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天使の心 尚輝
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坂本尚輝は、疲れきった表情で事務所のソファーに座り込む。まだ午後四時過ぎだが、このまま寝てしまいそうだ。
今日は、朝からあちこち歩き回って話を聞き、電話をかけ、メッセージを送信した。いったい何事が起きているのか。そして自分が何に巻き込まれてしまったのか。それを把握するためだ。
しかし、わかった事は少なかった。
佐藤浩司については、典型的なチンピラとしか言いようがない。中学生の時、度重なる暴力沙汰のために鑑別所に行き、そこから少年院、さらには少年刑務所へと送られている。順調に、破滅へと向かうレールの上を進んでいる男だったらしい。当然、人からの恨みを買うことも多かっただろう。
だが、バラバラ死体に変えるというのは異常だ。尋常ではない何かを感じる。人を殺すという行為だけでも、普通の人間にはまず不可能だろう。ドラマなどで見られるように、両手で首を絞めれば数秒後に死ぬ……というものではないのだ。
眠気をこらえ、じっくりと考えてみた。佐藤という男の評判は、はっきり言って良くない。今のところ佐藤に関する話を聞けたのは二人だけだったが、口を揃えて言っていた。あいつはロクでもない奴だ、と。二人とも、かつては少年院や少年刑務所に行っていた男である。しかし、今はきっちり足を洗い、まともな仕事に就いている。
「いつまでもバカやってられねえよ。それに、俺はもう刑務所には行きたくねえんだ。だが、佐藤なんかとつるんでたら、確実に刑務所に逆戻りだよ」
ひとりの男は、電話越しにそう言っていた。確かに、それは正論だろう。
しかし尚輝にはわかっている。この二人は、運がいいのだ。人生には、本人のやる気や努力だけではどうにもならない部分がある。この二人は、やる気もあったのだろうし努力もしたのだろう。だが人生には、運に左右される部分が必ず存在する。尚輝もまた、これまでの人生において不運な流れというものを経験してきた。また、便利屋を続けていくうちに、様々な人間の人生模様を見てきたのだ。避けようのない運命というものは、確実に存在する。
佐藤もまた、犯罪者となるのは避けようのない運命だったといえる。尚輝は犯罪者を研究したわけではない。だが、この世界に僅かでも足を踏み入れれば、否応なしに様々なことを知ることになる。佐藤はまさに典型だ。幼い頃からの暴力傾向。やがてお決まりのコースを進んで犯罪者となり、あちこちで悪さをした挙げ句にバラバラ死体となった。
いったい、何をやらかしたんだ?
さらに考えてみた。そもそも、人体をバラバラにして路上に放置するというのは……裏社会における見せしめか、あるいは普通ではあり得ない精神状態に陥ってしまった者の犯行だろう。
ひとつだけわかっていることがある。佐藤は裏社会の住人ではあるが、大物ではない。所詮はただのチンピラだ。そんな男を、バラバラにして殺すだけのメリットがあるだろうか? あり得ない、とは言い切れないが……可能性としては低いだろう。
怨恨だろうか?
その方が、まだ信憑性がある。鈴木と佐藤は、過去に何らかの接点があった。その時に佐藤は、何か恨みを買うようなことをしでかした。
先ほど聞いた話が甦る。
(佐藤は一時期、大学生と組んでたらしいよ。まずは、大学生を旦那のいる中年女と浮気させる。頃合いを見計らって佐藤が登場して脅迫し、金をせびるってわけさ。その大学生ってのが、いかにも年上の女に好かれそうな顔してるらしいよ。佐藤の奴、さんざんにフキまくってたなあ)
イケメン大学生に暇をもて余した主婦を誘惑させ、脅迫し金をせびる。セコいやり口ではある。そんなことで、わざわざ手間暇かけて殺したりするのだろうか?
もっとも、やられた方にしてみれば、セコいやり口では済まないかもしれないのだ。色恋沙汰は男女を問わず人を狂わせる。実際に「昔さんざん貢がせた挙げ句に自分を捨てたホストの顔を滅茶苦茶にしてくれ」という依頼を受けたこともある。五十万の仕事だったが、尚輝はそれを引き受けたのだ。可愛さ余って憎さ百倍という言葉もある。
その時……尚輝の頭に、別の疑問が浮かんだ。
待てよ。
そもそも、佐藤はあそこで何をやっていたんだ?
(最近では、何かデカい仕事をしてると言ってたが、そっちの方は全然教えてくれなかったよ)
知り合いのチンピラから聞いた別の話が甦る。デカい仕事と言っていたが、どういうことなのだろう? あの少年を監禁するのがデカい仕事なのか? そうは思えない。
駄目だ。
これじゃあ堂々巡りだ。
考えれば考えるほど、色々な可能性にたどり着いてしまう。これでは埒が開かない。まずは、佐藤がかつて組んで大学生の件を調べてみるとしよう。ひとつひとつ確実に潰していく。今は、それしかない。
今日は、朝からあちこち歩き回って話を聞き、電話をかけ、メッセージを送信した。いったい何事が起きているのか。そして自分が何に巻き込まれてしまったのか。それを把握するためだ。
しかし、わかった事は少なかった。
佐藤浩司については、典型的なチンピラとしか言いようがない。中学生の時、度重なる暴力沙汰のために鑑別所に行き、そこから少年院、さらには少年刑務所へと送られている。順調に、破滅へと向かうレールの上を進んでいる男だったらしい。当然、人からの恨みを買うことも多かっただろう。
だが、バラバラ死体に変えるというのは異常だ。尋常ではない何かを感じる。人を殺すという行為だけでも、普通の人間にはまず不可能だろう。ドラマなどで見られるように、両手で首を絞めれば数秒後に死ぬ……というものではないのだ。
眠気をこらえ、じっくりと考えてみた。佐藤という男の評判は、はっきり言って良くない。今のところ佐藤に関する話を聞けたのは二人だけだったが、口を揃えて言っていた。あいつはロクでもない奴だ、と。二人とも、かつては少年院や少年刑務所に行っていた男である。しかし、今はきっちり足を洗い、まともな仕事に就いている。
「いつまでもバカやってられねえよ。それに、俺はもう刑務所には行きたくねえんだ。だが、佐藤なんかとつるんでたら、確実に刑務所に逆戻りだよ」
ひとりの男は、電話越しにそう言っていた。確かに、それは正論だろう。
しかし尚輝にはわかっている。この二人は、運がいいのだ。人生には、本人のやる気や努力だけではどうにもならない部分がある。この二人は、やる気もあったのだろうし努力もしたのだろう。だが人生には、運に左右される部分が必ず存在する。尚輝もまた、これまでの人生において不運な流れというものを経験してきた。また、便利屋を続けていくうちに、様々な人間の人生模様を見てきたのだ。避けようのない運命というものは、確実に存在する。
佐藤もまた、犯罪者となるのは避けようのない運命だったといえる。尚輝は犯罪者を研究したわけではない。だが、この世界に僅かでも足を踏み入れれば、否応なしに様々なことを知ることになる。佐藤はまさに典型だ。幼い頃からの暴力傾向。やがてお決まりのコースを進んで犯罪者となり、あちこちで悪さをした挙げ句にバラバラ死体となった。
いったい、何をやらかしたんだ?
さらに考えてみた。そもそも、人体をバラバラにして路上に放置するというのは……裏社会における見せしめか、あるいは普通ではあり得ない精神状態に陥ってしまった者の犯行だろう。
ひとつだけわかっていることがある。佐藤は裏社会の住人ではあるが、大物ではない。所詮はただのチンピラだ。そんな男を、バラバラにして殺すだけのメリットがあるだろうか? あり得ない、とは言い切れないが……可能性としては低いだろう。
怨恨だろうか?
その方が、まだ信憑性がある。鈴木と佐藤は、過去に何らかの接点があった。その時に佐藤は、何か恨みを買うようなことをしでかした。
先ほど聞いた話が甦る。
(佐藤は一時期、大学生と組んでたらしいよ。まずは、大学生を旦那のいる中年女と浮気させる。頃合いを見計らって佐藤が登場して脅迫し、金をせびるってわけさ。その大学生ってのが、いかにも年上の女に好かれそうな顔してるらしいよ。佐藤の奴、さんざんにフキまくってたなあ)
イケメン大学生に暇をもて余した主婦を誘惑させ、脅迫し金をせびる。セコいやり口ではある。そんなことで、わざわざ手間暇かけて殺したりするのだろうか?
もっとも、やられた方にしてみれば、セコいやり口では済まないかもしれないのだ。色恋沙汰は男女を問わず人を狂わせる。実際に「昔さんざん貢がせた挙げ句に自分を捨てたホストの顔を滅茶苦茶にしてくれ」という依頼を受けたこともある。五十万の仕事だったが、尚輝はそれを引き受けたのだ。可愛さ余って憎さ百倍という言葉もある。
その時……尚輝の頭に、別の疑問が浮かんだ。
待てよ。
そもそも、佐藤はあそこで何をやっていたんだ?
(最近では、何かデカい仕事をしてると言ってたが、そっちの方は全然教えてくれなかったよ)
知り合いのチンピラから聞いた別の話が甦る。デカい仕事と言っていたが、どういうことなのだろう? あの少年を監禁するのがデカい仕事なのか? そうは思えない。
駄目だ。
これじゃあ堂々巡りだ。
考えれば考えるほど、色々な可能性にたどり着いてしまう。これでは埒が開かない。まずは、佐藤がかつて組んで大学生の件を調べてみるとしよう。ひとつひとつ確実に潰していく。今は、それしかない。
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