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ヒミツ 尚輝
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まだ陽が高く昇っている午後三時過ぎ、坂本尚輝は街をふらついていた。
昨日は少々、羽目を外し過ぎた。依頼人の鈴木良子に佐藤を引き渡し、百万円を受け取った。尚輝は二十万を手伝ってくれた後輩の寺島勇に手渡し、その後は久しぶりにキャバクラで遊んだ。
そのせいだろうか。今日は、あまり気分が良くない。やはり四十歳を過ぎると、体のあちこちにガタがくるようだ。人を殴ったり拉致したり、というような仕事は、いつまで続けられるのだろうか……などと思いながら、外を歩いている時だった。
奇妙な男が、視界に飛び込んできた。ジャージ姿でぼさぼさの髪の男が、ランドセルを背負った小学生の三人組を尾行しているのだ。少なくとも、尚輝の目にはそう映っている。下校中の小学生を尾行する男、完璧な不審者だ。
尚輝は、その男の後を付いて行った。もちろん、正義感に突き動かされて、という行動ではない。因縁をつけ、暴力を振るい金を巻き上げるつもりである。
だが、男は尚輝の存在に気づいたらしい。いきなり振り向いたのだ。
両者は、数メートルほどの距離でまじまじと見合った。
「おい、てめえはあの時の変態じゃねえか」
思わず毒づく尚輝。そう、目の前にいたのは佐藤を拉致した時、部屋にいた男だった。外国人と思われる美少年の手足に手錠を掛けて自由を奪い、監禁していた変態野郎だ。
一方、男はきょとんとした顔で尚輝を見つめる。だが、その表情がみるみるうちに変化していった。その心が恐怖に支配されていくのが、手にとるようにわかる。
次の瞬間、男は逃げ出した──
「待ちやがれ!」
尚輝は後を追いかけようとした。だが、ちょっと走っただけで頭痛に襲われた。さらに胸がムカついてくる。昨日の酒の影響だ。尚輝は立ち止まり、地面にしゃがみこむ。荒い息を吐きながら考えた。やはり、あいつは変態だったのだ。小児性愛者、という奴だろう。今も、小学生を襲おうとしていた。昨日の少年も、奴らに監禁されていたのだ。
だが、その時になって、男の言っていたことを思い出した。
(そ、そいつは殺人鬼なんです! 俺たちはそいつが逃げ出さないように見張ってたんです!)
仮に嘘をつくなら、もっとマシなやり方があっただろう。あの少年が殺人鬼だとは思えない。そもそも、警察でもないチンピラが、なぜ殺人鬼を監禁していたのか。有り得ない話だ。
しかし……あの少年と接した時、奇妙な違和感を覚えたのも確かだ。
だが、そんな違和感など吹き飛ばしてしまう事態が待ち受けていた……。
事務所に戻った尚輝は、まず室内の電気をつけた。ふと、この事務所もそろそろ引き払うべきなのではないか、という思いが頭を掠める。四階であんな騒ぎをを起こしてしまった以上、万が一という事もある。レンタルオフィスなら、ここより遥かに安い金額で済む。いい機会かもしれない。そう、こんな事務所に余分な金を遣う必要などないのだ。最近では、スマホだけで商売をしている連中もいるらしい。
そんなことを考えながら、テレビをつける。放送されているニュースを聞きながら、留守電をチェックしたり、書類の整理をしたりしていた。
だが、その手が止まる。
(今日……バラバラ死体……佐藤浩司さんと判明しました)
アナウンサーの言葉は、尚輝の耳には断片的にしか聞こえていなかった。が、最後の佐藤浩司という言葉に反応した。パッと顔を上げてテレビ画面を見る。
テレビの画面には、写真が映し出されていた。気の強そうな若者が、得意気な表情でVサインを出している。間違いない。自分が昨日、鈴木良子に引き渡した佐藤だ。
次の瞬間、尚輝は鈴木に電話をかけた。
(おかけになった電話番号は、現在使われておりません……)
受話器から聞こえてきたのは、無機質なメッセージだった。
「クソが……どういうことだよ……」
呟きながら、尚輝は受話器を置く。そして、自分のツキの無さを呪った。よりによって、鈴木のような狂人と関わりあってしまうとは。確かに、犯罪の予感はしていた。だが、ここまではやらないだろう、と思っていたのだ。
「すみません。一応、念のために聞きますが、こいつを殺したりはしないですよね?」
「しません」
「そうですよねえ。あなたはそんな事しないと思いますが、万が一ってこともありますし……もしも、佐藤が殺された、なんて事になったら、私はすぐに警察に通報しますよ。あなたとのやり取りを、洗いざらい話します。いいですね?」
鈴木との会話が甦る。馬鹿な真似をしないように、釘を刺したつもりだった。
あの場では、警察に全てを話すと言った。しかし、警察に行くことは出来ないのだ。尚輝は、叩けば埃が出る身なのである。下手をすれば、殺人の共犯にされかねない。
しかも……助っ人に呼んだ寺島勇はポン中(覚醒剤依存性患者を表すスラング)である。金を手にした今は、覚醒剤を買い込み部屋にこもっているのではないか……。
寺島を自分のせいで、むざむざ逮捕させるわけにはいかない。
念のため、記載されている鈴木の自宅にも行ってみた。だが、やはり鈴木は住んでいなかった。住所はデタラメ、電話はトバシの携帯を利用していたらしい。
だが、何のために殺したのだ?
昨日は少々、羽目を外し過ぎた。依頼人の鈴木良子に佐藤を引き渡し、百万円を受け取った。尚輝は二十万を手伝ってくれた後輩の寺島勇に手渡し、その後は久しぶりにキャバクラで遊んだ。
そのせいだろうか。今日は、あまり気分が良くない。やはり四十歳を過ぎると、体のあちこちにガタがくるようだ。人を殴ったり拉致したり、というような仕事は、いつまで続けられるのだろうか……などと思いながら、外を歩いている時だった。
奇妙な男が、視界に飛び込んできた。ジャージ姿でぼさぼさの髪の男が、ランドセルを背負った小学生の三人組を尾行しているのだ。少なくとも、尚輝の目にはそう映っている。下校中の小学生を尾行する男、完璧な不審者だ。
尚輝は、その男の後を付いて行った。もちろん、正義感に突き動かされて、という行動ではない。因縁をつけ、暴力を振るい金を巻き上げるつもりである。
だが、男は尚輝の存在に気づいたらしい。いきなり振り向いたのだ。
両者は、数メートルほどの距離でまじまじと見合った。
「おい、てめえはあの時の変態じゃねえか」
思わず毒づく尚輝。そう、目の前にいたのは佐藤を拉致した時、部屋にいた男だった。外国人と思われる美少年の手足に手錠を掛けて自由を奪い、監禁していた変態野郎だ。
一方、男はきょとんとした顔で尚輝を見つめる。だが、その表情がみるみるうちに変化していった。その心が恐怖に支配されていくのが、手にとるようにわかる。
次の瞬間、男は逃げ出した──
「待ちやがれ!」
尚輝は後を追いかけようとした。だが、ちょっと走っただけで頭痛に襲われた。さらに胸がムカついてくる。昨日の酒の影響だ。尚輝は立ち止まり、地面にしゃがみこむ。荒い息を吐きながら考えた。やはり、あいつは変態だったのだ。小児性愛者、という奴だろう。今も、小学生を襲おうとしていた。昨日の少年も、奴らに監禁されていたのだ。
だが、その時になって、男の言っていたことを思い出した。
(そ、そいつは殺人鬼なんです! 俺たちはそいつが逃げ出さないように見張ってたんです!)
仮に嘘をつくなら、もっとマシなやり方があっただろう。あの少年が殺人鬼だとは思えない。そもそも、警察でもないチンピラが、なぜ殺人鬼を監禁していたのか。有り得ない話だ。
しかし……あの少年と接した時、奇妙な違和感を覚えたのも確かだ。
だが、そんな違和感など吹き飛ばしてしまう事態が待ち受けていた……。
事務所に戻った尚輝は、まず室内の電気をつけた。ふと、この事務所もそろそろ引き払うべきなのではないか、という思いが頭を掠める。四階であんな騒ぎをを起こしてしまった以上、万が一という事もある。レンタルオフィスなら、ここより遥かに安い金額で済む。いい機会かもしれない。そう、こんな事務所に余分な金を遣う必要などないのだ。最近では、スマホだけで商売をしている連中もいるらしい。
そんなことを考えながら、テレビをつける。放送されているニュースを聞きながら、留守電をチェックしたり、書類の整理をしたりしていた。
だが、その手が止まる。
(今日……バラバラ死体……佐藤浩司さんと判明しました)
アナウンサーの言葉は、尚輝の耳には断片的にしか聞こえていなかった。が、最後の佐藤浩司という言葉に反応した。パッと顔を上げてテレビ画面を見る。
テレビの画面には、写真が映し出されていた。気の強そうな若者が、得意気な表情でVサインを出している。間違いない。自分が昨日、鈴木良子に引き渡した佐藤だ。
次の瞬間、尚輝は鈴木に電話をかけた。
(おかけになった電話番号は、現在使われておりません……)
受話器から聞こえてきたのは、無機質なメッセージだった。
「クソが……どういうことだよ……」
呟きながら、尚輝は受話器を置く。そして、自分のツキの無さを呪った。よりによって、鈴木のような狂人と関わりあってしまうとは。確かに、犯罪の予感はしていた。だが、ここまではやらないだろう、と思っていたのだ。
「すみません。一応、念のために聞きますが、こいつを殺したりはしないですよね?」
「しません」
「そうですよねえ。あなたはそんな事しないと思いますが、万が一ってこともありますし……もしも、佐藤が殺された、なんて事になったら、私はすぐに警察に通報しますよ。あなたとのやり取りを、洗いざらい話します。いいですね?」
鈴木との会話が甦る。馬鹿な真似をしないように、釘を刺したつもりだった。
あの場では、警察に全てを話すと言った。しかし、警察に行くことは出来ないのだ。尚輝は、叩けば埃が出る身なのである。下手をすれば、殺人の共犯にされかねない。
しかも……助っ人に呼んだ寺島勇はポン中(覚醒剤依存性患者を表すスラング)である。金を手にした今は、覚醒剤を買い込み部屋にこもっているのではないか……。
寺島を自分のせいで、むざむざ逮捕させるわけにはいかない。
念のため、記載されている鈴木の自宅にも行ってみた。だが、やはり鈴木は住んでいなかった。住所はデタラメ、電話はトバシの携帯を利用していたらしい。
だが、何のために殺したのだ?
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