33 / 54
逃走者 綾人
しおりを挟む
真幌駅近くの商店街を、奇妙な二人連れが歩いていた。
片方は小林綾人、もう片方はルイスである。二人は大きなリュックを背負い、とぼとぼ歩いていた。私立探偵に家を訪問された上、公園で騒ぎを起こしてしまったのだ。もう、今まで住んでいたアパートには居られない。
昨日の夜、綾人は家に戻ると同時に荷物をまとめた。とは言っても、大した物があるわけではない。着替えや身の回りの細々とした物や、通帳などである。
念のため、ルイスに声をかけた。
「ルイス、君はどうするんだい? 俺はこの家を出て行くけど」
「何で出て行くの?」
ルイスは不思議そうな顔で尋ねた。
「ここには居られないんだ。怖い人が大勢来るから──」
「怖い人来たら全員殺す。綾人守る」
表情ひとつ変えず、淡々とした口調で言い放つルイス。綾人は、どう答えればいいのかわからなかった。ルイスが自分を心配してくれるのは嬉しいし、ありがたい話ではある。だが、人は殺さないで欲しい。
「ルイス、約束しただろ。人は殺さないって」
「うんわかった約束したの忘れてた。でも何で人を殺しちゃいけないの?」
無邪気な表情で、昨日と同じ質問を投げかけてくる。綾人は答えに窮した。ルイスの問いかけは、今の自分にとってあまりにも難解なものだ。簡単に答えられるはずがない。
「駄目なものは、駄目なんだ」
言いながら、己に対する嫌悪感を覚えていた。駄目なものは駄目、とは。まるで答えになっていない。ただ頭ごなしに否定しているだけではないか。ワイドショーの頭の固いコメンテーター並みの愚かな答えである。しかも、自分は人殺しなのだ。それも、実の母親の首を絞めて殺害した。
そう、この手で首を──
「綾人どしたの」
ルイスが顔を覗きこんできた。綾人は我に返り、微笑んで見せる。いつの間にか呼吸が荒くなっていた。気分も良くない。だが、ひとまず落ち着かなくてはならない。この少年に心配をかけてはならないのだ。
「大丈夫だよ、ルイス……俺は大丈夫だから」
その後、綾人はルイスと共に家を出た。
ルイスは不思議そうな顔をしながらも、素直に綾人に付いて来ている。もっとも、行くあてなどない。そもそも、何のためにこんな逃避行をするのか……それすらわからない。今までは警察が来たら、いさぎよく逮捕されるつもりでいた。逃亡生活は過酷なものと聞いている。自分のような人間には耐えられないだろう。そんなことをするくらいなら、さっさと逮捕された方がマシだ。
ついこの前までは、そう思っていたはずだった。なのに今は、ルイスを連れて逃亡生活に入ろうとしている。一体どこに行けばいいのか、それすらもわからぬままに。
「綾人どこ行くの」
不意に、ルイスが尋ねてきた。綾人はため息をつく。それを聞きたいのは、他ならぬ自分なのだが。
「さあ、どこに行こうか」
綾人は言いかけた。だが、不意にある考えが頭を掠める。
「ルイス……君はもう、テレビが観られないかもしれないよ。テレビ好きだったろ?」
「うん好き」
「だったら、警察に行った方がいいんじゃないのかな?」
「けいさつ? 何で?」
ルイスは首をかしげる。綾人は辺りを見回した。すぐ近くにバス停がある。綾人はそこまで歩き、設置されているベンチに座った。ルイスも隣に座る。
「警察はわかるよね?」
「うんわかる。犯人を逮捕する人だよ。でもルイスは犯人じゃない」
「えっ……」
綾人は思わず口ごもる。ルイスには罪を犯したという自覚がないらしい。だが、それも当然だろう。昨日の乱闘は、そもそも綾人を守るのが目的だったのだ。
その時、綾人の中に閃くものがあった。
そうだよ……。
ルイスは俺を守るために、あいつらを叩きのめしたんだ。
警察に行ったら、俺のせいでルイスは逮捕されてしまうんじゃないか……。
「ルイス……僕と一瞬にいたら、当分テレビは観られなくなる。それでもいいかい?」
「うんいいよ」
ルイスは素直に頷いた。
その後、二人は商店街を歩いている。だが、綾人は奇妙なことに気づいた。さっきから、強い視線を感じる。通りすがりの女の視線だ。綾人は不思議に思い振り返ってみた。もしかしたら、ルイスが突拍子もないことをしてるのではないか、と思ったのだ。
しかし、ルイスは普通に歩いている。綾人は首をかしげるが、次の瞬間に視線の理由に気づいた。ルイスは顔が良すぎるのだ。整った美しい顔は、商店街では否応なしに目立つ。しかも、今は昼間である。暇な奥さん連中が多いのだ。そんな中にルイスが歩いていては、注目されない方が難しい。
仕方ない。人通りの少ない道を行くとしよう。
「綾人どしたの」
立ち止まっている綾人に疑問を感じたのか、ルイスは首をかしげた。思わず苦笑し、辺りをを見回す。
「ちょっと、こっちの道を行こうか」
二人は裏通りに入って行く。だが、綾人は何も気づいていなかった。
強い視線は、奥様方だけのものではなかった。二人は、妙な男に尾行されていたのだ。
二人は、人通りのない路地裏を進んでいく。
五分ほど歩いた時、綾人は立ち止まった。自分たちが行くべき場を、ようやく思いついたのだ。現在は立ち入り禁止となっている、古い病院の跡地である。幽霊が出るという噂もあった。幼い時に一度、怖いもの見たさで入ってみたことがあったが……あまりの不気味さに、すぐに引き上げたのだ。そこなら、少なくとも雨露は凌げる。
「ルイス……ここからしばらく歩くと、病院の跡地があるんだ。今からそこに行こうか──」
「君たち……ちょっと待ってくんないかな」
綾人の言葉を遮る、背後からの突然の声。驚きのあまり、その場で硬直した。そっと振り返る。
三メートルほど離れた位置に、強面の中年男が立っていた。
片方は小林綾人、もう片方はルイスである。二人は大きなリュックを背負い、とぼとぼ歩いていた。私立探偵に家を訪問された上、公園で騒ぎを起こしてしまったのだ。もう、今まで住んでいたアパートには居られない。
昨日の夜、綾人は家に戻ると同時に荷物をまとめた。とは言っても、大した物があるわけではない。着替えや身の回りの細々とした物や、通帳などである。
念のため、ルイスに声をかけた。
「ルイス、君はどうするんだい? 俺はこの家を出て行くけど」
「何で出て行くの?」
ルイスは不思議そうな顔で尋ねた。
「ここには居られないんだ。怖い人が大勢来るから──」
「怖い人来たら全員殺す。綾人守る」
表情ひとつ変えず、淡々とした口調で言い放つルイス。綾人は、どう答えればいいのかわからなかった。ルイスが自分を心配してくれるのは嬉しいし、ありがたい話ではある。だが、人は殺さないで欲しい。
「ルイス、約束しただろ。人は殺さないって」
「うんわかった約束したの忘れてた。でも何で人を殺しちゃいけないの?」
無邪気な表情で、昨日と同じ質問を投げかけてくる。綾人は答えに窮した。ルイスの問いかけは、今の自分にとってあまりにも難解なものだ。簡単に答えられるはずがない。
「駄目なものは、駄目なんだ」
言いながら、己に対する嫌悪感を覚えていた。駄目なものは駄目、とは。まるで答えになっていない。ただ頭ごなしに否定しているだけではないか。ワイドショーの頭の固いコメンテーター並みの愚かな答えである。しかも、自分は人殺しなのだ。それも、実の母親の首を絞めて殺害した。
そう、この手で首を──
「綾人どしたの」
ルイスが顔を覗きこんできた。綾人は我に返り、微笑んで見せる。いつの間にか呼吸が荒くなっていた。気分も良くない。だが、ひとまず落ち着かなくてはならない。この少年に心配をかけてはならないのだ。
「大丈夫だよ、ルイス……俺は大丈夫だから」
その後、綾人はルイスと共に家を出た。
ルイスは不思議そうな顔をしながらも、素直に綾人に付いて来ている。もっとも、行くあてなどない。そもそも、何のためにこんな逃避行をするのか……それすらわからない。今までは警察が来たら、いさぎよく逮捕されるつもりでいた。逃亡生活は過酷なものと聞いている。自分のような人間には耐えられないだろう。そんなことをするくらいなら、さっさと逮捕された方がマシだ。
ついこの前までは、そう思っていたはずだった。なのに今は、ルイスを連れて逃亡生活に入ろうとしている。一体どこに行けばいいのか、それすらもわからぬままに。
「綾人どこ行くの」
不意に、ルイスが尋ねてきた。綾人はため息をつく。それを聞きたいのは、他ならぬ自分なのだが。
「さあ、どこに行こうか」
綾人は言いかけた。だが、不意にある考えが頭を掠める。
「ルイス……君はもう、テレビが観られないかもしれないよ。テレビ好きだったろ?」
「うん好き」
「だったら、警察に行った方がいいんじゃないのかな?」
「けいさつ? 何で?」
ルイスは首をかしげる。綾人は辺りを見回した。すぐ近くにバス停がある。綾人はそこまで歩き、設置されているベンチに座った。ルイスも隣に座る。
「警察はわかるよね?」
「うんわかる。犯人を逮捕する人だよ。でもルイスは犯人じゃない」
「えっ……」
綾人は思わず口ごもる。ルイスには罪を犯したという自覚がないらしい。だが、それも当然だろう。昨日の乱闘は、そもそも綾人を守るのが目的だったのだ。
その時、綾人の中に閃くものがあった。
そうだよ……。
ルイスは俺を守るために、あいつらを叩きのめしたんだ。
警察に行ったら、俺のせいでルイスは逮捕されてしまうんじゃないか……。
「ルイス……僕と一瞬にいたら、当分テレビは観られなくなる。それでもいいかい?」
「うんいいよ」
ルイスは素直に頷いた。
その後、二人は商店街を歩いている。だが、綾人は奇妙なことに気づいた。さっきから、強い視線を感じる。通りすがりの女の視線だ。綾人は不思議に思い振り返ってみた。もしかしたら、ルイスが突拍子もないことをしてるのではないか、と思ったのだ。
しかし、ルイスは普通に歩いている。綾人は首をかしげるが、次の瞬間に視線の理由に気づいた。ルイスは顔が良すぎるのだ。整った美しい顔は、商店街では否応なしに目立つ。しかも、今は昼間である。暇な奥さん連中が多いのだ。そんな中にルイスが歩いていては、注目されない方が難しい。
仕方ない。人通りの少ない道を行くとしよう。
「綾人どしたの」
立ち止まっている綾人に疑問を感じたのか、ルイスは首をかしげた。思わず苦笑し、辺りをを見回す。
「ちょっと、こっちの道を行こうか」
二人は裏通りに入って行く。だが、綾人は何も気づいていなかった。
強い視線は、奥様方だけのものではなかった。二人は、妙な男に尾行されていたのだ。
二人は、人通りのない路地裏を進んでいく。
五分ほど歩いた時、綾人は立ち止まった。自分たちが行くべき場を、ようやく思いついたのだ。現在は立ち入り禁止となっている、古い病院の跡地である。幽霊が出るという噂もあった。幼い時に一度、怖いもの見たさで入ってみたことがあったが……あまりの不気味さに、すぐに引き上げたのだ。そこなら、少なくとも雨露は凌げる。
「ルイス……ここからしばらく歩くと、病院の跡地があるんだ。今からそこに行こうか──」
「君たち……ちょっと待ってくんないかな」
綾人の言葉を遮る、背後からの突然の声。驚きのあまり、その場で硬直した。そっと振り返る。
三メートルほど離れた位置に、強面の中年男が立っていた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.4』
M‐赤井翼
ミステリー
赤井です。
「元女子プロレスラー新人記者「安稀世《あす・きよ》」のスクープ日誌」シリーズも4作目!
『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!』を公開させていただきます。
昨年末の「予告」から時間がかかった分、しっかりと書き込ませていただきました。
「ん?「焼飯の金将」?」って思われた方は12年前の12月の某上場企業の社長射殺事件を思い出してください!
実行犯は2022年に逮捕されたものの、黒幕はいまだ謎の事件をモチーフに、舞台を大阪と某県に置き換え稀世ちゃんたちが謎解きに挑みます!
門真、箱根、横浜そして中国の大連へ!
「新人記者「安稀世」シリーズ」初の海外ロケ(笑)です。100年の歴史の壁を越えての社長射殺事件の謎解きによろしかったらお付き合いください。
もちろん、いつものメンバーが総出演です!
直さん、なつ&陽菜、太田、副島、森に加えて今回の準主役は「林凜《りん・りん》」ちゃんという中国からの留学生も登場です。
「大人の事情」で現実事件との「登場人物対象表」は出せませんので、想像力を働かせてお読みいただければ幸いです。
今作は「48チャプター」、「400ぺージ」を超える長編になりますので、ゆるーくお付き合いください!
公開後は一応、いつも通り毎朝6時の毎日更新の予定です!
それでは、月またぎになりますが、稀世ちゃんたちと一緒に謎解きの取材ツアーにご一緒ください!
よ~ろ~ひ~こ~!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる