ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

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野良犬たちの午後 陽一

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「それは本当か?」

 携帯電話に向かい、西村陽一は尋ねる。相手は情報通の成宮亮だ。

(ええ。桑原徳馬とラエム教の連中が接触してます。何か、妙なことになってますよ)

「そうか。ところで、ルイスとか呼ばれてた外人のガキだが、何かわかったのか?」

(ああ、そいつですか。都市伝説みたいなあやふやな話しかないですね。それで構いませんか?)

「構わない。何でもいいから教えてくれ」

 陽一に促され、亮は語り出した。だが、それは異様なものだった。



 その男は、ルイスと呼ばれている。
 本名かどうかは不明だ。年齢は十五歳から二十五歳。日本に出稼ぎに来た外国人の女と日本人のサラリーマンとの間に生まれた少年であり、戸籍はない。日本人サラリーマンの父親は、子供が生まれたと知るや、母と子を見捨て連絡を断った。外国人の母は相手が子供を認知しないと見るや、ルイスを下水道に捨てて故郷に帰ってしまった。本来なら、彼はすぐに死んでいたはずだったのだが……ゴミなどを食べ、奇跡的にも生き延びた。
 育った環境が人格を歪めてしまったのか、成長した彼は快楽殺人者となる。己の欲望の赴くまま、日本のあちこちに出没して人を殺しまくった。



 陽一は、今聞いた話を考えてみた。あり得ない話だ。人間の子供が、たったひとり下水道で生き延びられるはずがない。砂浜で一粒の砂を見つけ出すような奇跡が起きない限り、不可能だ。

 だが……あいつならどうだろう?

 そう、綾人の部屋で見たルイスは、本物の怪物だった。今も、あの少年と目を合わせた時の、ゾクッとするような感覚が忘れられない。あいつなら、地獄からでも生還してのけるかもしれない。
 しかし不思議なのは、都市伝説のようなものになるほど有名なのに、目撃情報が全て曖昧なものばかりらしいのだ。

(ルイスの目撃情報ですか? 全部バラバラなんですよね。二メートル以上ある大男だとか、逆に小学生くらいの大きさで成長が止まった小男だとか……まあ、全部デマでしょうね。ひとつはっきりしてるのは、ルイスの噂を聞くようになったのは、ここ二、三年ってことです)

 どういうことだろうか。
 自分が見た少年は、ここ三年ほどの間に殺人鬼として頭角を現してきたのとでもいうのだろうか。
 いずれにしても、本物のルイスを見た者は全くいないらしい。だが、ルイスの噂だけはひとり歩きしている。そして、確実に有名になってきている。
 何者かが意図的に、捨てられた殺人鬼の噂を流しているとしか思えない。
 だが、何のために?

 陽一がそんなことを考えていた時、携帯電話が震える。
 今度は夏目からだった。

(陽一……あの小林綾人の家の近くにあった公園を覚えてるか?)

「ひょっとして、何か起きたんですか?」

(察しのいい奴だな。そう、事件が起きた。四人の男が病院送りにされたよ。素手でな)

「ただの喧嘩じゃないんですか?」

(お前、本気でそう思ってるのか?)

「いえ、思ってませんよ。あなたが、わざわざ電話をかけて来たってことは、ルイスがやったんですね」

(それはわからない。ただ、被害者は全員ビビりまくってるんだよ。何があったのか聞いても、公園で転んだとしか言わないんだよ)

「転んだ、ですか。ありがちな話ですね」

 そう、ありがちな話だ。時として、裏社会の人間に暴力を振るわれた者は、警察に対し、そんな言い訳をすることがある。特に大した怪我ではない場合、わざわざ被害届を出して後々面倒なことに巻き込まれるのが嫌だからだ。
 だが、重傷を負わされても訴えないケースもある。体だけでなく、心にも深い傷を負わせた場合だ。加害者が、被害者の心そのものを壊してしまうような暴力を行使したなら……並みの人間なら、警察に訴えることすら出来ないのだ。訴えたなら、後でどんな目に遭わされるか……その恐怖は、中途半端な正義感や復讐心など一瞬にして駆逐してしまうほど強いものだ。裏社会のプロが振るう暴力は体よりも、むしろ心を破壊し屈服させてしまうのだ。
 陽一は今まで、そんなケースを数多く見聞きしてきた。

(この事件だが、被害者は心底からビビってるらしい。ひとりは顎を砕かれ流動食生活だし、ひとりは声帯を潰された。かすれ声しか出せなくなったらしいんだよ。なのに、全員が転んだと言い張っている…。俺は、もっと調べてみるよ。小林綾人とガキの件を、な。お前は手を引け、と言ってたがな、悪いが引かないよ。こいつは、裏で何かとんでもないことが起きている。いったい何が起きてるのか、俺は最後まで見届けたいんだよ)

「そうですか。では、ひとつ忠告しておきます。いらぬ好奇心は、身の破滅を招きますよ」



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