を持っていた純は、この狂った状況に耐えられなくなった。やがて、家を出て行く決意をする。
美樹のことも誘った。だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「あたしが、あいつの……お父さんの言うこと聞かないと、お母さんが酷い目に遭わされるから……」
そう言って、やつれた顔で笑った。この時には、もう普通の思考が出来なくなっていたのだ。
純は迷ったが、結局は僅かな荷物をまとめてひとりで逃げ出した。これ以上、狂った家には居たくなかったのだ。
しかし、それから一年も経たないうちに惨劇が起きる。純は、天涯孤独の身になってしまった。しかも、結果的に姉を見捨ててしまったのた──
そんな彼女にとって、明は残された唯一の家族だった。
「もし、あたしがあの時に姉さんを無理やりにでも連れて行けば、あんなことにはならなかったかも知れない。あたしは姉さんを……あんたの母さんを助けられなかった。だから、あんたのことは絶対にちゃんとした大人にする。それまでは、あたしが面倒みるから……でないと、姉さんに申し訳ないよ」
そういうと、純は明の腕から離れる。明は、それ以上何も出来なかった。
語り終えた純の表情が、あまりにも痛々しかったからだ。
「今日のことは聞かなかった事にするから。あんたにも、いつか相応しい人が現れるよ」
そう言うと、純は微笑んだ。だが、その笑顔は無理やり作ったものであるのは明白だった。
以来、純との関係はぎごちないものになっていた。会話も、ほとんどない。二人でいる時の空気は、重苦しいものだった。
明は、家に寄り付かなくなる。虚ろな空虚感が、彼を支配していた。ろくでもない家族の中に生を受け、希望もなく友もなく居場所もない。いつしか明は、メキシコに居た時を懐かしむようになっていた。殺し合っている時は、余計なことを考え悩まずに済むから──
しかし、バスの事故が二人を変えた。
・・・
「あの後、家に帰ったら叔母さんに言われたんだ。俺のことを、男として意識してたって。俺が事故に遭ったって聞いた時、もし生きて戻ってきてくれたら気持ちに応えてあげよう……神さまに、そう祈ったってたんだって」
明はそこまで話すと、急に顔をしかめる。しどろもどろになりながらも、再び語り出した。
「で、俺は……その……純、いや……叔母さんと──」
「ちょっとさあ、そういうのやめようよ。深刻な顔してるから、何かと思ったよ。ただのノロケじゃないか。これからラブラブぶりを聞かそうってのかい」
そう言いながら、僕は明の胸を軽くド突く。
「えっ……」
明は僕の対応に、キョトンとしている。その表情が可笑しくて、僕はプッと吹き出してしまった。
さらに、鈴も立ち上がり明を睨む。
「叔母さんに手を出すなんて……この不良少年」
そう言った次の瞬間、鈴は笑いながら明の頭をはたいた。
「ノロケてんじゃないわよ、全くもう」
「お、お前ら……」
唖然した表情になる明。僕と鈴の顔を、交互に見ている。
「今までやってきたことに比べれば、大したことないじゃん。明は純さんが好きで、純さんも明が好きなんでしょ? 血は繋がってないんだし、問題ないじゃない」
言いながら、僕は微笑んで見せた。鈴もニコニコしている。
世間一般の常識に照らすなら、明と純さんの関係は忌むべきものなのかもしれない。だが、人殺しまでしてきた僕たちに、今さらタブーなどあるだろうか。二人の関係が、むしろ微笑ましかった。
戦場にも等しい街で、怪物として育てられた最凶の男・工藤明。そんな男が、この日本で幸せを掴もうとしている。その事実が、僕は心の底から嬉しかった。
そして最凶の男は今、僕たちの前で照れている。頬を真っ赤に染めながら……。
鈴の家からの帰り道、僕と明は並んで歩いていた。
「それにしても、お前は本当に変わったよな」
不意に明は足を止め、僕にそう言った。
「えっ?」
明に合わせて、僕も足を止める。すると彼は、Tシャツ姿の僕の体を、まじまじと見つめ口を開いた。
「なんかお前、別人みたいに逞しくなったな。人の体って、短期間でここまで変わるのか……」
「いや、あれから筋トレが趣味になっちゃってさ。それに、明に比べりゃまだまだ甘いよ。とりあえず、今はベンチプレスで百キロを挙げるのが目標なのだ。うおお!」
おどけた口調で言いながら、僕は腕を曲げ上腕二頭筋を盛り上げてみせた。ボディービルダーみたいな表情を作りながら……。
そんな姿を見て、明はプッと吹き出す。この男は、本当に明るくなった。
「ハハハ、それじゃ筋肉バカじゃねえかよ。ところで、鈴は元気そうで良かったな。密かに心配してたんだが──」
「違うんだ。あれは、僕たちの前だけなんだよ」
僕の言葉に、明の表情が堅くなる。
「んだと? どういう意味だ?」
「鈴は、外に一歩も出られないんだ。両親から聞いたんだけど、知らない人が近づくと、体が拒絶反応を起こすんだって。気分が悪くなったり、情緒不安定になって泣き出したり……ひどい時には、暴れ出したりするんだよ。外で、誰彼かまわず殴りかかって行ったこともあったらしい。カウンセリングすら受けられないんだ。僕ら以外の人間と接するのが怖いみたい。ねえ明、暇があったら、週に一度だけでも顔を出してあげようよ」
そう、鈴は未だにあの村の記憶から逃れられずにいるのだ。
僕たちが覗いてしまった深淵。その闇は、あまりにも深く恐ろしいものだった。鈴は、覗いてしまった闇の恐ろしさに今も怯えている。怯えながら、どうにか生きている状態なのだ。
にもかかわらず、僕たちを心配させまいと明るく気丈に振る舞う鈴。そんな彼女の姿は、見ていて辛いものを感じる……。
「そう言うお前は、大丈夫なのか?」
不意に、明が尋ねてきた。
「えっ、僕? 僕は大丈夫だよ」
「本当か? はっきり言うがな、鈴の反応は特殊なものじゃない。あんな戦場みたいな一夜を過ごして、大丈夫な訳はないんだ。なあ、強がらないで俺にだけは本当のことを言え。お前、本当に大丈夫なんだろうな?」
言いながら、明は僕の目を見つめた。
あの闘いの時と同じ、すべてを射抜くかのような強烈な視線を感じる。だが、その奥には暖かいものもある。僕は、思わず視線を外した。
「少なくとも、今のところは大丈夫だから。もし今後、何かあったら、真っ先に相談させてもらうよ」
下を向きながら、そう言った。しかし、明は視線を外さない。黙ったまま、じっと僕を見つめる。
だが……少し間を置き、口を開いた。
「わかった。だがな、もしも何かあったら……遠慮しないで言えよ」
明は、僕を本気で心配してくれているのだ。形容の出来ない熱いものが、僕の胸にこみ上げてきた。これまで生きてきた十六年の人生。初めて出来た友だちは、凶悪な犯罪者で、しかも人間凶器だった。
でも明は僕にとって、かけがえのない存在だ。
それから十日ほど経ったある日、僕はひとりで鈴の家に行った。
「また来たの? 暇だねえ翔は」
口ではそう言いながらも、鈴は嬉しそうな顔で迎えてくれる。
「そういえば、明って普段は何してんの?」
鈴の問いに、僕は笑みを浮かべて答える。
「うーん、あれでも一応は高校生だからね。学校行ったり純さんとイチャイチャしたりで忙しいんだよ。今日はアメリカに行ってるらしいけど」
「えっ? アメリカ?」
「そう、アメリカさ。向こうの刑務所に入ってる、親父さんの面会に行ったんだよ」
「親父さんって、あの殺人犯の?」
鈴は目を丸くする。まあ、当然だろう。僕も、聞かされた時は唖然となってしまった。
「そうだよ。逮捕されてから、初めて面会するんだって」
明は乾いたスポンジが水を吸収するように、教わったこと全てを次々と吸収していく。純は明の飲み込みの早さに驚き、喜んでくれた。
「明! あんた凄いね! 頭いいよあんた!」
そう言って、子供のように無邪気にはしゃぐ。そんな彼女の顔を見ると、明も幸せな気分になれた。
明は、さらに学習を続け様々なことを覚えていった。自身のためではない。純の喜ぶ顔が見たい、そのために。
ある日、明は迷いながらも純に打ち明けた。父が殺人鬼であることと、自らの過去を……その告白により、縁を切られるかもしれないことは覚悟の上だった。これ以上、彼女に嘘をつきたくなかったのだ。
話を聞き終えた純は、真剣な表情で彼を見つめる。
「あんたは悪くない。悪いのは、あんたの父親だよ。明は、明だよ。あたしの大事な……これから、正しく真っ当に生きればいいの。もう二度と、悪い事しちゃ駄目だよ」
そう言いながら、明を優しく抱きしめてくれた。
明は嬉しかった。だが同時に、それまで感じたことのない想いが湧き上がってくる。
その日以来、叔母の純を女性として意識するようになってしまった。
純は美しかった。同時に、可愛らしくもある女性だった。明より年上だが、楽しいことがあると豊かな表情ではしゃぎ、子供のようにちょっかいを出してきたり……かと思うと、ドキッとするような悩ましい仕草を見せることもある。そんな彼女が、今ではひどく眩しく見えた。
初めは、その気持ちを必死で押し殺していた。しかし我慢できなくなった明は、自らの思いを純にぶつける。
「俺、あんたのことが好きだ」
「な、何を言ってるの……駄目だよ明……」
頬を紅潮させ、うつむく純。だが、明は止まらなかった。手を伸ばし、強引に純を抱き寄せる。
「俺は、叔母さんが好きだ。本気なんだよ。好きで好きで仕方ないんだ。もし迷惑なら、俺はこの家を出る。二度と叔母さんの前には姿を現さないから……」
明のその言葉に、純は表情を歪める。顔を逸らし、呟くように言った。
「待って……明、聞いて欲しいことがあるの」
そして純は、明の母である美樹の過去を語り始めた。
美樹が覚醒剤を始めた理由、それは義理の父親・耕作からの暴力だった。明にとっては、祖父にあたる人物である。
耕作は厳しい性格であり、もともと美樹とペドロの付き合いには反対していたのだ。しかも美樹が日本に逃げ帰って来てからは、性的虐待まで受けるようになっていたのだ。いくら血の繋がりがないとはいえ、これはあってはならないことだ。鬼畜の所業である。
しかし母は、それを見てみぬ振りをしていたのだ。もし警察に言えば、身内の恥を晒すことにもなる。母は、義理の娘の受けた傷よりも家族の名誉を優先したのだ。
家族の中で、唯一まともな心を持っていた純は、この狂った状況に耐えられなくなった。やがて、家を出て行く決意をする。
美樹のことも誘った。だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「あたしが、あいつの……お父さんの言うこと聞かないと、お母さんが酷い目に遭わされるから……」
そう言って、やつれた顔で笑った。この時には、もう普通の思考が出来なくなっていたのだ。
純は迷ったが、結局は僅かな荷物をまとめてひとりで逃げ出した。これ以上、狂った家には居たくなかったのだ。
しかし、それから一年も経たないうちに惨劇が起きる。純は、天涯孤独の身になってしまった。しかも、結果的に姉を見捨ててしまったのた──
そんな彼女にとって、明は残された唯一の家族だった。
「もし、あたしがあの時に姉さんを無理やりにでも連れて行けば、あんなことにはならなかったかも知れない。あたしは姉さんを……あんたの母さんを助けられなかった。だから、あんたのことは絶対にちゃんとした大人にする。それまでは、あたしが面倒みるから……でないと、姉さんに申し訳ないよ」
そういうと、純は明の腕から離れる。明は、それ以上何も出来なかった。
語り終えた純の表情が、あまりにも痛々しかったからだ。
「今日のことは聞かなかった事にするから。あんたにも、いつか相応しい人が現れるよ」
そう言うと、純は微笑んだ。だが、その笑顔は無理やり作ったものであるのは明白だった。
以来、純との関係はぎごちないものになっていた。会話も、ほとんどない。二人でいる時の空気は、重苦しいものだった。
明は、家に寄り付かなくなる。虚ろな空虚感が、彼を支配していた。ろくでもない家族の中に生を受け、希望もなく友もなく居場所もない。いつしか明は、メキシコに居た時を懐かしむようになっていた。殺し合っている時は、余計なことを考え悩まずに済むから──
しかし、バスの事故が二人を変えた。
・・・
「あの後、家に帰ったら叔母さんに言われたんだ。俺のことを、男として意識してたって。俺が事故に遭ったって聞いた時、もし生きて戻ってきてくれたら気持ちに応えてあげよう……神さまに、そう祈ったってたんだって」
明はそこまで話すと、急に顔をしかめる。しどろもどろになりながらも、再び語り出した。
「で、俺は……その……純、いや……叔母さんと──」
「ちょっとさあ、そういうのやめようよ。深刻な顔してるから、何かと思ったよ。ただのノロケじゃないか。これからラブラブぶりを聞かそうってのかい」
そう言いながら、僕は明の胸を軽くド突く。
「えっ……」
明は僕の対応に、キョトンとしている。その表情が可笑しくて、僕はプッと吹き出してしまった。
さらに、鈴も立ち上がり明を睨む。
「叔母さんに手を出すなんて……この不良少年」
そう言った次の瞬間、鈴は笑いながら明の頭をはたいた。
「ノロケてんじゃないわよ、全くもう」
「お、お前ら……」
唖然した表情になる明。僕と鈴の顔を、交互に見ている。
「今までやってきたことに比べれば、大したことないじゃん。明は純さんが好きで、純さんも明が好きなんでしょ? 血は繋がってないんだし、問題ないじゃない」
言いながら、僕は微笑んで見せた。鈴もニコニコしている。
世間一般の常識に照らすなら、明と純さんの関係は忌むべきものなのかもしれない。だが、人殺しまでしてきた僕たちに、今さらタブーなどあるだろうか。二人の関係が、むしろ微笑ましかった。
戦場にも等しい街で、怪物として育てられた最凶の男・工藤明。そんな男が、この日本で幸せを掴もうとしている。その事実が、僕は心の底から嬉しかった。
そして最凶の男は今、僕たちの前で照れている。頬を真っ赤に染めながら……。
鈴の家からの帰り道、僕と明は並んで歩いていた。
「それにしても、お前は本当に変わったよな」
不意に明は足を止め、僕にそう言った。
「えっ?」
明に合わせて、僕も足を止める。すると彼は、Tシャツ姿の僕の体を、まじまじと見つめ口を開いた。
「なんかお前、別人みたいに逞しくなったな。人の体って、短期間でここまで変わるのか……」
「いや、あれから筋トレが趣味になっちゃってさ。それに、明に比べりゃまだまだ甘いよ。とりあえず、今はベンチプレスで百キロを挙げるのが目標なのだ。うおお!」
おどけた口調で言いながら、僕は腕を曲げ上腕二頭筋を盛り上げてみせた。ボディービルダーみたいな表情を作りながら……。
そんな姿を見て、明はプッと吹き出す。この男は、本当に明るくなった。
「ハハハ、それじゃ筋肉バカじゃねえかよ。ところで、鈴は元気そうで良かったな。密かに心配してたんだが──」
「違うんだ。あれは、僕たちの前だけなんだよ」
僕の言葉に、明の表情が堅くなる。
「んだと? どういう意味だ?」
「鈴は、外に一歩も出られないんだ。両親から聞いたんだけど、知らない人が近づくと、体が拒絶反応を起こすんだって。気分が悪くなったり、情緒不安定になって泣き出したり……ひどい時には、暴れ出したりするんだよ。外で、誰彼かまわず殴りかかって行ったこともあったらしい。カウンセリングすら受けられないんだ。僕ら以外の人間と接するのが怖いみたい。ねえ明、暇があったら、週に一度だけでも顔を出してあげようよ」
そう、鈴は未だにあの村の記憶から逃れられずにいるのだ。
僕たちが覗いてしまった深淵。その闇は、あまりにも深く恐ろしいものだった。鈴は、覗いてしまった闇の恐ろしさに今も怯えている。怯えながら、どうにか生きている状態なのだ。
にもかかわらず、僕たちを心配させまいと明るく気丈に振る舞う鈴。そんな彼女の姿は、見ていて辛いものを感じる……。
「そう言うお前は、大丈夫なのか?」
不意に、明が尋ねてきた。
「えっ、僕? 僕は大丈夫だよ」
「本当か? はっきり言うがな、鈴の反応は特殊なものじゃない。あんな戦場みたいな一夜を過ごして、大丈夫な訳はないんだ。なあ、強がらないで俺にだけは本当のことを言え。お前、本当に大丈夫なんだろうな?」
言いながら、明は僕の目を見つめた。
あの闘いの時と同じ、すべてを射抜くかのような強烈な視線を感じる。だが、その奥には暖かいものもある。僕は、思わず視線を外した。
「少なくとも、今のところは大丈夫だから。もし今後、何かあったら、真っ先に相談させてもらうよ」
下を向きながら、そう言った。しかし、明は視線を外さない。黙ったまま、じっと僕を見つめる。
だが……少し間を置き、口を開いた。
「わかった。だがな、もしも何かあったら……遠慮しないで言えよ」
明は、僕を本気で心配してくれているのだ。形容の出来ない熱いものが、僕の胸にこみ上げてきた。これまで生きてきた十六年の人生。初めて出来た友だちは、凶悪な犯罪者で、しかも人間凶器だった。
でも明は僕にとって、かけがえのない存在だ。
それから十日ほど経ったある日、僕はひとりで鈴の家に行った。
「また来たの? 暇だねえ翔は」
口ではそう言いながらも、鈴は嬉しそうな顔で迎えてくれる。
「そういえば、明って普段は何してんの?」
鈴の問いに、僕は笑みを浮かべて答える。
「うーん、あれでも一応は高校生だからね。学校行ったり純さんとイチャイチャしたりで忙しいんだよ。今日はアメリカに行ってるらしいけど」
「えっ? アメリカ?」
「そう、アメリカさ。向こうの刑務所に入ってる、親父さんの面会に行ったんだよ」
「親父さんって、あの殺人犯の?」
鈴は目を丸くする。まあ、当然だろう。僕も、聞かされた時は唖然となってしまった。
「そうだよ。逮捕されてから、初めて面会するんだって」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説


不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
シカガネ神社
家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。
それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。
その一夜の出来事。
恐怖の一夜の話を……。
※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!
傷心中の女性のホラーAI話
月歌(ツキウタ)
ホラー
傷心中の女性のホラー話を500文字以内で。AIが考える傷心とは。
☆月歌ってどんな人?こんな人↓↓☆
『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』が、アルファポリスの第9回BL小説大賞にて奨励賞を受賞(#^.^#)
その後、幸運な事に書籍化の話が進み、2023年3月13日に無事に刊行される運びとなりました。49歳で商業BL作家としてデビューさせていただく機会を得ました。
☆表紙絵、挿絵は全てAIイラスです
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる