阿修羅の道の十字路で

板倉恭司

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てめえら

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「てめえら、そこで止まれ! でないと撃つぞ!」

 拳銃を構えながら、坂本は喚いた。
 僕は動きを止めた。明も鈴も、その場に立ち止まっている。

「このガキどもがぁ! こっちはな、てめえらを殺さずにいてやったんだよ。ったく、関係ねえ事に首を突っ込んできやがってよぉ! 頭に来たぞ! ここで全員、ぶっ殺してもいいんだぜ!」

 口汚く罵ると同時に、坂本は銃口を空に向けた。直後、銃声が響き渡る。生まれて初めて聞く、本物の銃声だ。
 その時だった。

「いい加減にしろ」

 僕の口から、そんな言葉が洩れていた。

「な、何だと……」

 坂本は怯えたような声を出し、僕へと銃口を向ける。
 だが、僕は歩き始めた。坂本に向かい、真っ直ぐに──



 この時、怖くなかった訳ではない。むしろ、その逆だ。とても怖かったのだ。
 しかし、僕の裡にあったのは恐怖だけではない。怒り、哀しみ、プライド……形容のできない様々なものが入り混じった、不思議な感情に支配されて歩いていた。
 この時、確かに感じていた。凄まじいまでの恐怖と、相反するかのような恍惚感を。
 全身の血が沸き立つような、異様な感覚を。
 自らの今までの人生と、自分が変貌していく瞬間を。

 もし、こいつに撃たれたなら、僕は確実に死ぬ。
 でも、明と鈴が仇を討ってくれるだろう。
 だが万が一にも、今の状況を生き延びたなら、その時は──

 ・・・

 明は、翔の行動に度肝を抜かれていた。
 本物の拳銃を構えている坂本に向かい、翔は平然と歩いていく。まるで、撃ってみろとでも言わんばかりだ。
 今の翔は感情が高まり、完全に常軌を逸しているようだ。何としてでも止めなくては……。
 一方の坂本は、目の前の少年の尋常ではない雰囲気に呑まれている。動くことすら出来ない。思った通り、この男は素人だ。少なくとも、本気の殺し合いはしたことがない。
 坂本は、基本的に町のチンピラと同レベルなのだ。これまでにも、人を殺したことはあるだろう。だが、それは抵抗できない弱者をいたぶるチンピラと同レベルの行為なのだ。そこには、勇気や闘志や覚悟といった要素が介在する必要がない。例えて言うなら、ゲームで雑魚キャラを殺すのと代わりないのだ。
 だが翔は違う。彼は一晩のうちに、殺るか殺られるかの修羅場を幾つも潜ってきたのだ。そこらへんのヤクザなど、比較にならないほど人を殺してきた。そんな少年と殺し合いで勝てる者など、そうそういないであろう。生きるか死ぬかの戦いにおいてもっとも重要なのは、殺される覚悟と殺す決意である。これは、素手で瓦を割ったり、リング上で殴り合ったりすることとは別次元なのだ。
 しかも今の翔は、狂気と紙一重の状態にある。刺し違えてでも坂本を殺す、という決意が彼を突き動かしているのだ。
 こと精神面においては、最初から勝負にすらならない。死ぬ覚悟と殺す決意、その両方が出来ている者とは、まともに向き合うことすら坂本には不可能であろう。
 だが、このままでは翔が死ぬ可能性は高い。彼をむざむざ死なせる訳にはいかないのだ。明にとって、翔は初めて出来た親友なのだから──
 また、坂本を殺させる訳にもいかない。あの男には、まだ使い道がある。明はじりじりと間合いを詰めていく。坂本に悟られないよう、少しずつ動いた。

「てめえ! それ以上近づいたら撃つぞ!」

 声を震わせながら、坂本が叫んだ。しかし、翔には怯む様子がない。サバイバルナイフを片手に握り、真っ直ぐ近づいて行く。
 すると、坂本の表情が歪んだ。体の震えが、さらに激しくなる。
 まずい。坂本は撃つ気だ。翔の存在が、坂本の頭を混乱させている。殺意よりむしろ、恐怖心から引き金を引こうとしている──
 その瞬間、明は一気に飛びついて行った。

 ・・・

 僕の目の前に、明が飛び出してきた。瞬きする間
に坂本の腕を押さえつけ、肘の関節を極める──
 叫び声の直後、銃声が響き渡る。だが、銃口は逸れていた。弾丸は、地面に当たり土をえぐる。坂本はといえば、顔を歪め拳銃を落とした。
 直後、明は地面に落ちた拳銃を蹴り飛ばす。と同時に、坂本の体を地面に叩きつけた。
 後方に倒れた坂本の喉を、明は片手で掴む。思いきり絞め上げた。
 坂本は苦しそうにもがく。両手に力を入れ、何とか外そうとじたばたしているのが見えた。だが、明の手は機械仕掛けなのではないかと思うほど強いのだ。一度、絞められたことのある僕にはよく分かる。坂本ごときに、外せるわけがない。
 坂本の顔は、みるみるうちに紫色に変化していく。その時、明は手を離した。
 崩れ落ちる坂本。呼吸が乱れ、動くことすら出来ない。
 すると明は、今度は坂本の左手首を掴む。アームロックという関節技をかけた──
 次の瞬間、坂本の左肩の関節が外れた。坂本の口から、凄まじい悲鳴があがる。
 そんな坂本を、明は冷たい表情でじっと見下ろしていた。この行動は、明なりの計算によるものだ。関節を外し動きに制限を与えると同時に、相手の心をも壊していく。心と体の両方を壊された人間は、逆らうことはもちろん、ごまかすことも出来なくなる。こちらの意のままに動く人形と化すのだ。
 次の瞬間、坂本は泣きながら、額を地面に擦り付ける。

「お願いです! 許してください! 何でもします! 私には妻も子供もいるんです! 命を助けてくれたら、何でもします!」

 言いながら、尻のポケットに手を伸ばす。
 その瞬間、明が動いた。まだ動く右腕を押さえつける。

「うあああ! やめてくれ! 財布、財布だよ! 財布があるんだ!」

 坂本が、涙と鼻水をたらしながら訴える。明は手を伸ばし、坂本の尻のポケットから、黒革の財布を抜き取った。かなり分厚いように見える。明はその財布を、僕たちに放ってよこす。
 直後、坂本に冷酷な視線を向けた。

「だったら、お前らの活動内容とメンバー、その他もろもろの情報を洗いざらい吐いちまえ。そうしたら、お前のことは殺さない。運が良ければ、命は助助かるだろうよ」

 ・・・

 薔薇十字団……それが、このサークルの名前だという。
 発端は、二十年ほど前のことだった。物好きな学生がヨーロッパを旅行していた時に、偶然にも本物のスナッフフィルムを手に入れたことが始まりである。
 初めは、よくできた偽物くらいにしか思っていなかった。本物の殺人の場面を映したものだとは、露ほども思っていなかった。
 もっとも、妙にリアルな映像は心に強く残っていた。学生は、そのフィルムを荷物の中に入れたまま帰国する。



 帰国してしばらくたったある日、偶然に夜のニュース番組を観ていた時のことだ。番組内にて、海外のニュースを伝えるコーナーがあった。その中で、凶悪な連続殺人鬼が逮捕されました……というアナウンサーのセリフともに、ひとりの男が映し出される。数十人を殺害した猟奇的事件の犯人として、だ。
 犯人は、どこにでもいそうな欧米人の中年男性だが……驚くべきことに、例のフィルムに登場していた男だった。
 しかも、フィルムの中で被害者……の役を演じたはずの女も映っていたのだ。大量殺人事件の被害者のひとりとして。
 学生は驚き、心踊らせた。この映像の存在を知っているのは、日本ではただひとり……自分だけだ。さっそく口が固く信用できる人間だけを集めて、試写会を開いた。
 見た者すべてを黙らせる映像が、そこにはあった。

 やがて学生は、見ているだけでは物足りないと思うようになる。さらに、こうした殺人のフィルムが裏の世界では高値で取り引きされている事実も知った。
 学生は考える。自らに芽生えた殺人への欲望を満足させ、同時に大金を得られる手段を。やがて彼は、初めて自らの手で人を殺す。結果、命を奪う歪んだ快楽を知ってしまった。
 大学を卒業した彼は、薔薇十字団を結成する。似たような嗜好の持ち主たちを、会員として集めていった。名前の由来は、昔読んだ推理小説に登場した怪しげな秘密結社である。だが逆に、そのふざけた感じのネーミングが、入団する者から罪悪感を薄めていた。
 薔薇十字団の活動内容はというと、言うまでもなく人殺しだ。

 初めは、ホームレスをさらい殺していた。しかし客からの要望は、若い娘を「主役」に据えた物の方が圧倒的に多い。しかも、そちらの方が値段も高くなる。そのため、自然と家出した娘などがターゲットになっていったのだ。
 彼らは若い娘たちを誘拐し、しばらく監禁しておいて殺す。それも、ただ殺すのではない。
 殺すまでにさんざんに痛めつけ、その過程で生じる恐怖の表情と死に逝く様子を、映像として残すのだ。
 その殺し方も、実にバリエーションに富んでいる。刺殺、撲殺、絞殺、焼殺、薬殺、銃殺、爆殺などなど……。
 それらを映像作品として創り、裏の世界にて次々と発表した。
 一般の人が観れば、確実に胸が悪くなるであろう映像。しかし通常の快楽に飽き果てていた者たちの間では、ひそかに話題となっていったのだ。
 彼らの創り出した映像は高く売れ……薔薇十字団は、日本の裏社会の中で一気に注目される存在になった。やがて、広域指定暴力団の士想会と手を組む。いざという時、ヤクザが背後バックにいてくれるのは大きい。
 そんな中、薔薇十字団の一員である坂本は、さらなる思いつきをした。死体に細工を施し、芸術作品として創り、会員及び会に協力してくださる皆様方に観賞してもらってはどうだろう……と。
 その思いつきを実行するため、選ばれたのが今いる廃村だった。

 ・・・

「ずいぶんと悪趣味なんだな、あんたらは。まさか日本にも、あんたらみたいなアホな集団がいるとは思わなかったぜ」

 全てを語り終えた坂本に向かい、明が呟くように言った。
 それは、僕も同感だった。しかし、その趣味の悪さが僕たちの命を救ったとも言える。もし連中が最初から本気で来ていたら、明はともかく、僕と鈴はすぐに殺されていたはずだ。
 奴らは殺しには慣れていても、闘いには慣れていなかった。いや、闘った事すらない者がほとんどだったのだ。

「翔、あんたのナイフ貸してよ。こいつは、ぶっ殺してやる」

 声を震わせながら言ったのは鈴だった。彼女は坂本に近づき、顔面を蹴りあげた──
 坂本は、血と折れた歯を吹き出しながら、後ろ向きに倒れる。
 今の鈴は、それで気が収まるような状態ではない。倒れた坂本に、なおも近づいて行く。だが、明が彼女を制した。

「鈴、やめとけ。こいつはもう終わりだ。お前が手を汚す価値もない奴だよ」

 明の言葉を聞き、鈴は止まった。それでも体を震わせながら、じっと坂本を睨みつけている。自らの内に蠢く凶暴さを、全身全霊で押さえ込んでいる……僕には、そんなふうに見えた。
 一方、明は坂本の方を向いた。

「あんたには、まだやってもらうことがある。薔薇十字団の全メンバーの名前と住所、電話番号など……知ってることは全部話してもらうぞ。携帯電話も置いていけ」



 坂本の話によれば、ここにはもうひとりのメンバーも残っていないらしい。僕たちが皆殺しにしてしまったのだ。
 意外なことに、明は坂本との約束を守った。全てを聞き出した後、明は坂本の右足首の関節を破壊した。
 その後は山の中に引きずって行き、その場に放り出す。

「俺は、お前らとは違う。約束通り、命だけは助けてやる。この状態で、お前に運が味方すれば助かるだろう……後は根性次第だ。片手と片足を使い、自力で下山しろ。ただし、俺たちのことは捜すな。もし、また俺たちにちょっかい出してきたら……お前の家族を捜し出し、目の前で生きたまま両手両足をぶった切ってやる。忘れるなよ」

 そう言い残し、山の中に放置した。
 最後に僕が振り返った時……坂本はこちらを見ながら懇願していた。助けてくれ、と。あの上条も最後に見た時には、同じことを言っていたような気がする。
 ふと、因果応報という言葉を思い出した。



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