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チャック、街を離れる決意をする

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 安宿の一室で、チャックは荷物をまとめていた。
 昨日、冒険者たちから聞いた話は衝撃的なものだった。北の方のアルラト山に、ライカンが出たらしいのだ。噂は既に広まり、山を支配しているロクスリー伯爵も、近いうちに捜索に乗り出す……と言っていたらしい。
 あくまでも噂である。だが、昨日の冒険者たちは本気だった。ロクスリー伯爵のもとに行って話をつけ、ライカンを狩るための許可をもらうつもりだ……と言っていたのだ。
 チャックは、ヘラヘラ笑いながら冒険者たちの話を聞いていた。その後、すぐに寝ぐらにしている安宿に戻り考えてみる。噂のライカンとは、ウォリックのことではないのだろうか。
 同じライカンであるウォリックに会ったのは、三日ほど前である。城塞都市バーレンの北の方にある集落の跡地にいた時、ウォリックに出会い因縁を付けられた。その時は、何とかなだめすかして事無きを得た。
 チャックはわかっている。奴ならば、人間を殺すのに何のためらいもないだろう。何せ、同じライカンである自分のことですら殺そうとしたくらいなのだ。ライカンの中でも、ひときわ血の気の多い男である。
 その時、頭に閃くものがあった。ウォリックは、北の方で街道が通行止めになっていると聞いて、心底から不快そうな様子だったのを思い出したのだ。
 あの男は、北の方に何か用があったのではないか? ライカンの長老の命を受け、北のアルラト山に向かっていた。しかし、その途中で何らかのトラブルに巻き込まれ、変身して戦う羽目になった。
 その姿を、誰かに見られてしまったのかもしれない。

 いずれにせよ、同じライカンであるウォリックに危機が迫っている……可能性がある。ならば、さすがに見過ごせない。奴が生け捕りにされたら、チャックにまで害が及ぶかもしれない。
 あの冒険者たちがこのバーレンにいる間に、ウォリックを探し出して忠告しなくてはならない。
 もっとも、自分の忠告を聞いてくれるほど、ウォリックは賢い男ではないのだが……。
 


 チャックは、僅かな荷物をまとめて背中に背負う。もともと大した量ではないので、背負うのは苦にならない。その後、金を払い安宿を後にする。ひょっとしたら、この街にはもう戻って来られないかもしれない。
 ため息をつき、歩き出す。改めて、人とライカンとの間に存在する境界線について考える。ウォリックは言っていた……どちらが本当の支配者か分からせてやらなくてはならない、と。だが、ライカンがどれだけ強かろうと、人間の圧倒的な数と鉄製の強力な武器と魔法を背景にした力の前には歯が立たないのだ。
 チャックは、そのことをよく知っている。さらに、人間には異質な存在に対する根強い差別意識があることも……同じ人間同士ですら、肌の色や習慣や信仰の違いで殺し合うのだ。
 しかも、人間は他種族を亜人と呼んでいる。つまりは、他種族を人間の亜種と見なしているのだ。
 そんな傲慢な人間たちとライカンが、共存できるはずもない。今の彼には、そのことがよくわかっている。



 チャックは、ふと立ち止まった。旅立つ前に、寄っておきたい所があったのを思い出す。
 『黒猫停』だ。

「あ、あんたかい……昨日はありがとうね」

 女給は、チャックの顔を見ると優しく微笑む。初めて来た時の反応が嘘のようだ。彼は笑みを浮かべて頭を振った。

「いやいや、俺はなんにもしちゃいませんよ。あいつらが勝手に引き下がっただけです。それより、ちょいと旅に出なきゃならなくなっちゃいましたよ。行く前に豚の蒸し焼きを、と思いまして。ついでに、猫に挨拶も」

 すると、その言葉を聞いていたかのように、黒猫が姿を現した。のそのそ歩き、チャックの足に首を擦り寄せていく。

「ふっ……お前、本当に可愛いなあ」

 チャックは微笑み、黒猫の頭を撫でる。この黒猫とも、しばらく会うことは出来ないのだ。ひょっとしたら、もう二度と会えないかもしれない。

「プルートは、あんたのことを気に入ったみたいだねえ」

 女給の声がした。チャックが顔を上げると、女給が料理の乗った皿を運んで来る。

「へえ、プルートっていうんですか。お前は本当に可愛いなあ」

 チャックは微笑みながら、プルートの腹を撫で回した。黒猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら、彼の手を嘗める。ざらざらの舌に撫でられる感触がくすぐったい。チャックの気持ちを、猫なりに察しているのだろうか。

「ちなみに、あたしの名はジェシカ。知りたくないかもしんないけどね。あんた、名前は?」

「ほう、ジェシカさんですか。こりゃ嬉しいですね……あ、俺の名はチャックですよ」

 そう言うと、チャックは立ち上がった。そして貴族のように恭しく頭を下げる。
 すると、ジェシカは頭を軽くはたいた。

「何をやってんの。さっさと食べちゃいな。ところで、旅に出るのかい?」

「え、ええ……ちょっと厄介なことになってましてねえ。パパッと片付けて、すぐに戻って来ますから」




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