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四章

58話 従者の仮面を外す場所 / 殿下付き従者

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相変わらず仕事で更新が間に合いません。
心の更新目標は火曜と金曜の週二ですが、暫く火曜は不定期とさせて頂きます。
間に合えば更新、間に合わなければお休みです。ごめんなさい。
金曜 【土日になる事もあります】の週一は更新いたします。
次回、更新目標は一応、火曜日です。頑張ります。

<小さな設定>
東 ミンゼア  海に面した港の街 貿易も盛んで最も栄えた辺境領
西 ワンデリア  魔物が出る 岩山の多い危険地帯 王家と有力貴族が分割して治める。
南 スージェル  砂漠の土地で貿易商を守る傭兵が有名 領民はやや雑 財政は厳しい
北 コーエン  マグマ洞を有する自然にあふれる素朴な土地柄 寒暖が激しい 

<小話>

――従者の仮面が外れる場所

 従者は仮面を被る。常に主の側に控え一定の笑顔を浮かべて無言で付き従う。
 仮面の下で、誰かに腹を立てても、誰かの冗談に笑いたくても声は上げない。
 
 そんな従者達でも、仮面を外し言葉を交わす時がある。

 新しく新設された王族演習室のお陰で従者や護衛の控室が広くなった。茶器も茶葉も新しいものが入って、今日はその確認に追われる。

「フランチェルの陶磁器がありますー!すっごいですねー!さいこー!」

 お気楽な声を響かせるのはドニ様の従者だ。我々の中で最年少で従者としてかなり未熟者である。

「有名な工房の新作だ。大事に扱うようにな」

 慌てて注意をする。ドニ様に似て芸術方面が好きな子だから、怪しい手つきでカップを眺めてうっとりとしている。主と気が合う従者の典型例だろう。

「この赤は新色です。鉱石からとった色なんですよー。こんな贅沢な使い方ができるなんて、さいこー!」

「ちょっと待て! 鉱石からとった新色って何?」

 部屋の隅から顔を上げて叫んだのはユーグ様の従者だ。彼は基本的に従者の仕事をしているのを殆ど見かけない。常に何か書いているか、読んでいるかしている。時折お茶を出すのすら忘れる。

「鉱石の話もいいが、お茶ぐらい用意しろ」

 注意をすると情けない顔で眉を下げて紙の束を振る。

「今日中に書かなきゃいけないユーグ様の始末書です。間に合いません。もう謝る言葉がでてきません」

 従者の尽くし方はそれぞれだ。主が満足ならそれでいい。だが、ユーグ様の従者にはなりたくない。

「いいですよ。私がいれてあげますよ。ユーグ様は濃いめですよね。クロード様と一緒ですから」
 
 明るい口調でユーグ様のカップを用意するのは、クロード様の従者だ。

「そう言えば、クロード様のさっきの溜め息は何だったんだ?」

 思い出して尋ねる。口数の少ないクロード様はしぐさを読み取る必要があるのだが、分からない時は後で彼に聞くようにしている。

「あれは、新しい部屋に感嘆のため息を漏らしていたのです。青いカーテンはお好きな色ですからね。これはとても素晴らしく、是非我が家にも欲しいからお店を紹介して欲しい、といった感じでしょうか」

 口数が少ない主に代わりに、彼は仮面を外すと人の二倍は喋る。特にクロード様の代弁の時は脳内補完をし過ぎる。それも主を思って故だろう。

「あちらのカーテンは、王都ではなくミンゼアから購入しています。後で購入先のメモを差し上げますね」

 茶葉を選びながら答えたのはカミュ様の従者だ。私との付き合いも最も長い。

「茶葉も全て入れ替えた。イリタシスを中心に揃えたがどうだ?」

 尋ねれば、穏やかな笑みを浮かべ流麗な所作で茶葉の品定めしていく。彼はこの中では最年長で頼れる先輩だ。

「ああ、この茶葉の香りはとてもいい。花のように美しいカミュ様によく似あいますね」

 主の名をかたる時に称える形容詞が常につく。主をそれだけ愛しているのだろう。だが、ずっと話していると時折面倒になるのは口に出来ない秘密だ。

「こちらの茶葉も面白いですね。癖がありますが、甘いものを好まれる私の大事な方には喜ばれそうです」

 別の茶葉の缶を手にしたのはノエル様の従者だ。この男は結構、曲者だ。

「蜜も種類を増やしたから、うまく組み合わせて差し上げるとよいだろう」

 蜜を使うのはノエル様とドニ様が多いので伝えると、感謝を表すように微笑みを浮かべる。落ち着き過ぎていて、最初は同じ年と思ったが年下だった。モノクルを外すと美しく、戦いに立てば腕も立つ。ちょっと悔しさを感じる相手だ。

「ノエル様の好きな蜜がありませんね。追加の購入をお願いしてもよろしいですか?」

 完璧とも言える彼の唯一の欠点は、自分の主しか見ていない事だろう。既に最高級の蜜は何本もあるのに、わざわざ買えと?

 ここで仮面を脱ぎ捨てた従者は、主の為に情報交換をする。
 私はずっと皆に聞きたいことがあった。空咳を一つして注目を集める。

「主たちは恋をしているだろうか? 是非状況を教えて欲しい」

 私の主は失恋をした。長らく片思いを一方的に寄せていた相手と七年ぶりに出会い、甘い時を過ごしながら振られたらしい。なのに、失恋の暗さを感じさせない。もしかしたら、他に思う人があるのかもしれない。
 他の皆の主は一体どのような状況か気になっていた。

「うちのドニ様は、今もルナ様大好きでーす」

「ユーグ様は、失恋後です。まだ引きずってますよ!」

「クロード様は、剣が大好きですね。あと鍛錬。女性は母君と妹様達の我儘で今は手一杯でしょう」

「美しいカミュ様には近寄り難いようですが、そろそろ華開く時期がくるでしょう」

「……秘密にいたしましょう」

 ちょっと待て! 実は回答を聞きたかったのは、ノエル様の従者だ。
 秘密に致しましょう、はない。
 そう思って、見つめると人差し指を唇に当てて意味ありげに微笑む。

 その意味をどう受け取るべきか。秘密にいたしましょう、の語尾は少し上がっていなかったか?

 秘密にしいたしましょう。秘密に致しましょう?
 どちらになるかで意味は変わる。

 恋人がいるが秘密。恋はしてないけど秘密。
 お互い気付いている、主の恋は秘密にしましょうね。

 後者に心当たりがあるから嫌だ。主の別の思い人としてノエル様を私は疑っている。
 私だけじゃなく護衛騎士も皆で気にしている。
 主はあまりにノエル様にちょっかいを掛け過ぎなのだ。

 近い! 近い! 近い! と心の中で叫ぶことは数知れず。
 待て! 待て! 待て! とはらはらする事も数知れず。

 ノエル様は綺麗で可愛い。主が幸せならそれでもいい。
 だが、お世継ぎの問題もある。多分、正解なら私の首は飛ぶだろう。

「秘密って――」

 質問を重ねようとしたところで、カミュ様の従者が大きく手を叩いた。

「皆さま、そろそろお茶をお出ししましょう」

 ユーグ様の従者以外、一斉に皆が仕事の為に動き出す。
 私も主の気分に合うお茶を入れる。選んだのはノエル様と同じ茶葉。蜜入れずに、香りを強めるように丁寧に淹れる。
 同じ茶葉ならきっと話題も弾んで、お喜びになるだろう。

 首が飛んでも、我が主が幸せならばそれでいい。

 姿勢を正し、胸をはり、気品ある笑顔を浮かべた従者の仮面を被る。
 カップを乗せたトレーをもって真っ先に部屋を出る。誰よりも先にお茶を届けるのは、私がこの場で最上位に位置する方の従者だからだ。
 敬愛する未来の王に心地よく過ごして頂く空気になる。それが私の仕事で幸せだ。
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