さらば真友よ

板倉恭司

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取り調べ(2)

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「三番、調べだ」

 その声に、明彦は体を起こした。ほぼ同時に、ガチャガチャという音がする。鍵を開ける音だ。
 直後、扉が開く。留置係の警官の冷たい視線が飛んで来た。明らかに、他の収容者とは違う態度だ。

「担当さん、朝飯にもおかず付けるよう上に言ってくださいよ。シャケとか納豆とか」

 軽口を叩いたが、警官は返事をしない。無言のまま明彦の手首に手錠をかけ、腰縄を巻きつける。これも規則らしい。
 その腰縄を警官に握られた状態で、明彦は歩いていった。階段を下り、取り調べ室へと向かう。



「おはよう」

 取り調べ室にて、待ち構えていた者は日村刑事だ。いかにも大物ぶった態度で挨拶する。明彦の方は、ペこりと頭を下げた。

「おはようございます」

 一応、頭を下げてはいた。だが、この時点から戦いは始まっている。今のところ、日村の顔つきや素振りにおかしな点はない。
 椅子に座った明彦に、日村はおもむろに口を開いた。

「昨日、君の家にガサ入れ行ったよ。まあ、俺が直接行ったわけじゃないけどな」

 そこで、じっと明彦を見つめる。こちらの思考を推し量るような目だ。明彦は目を逸らし、下を向いた。ヤンキーでもあるまいし、わざわざ相手と睨み合う必要はない。
 ややあって、日村は口を開いた。

「領収書は出てこなかったよ。念のため、製造番号を当たってみたら、真幌市の店で販売されたことがわかった。盗品でないことははっきりしたよ。よかったねえ」

 思わず口元が歪む。

「それがわかるんだったら、何でガサ入れしたんですか?」

「いやさ、そういう手続きも必要なんだよね。これも仕事だからさ。ところで……」

 そこで、眉間に皺を寄せ首を傾げる。またしても、何かを仕掛けてくる気らしい。
 少しの間を置き、日村は静かな口調で語り出した。

「君の家からは、なんにも出てこなかった。よからぬ薬も、いかがわしいDVDもなかった。法に抵触するような類いのものは、何ひとつ出てこなかったよ」

 わざわざ言うほどのことではない。何が狙いなのだろうか。そんなことを思いつつ、明彦は頷いた。

「まあ、当然ですね。僕は、犯罪とは無縁の人間ですから」

「なるほど。しかし、おかしな話だね。普通、成人男性だったらいかがわしいDVDの一枚や二枚、出てきて当然なんだよ。それが、まったく出て来ないなんてねえ。実におかしな話だよ」

「あのね、今は高い金出してアダルトDVD買わなくても、ネットでいくらでも動画が見られますから」

「ほう、そうかい。だとしたら、実に不思議だね。君は、スマホ持ってないんだろう?」

「はい?」

 思わず聞き返していた。言われてみれば、そんな話をした覚えはある。だが、それがどうしたというのだろう。

「君は言ってたよね。精神疾患のせいで落とす危険性が高いからスマホは持たない、と。事実、逮捕された時スマホを持っていなかった」

「そうですね。確かに、僕はスマホを持ちません」

 確かに、逮捕された時明彦はスマホを持っていなかった。だが、それは別の理由によるものだ。今回は、それが功を奏した。

「君は、スマホを持たない。家を調べてみたが、パソコンもなかった。そんな君が、どうやってエロ動画を収拾するのかな?」

 そうきたか。この日村という刑事、揚げ足取りが得意らしい……と思いつつ、明彦は答える。

「それは、プライバシーの問題ですね。僕のエロ動画の収拾手段を知ることと、スタンガン所持という軽犯罪法違反と、どんな関係があるのでしょうね?」

「うん、確かに関係ないね。ただ、別の問題が持ち上がってきたんだよ」

「何ですか?」

「君の住所は、メゾン一徳いっとくの一〇三号室なんだよね? 間違いなく、あそこに住んでいるんだよね?」

 何が言いたいのか見えてきた。平静を装い言葉を返す。

「そうです。それが何か?」

「あの部屋からは、生活の匂いがしないんだよ。冷蔵庫には、ほとんど食品が入っていなかった。ひとり暮らしの男の住まいなのに、卑猥なDVDすら見当たらない。トイレも綺麗なもんだ。陰毛すら落ちていなかった」

「ええ、ちゃんと掃除をしてますから」

「ほう、掃除はちゃんとしていたんだね?」

「はい、していました」

「その割には、冷蔵庫やタンスの上なんかはホコリがついてたらしいんだよね」

 舌打ちしそうになった。本当に細かい男だ。あるいは、ガサ入れに当たった刑事が細かい男だったのか。

「し忘れたんですよ。僕だって、毎日隅から隅まで掃除するわけじゃないですから。あなただって、毎日そこまでやらないでしょう」

「なるほど。確かに、その通りだ。しかし、どうも怪しいな。君は、本当にあの部屋に住んでいるのかい?」

「住んでいますよ。調べてもらえば、僕の名義であることはわかるはずです」

「どうだろうねえ。俺の刑事の勘が言ってるんだよ、あそこに人は住んでいないと」

「だったら、その勘とやらが間違っているんでしょうね」

 そう言って、くすりと笑って見せた。だが、日村はにこりともしない。

「ひとつ教えてあげるよ。事件の捜査にあたる刑事に対して、嘘の情報を流す……これはね、公務執行妨害になるんだよ。少なくとも、その可能性があるのは確かだ」

「はい? 公務執行妨害ですか?」

 口元が歪む。そんなやり方があったとは──

「そうさ。警察はね、お気楽な君なんかと違い一生懸命に事件の捜査をしている。そんな警察に、嘘の情報を流して捜査を混乱させた。これは、立派な公務執行妨害だ。再逮捕のための条件は満たしている」

 なるほど。時間稼ぎのためだけに、そこまでやるのか。重箱の隅をつつく、それが警察のやり口とは恐れ入った。明彦は、呆れ果てた顔でかぶりを振った。

「そう来ましたか。いやはや、警察とは大したものですね。有罪率が高いのも頷けます」

「そう。警察という組織を甘く見ちゃいけない。名探偵シャーロック・ホームズは、優秀な頭脳で事件を解決する。俺には、そんな頭脳はない。だがね、他のものならある。今回は、その他のものをフル活用するつもりだよ」

「そうですか。こうやって、冤罪が生まれていくんですね」

 言いながら、不敵な笑みを浮かべる。

「君は何を言っているのかな。冤罪とは、どういう意味だい?」

「僕は、あの部屋に住んでいます。嘘はついていません。したがって、公務執行妨害は成立しません。残念でしたね」

「ほう。では、住んでいたと証明できるのかい?」

「逆に、僕が住んでいなかった、という証明は出来るのですか?」

 即座に言い返した。住んでいなかった、という完全な証明は非常に難しいはずだ。そんなことに、時間も人員も割けない。住んでいたかは疑わしい、で終わりだろう。つまり、これはハッタリだ。
 しかし、日村は怯まない。

「その証明は、今は出来ない。今は、ね。これから、じっくりと捜査するつもりだよ」

「それは、あくまでも別件ですよね。今回、僕が逮捕された件とは関係ありません」

「どうだろうなあ。君の所持していたスタンガンの出所が、どうにも曖昧だ。盗品の疑いがあったため、住まいを調べてみた。ところが、君は本当はそこに住んでいなかった。嘘の情報を教えたわけだ。これは別件と言いきれるかな?」

 日村の目に、異様な光が宿っている。これは、単純な正義感や使命感から生まれるものではない。恐ろしい執念を感じる。
 この男、いったい何を考えているのだろう……そんなことを思いつつ、明彦はすました表情で言葉を返す。

「完全な別件です。弁護士の浜田先生に相談させていただきますから」

「そうかい。好きにすればいい。弁護士の名前だせば、俺がビビると思っているのかい」



 昼食の時間になり、明彦は独房へと戻された。メニューは、いつもと同じくコッペパンふたつとイチゴジャムにマーガリンである。ここのメニューは誰が決めているのかは知らないが、もう少し変化のあるものにしてほしいところだ。二十日間これを食べさせられていたら、出る時にはコッペパンが嫌いになっているかもしれない。
 食べ終えると、当然ながら暇になる。留置場のつらいところは、暇つぶしの手段が何もないことだ。結果、時間が進むのが異様に遅い。
 しかも、独房では時計を見ることも出来ない。これは、もはや軽い拷問であろう。
 どのくらいの時間が経ったのだろう。不意に、誰かが扉に近づいてくる気配を感じた。

「三番、調べだ」

 声の直後、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
 明彦はホッとなった。これで、どうにか暇つぶしが出来る。立ち上がり、扉が開くのを待った。
 実のところ、これも警察側の計算なのだ。何もすることのない独房に閉じ込められ、暇つぶしの手段を全て奪われる……そうなると、取り調べすら楽しみになるのだ。
 


 取り調べ室にいたのは、いつもと同じ日村刑事だった。机の上には、煎餅やクッキーなどの入った皿も置かれている。
 日村は、缶コーヒーを差し出す。

「コーヒーは飲める? あと、これも食っていいから」

 言いながら、皿を指さす。

「ええ、いただきます」

 遠慮せず受け取った。皿にも手を伸ばし、ポリポリ食べる。安い菓子ではあるが、留置場では御馳走だ。
 そんな明彦に向かい、日村は切り出した。

「これは雑談だから、そのつもりで聞いてね。最近、若い子たちの間で妙な噂が流れているんだ。都内のどこかで、とんでもないパーティーが開かれているらしいんだ」

「どんなパーティーですか?」

「若い女の子が、会場の中央に引き出される。周りにいるのは、悪趣味な金持ち連中だ」

 話を聞いた明彦は、鼻で笑った。もっとも頭の中では、何を言うか考えを巡らせている。

「何ですかそりゃ。女の子を性奴隷にでもするんですか? どこかの童貞少年の妄想でしょう」

「いや、性奴隷ならまだマシさ。そのパーティーの目的は、若く綺麗な女の子を殺すことにあるんだよ」

「バカバカしい。そんなの、嘘に決まってますよ。せっかく綺麗な女の子が目の前にいるのに、殺してどうするんですか。なんにも楽しくない」

「君の言う通りだよ。人を殺して、何が楽しいんだろうね。殺される女の子にも、家族がいるんだよ。両親は、間違いなく存在するんだ。兄弟がいるかもしれないし、姉妹がいるかもしれない。愛し合う恋人だって、いるかもしれないんだ」

 日村の表情は、真剣そのものだった。明彦とは対照的だ。

「ええ、命は大切です。どんな人間にも、人権はありますから」

「そう、どんな人間にも人権はある。何の罪もない女の子を、自分の欲望のために殺す悪魔みたいな人間にも、人権はあるんだよ」

 言葉に熱がこもってきた。目つきも鋭さを増している。明彦を睨みながら、日村は話を続けた。

「そんな悪魔みたいな犯罪者と戦うには、こちらも悪魔にならなきゃ駄目だ。本来なら、手段は選んではいられない。ところが、日本は法治国家なんだよ。人権は守らなきゃならない」

「そうですか。本当に大変ですね」

「ああ、本当に大変だよ。で、話を戻すとだ……世の中には、人を痛め付けることに興奮する人種もいる。ネットで、リョナとかいうキーワードで探してみると、とんでもない漫画が出てきたりするんだよ。君、そういうの詳しいでしょ?」

 今度は、そうきたか。とぼけた顔で、首を横に振った。

「何を言っているんですか。全然知らないですよ。リョナなんて言葉、初耳です」

「へえ、知らないんだ。じゃあ、覚えておきな。世の中には、綺麗な女の子の悶え苦しむ姿が好きっていう人間が存在するんだよ」

「ああ、ドSって奴ですよね」

「まあね。人は誰でも、大なり小なりそういう部分を持ってる。だがね、中にはエスカレートする者もいる。初めは鞭で叩いたり、ロウソク垂らすくらいで喜んでいられたのが……やがて、腹を切り裂いて内臓を出したり、腕や足を切断したりしないと済まなくなる」

「それは違うんじゃないですかね。鞭で叩くのと、手足を切断するのは別のジャンルに属するものです。それを一緒くたにするのは、あまりに短絡的ですね。暴論ですよ」

 思わず言い返していた。直後、しまったと思う。今のは失敗だ。
 だが、日村は何も気付かなかったらしい。

「ふうん、そうなんだ。俺は、そっちの方には疎くてね。ただ、そんな別のジャンルかどうかなんてことは、どうでもいい話だよ。問題なのは、女の子をさらった挙げ句、腹を切り裂いて内臓を取り出したり、手足を切断して喜んでる連中が現実にいるってことだよ」

「怖いですね。そんな人間が実際にいるなんて……まさに、事実は小説より奇なりですね」

「そうだよね。ところで、ちょっと不思議なんだけどさ……君は今、鞭で叩くのと手足を切断するのは別のジャンルに属するって言ったね」

「言いましたよ。それが何か?」

 この男、やはり気づいていた。明彦は、次にどう返すか考えを巡らせる。

「その前に、君はリョナという言葉を知らないと言った。リョナという言葉すら知らなかったはずの君が、鞭で叩くことと手足を切断することは別のジャンルだと言った。つまり、君はそっち方面の知識があるということだ。なぜ、嘘をついた?」

「嘘などついていませんよ。僕は、リョナという言葉を知らなかった。それだけです。あなただって、刑法の全てを知っているわけではないでしょう」

「なるほど、そう来たか。まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。問題は、若い女の子の手足を切り落としたり、腹を切り裂いたりする人間が実在するということだ」

「何を考えているんでしょうね。僕は、そんなむごいことはしたくないですよ」

「俺も、そんなむごいことはしたくない。だがね、そんなむごいことが快楽になってしまった連中がいる。そんな鬼畜にも劣る連中のサークルが、この日本に存在しているんだよ!」

 言った直後、日村の表情が変わった。同時に、いきなり机を叩く。バシンという大きな音がした。
 だが明彦は、すました表情で下を向いていた。このやり方は、裏の世界でも何度も見てきた。普通に話している状態から、突然キレてみせる。慣れていない一般人なら、それだけで怯える。
 ややあって、日村は再び口を開いた。

「そのサークルにいる連中はね、まともなセックスなんか、とうの昔に飽き果てている。美女とのセックスが、快楽たりえない人種なんだよ。あるいは、生まれつきそうした性癖の持ち主なのかもしれない。どちらが先なんだろうなあ。君はどう思う?」

 机を叩いた時とはうって変わって、優しい口調だ。この振り幅の大きさも、彼らの常套手段である。

「知らないですよ。僕に、そんな趣味はないですから」

「知らない、か。俺も、そんなものは知らない。知りたくもないよ。俺が知りたいのは、そいつらが死刑を宣告されたらどんな顔をするか、ってことだけさ」

「そうですか。頑張って、悪い奴らを捕まえてください」

「ああ、そのつもりだよ。そいつらを、絶対に処刑台に送ってやる」

 日村の目は、完全に据わっていた。だが、明彦はくすりと笑う。

「なんとも物騒な発言ですね。刑事さんが、そんな発言していいんですか?」

「いいんだよ。警察は、正義を執行する機関だからね。噂では、そのサークルを仕切っているのは中国人らしいんだよ。確か、チンとかいう名前だったかな」

 一瞬、心臓が跳ね上がる。だが、どうにか平静を装った。まさか、そこまで情報を掴んでいるとは思わなかった。
 一方、日村は異様な表情で語る。

「俺は、そのサークルを絶対に叩き潰す。仕切っている中国人を、必ず逮捕する。それだけじゃない、サークルのメンバーも全員逮捕する」

「凄い気合ですね。頑張ってください。応援してます」

 すました顔で言葉を返した。しかし、日村は意に介さない。一方的に話を続けている。

「死刑になる奴は、ほとんどが直前になると無様な姿を晒すらしいよ。泣くは喚くは暴れるは、まあひどいものだってね。映画やドラマみたいなカッコイイ死に方した奴なんか、ひとりもいないそうだ」

「当然でしょうね。誰だって、死ぬのは怖いですから」

「そう、死が間近に迫れば誰だって怯える。君だって、死刑にはなりたくないよね?」

 そこで、日村はニヤリと笑った。とても嫌な笑顔だ。

「何を言っているんですか。軽犯罪法違反で死刑になるんですか?」

 明彦も笑みを浮かべ尋ねたが、日村は答えなかった。じっと明彦の目を見つめている。そこには、はっきりとした憎しみがあった。
 ややあって、再び語り出す。

「日本では、司法取引は認められていない。だがね、それに近いものはある。自分のしでかしたことを素直に自供し、捜査に全面協力する。これだけで、罪の重さは違ってくる。ましてや、大きな事件ともなれば、その差は歴然だよ。死刑になるはずの人間が、無期懲役になることもある」

 今度は、静かな口調だった。だが、目から憎しみは消えていない。明彦から目を逸らさず、日村は淡々と語り続けた。

「誤解している人も多いが、無期懲役は死ぬまで刑務所に入れられるわけじゃない。無期懲役でも、仮釈放はあるんだよ。十五年も経てば、出られるんだ」

 その時、明彦は口を挟む。

「それは昔の話ですよね。今は、最低でも三十年は務めないと出られません。しかも、認められないケースも少なくないとか」

「詳しいじゃないか。捕まった時に備え、調べていたのかい?」

「いえ、たまたまネットで調べただけですよ」

 答えた途端、日村の目が細くなる。

「ふうん、ネットかい。君は、スマホもパソコンも持っていない。なのに、どうやって調べたのかなあ」

 迂闊だった。だが、この程度なら言い逃れできる。平静な顔で言い返す。

「昔、スマホを持っていた時期に調べてみたんですよ。それが何か?」

「なるほど。君は、本当にベラベラとよく口が回るねえ。まあ、いいや。たとえ刑務所の中で一生を過ごすことになったとしても、死刑よりはマシだよね。そうだろう?」

「どうでしょうね。死んだ方がマシ、という言葉もありますから」



 夕食の時間になり、明彦は独房へと戻された。細かい内容こそ違うが、いつもと同じ弁当だ。
 食事が終わると、することがない。明彦は、仰向けに寝転んた。
 あの日村という刑事は、明らかにおかしい。単純に、刑事としての使命感だけで動いているのではなさそうだ。何か個人的な理由から、この事件に食らいついている……そう感じられるのだ。
 ただ、それよりも問題なことがある。明彦は揺れていた。自身の心の揺らぎを、はっきりと自覚している。日村の先ほどの言葉が、胸に突き刺さったまま離れてくれないのだ。
 自由のない生活、壁に囲まれた狭い独房、日村のねちねちとした取り調べ、他人との会話が許されぬ環境……こうしたものが、明彦の心を少しずつ、しかし確実に弱らせていた。
 その夜、久しぶりにあの夢を見た──






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