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ヒミツ 陽一
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町に、妙な空気が漂っている。
外を歩いていた西村陽一は、敏感に異変を感じ取っていた。口では上手く言えないが、何かがおかしいのだ。外を歩きながら、さりげなく周囲を見渡す。今のところ、怪しげな動きは見られない。少なくとも、自分に危害を加えようという雰囲気ではない。
では、この違和感の正体は何なのだろう?
その時、陽一は昨日の話を思い出した。
(桑原の子分の佐藤ってチンピラがあちこちに電話かけて、フキまくってるらしいですよ。デカい仕事をしてるとか)
(桑原の奴、真幌市をウロウロしてるみたいなんですよ。佐藤の与汰話はともかく、桑原はおっかないらしいですからね)
成宮亮の言葉が甦る。
この亮という男は、一見すると軽薄な大学生である。だが、その情報収集力や土壇場になった時の度胸は大したものだ。陽一ですら、彼には一目置いている。その亮の言葉なのだ。素直に聞いておいた方がいいだろう。
そこで、ひとつの疑問が湧いてくる。桑原なる男は、この真幌市で何をやらかすつもりなのだろう?
桑原の子分である佐藤とかいうチンピラは、デカい仕事をしているとほざいていたらしい。チンピラという人種は、とかく大きなことを言うものである。仕事の大小はともかく、この真幌という場所はもともと下町である。さして価値があるとは思えない。
その時、携帯電話が震える。夏目正義からだ。陽一は周囲を見渡し、人通りのない路地裏に入って行った。
「はい。どうしました?」
(ああ陽一、お疲れさん。急で済まないが、明日は暇か?)
「ええ、大丈夫ですよ」
(そうか。実は明日、例のガキの所に行ってみようと思ってるんだよ)
「ガキ? ああ、小林綾人ですか」
(そうだ。あいつ、工場勤めを辞めたらしいんだよな。ひょっとしたら、逃げる気かもしれない。その前に、一度は顔を見ておきたい。プロの目から見た、綾人の率直な印象を聞きたいんだよ)
「わかりました。時間はいつですか?」
(九時に真幌駅だ。よろしく頼む)
電話を切った後、陽一は向きを変えた。すぐさま自宅へと戻る。もともと、何か目的があって出歩いていたわけではない。明日、仕事となると……それなりの準備が必要だ。
部屋に戻ると、さっそく準備を始める。防刃加工されているベストとグローブ、あとは警棒と手錠を用意した。顔を合わせるだけ、とはいえ……話の流れで、相手が暴れ出さないとも限らない。最低限の武器は用意しておいた方がいいだろう。
その時、たまたまつけていたテレビで、ニュースが放送されていた。アナウンサーが、様々な事件を淡々と伝えていた。陽一もまた、何の気なしに聞いていたのだ。
やがてアナウンサーは、真幌市内で起きた奇妙な殺人事件を伝える。死体は手足がバラバラに切断された状態で、路上に放置されていたという猟奇的な事件だ。それだけでも陽一が注目するのに充分であったが、被害者の名前を聞いた瞬間、陽一は驚きのあまり手が止まった。
被害者の名前は、佐藤浩司だというのだ。
陽一は、手を止めたままテレビの画面を見つめる。
ややあって、携帯電話を取り出した。相手は、成宮亮である。
「亮、今のニュース見たか?」
(え……ひょっとして、バラバラ殺人ですか?)
「そうだ。被害者が佐藤浩司だって言ってたが、ひょっとして、お前が言ってた佐藤浩司か?」
(ええ、実はそうなんですよ。つーか陽一さん、よく覚えてましたね?)
「んなことはいい。それよりも、佐藤浩司は何をやってたんだ? デカい仕事って何だよ?」
(いや、さすがにそこまでは……一応、調べてはみますけど)
「ああ、頼む。あと、佐藤は何で殺されたんだ? あの手口は普通じゃねえぞ。お前、何か聞いてないのか?」
(いや、聞いてないですね。わかりました。そっちも調べておきます)
電話を切った後、陽一は考えた。この真幌市で、いったい何が起きているというのだろう。ヤクザ同士の抗争だろうか? だが、真幌市にそこまでの旨味があるとは思えない。ましてや、今のご時世でわざわざ抗争などおっ始める必然性があるのだろうか。無いはずだ。
しかし、陽一には予感があった。このバラバラ殺人事件は序章に過ぎない。この後、さらに大きな事件が起きるだろう。その元凶が何者なのか……そして今、何が起きているのかは知らない。だが、自分もまた否応なしに巻き込まれていく予感がする。
久しぶりに、ゾクゾクするような嬉しさを感じていた。戦いの予感……かつて感じた、気も狂いそうな恐怖の果てに待っている恍惚と悦楽。それを、再び味わうことが出来るかもしれないのだ。
陽一の顔に、狂気めいた笑みが浮かんだ。
外を歩いていた西村陽一は、敏感に異変を感じ取っていた。口では上手く言えないが、何かがおかしいのだ。外を歩きながら、さりげなく周囲を見渡す。今のところ、怪しげな動きは見られない。少なくとも、自分に危害を加えようという雰囲気ではない。
では、この違和感の正体は何なのだろう?
その時、陽一は昨日の話を思い出した。
(桑原の子分の佐藤ってチンピラがあちこちに電話かけて、フキまくってるらしいですよ。デカい仕事をしてるとか)
(桑原の奴、真幌市をウロウロしてるみたいなんですよ。佐藤の与汰話はともかく、桑原はおっかないらしいですからね)
成宮亮の言葉が甦る。
この亮という男は、一見すると軽薄な大学生である。だが、その情報収集力や土壇場になった時の度胸は大したものだ。陽一ですら、彼には一目置いている。その亮の言葉なのだ。素直に聞いておいた方がいいだろう。
そこで、ひとつの疑問が湧いてくる。桑原なる男は、この真幌市で何をやらかすつもりなのだろう?
桑原の子分である佐藤とかいうチンピラは、デカい仕事をしているとほざいていたらしい。チンピラという人種は、とかく大きなことを言うものである。仕事の大小はともかく、この真幌という場所はもともと下町である。さして価値があるとは思えない。
その時、携帯電話が震える。夏目正義からだ。陽一は周囲を見渡し、人通りのない路地裏に入って行った。
「はい。どうしました?」
(ああ陽一、お疲れさん。急で済まないが、明日は暇か?)
「ええ、大丈夫ですよ」
(そうか。実は明日、例のガキの所に行ってみようと思ってるんだよ)
「ガキ? ああ、小林綾人ですか」
(そうだ。あいつ、工場勤めを辞めたらしいんだよな。ひょっとしたら、逃げる気かもしれない。その前に、一度は顔を見ておきたい。プロの目から見た、綾人の率直な印象を聞きたいんだよ)
「わかりました。時間はいつですか?」
(九時に真幌駅だ。よろしく頼む)
電話を切った後、陽一は向きを変えた。すぐさま自宅へと戻る。もともと、何か目的があって出歩いていたわけではない。明日、仕事となると……それなりの準備が必要だ。
部屋に戻ると、さっそく準備を始める。防刃加工されているベストとグローブ、あとは警棒と手錠を用意した。顔を合わせるだけ、とはいえ……話の流れで、相手が暴れ出さないとも限らない。最低限の武器は用意しておいた方がいいだろう。
その時、たまたまつけていたテレビで、ニュースが放送されていた。アナウンサーが、様々な事件を淡々と伝えていた。陽一もまた、何の気なしに聞いていたのだ。
やがてアナウンサーは、真幌市内で起きた奇妙な殺人事件を伝える。死体は手足がバラバラに切断された状態で、路上に放置されていたという猟奇的な事件だ。それだけでも陽一が注目するのに充分であったが、被害者の名前を聞いた瞬間、陽一は驚きのあまり手が止まった。
被害者の名前は、佐藤浩司だというのだ。
陽一は、手を止めたままテレビの画面を見つめる。
ややあって、携帯電話を取り出した。相手は、成宮亮である。
「亮、今のニュース見たか?」
(え……ひょっとして、バラバラ殺人ですか?)
「そうだ。被害者が佐藤浩司だって言ってたが、ひょっとして、お前が言ってた佐藤浩司か?」
(ええ、実はそうなんですよ。つーか陽一さん、よく覚えてましたね?)
「んなことはいい。それよりも、佐藤浩司は何をやってたんだ? デカい仕事って何だよ?」
(いや、さすがにそこまでは……一応、調べてはみますけど)
「ああ、頼む。あと、佐藤は何で殺されたんだ? あの手口は普通じゃねえぞ。お前、何か聞いてないのか?」
(いや、聞いてないですね。わかりました。そっちも調べておきます)
電話を切った後、陽一は考えた。この真幌市で、いったい何が起きているというのだろう。ヤクザ同士の抗争だろうか? だが、真幌市にそこまでの旨味があるとは思えない。ましてや、今のご時世でわざわざ抗争などおっ始める必然性があるのだろうか。無いはずだ。
しかし、陽一には予感があった。このバラバラ殺人事件は序章に過ぎない。この後、さらに大きな事件が起きるだろう。その元凶が何者なのか……そして今、何が起きているのかは知らない。だが、自分もまた否応なしに巻き込まれていく予感がする。
久しぶりに、ゾクゾクするような嬉しさを感じていた。戦いの予感……かつて感じた、気も狂いそうな恐怖の果てに待っている恍惚と悦楽。それを、再び味わうことが出来るかもしれないのだ。
陽一の顔に、狂気めいた笑みが浮かんだ。
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