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悪人は静かに笑う 春樹
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どうしてこうなった?
上田春樹の今の心境はと言えば、その言葉をか誰彼かまわず吐きまくりたい気分だった。
発端は、本当に些細で取るに足りないことだった。自転車に乗った少年が、目の前で車に当てられた。自分が黙ったままその場を離れていれば、何事もなく済んでいたのだ。
なのに、自分は口を出してしまった。これは小遣いを稼ぐチャンスだと思い、運転手に因縁をつけた。
結果、こんな恐ろしい事件に巻き込まれている。
「あのルイスってガキはな、ラエム教お抱えの殺し屋だったんだよ」
リューの話によれば、ルイスの都市伝説のような生い立ちは、全てラエム教によって創られたものらしい。もともと戸籍も何もなく、捨てられた後に町をさ迷い歩いていたルイスを拾い上げたのが、現在のラエム教教祖である猪狩寛水だった。
当時の猪狩は、ルイスのずば抜けた身体能力と希薄な道徳心と戸籍のない点に目を付け、自らの手駒として育て上げたのだ。
その結果、ルイスは猪狩の邪魔者を殺すための暗殺者となり、次々と人を殺していった。時には命令により、死体の手首を切り取るなど異様な演出もしていた。
さらに猪狩は、ごく一部の信者にのみ、誰が死ぬ予定なのかを、予言という形で教えていた。
こうして猪狩は邪魔者を消すと同時に、自らの権力をも拡大させていった。
「しかし、ルイスは桑原徳馬に拉致されちまった。俺には、どうもわからねえんだよ。ルイスってのは本物の殺人マシーンなんだろ。なのに脱走もせず、なぜか大人しくしてた。上田、お前にわかるか?」
尋ねるリューに、春樹は頭をフル回転させ口を開く。自分に利用価値がないとなれば、すぐに殺されるのだ。
ならば……自分の利用価値をアピールでき、なおかつ辻褄の合う話を作らなくてはならない。
「ルイスは、人の好き嫌いが激しい奴でした。桑原も、いろんなタイプの人間をあてがったんです。結局、懐いたのは私だけでした。私がルイスの手綱を握り、いい子にさせてたんですよ」
「佐藤浩司は? 佐藤には懐いてなかったのか?」
「いえ、あんまり仲良くなかったですね。襲いかかりそうになることもありましたよ」
言いながら、顔をしかめて見せる。とにかく、今はこの方向で話を創っていくしかない。
「どういう訳だ? 何で佐藤には懐かず、お前には懐いてたんだろうな?」
呟くような口調で、リューは聞いてきた。何か矛盾点があれば、すかさず突いてくるだろう。春樹は困ったような表情を浮かべて見せた。
「それはですね……ルイスにしかわからない、好みみたいなものがあったんだと思います。ルイスは、あんたはつまらない、と佐藤に言ってましたが──」
「お前、ちょっと黙れ」
リューの冷たい声が、春樹の言葉を遮る。すぐに口を閉じた。次はリューのターンだ。奴の言葉を聞き、それに答える。矛盾のない話を頭の中で即座に組み立て、それを言葉に変える。春樹のように詐欺まがいの手口で人から金をふんだくる人間は、そうした能力には長けているのだ。
「どうも、お前の話はわからんな。だが、お前がルイスの世話をしていたのは事実だ。そこで、お前に頼みたいのは……ルイスの説得だ」
「えっ?」
想定外の流れに、春樹は口ごもった。このままルイスに関する話をし続け、隙があれば逃げる……そういうつもりでいたのだ。
まさか、ルイスの説得を頼まれるとは。
「ルイスの姿は、あちこちで目撃されてるんだよ。三日くらい前には、真幌駅近くの公園で四人を病院送りにしたらしい。全員、顎を砕かれたり声帯潰されたりで、半年以上は入院する羽目になったとさ」
「は、はあ」
「かと思うと、商店街でも目撃されている。妙なガキと一緒にいるところをな。お前、確かこう言ったな? 厳ついのと若い男のコンビがルイスを連れ去った、と……そうだったな?」
「え、ええ……」
神妙な顔つきで、春樹は答える。しかし内心では、チャンスの芽生えを感じ取っていた。今から外に出ることになりそうだ。そして、殺人鬼のルイスと接触する。となると、逃げ出すチャンスもある。
「そうか。どうやら、その若い方がルイスを連れ回してるらしいんだよ。で、俺たちは猪狩寛水から依頼を受けてるんだ。ルイスを無傷で連れ戻せ、と」
「無傷で、ですか……」
「そうだよ。ただ、最悪の場合は殺せ……とも言われている。要するに、ルイスが生きたまま警察に逮捕されたりするのは絶対に避けたい。そこでだ、お前の協力が必要なんだよ」
リューは言葉を止めた。ポケットからスマホを出す。画面を一瞥し、またポケットにしまった。
「今、連絡が入った。ルイスは病院の跡地に潜伏しているらしい。いいか、俺は出来ることなら、ルイスを無傷で連れ戻したい。しかし、ルイスは本当にとんでもない奴だ。四人を一瞬のうちに、素手で病院送りに出来る男なんだよ。だから、お前に説得してもらいたい。お前がルイスを説得し、連れ戻す。その後、お前には桑原徳馬を説得してもらう。わかったな?」
上田春樹の今の心境はと言えば、その言葉をか誰彼かまわず吐きまくりたい気分だった。
発端は、本当に些細で取るに足りないことだった。自転車に乗った少年が、目の前で車に当てられた。自分が黙ったままその場を離れていれば、何事もなく済んでいたのだ。
なのに、自分は口を出してしまった。これは小遣いを稼ぐチャンスだと思い、運転手に因縁をつけた。
結果、こんな恐ろしい事件に巻き込まれている。
「あのルイスってガキはな、ラエム教お抱えの殺し屋だったんだよ」
リューの話によれば、ルイスの都市伝説のような生い立ちは、全てラエム教によって創られたものらしい。もともと戸籍も何もなく、捨てられた後に町をさ迷い歩いていたルイスを拾い上げたのが、現在のラエム教教祖である猪狩寛水だった。
当時の猪狩は、ルイスのずば抜けた身体能力と希薄な道徳心と戸籍のない点に目を付け、自らの手駒として育て上げたのだ。
その結果、ルイスは猪狩の邪魔者を殺すための暗殺者となり、次々と人を殺していった。時には命令により、死体の手首を切り取るなど異様な演出もしていた。
さらに猪狩は、ごく一部の信者にのみ、誰が死ぬ予定なのかを、予言という形で教えていた。
こうして猪狩は邪魔者を消すと同時に、自らの権力をも拡大させていった。
「しかし、ルイスは桑原徳馬に拉致されちまった。俺には、どうもわからねえんだよ。ルイスってのは本物の殺人マシーンなんだろ。なのに脱走もせず、なぜか大人しくしてた。上田、お前にわかるか?」
尋ねるリューに、春樹は頭をフル回転させ口を開く。自分に利用価値がないとなれば、すぐに殺されるのだ。
ならば……自分の利用価値をアピールでき、なおかつ辻褄の合う話を作らなくてはならない。
「ルイスは、人の好き嫌いが激しい奴でした。桑原も、いろんなタイプの人間をあてがったんです。結局、懐いたのは私だけでした。私がルイスの手綱を握り、いい子にさせてたんですよ」
「佐藤浩司は? 佐藤には懐いてなかったのか?」
「いえ、あんまり仲良くなかったですね。襲いかかりそうになることもありましたよ」
言いながら、顔をしかめて見せる。とにかく、今はこの方向で話を創っていくしかない。
「どういう訳だ? 何で佐藤には懐かず、お前には懐いてたんだろうな?」
呟くような口調で、リューは聞いてきた。何か矛盾点があれば、すかさず突いてくるだろう。春樹は困ったような表情を浮かべて見せた。
「それはですね……ルイスにしかわからない、好みみたいなものがあったんだと思います。ルイスは、あんたはつまらない、と佐藤に言ってましたが──」
「お前、ちょっと黙れ」
リューの冷たい声が、春樹の言葉を遮る。すぐに口を閉じた。次はリューのターンだ。奴の言葉を聞き、それに答える。矛盾のない話を頭の中で即座に組み立て、それを言葉に変える。春樹のように詐欺まがいの手口で人から金をふんだくる人間は、そうした能力には長けているのだ。
「どうも、お前の話はわからんな。だが、お前がルイスの世話をしていたのは事実だ。そこで、お前に頼みたいのは……ルイスの説得だ」
「えっ?」
想定外の流れに、春樹は口ごもった。このままルイスに関する話をし続け、隙があれば逃げる……そういうつもりでいたのだ。
まさか、ルイスの説得を頼まれるとは。
「ルイスの姿は、あちこちで目撃されてるんだよ。三日くらい前には、真幌駅近くの公園で四人を病院送りにしたらしい。全員、顎を砕かれたり声帯潰されたりで、半年以上は入院する羽目になったとさ」
「は、はあ」
「かと思うと、商店街でも目撃されている。妙なガキと一緒にいるところをな。お前、確かこう言ったな? 厳ついのと若い男のコンビがルイスを連れ去った、と……そうだったな?」
「え、ええ……」
神妙な顔つきで、春樹は答える。しかし内心では、チャンスの芽生えを感じ取っていた。今から外に出ることになりそうだ。そして、殺人鬼のルイスと接触する。となると、逃げ出すチャンスもある。
「そうか。どうやら、その若い方がルイスを連れ回してるらしいんだよ。で、俺たちは猪狩寛水から依頼を受けてるんだ。ルイスを無傷で連れ戻せ、と」
「無傷で、ですか……」
「そうだよ。ただ、最悪の場合は殺せ……とも言われている。要するに、ルイスが生きたまま警察に逮捕されたりするのは絶対に避けたい。そこでだ、お前の協力が必要なんだよ」
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