39 / 54
罪の街 陽一
しおりを挟む
西村陽一が目を覚ました時、既に夕方近くなっていた。こんなに長い時間、眠っていたのは久しぶりだ。昨日は、僅かな間にやらなくてはいけない事があまりにも多すぎた。拉致、監禁、様々な疑問とそれに対する答え。
そして、殺人と死体処理。
寛いでいると、携帯電話が着信を知らせる。夏目正義からだ。
「どうも、夏目さん。昨日はすみませんでした」
(いや、いいよ。それより、今から会えないか?)
「今からですか。構いませんよ」
(じゃあ、この前のカラオケボックスの前に来てくれ)
心なしか、夏目の声には冷たさが感じられた。
「陽一、昨日は何をしていた?」
カラオケボックスの室内に入ると同時に、夏目は質問してきた。その表情は普段と違い、ひどく堅いものだった。
「急用です。それ以上のことは言えません」
「急用、か……」
夏目はじっと陽一を見つめる。何かを見抜こうとしている目だ。だが、陽一は視線を外す。そのまま下を向いた。
ややあって、口を開く。
「夏目さん、あなたの推理は恐らく当たっていますね。小林喜美子と中村雄介は、もう死んでいますよ。殺したのは、息子の小林綾人でしょう。ただ、警察を動かすとなると面倒ですね。今のところ、殺人の証拠もないです。で、夏目さんに聞きたいのですが……あなたは、この件にどう決着をつけるんです?」
言いながら、陽一は顔を上げた。夏目の顔を見据える。
「決着? どういうことだ?」
「夏目さん、あなたにこの件を依頼したのは、中村の両親じゃないですよね?」
その言葉に、夏目は眉をひそめる。恐らくは動揺しているのだろうが、おくびにも出さない。
「なるほど。どうやって調べたのかは知らないが、さすがだな。しかし、依頼人に関しては俺の口からは言えない。決着だがな、俺は綾人に罪を償わせたいんだよ」
「何のために?」
「あいつは罪を犯した。そして弱ってる。綾人は、罪を償うべきなんだよ。あいつのことをいろいろ調べたが、悪い奴じゃない。いろんなタイミングが重なった結果、殺人を──」
「そんなのは、言い訳ですね。いや、言い訳にもなりませんよ。あいつは母親殺し、それだけです」
夏目の言葉を、陽一は冷たく一蹴した。
すると、夏目の表情が険しくなった。
「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったぜ。お前だって、奴と立場は同じじゃないのか?」
「俺は、母親は殺してませんよ。それに、母親とその愛人を殺した綾人が、どんな人生を歩むことになるか……あなたに分かりますか? 綾人はこの先、一生苦しみ続けるんですよ。その結果、自殺するのは綾人の自由です。さらに言うなら、綾人を逮捕し、犯した罪を罰するのは司法の仕事だ。しかし、その司法が綾人をほっとくのであれば、俺は関わりたくないですね。俺は善良な一般市民じゃない」
「なるほど。それがお前の考えか」
「そうです。夏目さん……あなたは、この件から手を引くべきです。これはもう、綾人ひとりの問題じゃなくなってる。色んな奴らが好き勝手に動いた結果、おかしな化学反応が起きました。事態はとんでもない方向に動き出してるんですよ。今や、新興宗教とヤクザと裏の始末屋が動いてるんです」
冷静な口調で、現在の状況を語る。すると、夏目の表情がまたしても変化する。驚愕の表情を浮かべ、陽一を見つめた。
「それはどういう意味だ? お前は一体、何を知ってるんだ? そして何をしようとしている?」
「あなたは知らない方がいいです。これ以上深入りすると、こっちの世界に足を踏み入れることになりますよ。その覚悟が、あなたにありますか?」
その問いに、夏目は黙りこんでしまった。彼もまた、それなりに裏の世界を垣間見てきているのだろう。陽一の言わんとするところを、僅かながらも理解したようだ。
「夏目さん……俺は昨日、人をひとり殺しました。そして、死体を焼却炉で灰に変えました。ひとりの人間が存在していた証拠を、全て消し去ったんです。俺みたいな、人間をやめた化け物の蠢く異世界に、あなたは足を踏み入れる気ですか? ここから先は俺たちの世界です。あなたの居るべき世界じゃない」
自嘲気味に言ってのけた陽一の表情は、ひどく虚ろなものだった。
そして、殺人と死体処理。
寛いでいると、携帯電話が着信を知らせる。夏目正義からだ。
「どうも、夏目さん。昨日はすみませんでした」
(いや、いいよ。それより、今から会えないか?)
「今からですか。構いませんよ」
(じゃあ、この前のカラオケボックスの前に来てくれ)
心なしか、夏目の声には冷たさが感じられた。
「陽一、昨日は何をしていた?」
カラオケボックスの室内に入ると同時に、夏目は質問してきた。その表情は普段と違い、ひどく堅いものだった。
「急用です。それ以上のことは言えません」
「急用、か……」
夏目はじっと陽一を見つめる。何かを見抜こうとしている目だ。だが、陽一は視線を外す。そのまま下を向いた。
ややあって、口を開く。
「夏目さん、あなたの推理は恐らく当たっていますね。小林喜美子と中村雄介は、もう死んでいますよ。殺したのは、息子の小林綾人でしょう。ただ、警察を動かすとなると面倒ですね。今のところ、殺人の証拠もないです。で、夏目さんに聞きたいのですが……あなたは、この件にどう決着をつけるんです?」
言いながら、陽一は顔を上げた。夏目の顔を見据える。
「決着? どういうことだ?」
「夏目さん、あなたにこの件を依頼したのは、中村の両親じゃないですよね?」
その言葉に、夏目は眉をひそめる。恐らくは動揺しているのだろうが、おくびにも出さない。
「なるほど。どうやって調べたのかは知らないが、さすがだな。しかし、依頼人に関しては俺の口からは言えない。決着だがな、俺は綾人に罪を償わせたいんだよ」
「何のために?」
「あいつは罪を犯した。そして弱ってる。綾人は、罪を償うべきなんだよ。あいつのことをいろいろ調べたが、悪い奴じゃない。いろんなタイミングが重なった結果、殺人を──」
「そんなのは、言い訳ですね。いや、言い訳にもなりませんよ。あいつは母親殺し、それだけです」
夏目の言葉を、陽一は冷たく一蹴した。
すると、夏目の表情が険しくなった。
「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったぜ。お前だって、奴と立場は同じじゃないのか?」
「俺は、母親は殺してませんよ。それに、母親とその愛人を殺した綾人が、どんな人生を歩むことになるか……あなたに分かりますか? 綾人はこの先、一生苦しみ続けるんですよ。その結果、自殺するのは綾人の自由です。さらに言うなら、綾人を逮捕し、犯した罪を罰するのは司法の仕事だ。しかし、その司法が綾人をほっとくのであれば、俺は関わりたくないですね。俺は善良な一般市民じゃない」
「なるほど。それがお前の考えか」
「そうです。夏目さん……あなたは、この件から手を引くべきです。これはもう、綾人ひとりの問題じゃなくなってる。色んな奴らが好き勝手に動いた結果、おかしな化学反応が起きました。事態はとんでもない方向に動き出してるんですよ。今や、新興宗教とヤクザと裏の始末屋が動いてるんです」
冷静な口調で、現在の状況を語る。すると、夏目の表情がまたしても変化する。驚愕の表情を浮かべ、陽一を見つめた。
「それはどういう意味だ? お前は一体、何を知ってるんだ? そして何をしようとしている?」
「あなたは知らない方がいいです。これ以上深入りすると、こっちの世界に足を踏み入れることになりますよ。その覚悟が、あなたにありますか?」
その問いに、夏目は黙りこんでしまった。彼もまた、それなりに裏の世界を垣間見てきているのだろう。陽一の言わんとするところを、僅かながらも理解したようだ。
「夏目さん……俺は昨日、人をひとり殺しました。そして、死体を焼却炉で灰に変えました。ひとりの人間が存在していた証拠を、全て消し去ったんです。俺みたいな、人間をやめた化け物の蠢く異世界に、あなたは足を踏み入れる気ですか? ここから先は俺たちの世界です。あなたの居るべき世界じゃない」
自嘲気味に言ってのけた陽一の表情は、ひどく虚ろなものだった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ
Kouei
恋愛
夫が寝言で女性の名前を呟いだ。
その名前は妻である私ではなく、
私の義姉の名前だった。
「ずっと一緒だよ」
あなたはそう言ってくれたのに、
なぜ私を裏切ったの―――…!?
※この作品は、カクヨム様にも公開しています。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
四次元残響の檻(おり)
葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる