ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

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明日に向かって…… 陽一

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「じゃあ、上田春樹はマグロ船に乗せられたんですか。あいつにふさわしい幕切れですね。ま、命があるだけで儲けもん、ですかね」

 成宮亮はカップラーメンをすすりながら、そんな言葉を吐いた。しかし亮にとって、春樹はさほど興味をそそられる対象ではない。最大の興味の対象は、この一連の事件の全貌だった。

 亮は今、西村陽一が寝ぐらにしているアパートに来ていた。カップラーメンをすすりながら、陽一の話を聞いている。
 このアパートには、他の住人が誰も住んでいない。そのため、今回のような知られてはいけない話をするには、うってつけだ。

「いいや、あいつは死ぬ」

 陽一は静かに答える。すると、亮の手が止まった。

「えっ、どういうこと……ああ、生命保険かけて海の上で殺すんですか」

「それだけじゃ済まない。桑原は、臓器売買のブローカーに上田を売ったのさ。上田は生命保険をかけられ、海の上で死亡扱い。だが、実はフィリピンかどこかに連れて行かれ、内臓を全部抜き取られるって訳だよ」

 何の感情も交えず、淡々と語る。陽一もまた、春樹に関しては欠片ほどの憐れみも感じていない。あいつは愚かな男、それだけだった。キャバクラなんかに行かず、静かに生活していれば命だけは落とさずにすんだ。
 しかし、春樹はキャバクラに行き武勇伝を語るという、あまりにも愚かな習慣を捨て去れなかった。運に恵まれ生き延びたのに、あちこちのキャバクラに通い続けていたのだ。
 この業界にて今まで生きてこられたこと自体が、そもそも奇跡なのだろう。

「馬鹿な奴ですね。まあ、あんな奴はどうでもいいです。結局、この事件て何だったんですかね?」

 ふたたび麺をすすりながら、亮は尋ねた。陽一は苦笑する。

「これは、俺の推測がかなりの部分を占めてるよ」

 そう前置きすると、語り始めた。



 発端からして既に複雑だった。
 ラエム教の教祖である猪狩寛水の命を受け、邪魔者を始末していたのがルイスと呼ばれていた少年である。
 ある日、予想外の出来事があった。ルイスを乗せた車が事故に巻き込まれ、運転手は死亡しルイスも怪我を負った。
 そこに通りかかったのが、桑原徳馬とその子分たちである。桑原はルイスを助け出したが、その過程で様々なことを知り、ルイスを自らの借りているマンションの一室に軟禁した。猪狩寛水と、取り引きをするためである。
 ほぼ同じ頃、中村雄介と小林喜美子が殺された。

 さらに、鈴木良子と名乗る女が動き出したのもその頃だった。鈴木は夏目正義に、中村雄介を探すよう依頼する。かつて、自分の家庭を滅茶苦茶にした挙げ句に離婚にまで追い込んだ中村雄介を探しだし、そして殺すためだ。
 しかし、中村は見つからなかった。しかも、夏目は詳しい調査状況を話そうとしない。業を煮やした鈴木は、便利屋の坂本尚輝を雇い、かつて中村とコンビを組んでいた佐藤浩司を先に探し出すことにした。
 まずは佐藤を拷問して情報を聞き出し、その後に殺す。もちろん中村も殺す。鈴木は既に、復讐のみに生きる殺人鬼と化していた。

 無関係のはずの三人の運命は、ここから交わり始める。
 綾人の乗る自転車が、桑原の運転する車に偶然ぶつけられた。それを見ていた春樹が因縁をつけ、桑原に拉致される。
 春樹はマンションの一室で、鈴木が狙う佐藤とともにルイスの世話をすることとなった。
 その佐藤は春樹と共にコンビニに行き、道中で春樹を怒鳴りつけた。その怒鳴り声がきっかけとなり、尚輝は佐藤を発見する。
 尚輝は金につられて佐藤を拉致し、鈴木の元に連れて行った。その過程で、ルイスを逃がすという最大のトラブルを引き起こしたのだ。
 一方……何もかも失い、虚ろな状態でさ迷い歩いていた綾人。だが彼は、ルイスと出会った。



「後は、お前も知っての通りだ。綾人はルイスの世話をしていた。上田はラエム教の連中に保護され、ベラベラと嘘をついた。坂本は佐藤が殺されたのを知り、独自に動き出した。さらに劉たちが絡んできて……当事者の誰ひとりとして全てを把握していないまま、事件が終わったのさ」

 陽一は喋り終えると、水を一口飲んだ。亮はカップラーメンを食べ終わり、神妙な面持ちで話を聞いている。

「じゃあ、鈴木はどうなったんです?」

「知らないな。もう死んでるんじゃねえか」

 冷めた口調で答えた。そう、鈴木は既に死んでいる。陽一は夏目と共に、無人となった綾人の家を訪れた際……同じく綾人を見張っている鈴木を発見した。すぐに拉致し、とある場所に監禁した。
 そこで拷問して話を全部聞き出した後、彼女を殺して死体を焼却炉で焼いた。殺さなければ、あとあと非常に面倒なことになる。殺すしかなかった。
 だが、それは亮の知る必要のないことだ。

「てことは……綾人は拘置所、上田は地獄ですか。じゃ、坂本のおっさんはどうなったんです?」

「あいつは今、夏目さんの所で働いているよ」

「え? 何でまた?」

「俺が紹介したのさ。逮捕歴があったりすると、再就職は難しいからな。あいつもいい年齢だし、夏目さんのボディガード代わりになるだろ」

「陽一さん、いつからそんな親切になったんですか……」

 若干ひきつった顔で、そんなセリフを吐く亮。陽一は苦笑した。
 だが次の瞬間、たとえようのない寂しさを感じ顔を歪める。
 ルイスと殺し合う……ここ数日間、陽一の心の中を占めていたものはそれだった。本当に久しぶりに、心も体も熱くなっていたのだ。
 そのルイスは死に、全てが終わってしまった。

 俺は明日から、何をすればいいんだ?

 陽一は虚ろな表情で、天井を見上げた。だが、その顔に笑みが浮かぶ。

 いや、まだ終わっていない。
 あいつは、この先どう動くかな。

 
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