阿修羅の道の十字路で

板倉恭司

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あの事故から

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 あの事故から、半年が過ぎた。
 修学旅行中のバス転落事故、さらに大規模な山火事。大勢の死者が出ており、未だに正確な人数はわかっていないという。
 そんな中、僕たちは奇跡の生存者として有名人になる。しばらくの間、家にはマスコミからの連絡が絶えなかった。
 だが、一ヶ月間マスコミを避けまくり取材を拒否し続けていたら……いつの間にか、僕たちの存在は忘れられていた。マスコミはもう、目もくれなくなっていたのである。彼らは、新しいターゲットを既に見つけていた。それに伴い、世間からも忘れられていた。今はもう、石原高校バス転落事故について語る者などいない。
 だが、僕たち三人の記憶から、事件の記憶が消えることはないだろう。

 ・・・

 あの日、僕たちは廃村から脱出した──

「さて、グズグズしてる暇はない。もうじき夜が明ける。きれいに掃除しないとな」

 そう言うと、明は村の中に灯油を撒き始めたのだ。僕たちは、ただただポカンとするばかりだった。

「えっ、掃除?」

 首を傾げ、鈴が聞き返す。

「ああ、掃除だ。これだけ殺してれば、正当防衛です、なんて言ったって通らない。薔薇十字団なんて言ったって、警察は信じてくれないよ。俺たちは、殺人犯として逮捕されることになる。それも、史上まれに見る大量殺人犯の高校生トリオとしてな。だから、山火事を起こして、事件そのものを無かった事にするしかないんだよ」

 吐き捨てるように言うと、明はありったけの灯油を撒いていく。
 それに倣い、僕と鈴も村のあちこちに灯油を撒いていった。体の疲労は限界に近かったが、そんな話を聞かされては、手伝わないわけにはいかなかった。
 あんな連中を殺した挙げ句、殺人罪に問われるのはごめんだ。


 
 村に残っていた灯油をほとんど撒き終えると、明は周りを見回した。

「まあ、これだけ撒けば大丈夫だろう。じゃあ、火をつけるぞ。お前ら、気を付けろよ。ここまで来て、自分のつけた火で焼け死んだなんて、シャレにならねえからな」

 そう言うと、明は残った灯油の容器を下に向けた。少しずつ地面にこぼしながら、村から遠ざかっていく。僕と鈴も、彼の後に付いて行った。何をしているのか、いちいち聞いたりはしない。明は、無意味なことはしない男である。彼に任せておけば安心だ。
 やがて、灯油がなくなった。すると明は、地面にこぼれた灯油に火をつける。火は、灯油で作られた導火線を伝い、村へと向かっていった。
 数秒後、村が一気に燃え上がる。何もかも、炎に包まれていった。
 全てが燃えていく。上条も、大場も、芳賀も、そして殺人鬼たちも。炎に呑み込まれ、やがて灰となり土に帰っていく。
 だが、僕たちの忌まわしい記憶が消えることはない。



 いつの間にか、周りは明るくなっている。
 朝日が射す中、僕たちは炎に包まれる村を後にした。奴らの乗ってきた車で、険しい山道を降りていったのだ。その車を運転しているのは、もちろん明である。

「あんた、免許持ってたんだね。知らなかった……ん? ねえ、あんた本当に免許持ってるの?」

 鈴が訝しげな表情で尋ねた。

「免許? んなもん持ってないよ。でも、運転は十二歳の時からやってる。だから問題はない。上手いもんだろ」

 すました表情で、明は答える。すると、鈴は呆れたような表情になった。

「じゃあ、無免許運転じゃない。この不良少年」

 その言葉に、僕は思わず笑ってしまった。

 不良少年、だって?
 明は、そんなレベルじゃないよ……。

 くすくす笑う僕を見て、鈴も笑い出した。己の言葉のおかしさにきづいたのだろう。
 明も、笑みを浮かべていた。



 山道の途中で車を乗り捨て、僕たちは山の中を歩いて行った。
 様々な音が聞こえている。ヘリコプターの飛ぶ音や、救急車や消防車のけたたましいサイレンや、捜索隊の喚いているような声だ。さらに、マスコミ関係者のカメラのシャッター音なども聞こえている。
 そんな中、僕たち三人は山道を降って行った。捜索隊らしき人が僕たちに気付き、ギョッとした様子で近づいて来る。

「き、君たちは……」

 次の瞬間、その人は叫んだ。

「おーい、いたぞ! 生き残った生徒がいた!」

 次の瞬間、僕たち三人は大勢の人間に取り囲まれた──

 僕たちは、様々なことを聞かれた。しかし、その質問すべてに知らぬ存ぜぬで通した。

「事故に遭い、山の中を三人でさ迷っている間に、気がついてみたら夜が明けていて、しかも山が燃えていました。だから慌てて、元いた場所に戻ろうとしてたんです。申し訳ないですが、みんな疲れてますので……これ以上は勘弁してください」

 そんな意味のことを、すました顔でみんなに説明する明。この状況でも、全く臆する様子がない。改めて、明という人間の凄さを知った。
 一方、僕と鈴は喋る気力すら無い。ただただ、早く家に帰りたかった。帰って暖かい布団で眠りたい、暖かいものを食べたい、そんな思いに支配されていたのだ。
 だが疲労困憊している僕たちに向かい、マイクを向けて質問する人たちが大勢いた。カメラを持って、写真を撮る人もいる。
 僕たちは全て無視した。しかし、彼らの投げかけてくる言葉は止まらない。

「君たち、何か一言!」

「ちょっと君たち、こっち向いて!」

 口々に質問してくる人々。そんな人混みを強靭な腕力で掻き分け、冷静な表情で進んで行く明。その後を、僕たち二人はどうにか付いて行った。だが、途中で我慢できなくなったらしい。鈴が足を止め、きっとした表情でマスコミを睨みつけた。

「あんたたち、そんなに楽しいのか! 人が死んだんだよ! ここで、大勢の人が死んだんだ! 昨日まで、みんな普通に生きてたのに……」

 叫んだ直後、鈴は泣き崩れた。すると、彼女の周りにマスコミが群がる。泣いている鈴の映像を録り始めた。
 その光景は、かつてテレビて見た獲物に群がるピラニアのようだった。僕は残った力を振り絞り、鈴を抱き抱え進んでいく。出来ることなら、全員殺してやりたい……という衝動を感じた。
 だが、そんなことをするわけにはいかなかった。明と共に、その場をどうにか脱出する。



 あの場所で、ひとつ忘れられない光景がある。明が、叔母の純さんと再会した時のことだ。
 純さんは明の姿を確認した時、その整った顔をくしゃくしゃに歪めた。
 次の瞬間、わき目もふらずに走ってきた。そして、明に抱きついたのだ。彼の胸に顔をうずめ、人目もはばからず泣いていた
 明は明で、戸惑うような表情を浮かべていた。

 ・・・

 テレビのニュース番組やネットなどで調べた情報によれば、死者は四十人以上出たとのことだ。それも、判明しているだけで……である。バスの事故、さらに山中の廃村で遊んでいたと思われる人々による火の不始末が原因の山火事。しばらくの間、そのニュースはメディアを席巻することとなった。
 しかし、僕たちのやったことは誰も知らない。後のニュースで知ったのだが、あの坂本もまた、火事に巻き込まれて死んだらしい。

 その後……僕と明と鈴は三人で話し合い、あの廃村で起きた出来事については口をつぐんでいることにした。悪い夢だったと思って、忘れることにしたのだ。
 もっとも、絶対に忘れることなど出来ないのは分かっていたが。



 それから、みんなの人生はまるっきり変わってしまった。
 僕と明と鈴は、石原高校をしばらく休学することになった。だが……鈴は、そのまま学校を退学してしまったのだ。家に閉じこもり、一歩も外に出ようとはしなくなってしまった。
 一方、僕はというと……家に帰った翌日は、何もせずに過ごした。なんだか、長い夢でも見ていたかのように。
 次の日になると、なぜか体が疼いた。我慢できず町内を走り、公園の鉄棒で懸垂をやった。とにかく、体を動かしたくて仕方なかったのだ。端から見ると、完全なる不審人物だったろう。
 しかし、僕の裡で目覚めた何かは、その程度では収まらなかった。動け、動けと急き立ててくる。翌日からは、近所にある市営の体育館にあるトレーニング施設で、ウェイトトレーニングを始めた。取り憑かれたかのように、バーベルやダンベルを挙げ続ける。
 こんな運動など、今までは全く興味がなかった。にもかかわらず、体の中で生まれた何かは、僕を執拗に駆り立てる。
 トレーニング中、思い浮かべていたのは明の肉体だった。あんな風になりたい……その想いが、僕をさらなるハードなトレーニングへと駆り立てた。
 それだけでは飽き足らずに、総合格闘技のジムにまで通い始めた。サンドバッグを叩き、キックミットを蹴る。さらには、プロの格闘家とスパーリングをこなしたりもした。始めは全く相手にならなかったが、三ヶ月もすると、多少は闘えるようになってきた。
 プロ格闘家でもあるトレーナーは、感心したような表情で僕に言った。

「君は凄いよ。才能がある。プロを目指してみないかい?」

 恐らくは、お世辞も混じっているのだろう。それでも嬉しかった。人から褒められることなど、これまでの人生でほとんど無かったのだから。
 もっとも、僕はそんな言葉で調子に乗ったりはしない。そのトレーナーなんかよりも、遥かに強い男を間近で見ている。その男に比べれば、僕など雑魚キャラでしかない。
 そう、明に比べれば……まだまだ鍛練が足りない。



 そんなある日、僕と明は鈴の部屋に集まっていた。
 三人揃うのは、本当に久しぶりだ。今までは、マスコミに追いかけ回されていたせいもあり、なかなか会うことが出来なかった。また、なるべく連絡をとらないようにもしていたのだ。
 明は、鈴と同じく石原高校を辞めている。だが、高校生は辞めてはいなかった。休学中の僕とは違い、別の高校の編入試験に合格し、九月から通っているのだ。

猪瀬イノセ高校だって? 聞いたこともないな。どんな学校なの?」

 僕が言うと、明は苦笑した。

「ま、俺の学力でも入れるんだ。バカな所に決まってるだろう。いや、俺も今さら高校なんか行きたくないんだけど、純……あ、いや叔母さんがうるさくてさ」

 微妙な表情で、明は答える。

「純さんがうるさいの? あの人、優しそうじゃん。それに綺麗だし」

 鈴の言葉に、明は黙りこんだ。ためらうような素振りをしたが、ややあって口を開く。

「実は、お前らに聞いてほしいことがある」



 
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