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二章

クロード キャロル10歳

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クロードと名前を呼ばれた少年が私の目の前にたつ。

「クロード・ヴァセランです。どうぞお見知りおきください」

声が! 声変わり前で可愛い! ゲームの中の低音のボイスとスチルのままなら、確実に理性が吹き飛んでいたと思う。目の前にいるのは、10歳の幼い彼。同年の少年よりも一回り以上大きい体と精悍な顔つきだけど、少年の幼さの方がまだ目立つ。声も子供にしては低いけど、あどけない柔らかさがある。これなら何とか耐えられる。安心して思わず笑みがこぼれた。私の笑みにクロードが嬉しそうな顔をする。一気に鼓動が跳ね上がる。子供クロードがなんだか子犬みたいで可愛い!

「あちらで、一緒に時間をつぶさないか?」

 エドガー侯爵がお父様を誘って、時間を共にすることになった。クロードと私も並んで父上達の後ろを歩く。私よりクロードの方が頭一つ大きい。ちらちらと横目で確認しあうけど、なかなか会話ははじまらない。お互い身内以外との初めての接触だから緊張するのだと思う。私の方は彼の笑顔一発で、理性を吹き飛ばされかけて戦々恐々として踏み込めないだけだけど。

「ノエル殿は……剣技と剣舞どちらを?」

 クロードが先に私に尋ねてくれる。勇気を出した一言なのだろう。話しかける際に拳に力を込めたのが見えた。ゲームでは無口で無骨、ちょっと怖い雰囲気のクロードが今は少年で、話しかけるのにも勇気を必要とする様子が微笑ましい。

「ノエルでいいです。クロードと呼ばせてもらってもいいですか?」

 私の言葉に嬉しそうにクロードが頷いて見せる。

「クロードでいい。言葉も丁寧にしなくていいか?」

 私も頷く。なんだが言葉遣いが変わると、ゲームのクロードの印象が強まる。地雷発見。また、どきどきしてきた。

「私は剣舞です。クロードはなにを?」

「俺は剣技にした。踊りは苦手だ」

 まずい。まずい。まずい。言葉の端々がゲームのクロードと重なりだす。できるだけ、ゲームと切り離したい。でも、私の頭が、ゲームのクロードと少年クロードの切り離し処理が追いついていない。

「クロードの剣技なら、絶対かっこいいよ。応援するね」

 思わず心からの本音が滑り出る。私の言葉に満面の笑顔で、ああ、と短く返事を返すクロードに私は完全に白旗を上げた。ジルを呼んで、洗面室に一旦避難だ。

「ノエル様、大丈夫ですか?少し顔が赤いですよ」

 ジルが私の額に手を当てる。まさか、十歳の攻略対象者に心を撃ち抜かれました、とは言えない。

「大丈夫です。人が多くてちょっと上せてしまいました。顔を洗ってくるので待っていてください」

 お城の洗面室は広い個室のような作りになっているので、中身が女の子の私にも有難い。とりあえず、顔を本当に洗う。鏡に映る自分の顔は、確かにちょっと赤い。深呼吸三回。気持ちを落ち着ける。
 今は、男の子だ。クロードはゲームの中で無口で不愛想だけど、本当は優しくて面倒見のいいキャラだ。剣は学園で一番。私も剣が好きだし一緒に練習とかできる。共に剣の道を究めるために汗をながす、強敵に頼り頼られ立ち向かう。なんか青春だ。スポ根、熱い男の友情。切り替え。切り替え。「キミエト」攻略対象から、ノエル友人対象。

「よし。クロードと友達になるのです!剣を交わして切磋琢磨するような男の友情をはぐぐみましょう」

 私はそう決意を呟いて、洗面室をでる。出た拍子に人とぶつかり思わずよろめく。
 相手の顔を見れば、見覚えがあった。民事院でこちらを睨みつけていた貴族の子だ。こんな時は、お互い様だし私から謝罪の言葉をかける。

「大丈夫? 失……」

「弱いんだな。侯爵子息って、どんなのかと思ってたけど。そっか父親はアングラードだけど、母親は倉庫番だもんな。侯爵の名前だけで威張るなよ!」

 にやりと笑うと、少年は洗面室から脱兎のごとく逃げ出す。突然の暴言にわたしは思わず放心していた。そして、徐々に怒りが湧いてくる。父上から聞いた、裏での落とし、けなしの子供バージョンだ。侯爵ってだけで悪意むきだしの人もいるから気を付けてね、にやりと笑う狸が脳裏に浮かぶ。

 控室に戻ると、国王の謁見の間に続くドアの前で、文官が声を上げる。

「公の儀を執り行う。参加者は前へ!」

 私はクロードと合流して二人揃ってそちらに向かった。案の定ここでは爵位によって並ぶ位置が決められるようだ。私とクロード最前列中央になる。左右に並ぶのは白い飾り紐だから辺境伯の令嬢、令息だ。

「なんだか緊張するな」

「本当ですね。最前列としてお互い頑張りましょう」

 クロードと励ましあう。先ほどの暴言の子が気になって振り返ると、三列後ろにいた。案の定すごい顔でこちらを睨みつけているが、気づかないふりをする。

「これより公の儀を行う。国王陛下の前に着いたら合図をするので跪くように。その後、一人一人名前を呼びあげる。呼ばれた者は立ち上がって陛下に礼をとりなさい。全員終了したら退出する。終了後は、男爵家より舞踏会場の硝子の間の庭にて披露目を行うので集まるように。では、参る」

 その声で謁見の間のドアが開かれる。
 私とクロード、辺境伯の子はさすがに儀礼での手順や歩き方まで学んでいるようだ。初めてなのに、前列を乱すことなくお互いの歩調を自然に合わせてくる。なんだか胸が躍る。今まで誰と張り合うこともなかったから、高い技術を見せ合うこの状況はおもしろい。
 心地よい緊張と高揚感の中で、陛下の前まで先導の役割を果たす。文官の合図にあわせて子供たちは一斉に跪いた。後方に少し人の遅れる気配を感じて、惜しいと思うが自分の手の届かない事なので仕方ないと思い直す。
 国王陛下はアレックス王子の祖父にあたる方だ。大きな改革はないが、争いが少ない平穏な施政で長く安定を守っている。白いお髭に白い髪、青い瞳はアレックス王子と同じ色だ。下がった目じりは微笑んだ時の王子に似てる。

「民事院より、陛下にご報告を申し上げます。本日26名の貴族の登録がございました。これより名を呼びあげ、陛下へご挨拶を申し上げます。

 アングラード侯爵家よりノエル」

 民事院院長が私の名前を最初に読み上げる。クロードか私だと思っていたが、私の名前の方が先に呼ばれた。伯爵家のくせに大したことない、少年の言葉が思い出される。悪意上等です。受けて立ちましょう! 
 お父様の教え。名前も知らない奴の悪意は、とりあえず絶対的な存在感を示して威圧しろ。
 私は指先まですべての神経に気を配る。音もなく立ち上がると、敬愛を込めた柔らかい笑顔を浮かべた。指先一つ、衣類の衣擦れまで細心の注意を払って優雅に美しく礼をとる。礼は貴族の基本だ。基本だからこそ立ち居振る舞いの圧倒的な出来は目を引く。周囲から感嘆の吐息が零れた。

「ヴァセラン侯爵家よりクロード」

 私の隣でクロードが立ち上がる。こちらは力強さを感じさせる礼だ。一つ一つの動作が折り目正しく見るものの気を引き締める存在感がある。周囲からおおっと声が上がる。
 次々と名前が読みあがる。周囲から抑えられない反応が上がったのは私とクロードだけだ。
 無事に公の儀が終わる。心地よい高揚感と暴言の子への対応で、お城の門で感じた国王を欺く重圧を忘れることができた。災い転じて福をなすだ。
 胸を撫でおろして、控室に戻れば父上と母上が笑顔で迎えてくれる。

「どうでしたか?上手でしたか?」

 後ろで見守ってくれていた母上に聞いてみる。思いっきり褒めてほしい。母上が優しい笑顔で応える。

「ええ。とてもよく出来ていました。では……剣舞も頑張りましょうね!」

 失敗した。母上の気持ちは剣舞のお披露目一直線だ。父上の方をちらりと見ると、両手を広げて待っている。少し迷った後、父上の側に一応移動する。一応ですよ。母上の褒めが物足りなかったからではありません。さあ、褒めて甘やかしてください。

「クロード、舞踏会も一緒に参加しよう」

 同じように両親に褒めてもらっているクロードを誘う。緊張の場を共に乗り越えて、すっかり友人気分だ。

「ああ、もちろん」

 クロードは口数は少ないが、誘えば嬉しそうに笑ってくれる。できればよく見える席で見たいね、と私たちは並んでの硝子の間の庭へむかった。
 騎士の子のクロードと剣術大好きな母に師事していた私は、お互いに剣術の話題が豊富で話が弾む。

「気になってたんだが、ノエルのその剣はどうなってる?」

 クロードが私の剣を興味深そうに指さす。今日の私は剣舞の為に二本差しだ。もちろん中身はお母様ご愛用の細身の剣。

「私専用の剣なんだ。力がある方じゃないから、一般の剣より細身に作ってる」

 取り外して鞘ごと渡す。興味深そうに、柄の部分をもって重さや握り具合を確かめていく。剣身の長さも気になるようで自分のものを並べて嬉しそうだ。お母様も剣を眺めるときはこんな表情をしている。武人の血とはそういうものなのかもしれない。

「ありがとう。面白いけど、俺には少し軽すぎる。それから……いや、いい」

「何かきになるなら言ってほしいな? 剣は母上がピロイエ伯爵家の出だからこそ、研鑽を積んできた品だよ」

 私はわざと母の実家の名前を出す。暴言の子からピロイエ伯爵家はひどい言われ方をした。以前おばあ様も同じように言った。私はおじい様が好きだし、誰も好まない大事な仕事をまじめに引き受けるピロイエ伯爵家を誇り高いと思う。だから、同じ騎士で騎士団長の子であるクロードがどんな反応するのか知りたかった。

「さすが古い武家だ。よく研究してるのがわかる品だと思う」

 クロードの言葉にほっとする。貶したり、気を使って褒めたら私は深入りするのをやめた。何の飾りもない素直な言葉で、それが人を傷つけない。クロードはいい子だ。そんな子を試す発言をとった自分はずるい。狸の教育のせいだけど、やっぱりこういうのは駄目だ。

「クロードの剣は、子供のじゃないよね?」

 小さな体にまだ大きく見える剣は、騎士団で使われる正規サイズに見える。子供にはかなり重いはずだ。それでも晴れ舞台に選ぶなら、かなりの腕前で使いこなすことができるのだろう。

「ああ。俺は騎士の剣が使いたいから」

 短い返事だけど、騎士の剣を持ったことのある私は、どれ程の努力が必要なことかよく分かる。持ちたいから持てるそんな甘いものではない。構えるだけでも相当の筋力とバランスを必要とする。扱うなら尚更だ。初めて飛び出した外の世界は広く、上を目指す人がいる。努力を続けていたのは自分だけではないと思い知る。

「すごいな、クロード。私も自分の希望を叶える努力を怠らないようにしないと」

 驚いた顔でクロードが私を見て、照れたような顔を浮かべる。それから、私の背中を思いっきり一つ叩いた。私も一つ背中を叩き返すと、お互いににやりと笑いあった。

 硝子の間の庭には舞台が設置されている。公の儀の後の子供たちが披露に立つ場でもある。見やすい位置を確保する。どんな腕前の子たちが出るのか楽しみだった。

「いまいちだな」

 披露が始まって何組かで、クロードが微妙な顔をして呟く。私も同じようにうなずく。クロード、共に前列を歩いた辺境伯の子供たち、そのレベルの高さを知ったからこそ他の子のお披露目内容にも期待をしていた。でも、目の前で披露されるのダンスと剣技は、悪くはないが期待したレベルではない。多分、クロードも同じように感じているのだろう。徐々に私たちは、舞台を見ることから、小声で話をすることに夢中になっていく。

「鞘はどこで買った? 見た時に、飾りが気に入った」

「え? これ気に入ってくれた?」

 剣の鞘には、ワンデリアの職人が作った細工が飾られている。
 キャロルでない私は、現地へ行くのを当面控えるよう父上から言われてしまった。その為、作業はジルを通じて手紙で職人たちとやり取りすることしかできなかったのだ。そんな状態でも彼らは、私の手紙での一方的な要求に最大の努力を返して作り続けてくれた。結果、私の期待以上の品が完成する。
 鞘の飾りの完成品には、マノンから手紙が添えられていた。今も喧嘩はするけれどもサミーの発言が変わってきた事。空気みたいでいない人だったヤニックが素晴らしいデザインを描き起こし存在感を見せている事を教えてくれた。そして、自分も彼らの技術を盗んで成長しているから、次に来る日を待っています、と綴られていた。今はキャロルとして会う事は叶わない。けど、彼らの努力と成果を私はこの場にちゃんと連れてきた。今日は私が全力で彼らを宣伝する番だ。私は作品である鞘を握りしめた。
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