ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
24 / 54

ヒミツ 尚輝

しおりを挟む
 まだ陽が高く昇っている午後三時過ぎ、坂本尚輝は街をふらついていた。
 昨日は少々、羽目を外し過ぎた。依頼人の鈴木良子に佐藤を引き渡し、百万円を受け取った。尚輝は二十万を手伝ってくれた後輩の寺島勇に手渡し、その後は久しぶりにキャバクラで遊んだ。
 そのせいだろうか。今日は、あまり気分が良くない。やはり四十歳を過ぎると、体のあちこちにガタがくるようだ。人を殴ったり拉致したり、というような仕事は、いつまで続けられるのだろうか……などと思いながら、外を歩いている時だった。
 奇妙な男が、視界に飛び込んできた。ジャージ姿でぼさぼさの髪の男が、ランドセルを背負った小学生の三人組を尾行しているのだ。少なくとも、尚輝の目にはそう映っている。下校中の小学生を尾行する男、完璧な不審者だ。
 尚輝は、その男の後を付いて行った。もちろん、正義感に突き動かされて、という行動ではない。因縁をつけ、暴力を振るい金を巻き上げるつもりである。
 だが、男は尚輝の存在に気づいたらしい。いきなり振り向いたのだ。
 両者は、数メートルほどの距離でまじまじと見合った。

「おい、てめえはあの時の変態じゃねえか」

 思わず毒づく尚輝。そう、目の前にいたのは佐藤を拉致した時、部屋にいた男だった。外国人と思われる美少年の手足に手錠を掛けて自由を奪い、監禁していた変態野郎だ。
 一方、男はきょとんとした顔で尚輝を見つめる。だが、その表情がみるみるうちに変化していった。その心が恐怖に支配されていくのが、手にとるようにわかる。
 次の瞬間、男は逃げ出した──

「待ちやがれ!」

 尚輝は後を追いかけようとした。だが、ちょっと走っただけで頭痛に襲われた。さらに胸がムカついてくる。昨日の酒の影響だ。尚輝は立ち止まり、地面にしゃがみこむ。荒い息を吐きながら考えた。やはり、あいつは変態だったのだ。小児性愛者、という奴だろう。今も、小学生を襲おうとしていた。昨日の少年も、奴らに監禁されていたのだ。
 だが、その時になって、男の言っていたことを思い出した。

(そ、そいつは殺人鬼なんです! 俺たちはそいつが逃げ出さないように見張ってたんです!)

 仮に嘘をつくなら、もっとマシなやり方があっただろう。あの少年が殺人鬼だとは思えない。そもそも、警察でもないチンピラが、なぜ殺人鬼を監禁していたのか。有り得ない話だ。
 しかし……あの少年と接した時、奇妙な違和感を覚えたのも確かだ。



 だが、そんな違和感など吹き飛ばしてしまう事態が待ち受けていた……。
 事務所に戻った尚輝は、まず室内の電気をつけた。ふと、この事務所もそろそろ引き払うべきなのではないか、という思いが頭を掠める。四階であんな騒ぎをを起こしてしまった以上、万が一という事もある。レンタルオフィスなら、ここより遥かに安い金額で済む。いい機会かもしれない。そう、こんな事務所に余分な金を遣う必要などないのだ。最近では、スマホだけで商売をしている連中もいるらしい。
 そんなことを考えながら、テレビをつける。放送されているニュースを聞きながら、留守電をチェックしたり、書類の整理をしたりしていた。
 だが、その手が止まる。

(今日……バラバラ死体……佐藤浩司さんと判明しました)

 アナウンサーの言葉は、尚輝の耳には断片的にしか聞こえていなかった。が、最後の佐藤浩司という言葉に反応した。パッと顔を上げてテレビ画面を見る。
 テレビの画面には、写真が映し出されていた。気の強そうな若者が、得意気な表情でVサインを出している。間違いない。自分が昨日、鈴木良子に引き渡した佐藤だ。
 次の瞬間、尚輝は鈴木に電話をかけた。

(おかけになった電話番号は、現在使われておりません……)

 受話器から聞こえてきたのは、無機質なメッセージだった。

「クソが……どういうことだよ……」

 呟きながら、尚輝は受話器を置く。そして、自分のツキの無さを呪った。よりによって、鈴木のような狂人と関わりあってしまうとは。確かに、犯罪の予感はしていた。だが、ここまではやらないだろう、と思っていたのだ。

「すみません。一応、念のために聞きますが、こいつを殺したりはしないですよね?」

「しません」

「そうですよねえ。あなたはそんな事しないと思いますが、万が一ってこともありますし……もしも、佐藤が殺された、なんて事になったら、私はすぐに警察に通報しますよ。あなたとのやり取りを、洗いざらい話します。いいですね?」

 鈴木との会話が甦る。馬鹿な真似をしないように、釘を刺したつもりだった。
 あの場では、警察に全てを話すと言った。しかし、警察に行くことは出来ないのだ。尚輝は、叩けば埃が出る身なのである。下手をすれば、殺人の共犯にされかねない。
 しかも……助っ人に呼んだ寺島勇はポン中(覚醒剤依存性患者を表すスラング)である。金を手にした今は、覚醒剤を買い込み部屋にこもっているのではないか……。
 寺島を自分のせいで、むざむざ逮捕させるわけにはいかない。

 念のため、記載されている鈴木の自宅にも行ってみた。だが、やはり鈴木は住んでいなかった。住所はデタラメ、電話はトバシの携帯を利用していたらしい。
 だが、何のために殺したのだ?



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新
ミステリー
 雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。  彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!? 日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。 『蒼緋蔵家の番犬』 彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...