悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

文字の大きさ
上 下
6 / 77
序章

お父様へのお願い キャロル8歳

しおりを挟む
「おかえりなさいませ、お父様」

 私は階段の踊り場からお父様を精一杯、冷ややかに見下ろす。

「ただいま、私の天使!」

 お父様は優男風の人懐っこい笑顔全開で、腕を広げて近づいてくる。それに捕まらないために更に2階へ駆け上がる。

「お父様がこないだのお返事をちゃんと下さるまで、私は絶対近くに行きません!」

「そんな悲しいことを天使に言われてしまったら、お父様は明日からお仕事が頑張れないよ」

 悲しそうにお父様が眉を下げる。かつて社交界で美男子と誉の高かったお父様は30半ばなのに困り顔がとても可愛い。でも、騙されてはだめ! お父様は相当の狸なのです。
 私がお父様に3つのお願いをしたのが3か月前。何度も催促しているのに一向にお返事がもらえない。毎度毎度、うまく躱される。私に甘いお父様ならすぐ叶えてもらえると思っていたので予定外だ。

 「だったら、お願いのお返事を下さればいいのです! 
 家庭教師を見つけて下さること。剣の先生を見つけて下さること。ワンデリアにあるアングラード領地についての現状を調べていただくこと。
 どうして、この3つのお願いにこんなに時間がかかるのですか?! 」

「ん~。お父様も善処しているのだけど、なかなか難しいのだよ。ごめんね、キャロル」

 言葉は謝ってますが、絶対悪いなんて思っていない笑顔に8歳に23歳を足した私はごまかされない。

「嘘です。未来の宰相と言われるお父様が、この程度のことに3か月もお返事いただけないなんて私はがっかりです! お父様、嫌い!」

 お父様は打たれ強い。お仕事でいろんな方の陳情を聞くから身についたのか、元々の性格なのか、ほかに理由があるのか、とても打たれ強い。この程度の言葉、蚊に刺されたぐらいだ。
現に笑顔でじりじりと私に近づいてくる。一目散に廊下を駆け抜け、部屋に飛び込み鍵をかける。

「答えを持って来て下さるまで、お父様とは仲良くしません!」

 お父様が寂しそうにお部屋のドアを叩くけど、無視する。心が痛まないわけではないけど、我慢。
 私も必死だ。この3か月は自分なりに本を読み、マナーや立ち振る舞い、体力づくりにいそしんだ。
 おかげで、書庫の本はほぼ読み切ることができた。マナー、立ち振る舞いはお母様、使用人たちに絶賛されるれレベルに達した。体力だって庭をマリーゼより長くぐるぐる走っていられる。ついでに柔軟だってばっちりだ。
 一人で屋敷の中で向上できることが、もう限界にきている。

「どうなさったの?」

 扉の向こうでお母様の柔らかい声が聞こえた。私とお父様の騒ぎが聞こえてしまったようだ。
 お父様が、もごもごと口ごもる。お願いついて、お母様には話していない。お勉強や振る舞いはともかく、剣のことや、ワンデリアのことはあまりいい顔をされないと思ったからだ。お父様もどうやらお母様には、私からお願いをされたを話していないようだ。

「キャロル。何があったの?お父様は要領が得ないし。出てきてお母様にお話してちょうだい」

 どうしよう? お母様にお話しすることで改善が望めるか、それとも道を断たれるか。
 私はゆっくりとドアを開けると、お母様に飛びついた。

「お母様。お父様がひどいのです!私と大切な秘密のお約束をしているのに、ちっとも守ってくれないのです」

 ちょっとずるいけど泣きまねをしてお母様に縋りつく。お母様が優しく頭を撫でてくれる。お母様に秘密にしつつ、お父様にプレッシャーをかける作戦だ。

「まぁ、レオナール。キャロルはこう言っているけど、本当なの?」

 お父様はお母様にとても弱い。社交界でシラリリスの君と呼ばれた美しいお母様。シラリリスは白百合によく似た花で、凛とした佇まいと、清純な儚さがある。そんな美しいお母様に、お父様が一目惚れして大恋愛の末に結ばれたそうだ。今も、美しいお母様をとても愛しているのが日頃の様子からよくわかる。

「うん。まぁ。ちょっと事情がね」

「二人とも何をお約束したのです?私ができることがあるなら……」

「秘密です!」

「秘密だ!」

 お父様と私は声をそろえる。お互いお母様には内緒のようだ。

「お母様。大丈夫です。とても簡単なお約束事なのです。お母様にこれ以上心配をかけないように、お父様はきっともうすぐ叶えて下さるはずです。キャロルは信じます」

 私はとびっきりと思われるような笑顔をお母様にむけて宣言する。お父様を追い込む。

「わかりました。レオナールは、ちゃんと約束は守ってあげて下さいね。キャロルも、お父様に無理を言い過ぎてはいけませんよ」

 お母様の笑顔に私とお父様は頷きあう。これで、お父様のお尻に火が付いたはず。

それから、3日が過ぎる。お父様からのお返事は一向にない。毎日笑顔で帰宅して、私を膝に乗せてにこにこしている。なのに、返事はもらえていない。狸お父様に対して改めて対応が必要そうだ。
 ノックの音がして、マリーゼが声をかける。

「お嬢様。モーリス・ピロイエ伯爵がおみえになりました」

 おじい様がとは、秘密の遊び場で会って以来だった。

「キャロル!」

 ドアからおじい様が飛び込んできて、私を抱きしめる。頬ずりはちょっとご遠慮したい。

「おじいさま。お久しぶりです」

「あぁ。こないだは本当にすまなかった。儂が付いていながら怪我をさせてしまって。もう、大丈夫なのかい?傷が残ってしまって、おじい様はどうしたらいい?」

 おじい様は軽いパニック状態だ。私が倒れてしまって数日お見舞いに毎日駆けつけてくれていた。けれど、目を覚ます前日に仕事でどこか遠い領地に長期間向かうことになってしまったと聞いている。
 おじい様は、戦備前準備部隊の隊長を務めている。騎士団の部隊の一つで戦いに備えて平時からあらゆる品物を管理する独立した部隊になる。今回も備蓄に適した品の情報があり、遠方まで調べに行ったそうだ。
 お手紙を差し上げて元気だとご報告はしていたけど、会うまでずっと心配だったのだろう。

「本当に元気になりましたわ。おじい様、この間は素敵なプレゼントをありがとうございます。とても楽しかったのです」

 黒縁眼鏡の中で目がぴったりと閉じてしまう笑顔を浮かべる。おじい様の一番の笑顔だ。
 マリーゼにお茶の用意をするよう告げて、おじい様に席をすすめる。

「そういえば、おじい様。私あの丘で子狸さんと遊んで連れ帰ってしまったのです。ジルに丘に連れ帰って下さるようにお願いしたのです」

 金の髪に紺碧の瞳の少年を思い出す。私の初めてのお友達だ。別れ際に心配を残してしまって申し訳なく思う。私が倒れてしまって、送り届けることはできただろうか。

「ああ、キャロルが倒れた時に叫んでいたね。ジルにはちゃんと約束を果たさせたから安心おし」

「良かった。ジルはどうしていますか?」

 ジルのお役目は私を守ること。私の不注意による怪我でも責任を問われる恐れがあった。

「キャロルはジルが罰せられるのは嫌じゃろ?」

「はい。あれは私の不注意なのです」

「ジルへの処分は、儂と遠方の仕事に同行し、同じようなミスが二度おきないように説教されて、もう一度鍛えなおされること」

 おじい様が悪戯っぽく笑う。その罰は実質的なおとがめなしに値する。

「おじい様、大好きです!」

 おじい様は本当に私が喜ぶことをよく知ってる。
 男の子とジル、二人と過ごした三か月前のことがとても懐かしい。あの日があって今の私がある。

「これをキャロルに。ジルから預かってきた」

 小さな包みを受け取る。開くと白い石を大輪の花に模して彫刻した手のひらに乗るジュエリーケースが出てきた。

「ワンデリアの石を加工したものか。今回の道中で購入したと言っておったが」

「ワンデリア……。おじい様はワンデリアに滞在したのですか?」

 思いがけない形でワンデリアの名を聞く。

「いや、今回は移動の際に端を通過しただけじゃ。何もない土地ゆえ、用がない限りは滞在の機会はない」

 やはり魔物がでるワンデリアは用がなければ、人はあえて立ち寄らない。豊かな土地では決してないのであろう。

「こんなにきれいな品があるのに、何もない土地なのですか?」

「白い石はワンデリアではよくとれるものじゃ。砕いて庭石として流通しているのは知っていたが、そのように加工されているのは儂も初めて見る」

 まじまじとジュエリーケースを見る。丁寧に繊細な加工がしてあってとてもきれいだ。売っていたら女の人は絶対に気に入ると思う。
 これはワンデリアで作られたものなのか、どこで購入したものなのか。ジルなら詳しく知っているはずだ。
 そうだ! ジルに剣を教えてもらうことはできないだろうか? 穏やかで優しく物腰も上品でお父様もお母様もジルだったら私の先生としても許してくれる。私もジルにまた会うことができる。

「おじいさま! お願いがあるのです!!」

「こないだのお詫びじゃ、なんでも聞くぞ」

「私、剣を習いたいのです。ジ……」

「ソレーヌに習えばよいではないか」

「え、お母様……?」

 思いがけない名前が飛び出す。

「うむ、ソレーヌは剣が使えるぞ。我がピロイエ家は人気のない戦備前準備隊だが隊長をずっと務めている武官の家柄。ソレーヌはそこらの男よりよっぽど強いぞ」

 社交界のシラリリスの君。儚げな銀の髪とオリーブの瞳で評判の美女。それがお母様のイメージだった。物腰もとても優美で女性らしくていつも穏やかに微笑んでいる。剣を扱う姿なんて全く想像がつかない。

「お母様が剣なんて想像がつきません!」

「そうか? 」

「そうです! 社交界のシラリリスの君です! それが剣を持ってなんてイメージが違いすぎます」

 おじい様が複雑な顔をされる。ちょっと迷った後に口を開く。

「社交界のシラリリスの君。確かにソレーヌが美しいからついた名なのだが、もう一つ裏話がある。絶対に倒れない女。……あとはお父様にでもきいてみるといい」

 おじい様が失敗しいたような顔をしている。お母様の昔のお話はあとでお父様にゆっくり、ゆっくり伺うことにする。

「それにしても、キャロルが剣か……。可愛いじゃろうな。
 ソレーヌは最初は剣が重くて持つこともできなくてのぅ。よちよち歩きで、そこらにある枝を兄たちを真似して振り回しておった。小さい木の剣をつくってやったら、お父様大好きと抱きついてなぁ。
 ちょっと大きくなれば、兄たちに普通の剣では勝てぬと、自分用に細身の二本の剣を作ると言いだして。こっそり儂が仕立ててやったら、またお父様大好きといって……」

 おじい様が嬉しそうな顔で昔のお母様の思い出話を語る。よちよち歩きから木の枝を振り回すお母様。伯父様たちに勝つためにわざわざ剣を作るお母様。私の中のお母様のイメージが音を立てて崩れていく。

「あの、お母様の道具はまだありますか?私は道具も持っておりませんの。頂きたいのです。」

「まだ儂の屋敷にのこっておるから、あとで届けさせよう。扱いがなれて最初の剣を作る時はおじい様が仕立ててあげるからな、任せておけ!」
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

暁にもう一度

伊簑木サイ
ファンタジー
成り上がり貧乏辺境領主の後継者ソランは、金策のため、「第二王子を王太子になるよう説得できた者に望みの褒美をとらす」という王の頼みごとを引き受けた。 ところが、王子は女嫌いということで、女とばれないよう、性別を隠して仕えることになる。 ソランと、国のために死に場所を探している王子の、「死なせない」と「巻き込みたくない」から始まった主従愛は、いつしか絶対に失いたくない相手へと変わっていく。 けれど、絆を深めるほどに、古に世界に掛けられた呪いに、前世の二人が関わっていたと判明していき……。 『暁に、もう一度、あなたと』。数千年を越えて果たされる、愛と祈りの物語。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...