ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

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罪の街 陽一

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 西村陽一が目を覚ました時、既に夕方近くなっていた。こんなに長い時間、眠っていたのは久しぶりだ。昨日は、僅かな間にやらなくてはいけない事があまりにも多すぎた。拉致、監禁、様々な疑問とそれに対する答え。
 そして、殺人と死体処理。



 寛いでいると、携帯電話が着信を知らせる。夏目正義からだ。

「どうも、夏目さん。昨日はすみませんでした」

(いや、いいよ。それより、今から会えないか?)

「今からですか。構いませんよ」

(じゃあ、この前のカラオケボックスの前に来てくれ)

 心なしか、夏目の声には冷たさが感じられた。



「陽一、昨日は何をしていた?」

 カラオケボックスの室内に入ると同時に、夏目は質問してきた。その表情は普段と違い、ひどく堅いものだった。

「急用です。それ以上のことは言えません」

「急用、か……」

 夏目はじっと陽一を見つめる。何かを見抜こうとしている目だ。だが、陽一は視線を外す。そのまま下を向いた。
 ややあって、口を開く。

「夏目さん、あなたの推理は恐らく当たっていますね。小林喜美子と中村雄介は、もう死んでいますよ。殺したのは、息子の小林綾人でしょう。ただ、警察を動かすとなると面倒ですね。今のところ、殺人の証拠もないです。で、夏目さんに聞きたいのですが……あなたは、この件にどう決着をつけるんです?」

 言いながら、陽一は顔を上げた。夏目の顔を見据える。

「決着? どういうことだ?」

「夏目さん、あなたにこの件を依頼したのは、中村の両親じゃないですよね?」

 その言葉に、夏目は眉をひそめる。恐らくは動揺しているのだろうが、おくびにも出さない。

「なるほど。どうやって調べたのかは知らないが、さすがだな。しかし、依頼人に関しては俺の口からは言えない。決着だがな、俺は綾人に罪を償わせたいんだよ」

「何のために?」

「あいつは罪を犯した。そして弱ってる。綾人は、罪を償うべきなんだよ。あいつのことをいろいろ調べたが、悪い奴じゃない。いろんなタイミングが重なった結果、殺人を──」

「そんなのは、言い訳ですね。いや、言い訳にもなりませんよ。あいつは母親殺し、それだけです」

 夏目の言葉を、陽一は冷たく一蹴した。
 すると、夏目の表情が険しくなった。

「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったぜ。お前だって、奴と立場は同じじゃないのか?」

「俺は、母親は殺してませんよ。それに、母親とその愛人を殺した綾人が、どんな人生を歩むことになるか……あなたに分かりますか? 綾人はこの先、一生苦しみ続けるんですよ。その結果、自殺するのは綾人の自由です。さらに言うなら、綾人を逮捕し、犯した罪を罰するのは司法の仕事だ。しかし、その司法が綾人をほっとくのであれば、俺は関わりたくないですね。俺は善良な一般市民じゃない」

「なるほど。それがお前の考えか」

「そうです。夏目さん……あなたは、この件から手を引くべきです。これはもう、綾人ひとりの問題じゃなくなってる。色んな奴らが好き勝手に動いた結果、おかしな化学反応が起きました。事態はとんでもない方向に動き出してるんですよ。今や、新興宗教とヤクザと裏の始末屋が動いてるんです」

 冷静な口調で、現在の状況を語る。すると、夏目の表情がまたしても変化する。驚愕の表情を浮かべ、陽一を見つめた。

「それはどういう意味だ? お前は一体、何を知ってるんだ? そして何をしようとしている?」

「あなたは知らない方がいいです。これ以上深入りすると、こっちの世界に足を踏み入れることになりますよ。その覚悟が、あなたにありますか?」

 その問いに、夏目は黙りこんでしまった。彼もまた、それなりに裏の世界を垣間見てきているのだろう。陽一の言わんとするところを、僅かながらも理解したようだ。
 
「夏目さん……俺は昨日、人をひとり殺しました。そして、死体を焼却炉で灰に変えました。ひとりの人間が存在していた証拠を、全て消し去ったんです。俺みたいな、人間をやめた化け物の蠢く異世界に、あなたは足を踏み入れる気ですか? ここから先は俺たちの世界です。あなたの居るべき世界じゃない」

 自嘲気味に言ってのけた陽一の表情は、ひどく虚ろなものだった。


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