悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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序章

ワンデリア 9歳キャロル

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 扉を開けた先に見えるのは真っ暗な闇。ワンデリアにつながっているゲートと教えられていても怖い。しかも、先ほどから闇から出てきた靄が私の体に纏わりつく。お父様にしっかりしがみつく。

「キャロル様、大丈夫ですか?」

 お父様に抱っこされているせいで、思いのほかジルの顔が近い。落ち着いて、と自分に言い聞かせる。ジルはもうちゃんといつも通りだ。主の私がいつまでもおろおろしている訳にはいかない。

「はい。靄が私のところに来るので、気になるのです」

「闇の魔力が惹かれているなら、キャロル様は闇属性かもしれませんね」

 悪役令嬢の属性は闇と設定にはあったので、私は間違いなく闇属性だ。見ると、属性が違うのかジルやクレイには靄はまとわりついていない

「アングラード家は腹黒いせいか闇属性の方がとても多くいらっしゃいます。レオナール様も含めて歴代の当主はみな闇属性です。キャロルお嬢様も当然可能性が高いでしょうね」

 クレイが教えてくれる。途中に辛辣な言葉が入っていた気がするが気のせいだろう。同じ属性に魔力が魅かれていると聞いて落ち着けば、靄が触れた場所がとても温かく心地が良いことに気づく。なんだか疲れも取れてきている気がする。

「キャロル。一つ逸話を教えてあげよう。幼いうちに自分の属性の魔力に触れると魔力量が増える。ある貴族少年が水属性の土地で心地よさ覚え、家族も子供も水属性だと信じた。魔力量を増やそうと水属性の土地に移り住む。しかし、大人となり属性を確認したら風属性で水属性の地にしか触れてこなかった子供の魔力量は最低の量だった。不確定なものを盲信するのは危険だ」

「なぜ、その子は水属性の土地で心地よさを感じたのですか?」

「近くで大きな祭りが行われていて、儀式として大規模な風魔法が使われた。少年に惹かれたのはその祭りで使われた魔力だったわけだ」

 なんだか可愛いそうなお話だ。せっかく土地を移り住んでまでに伸ばそうとしたに無駄になるなんて。ジルから聞いた話だとエトワールの泉を使えば属性は判ると言っていた、早くに属性を知れば魔力量はどんどん増やせる。小さいころから魔法教育だってできるから、悪いことではない気がする。なぜ、そうしないのかお父様に尋ねる。

「確認してしまうと、そこで魔力量の成長が止まってしまうんだよ。古い貴族程、一族の属性の偏りが大きいから同属性のものが集まって、特定属性の魔力は伸びはいい。属性が一族と違っても普通に一定年齢まで生活していれば、ある程度は伸びていける。だから、早めに確認するより自然に任せるのが良いされているんだ」

 今の話だと、私はあまり恩恵を受けていないことになる! アングラード家の人間との接触がない。お父様しかいないのだ。明日からはできるだけお父様にくっついて過ごしたほうが良いのだろうか。
 お父様がゲートに向かって手を入れる。徐々に靄が落ち着きを見せて、扉の向こうの闇は真っ暗な水の壁のようになった。

「四人ならこのくらいの魔力で十分かな。移動する前にはこうして魔力を流して、ゲート内を落ち着かせる。当主、その妻、その子供は僅かな魔力で移動可能だ。つぎに我々と誓約を結んだ従者が比較的少ない魔力で使用ができる。それ以外の人間が使おうと思えば相当な魔力を注ぐ必要がある。きちんと流さないと迷子になって出られないから注意するように。クレイ、先にいって安全の確認を頼む。ジルも後に続け」

 クレイ、ジルが順番にゲートに飛び込む。黒い水の中にのみこまれて、あっという間に見えなくなる。お父様は二人が確認を終える十分な時間を待つようで、すぐに飛び込まない。迷子になるなんて言うから、私は二人が無事に着いたのか気になってしまう。ゆっくりと三百を数えた頃お父様が私を抱え得てゲートに飛び込んだ。 

「うわぁ!」

 思わず息を止めてしまう。水の中に飛び込んだような、適度な圧力で闇に体全体が包み込まれる。真っ暗で怖そうなのに、中は温かくて体がとても軽くて楽だ。ゆっくり息をしてみる。大丈夫ちゃんと息ができる。むしろ前世で滝の側にいる時に似た清涼感があって気持ちいい。その中を数秒お父様に抱かれて進む。あまりにも心地よくて一瞬睡魔におそわれそうになり、頭を振る。突然暗闇が消えて、白い石造の通路にでた。

「レオナール様、お待ちしておりました」

 クレイとジルが先に周囲の状況の確認や用意を済ませて揃って待っていてくれる。迷子になっていなくて本当に良かった。廊下を進み階段を上れば、部屋には既に明かりがともされていた。ここは領主の館の執務室のようだ。サイズを揃えて切り出した白い石が並ぶ壁は硬質だがとても美しく、洗練された黒い木材の家具がよく合っている。

「すごい、白い石の壁です!領主の館ですか? 早くお外にも出てみたいです」

 お父様が頷く。こちらは夜は涼しいからと、館に置いていたストールで頭から私を包んで館のバルコニーに出る。
 この世界の本はインクで書かれている。前世のように鮮やかな写真は存在しない。普通の山の挿絵も白と黒。ワンデリアの挿絵もすべて白と黒だった。挿絵に添えられた白い岩肌にかこまれた土地の文章から何度も想像してきた。でも想像とは全然違う。初めて見る現実のワンデリアは想像を超えた美しい白と黒の世界。滑らかな白い石でできた山肌は月明かりに照らされて美しく、夜の闇と影、地下渓谷は漆黒の闇。はっきりしたコントラストと雄大な地形が生む景色に息をのむ。

「とても、きれい……」

 私はお父様の腕の中からその景色に見とれる。建物を仰ぎ見れば白い石を四角く切り出しくみ上げられて作られた建物のようだ。石造りの一般の工法と同じようだか、白い石に変わるととても綺麗で幻想的だ。どうしてもっと白い石の建物がふえないのか不思議だ。
 よく見たくて体を乗り出そうとした瞬間、下った先の平地に真新しい木造りの家が並ぶのが目に留まる。新しいがとても小さい。かまどや料理道具、様々な道具が外に出しっぱなしだ。魔物に襲われるたびに壊れるから、最低限の寝場所だけのためにつくられた家なのだろう。そんな家が殆どだ。いくつかの家には僅かな明かりが揺れている。その明かりはとても細くて心細い。

「領民の家は、はやはり木造りの家なのですね」

「ワンデリアの石は一定の割合で柔らかい屑石が混じるから、形の揃った大きなサイズの石を切り出すの難しい。切り出した石はの多くはもろくて、厳選しないと領主の館のように建物としてつかえるものにならない」

 お父様の説明に頷く。石が脆い。その事実は、私が提案した村づくり計画は実行できないということだ。
 私にとってワンデリアは没落の日に追いやられる最悪の土地。自分の未来のために、いつかのための保険として改善しなくてはと思っていた。今はそこに住む人の暮らしを目の当たりにして胸が痛い。ここが領民の暮らしのがある土地で、私の未来は先でも、領民にとっては今目の前の現実であることを痛感する。

「次は今進めている採掘地にご案内致します」

 クレイがランプを用意して館の外に案内してくれる。先ほど見えた領民の村とは反対側になる。荷物も運ぶためにだろうか、段差を整えた道を行くと、岩の上を切り立った双子のような山影がみえる。
 あの案が使えたら、あの山に家を作りたかった。それぞれ両側に家を作れば、前世の吹き抜けのあるショッピングモールみたいになる。半年以上を必死に取り組んだ課題だったので諦めきれない自分に苦笑する。
 前世で社会人だったころは諦められないぐらい心を残す仕事なんてなかった。頑張らなかったことを後悔したぐらいだ。私、変わったよね。次はいつかの未来の為じゃなくて必ず明日の為にワンデリアに何かしたい。そう思うと、未練が消えて力が湧いてくる。

 暗闇の中、月明かりとランプに照らされた双子の崖には、いくつもの採掘道が等間隔に並んでいる。上の段に登る階段も、上階の通路もきちんと山肌の石を削って作られている。これなら作業中襲われても逃げやすいだろう。何よりも、採掘場なのに白い壁に小さな出入り口が並ぶ見た目がとてもかわいらしくて思わず笑みがこぼれた。

「キャロルお嬢様、中もなかなかの見ものですよ」

 クレイが一番手前の入口を指して勧めてくれる。では、と私が答えるとお父様が移動してくれる。

「これ……」

 入口をくぐると、そこには私がイメージしていた家があった。大きくはないけれど家族が何とか生活ができるスペース、奥にも小さな入口がある。お父様にお願いして奥も連れて行ってもらう。そこは残念ながらまだ通路のような状態で行き止まりになっていた。

「お父様! これどうして?!」 

「面白いねぇ。キャロルが私と同じ発想にたどり着くなんて」

「でも、石がもろいって……さっき言ってたじゃないですか!」

「切り出したら脆いよ。でもね、こうやって岩山の構造を丸ごと使って継ぎ目を作らないようにするとね、とても頑丈なんだ。キャロルも言ってただろ屑石が柔らかいと、あの石は継ぎ目がない構造なら負担を柔らげる役目をしてくれるらしい。キャロルの望んでいた強度調査の答えだよ」

「お父様すごいです! 石が脆いって認識が先にあったら、その先にはなかなか進めない。私は先ほどもう自分の案は失敗だって諦めてしまいました」

「何かしたいなら、徹底的にしがみつくのは大事なことだよ。覚えておきなさい」

 お父様の話だと1年前から着手しているらしい。継ぎ目を決して作らないようにするために壁は厚くする。領民と相談してとどの程度の家を作るか、どの位置に掘るかをを考えて設計図をつくり説明する。これに一番時間を要したそうだ。設計図さえできれば、領民は筋金入りの採掘士だ。自分の採掘を兼ねてどんどん自宅を掘っていく。早い者は二部屋目の採掘の半ばに入っており。一番遅い者もあと数日もすれば一部屋はできあがる。来月からは徐々に入居を始めるそうだ。

「よかった。これで魔物にお家が壊される心配はなくなるのです」

 震えるような達成感。お父様が先に発案して着手したものなのだけど、私が考えていたものと同じだからまるで自分の発案の出来上がりのように感じる。他にも何かできるかもしれない。もっと、やってみたい。

「私、お父様のお手伝いがしたいです」

 お父様が面白そうな顔をしている。でもその目の奥がいつもと違って何かを推し量ろうとしている。何を? 私のやる気? 手腕?

「でも、キャロルは領主にはなれない」

 領地は当主が自身で治めるか領主を任命する。年齢は関係ない。早い子ならば生まれてすぐに領主になる。もちろん自身が治めるまでは代行に任せることになるのだけど。ただ、この国では領主は男性しかなれない。当主も騎士も文官もだけど。

「では、いろいろ考えてまたお父様に提案を持って行ってもよいですか?」

「時間があるときなら見てあげるよ。キャロルがそれで満足するならね……」

 それしか方法がないのだから仕方ない。自分でいろいろ動くことはできないのは残念だけど、少しでもワンデリアを発展させることに関わらせてもらえる事が決まり、お父様の首にぎゅっと抱き着く。

「旦那様、キャロル様。気のせいかもしれないのですが、一瞬なのですが風の動きがおかしかったように感じました。安全のためにもそろそろお戻りになりませんか?」

 ジルから声がかかる。どうやら、ジルはずっと風魔法で周囲を警戒してくれたらしい。お父様はうなずいて去ることを認めたものの、何か用事があるのか名残おしそうな顔で動き出さない。クレイが小さな声を上げる。

「キャロルお嬢様。とても大事なことをお忘れです。よーーーく考えて下さいませ。」

「? ? ?」

 私は小首をかしげて考える。一つ思い出す。屑石と言われる石を持ちを次の提案の為に持ち帰らなくてはいけない。ジルに伝えれば、すぐに採掘場に落ちた適当な大きさの屑石をスカーフに包めるだけ包んでくれる。これを持ち帰って次は職人を探すのだ。でも、石を用意たジルが微妙な顔をしている。どうやら私は間違えたようだ。

「キャロルお嬢様。違います。腹黒いくせに鈍いのではいけません。よく考えて下さい。細かいことまで覚えておいて、上手に手の上で転がせるようにならなくてはなりません」

 クレイがまた間に酷いことを挟んでくる。もっとこう真摯で無口な人だと思っていたのに、いじめっ子認定。どう考えても大事なことは他に思いつかない。クレイがものすごくイライラした顔してる。怖い。助けを求めてジルを見れば、目線をお父様の方に向けている。お父様が関わることなのですね! 私は穴が開くほどお父様を見つめる。何か待っている顔をしているのは分かるのだが心当たりはない。再びジルに助けを求める。

「キャロル様。ピロイエ伯爵に旦那様はプレゼントで負けたと謙遜しておりましたが、私はのそようなことはないと、心底感服いたしました。さすが旦那様でらっしゃいます」

 お父様が我が意を得たりと頷く。ジルの助け舟に感謝するけど、面倒くさいですよ、お父様。クレイが畳みかけるように手を叩いて言う。

「大ヒントです、キャロルお嬢様。世の中の面倒な演出好きの人物が、相手にどのような反応を求めているかよく考えてご対応ください!」

「今年のプレゼントはおじい様には内緒ですが、お父様が一番素敵でした。お父様、世界で一番大好きです」

 私はお父様の頬に口づける。満面の笑みでお父様が歩き出した。
 背後でジルが一瞬後ろを振り返った。また、何か感じたのだろうか……。気にする私に、ジルが優しく微笑んでくれた。心配いらないということなのだろう。私の初めてワンデリア訪問が終わる。気づけばお父様の腕の中で、帰り着く前に私は深い眠りに落ちていた。

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