ツミビトタチノアシタ

板倉恭司

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裁いたのは俺だ 尚輝

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 古びたマンションの四〇四号室。
 坂本尚輝は、そこに出入りする人間をチェックしていた。サラリーマン風の中年男と、二メートル近い巨漢、さらに小柄な男の三人組が一日に一度やって来る。何をしているのかは不明だが、二時間ほど滞在して帰っていく。それ以外、人の出入りはない。間違いなく、堅気の人間ではないだろう。
 標的である佐藤浩司は、この部屋からほとんど出ることがない。たまに子分らしき男と、二人でコンビニに行くことがある。しかし、すぐに帰って来るのだ。

 一体、何をやってやがるんだ?

 いくら自分が元ボクサーだとはいえ、なるべくなら、あの巨漢は相手にしたくない。だが、巨漢を含めた三人組が部屋に来るのはは一日に一度きりだ。三人組さえいなければ、部屋には佐藤とその子分らしき男がいるだけである。佐藤は喧嘩が強そうだが、自分の敵ではないだろう。あの子分も大したことはない。どちらも、パンチ数発でノックアウトできる。二人まとめて、二分あれば足りるだろう。
 もっとも、素手でやる必要もないのだが。手元には特殊警棒とスタンガン、それに手錠がある。これらを使った方が、手っ取り早く済む。
 ただ問題なのは、あの部屋で何が行なわれているか、だ。どう見ても、堅気ではない連中がたむろしている。ヤクザの事務所なのだろうか。あるいは、詐欺グループの本拠地かもしれない。
 こういう時、ハイテク機器があれば中の様子を調べられるのだが……あいにく、そんな便利なものはない。
 いずれにしても、まずは鈴木良子と連絡をとらなくてはなるまい。いったん事務所に戻ると、備え付けてある電話の受話器を手に取る。

「もしもし……あ、オールマイティーサービスの坂本尚輝です……ええ、実は佐藤浩司さんが見つかったんですよ……その前に、一度お会いしたいんですが……ええ……」



 二時間後、良子は現れた。ただし彼女の指定した喫茶店に、である。事務所に呼び出すわけにはいかない。万が一、良子と佐藤が鉢合わせしてしまったら儲け話がパーだ。

「まずは、この画像を見ていただけますか」

 そう言うと、尚輝はタブレットを見せた。コンビニに行った時に隠し撮りしたものだ。ビニール袋をぶら下げた佐藤が写っている。
 良子は、画面をじっと見つめた。

「佐藤浩司さんに間違いないですよね?」

 念を押すと、彼女は頷いた。

「間違いありません。どこにいるんです?」
「その前に、お話しておくことがあります。佐藤浩司はですね、どうもヤクザの事務所に出入りしているらしいんですよ。あなたが何をするつもりなのかは知りません。ただ、素人が下手に手を出すと、ケガじゃ済まなくなりますよ」

「そんなこと、あなたには関係ありません──」

「私が佐藤浩司を拉致して、あなたの元に連れてきましょう。それで百万。どうです?」


 その言葉を聞き、良子は黙りこんだ。視線を下に落とす。迷っているらしい。ならば、押すだけだ。

「私はかつて、プロのボクサーでした。荒事には慣れています。あなたとは違うんですよ。あなたが佐藤浩司をどうしようが、私には関係ありません。ただ、私は佐藤浩司の手足の自由を奪い、人目に付かない場所であなたの前に差し出すことが出来ます。あなたには、それは難しいことなのではないですか?」

 丁寧な口調で、静かにゆっくりと語る。尚輝は、体はさほど大きくはない。だが、強面のいかつい風貌である。そんな男が静かな口調で語ると、不思議と説得力が増すのだ。

「詳しい場所は言えませんが、佐藤浩司は今ヤクザの事務所にいます。ヤクザが出入りしている場所で、寝泊まりしてるんですよ。そんな所に、あなたひとりで行ったらどうなります? ここは私に任せた方がいいと思いますよ。私はプロです。必ず、佐藤浩司をあなたに引き渡しましょう」

 そう言い終えると、尚輝は口を閉じた。相手の反応を窺う。
 良子もまた、しばらくの間は黙って下を向いていた。思案するような表情が浮かぶ。
 ややあって、顔を上げた。

「わかりました。あなたにお任せします。彼を連れてきてくれたら、百万円お支払いします」




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