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逃走者 春樹
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「じゃあ、こういう訳なんだな。お前は偶然、桑原徳馬と知り合った。そして仕事を手伝えと言われて、部屋に連れて行かれた。で、ルイスを見張っていたが……二人組の男に連れ去られた、と。これで間違いないな?」
「は、はい! 間違いありません!」
上田春樹は大声で返事をしながら、大げさに頷いて見せる。だが、実際に起きた出来事は違うのだ。二人組が連れ去って行ったのは、佐藤浩司というチンピラだ。ルイスではない。
しかし、ルイスが連れ去られたことにしておこう……と春樹は考えた。このピンチをどうやって乗り切るか、頭の中で計算しながら応対していたのだ。どうやら、ラエム教はルイスと何らかの関係があったらしい。新興宗教と殺人鬼の関係が何なのかは、全くわからない。
わかっているのは、自分の身に危険が迫っているということだけだ。
春樹は、ラエム教の施設らしき場所に監禁されていた。両手両足を縛られ、椅子に座らせられている。部屋はさほど大きなものではない。コンクリートが剥き出しになっており、天井には裸電球がぶら下がっている。窓は見当たらないため、どうやら地下室にいるらしい。もっとも、連れて来られる時には目隠しをされていたので断言は出来ない。
そして今は、ルイスが逃げ出した時の状況を説明させられていたのである。目の前には、ハ虫類のような顔つきの男がいる。小洒落た雰囲気のスーツ姿で、頬の肉は削げ落ちているが……目は危険な光を帯びている。
「で、そのルイスを連れ出した二人組だがな、どんな奴らだった? 教えてくれよ」
「えっ……」
春樹は言い淀んだ。二人組は運送会社の配達員のような制服を着ており、さらに帽子を目深に被っていたのだ。人間の顔の印象は、着ている物によって著しく変わる。特に制服は、人の顔の印象を消してしまう効果があるのだ。ひとりの顔は覚えているが、もうひとりは全く覚えていない。
だが、覚えていないでは済まないだろう。
「そうですね、ひとりは厳つい感じです。もうひとりはら若い感じでした」
頭をフル回転させ、そう答える。ここでもし、片方の顔しか覚えていないなどと言ったら、自分はどんな目に遭わされることか。
いや、恐らくは消されるだろう。ラエム教の裏事情を僅かでも知ってしまった自分を、生かして帰すはずが無い。
だから、嘘と真実とを混ぜた話をして、少しでも時間を稼ぐ。時間を稼げば、隙が生まれる可能性も出てくる。
その一瞬の隙に賭けるしかない。
「厳ついのと若いの、か。なあ上田、厳つい方は何歳くらいだった?」
スーツの男は尋ねる。
「ね、年齢ですか……そうですね、二十代から三十代……もしくは四十代から五十代の男でした」
その答えに、スーツの男の目つきが鋭くなる。
「おい、どっかのバカな元刑事みたいなこと言ってんじゃねえよ。そんなもん、ほとんどの犯罪者に当てはまるだろうが。適当なこと言ってんじゃねえ。それとも何か? 八十過ぎて人をさらったりするジジイがいるのかよ?」
そう言って笑った。だが、目は笑っていない。途端に、春樹の体を恐怖が蝕んでいく。もし嘘をついていることがバレたとしたら、目の前の男は、何のためらいも無く自分を殺すだろう。一秒にも満たない僅かな間に頭を働かせ、生き延びるための言葉をひねり出した。
「え、ええ、年齢不詳な感じでしたね。老けた二十代にも見えるし、若作りした五十代にも見えます。ただ、いい加減なことを言いたくなかったんですよ。出来るだけ正確な情報を、と思いまして。私の憶測による情報で皆さんを混乱させてはいけないと思ったものですから……」
春樹は喋り続ける。とにかく、今は時間を稼ぐことだ。時間を稼ぎ、隙が出来るのを待つ。
「ですから、私もそう言わざるを得なかったんですよ。その連中の顔さえ見れば、すぐにわかるんですけどね」
いかにも残念そうな表情で言う。だが、頭の中では必死で生き残り策を考えていた。この連中は、人ひとりくらい何のためらいもなく殺す。ならば、まずは自分の利用価値をアピールするしかない。そして、隙が生まれるのを待つ。春樹は、マシンガンのごとき勢いで喋り続ける。
その時だった。男が口を開く。
「お前、ちょっと黙れよ。俺にも喋らせろ」
スーツの男の声には、冷ややかな殺意があった。春樹は身の危険を感じ、すぐさま口を閉じる。
男は、じっと春樹を見つめる。無言のプレッシャーは凄まじく、思わず目を逸らせた。
「お前にひとつ聞きたい。桑原徳馬だが、奴からどんな話を聞いてたんだ?」
「く、桑原さんですか……何の話でしょう?」
逆に聞き返す。もちろん、向こうが何を言わんとしているのかはわかっている。ルイスについて、自分が桑原から何をどう聞いているのか……それを確かめるつもりなのだろう。だが、今は僅かでも時間が欲しい。時間稼ぎをしなくてはならないのだ。
「わかんねえ野郎だな。桑原は、ルイスのことを何て言ってたんだ?」
スーツの男の声に苛立ちが混じる。これ以上の時間稼ぎははまずい。作戦変更だ。
「え、あ、はい……生まれつきの殺人鬼だと言ってました。下水道で生まれたと」
「なるほど、そう聞いてるのか」
スーツの男は、一瞬ではあるが考えこむような仕草を見せた。
やがて、何かを思いついたような表情を見せる。
「おい上田……命が惜しかったら、俺の言う通りにしろ。いいな?」
「は、はい! 間違いありません!」
上田春樹は大声で返事をしながら、大げさに頷いて見せる。だが、実際に起きた出来事は違うのだ。二人組が連れ去って行ったのは、佐藤浩司というチンピラだ。ルイスではない。
しかし、ルイスが連れ去られたことにしておこう……と春樹は考えた。このピンチをどうやって乗り切るか、頭の中で計算しながら応対していたのだ。どうやら、ラエム教はルイスと何らかの関係があったらしい。新興宗教と殺人鬼の関係が何なのかは、全くわからない。
わかっているのは、自分の身に危険が迫っているということだけだ。
春樹は、ラエム教の施設らしき場所に監禁されていた。両手両足を縛られ、椅子に座らせられている。部屋はさほど大きなものではない。コンクリートが剥き出しになっており、天井には裸電球がぶら下がっている。窓は見当たらないため、どうやら地下室にいるらしい。もっとも、連れて来られる時には目隠しをされていたので断言は出来ない。
そして今は、ルイスが逃げ出した時の状況を説明させられていたのである。目の前には、ハ虫類のような顔つきの男がいる。小洒落た雰囲気のスーツ姿で、頬の肉は削げ落ちているが……目は危険な光を帯びている。
「で、そのルイスを連れ出した二人組だがな、どんな奴らだった? 教えてくれよ」
「えっ……」
春樹は言い淀んだ。二人組は運送会社の配達員のような制服を着ており、さらに帽子を目深に被っていたのだ。人間の顔の印象は、着ている物によって著しく変わる。特に制服は、人の顔の印象を消してしまう効果があるのだ。ひとりの顔は覚えているが、もうひとりは全く覚えていない。
だが、覚えていないでは済まないだろう。
「そうですね、ひとりは厳つい感じです。もうひとりはら若い感じでした」
頭をフル回転させ、そう答える。ここでもし、片方の顔しか覚えていないなどと言ったら、自分はどんな目に遭わされることか。
いや、恐らくは消されるだろう。ラエム教の裏事情を僅かでも知ってしまった自分を、生かして帰すはずが無い。
だから、嘘と真実とを混ぜた話をして、少しでも時間を稼ぐ。時間を稼げば、隙が生まれる可能性も出てくる。
その一瞬の隙に賭けるしかない。
「厳ついのと若いの、か。なあ上田、厳つい方は何歳くらいだった?」
スーツの男は尋ねる。
「ね、年齢ですか……そうですね、二十代から三十代……もしくは四十代から五十代の男でした」
その答えに、スーツの男の目つきが鋭くなる。
「おい、どっかのバカな元刑事みたいなこと言ってんじゃねえよ。そんなもん、ほとんどの犯罪者に当てはまるだろうが。適当なこと言ってんじゃねえ。それとも何か? 八十過ぎて人をさらったりするジジイがいるのかよ?」
そう言って笑った。だが、目は笑っていない。途端に、春樹の体を恐怖が蝕んでいく。もし嘘をついていることがバレたとしたら、目の前の男は、何のためらいも無く自分を殺すだろう。一秒にも満たない僅かな間に頭を働かせ、生き延びるための言葉をひねり出した。
「え、ええ、年齢不詳な感じでしたね。老けた二十代にも見えるし、若作りした五十代にも見えます。ただ、いい加減なことを言いたくなかったんですよ。出来るだけ正確な情報を、と思いまして。私の憶測による情報で皆さんを混乱させてはいけないと思ったものですから……」
春樹は喋り続ける。とにかく、今は時間を稼ぐことだ。時間を稼ぎ、隙が出来るのを待つ。
「ですから、私もそう言わざるを得なかったんですよ。その連中の顔さえ見れば、すぐにわかるんですけどね」
いかにも残念そうな表情で言う。だが、頭の中では必死で生き残り策を考えていた。この連中は、人ひとりくらい何のためらいもなく殺す。ならば、まずは自分の利用価値をアピールするしかない。そして、隙が生まれるのを待つ。春樹は、マシンガンのごとき勢いで喋り続ける。
その時だった。男が口を開く。
「お前、ちょっと黙れよ。俺にも喋らせろ」
スーツの男の声には、冷ややかな殺意があった。春樹は身の危険を感じ、すぐさま口を閉じる。
男は、じっと春樹を見つめる。無言のプレッシャーは凄まじく、思わず目を逸らせた。
「お前にひとつ聞きたい。桑原徳馬だが、奴からどんな話を聞いてたんだ?」
「く、桑原さんですか……何の話でしょう?」
逆に聞き返す。もちろん、向こうが何を言わんとしているのかはわかっている。ルイスについて、自分が桑原から何をどう聞いているのか……それを確かめるつもりなのだろう。だが、今は僅かでも時間が欲しい。時間稼ぎをしなくてはならないのだ。
「わかんねえ野郎だな。桑原は、ルイスのことを何て言ってたんだ?」
スーツの男の声に苛立ちが混じる。これ以上の時間稼ぎははまずい。作戦変更だ。
「え、あ、はい……生まれつきの殺人鬼だと言ってました。下水道で生まれたと」
「なるほど、そう聞いてるのか」
スーツの男は、一瞬ではあるが考えこむような仕草を見せた。
やがて、何かを思いついたような表情を見せる。
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