ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
28 / 54

天使の心 尚輝

しおりを挟む
 坂本尚輝は、疲れきった表情で事務所のソファーに座り込む。まだ午後四時過ぎだが、このまま寝てしまいそうだ。
 今日は、朝からあちこち歩き回って話を聞き、電話をかけ、メッセージを送信した。いったい何事が起きているのか。そして自分が何に巻き込まれてしまったのか。それを把握するためだ。



 しかし、わかった事は少なかった。
 佐藤浩司については、典型的なチンピラとしか言いようがない。中学生の時、度重なる暴力沙汰のために鑑別所に行き、そこから少年院、さらには少年刑務所へと送られている。順調に、破滅へと向かうレールの上を進んでいる男だったらしい。当然、人からの恨みを買うことも多かっただろう。
 だが、バラバラ死体に変えるというのは異常だ。尋常ではない何かを感じる。人を殺すという行為だけでも、普通の人間にはまず不可能だろう。ドラマなどで見られるように、両手で首を絞めれば数秒後に死ぬ……というものではないのだ。
 眠気をこらえ、じっくりと考えてみた。佐藤という男の評判は、はっきり言って良くない。今のところ佐藤に関する話を聞けたのは二人だけだったが、口を揃えて言っていた。あいつはロクでもない奴だ、と。二人とも、かつては少年院や少年刑務所に行っていた男である。しかし、今はきっちり足を洗い、まともな仕事に就いている。

「いつまでもバカやってられねえよ。それに、俺はもう刑務所には行きたくねえんだ。だが、佐藤なんかとつるんでたら、確実に刑務所に逆戻りだよ」

 ひとりの男は、電話越しにそう言っていた。確かに、それは正論だろう。
 しかし尚輝にはわかっている。この二人は、運がいいのだ。人生には、本人のやる気や努力だけではどうにもならない部分がある。この二人は、やる気もあったのだろうし努力もしたのだろう。だが人生には、運に左右される部分が必ず存在する。尚輝もまた、これまでの人生において不運な流れというものを経験してきた。また、便利屋を続けていくうちに、様々な人間の人生模様を見てきたのだ。避けようのない運命というものは、確実に存在する。
 佐藤もまた、犯罪者となるのは避けようのない運命だったといえる。尚輝は犯罪者を研究したわけではない。だが、この世界に僅かでも足を踏み入れれば、否応なしに様々なことを知ることになる。佐藤はまさに典型だ。幼い頃からの暴力傾向。やがてお決まりのコースを進んで犯罪者となり、あちこちで悪さをした挙げ句にバラバラ死体となった。

 いったい、何をやらかしたんだ?

 さらに考えてみた。そもそも、人体をバラバラにして路上に放置するというのは……裏社会における見せしめか、あるいは普通ではあり得ない精神状態に陥ってしまった者の犯行だろう。
 ひとつだけわかっていることがある。佐藤は裏社会の住人ではあるが、大物ではない。所詮はただのチンピラだ。そんな男を、バラバラにして殺すだけのメリットがあるだろうか? あり得ない、とは言い切れないが……可能性としては低いだろう。

 怨恨だろうか?

 その方が、まだ信憑性がある。鈴木と佐藤は、過去に何らかの接点があった。その時に佐藤は、何か恨みを買うようなことをしでかした。
 先ほど聞いた話が甦る。

(佐藤は一時期、大学生と組んでたらしいよ。まずは、大学生を旦那のいる中年女と浮気させる。頃合いを見計らって佐藤が登場して脅迫し、金をせびるってわけさ。その大学生ってのが、いかにも年上の女に好かれそうな顔してるらしいよ。佐藤の奴、さんざんにフキまくってたなあ)

 イケメン大学生に暇をもて余した主婦を誘惑させ、脅迫し金をせびる。セコいやり口ではある。そんなことで、わざわざ手間暇かけて殺したりするのだろうか?
 もっとも、やられた方にしてみれば、セコいやり口では済まないかもしれないのだ。色恋沙汰は男女を問わず人を狂わせる。実際に「昔さんざん貢がせた挙げ句に自分を捨てたホストの顔を滅茶苦茶にしてくれ」という依頼を受けたこともある。五十万の仕事だったが、尚輝はそれを引き受けたのだ。可愛さ余って憎さ百倍という言葉もある。
 その時……尚輝の頭に、別の疑問が浮かんだ。

 待てよ。
 そもそも、佐藤はあそこで何をやっていたんだ?

(最近では、何かデカい仕事をしてると言ってたが、そっちの方は全然教えてくれなかったよ)

 知り合いのチンピラから聞いた別の話が甦る。デカい仕事と言っていたが、どういうことなのだろう? あの少年を監禁するのがデカい仕事なのか? そうは思えない。

 駄目だ。
 これじゃあ堂々巡りだ。

 考えれば考えるほど、色々な可能性にたどり着いてしまう。これでは埒が開かない。まずは、佐藤がかつて組んで大学生の件を調べてみるとしよう。ひとつひとつ確実に潰していく。今は、それしかない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新
ミステリー
 雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。  彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!? 日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。 『蒼緋蔵家の番犬』 彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...